ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

21 / 80
なんか不穏な空気が漂っている中のファン感謝祭。


ファン感謝祭

 3月の終わり頃。マーチャンさんの高松宮記念がありました。オイラとトレーナーさんは勿論応援へ。

 

「頑張れー、アストンマーチャーン!」

「が、がんばれぇぇぇ……」

 

 頑張って応援しました。マーチャンさんが勝てるようにって、勝ってより知名度が高くなるようにって。

 

 だけど、現実はそう上手くいかないもので。

 

《4番の──、4番の──がレースを制しました! 新たな春のスプリント王者ここに誕生! ──が見事レースを制しました!》

 

 マーチャンさんは着外に沈みました。頑張っているのは伝わったけれど、どうにもならなかった。

 スプリンターズステークス以降、ずっと調子を落としていたマーチャンさん。これで3連続着外です。

 

(や、やっぱり、レースの世界は厳しいなぁ)

 

 改めて、この世界の厳しさを教えられました。それと、もっと頑張ろうとも。

 

 

 高松宮記念が終われば、次に待っていたのは春のファン大感謝祭。オイラは特に参加する予定はなかったのですが、トレーナーさんのとあるお手伝いをすることになりました。

 そのお手伝いというのが。

 

「そこのあなた、ホノちゃん人形とマーちゃん人形はいかがですか?」

「え? ホノちゃん人形は分かるけど……マーちゃんって誰?」

「す、スーパーマスコットさんですいずれですけど。そ、その、今なら無料で進呈していますので、よ、よかったら、ど、どうぞ」

「ふ、ふーん……てか、マーチャンってどっかで聞いたような気が」

 

 オイラの人形、ホノちゃん人形とマーちゃん人形を配ることです。ファン感謝祭に来た人たちに、リヤカーたくさんに詰め込んだ人形を手渡しています。

 

 どうしてこんなことをやっているのか。これには深い理由があります。トレーナーは、お世話になったマーちゃんさんのことを忘れていたのがよほどショックだったみたいで。

 

「これからは忘れないようにもっと頑張らないと! というわけで人形作ってくる!」

「え、え? な、なんのことですか?」

「アストンマーチャンのことだよ。俺、この前忘れてただろう? だからもう忘れないように、人形をたくさん作って覚えておくんだ!」

 

 今度こそ絶対に忘れないようにと、張り切って人形作成に勤しんでいました。

 ファン感謝祭の日までにオイラの人形を作る過程で、マーちゃんさんの人形もたくさん作ったみたいです。リヤカーから溢れるくらいあるので、相当の数を用意したのが分かります。元々の在庫もあるんでしょうけど、じ、情熱が凄い。

 

 それほどまでに、トレーナーさんにとっては堪え難いことだったのでしょう。お世話になっている恩人を忘れたのは一生の不覚、と言ってましたし。

 

「あれ、何やってんだろ? てかホノイカヅチじゃない?」

「あ、本当だ。あそこのトレーナーも結構変わり者だね~」

 

 周りから指を指されても、トレーナーさんは気にも留めません。一生懸命に、マーちゃんさんの人形を手渡しています。

 

「あ、そこの君もどうかな? マーチャン人形とホノちゃん人形、今ならセットで渡せるよ!」

「う~ん……このマーチャンって子、どこかで見たような気が」

「ね。なんか懐かしいよね。それじゃ、1個ずつください」

「はい喜んで! それじゃあ今持ってきますね!」

 

 自分と同じように、マーちゃんさんを忘れた人がいるかもしれない。そんな人たちの記憶を思い出させるように、トレーナーさんはマーちゃん人形を手渡しています。

 

 ま、まぁ、ですが!

 

(お、オイラの人形も大盛況っ。可愛い可愛いと手に取ってもらっていますし、これは大変よろしい企画なのでは!?)

 

 マーちゃん人形と一緒にオイラの人形を渡しているのですが、これが大変な盛況です。断ることなく受け取ってくれますし、子供も笑顔になって万々歳! ふひ、フヒヒ、老若男女問わず大人気なホノイカヅチになる日もそう遠くないですね。

 

「あ、そこのあなたもどうですか? ホノイカヅチとアストンマーチャンをよろしくお願いします」

「フヒ、フヒヒ……! よ、よろしくお願いします……!」

「は、はい。なんか、凄いことやってるねあそこの陣営」

「まぁいいんじゃない? どっかで見たことあるようなこの人形も可愛いし」

 

 あ、ちなみにマーちゃん人形はバリエーションが豊富です。通常のものに笑顔差分、ウインク差分にピース差分など多岐に渡ります。オイラの人形も同じくらいバリエーションに富んでいますよ。

 

 

 オイラ達のファン感謝祭は人形を手渡して終わりました。オイラ、競技に出る気はないですし、そもそも団体競技苦手ですし。不参加を決め込む予定だったので、埋まったのはよかったです。

 それにしても、最後まで見なかったな。

 

「マーちゃんさんもトレーナーさんも、結局見なかったですね」

「そうだね。こういう場でこそアピールの機会だ、って飛び込んできそうなものだけど」

 

 あの2人は最後まで見ることはありませんでした。日も傾き始めて、ファン感謝祭も終わりかけの頃。オイラ達はいろんな場所を回って人形を渡していたのに、マーちゃんさん達を見ることはありませんでした。

 

 せっかくアピールする機会なのにどうしてだろう。そう思いながらスマホを開くと、一件のLANEが入っていました。時間的に、って。

 

(だだ、大分経ってる!? ぜ、全然気づかなかった……!)

 

 ち、違うんですマーちゃんさん。無視をしていたわけじゃないんです。ただ人形を配るのに夢中になっていただけで、本当に決して無視をするつもりはなくて!

 

 一体何を書かれているんだろう。オイラに何を伝えたかったのかと思いながらLANEを開く。そこに書いてあったのは、ファン感謝祭に参加できない旨のメッセージでした。

 

「……あ、ま、マーちゃんさん、熱が出ちゃって参加できなかったみたい、です」

「うん、こっちにも同じような連絡が来た。残念だね」

 

 どうやらマーちゃんさん、風邪を引いたらしくファン感謝祭には来れなかったみたいです。なら、後でお見舞いに行きましょう。

 

(そ、その前に……返信遅くなってごめんなさい、マーちゃんさんの人形を配布してたら遅くなりました、と)

 

 しっかりと、返信が遅くなった旨を伝えます。さすがに数時間も経った後ですから、キッチリ言っておかないと。

 

(……あ、既読がつきました。気にしてない、今トレーナーさんと映画を見ている、ですか)

 

 少し元気になったらしく、トレーナー室で映画を見ているそうです。だ、大丈夫そうならよかったですね。

 

 そろそろファン感謝祭も終わり。リヤカーいっぱいに積まれていた人形は全部なくなって、後は撤収するだけです。

 

「それじゃ、俺達も帰ろうかホノイカヅチ」

「は、はい。に、人形、全部受け取ってもらえて、良かったですね」

「うん。何人かはアストンマーチャンのことを思い出してくれたみたいだし、本当に良かったよ」

 

 あ、でもと口を開くトレーナーさん。その表情は優しく、オイラに向かって微笑んでいて。

 

「これでもっとホノイカヅチの魅力を知ってもらえる。君のことを褒めてくれる人がたくさん出てくるよ」

 

 そう、言いました。確かに、そうかもしれませんね。

 

「フヒ、フヒヒ。ハッピー褒められちやほやライフ計画、順調ですね、トレーナーさん」

「うん。この調子でホノイカヅチがもっと褒めてもらえるように頑張るぞー!」

「お、おー!」

 

 今日のファン感謝祭はとても楽しかったです。

 

 

 ちなみに、後日のことなんですか。

 

「君達のおかげだ、本当に、本当にありがとう……!」

「え、あの、ど、どうしたんでですか? マートレさん。急に泣きながら俺の手を掴んできて、そんなに感謝して」

「君達がファン感謝祭で、みんなにマーちゃんのことを思い出させたおかげで、マーちゃんを引き戻すことができた! 本当にありがとうッ!」

 

 マーちゃんさんのトレーナーさんが急に訪ねてきたと思ったら、マーちゃんさんを助けてくれてありがとうと涙ながらに感謝しました。え、えっと、オイラ達人形を配っていた記憶しかないんですけど。

 それだけではありません。マーちゃんさんもなぜか、オイラの頭を撫でています。

 

「ホノちゃんはえらい子なのです。わたしのことをちゃんと覚えててくれて、みんなに魅力を教えてくれて、本当に感謝しているのです」

「ふ、フヒヒ。ほ、本当に何があったんですか?」

「何かあったと言えば何かありましたが、それは秘密なのです。スーパーマスコットに秘密はつきものですよ?」

 

 いったい何があったんでしょうね。よく分からないです。よく分からないですけど、褒められたので万事よしです!

 

 

 

 

 

 

 いろいろとあったファン感謝祭ですが、終われば次に待っているのは。

 

「皐月賞ももうすぐだ。ここで、改めてチェックしておこう」

「は、はひ」

 

 クラシックの第一戦、皐月賞。一生に一度の夢舞台が、もうすぐ始まります。

 

 とはいっても、ここで出走者のチェックは最低限に済ませておきます。誰を警戒しているかとか、どうすれば対策できるかはあまり詳しく言いません。そもそも、誰も警戒していませんし。

 

(い、いつも通りをいつも通りに。予想外にも即時対応、できるように)

 

 やることは変わらないんですから。

 

 なので、現在オイラが抱えている問題。こちらに関することが多くなります。これもまた、どうしようもないものなんですけど。

 

「やっぱり、中山レース場は走りにくいかい? ホノイカヅチ」

「特段走りにくい、というわけでは、ないんですけど……加速、ちょっと乗りにくくて」

「そっか。末脚のキレも、萩ステークスの時の方が良かったからね。メンバーの違いはあるんだろうけど」

 

 もしかしたら中山レース場苦手にしている問題が浮上しています。というより、間違いなくです。

 

 どうも中山レース場は走りにくいです。最後の直線が短いのがどうしても肌に合わないというか。萩ステークスの時は感じなかった窮屈さを、中山レース場では感じています。

 

「中山は、何と言うか、窮屈です。末脚を発揮しきる前に終わるというか、出そうにも上手くいかないというか」

「中山は最後が坂だから余計に窮屈だろうね。コーナーで加速する、って手もあるけど」

「そ、そうしちゃうと、今度は膨らみすぎてしまいます。内を走りたいのに、それはよくないです」

 

 これは中山レース場のコース設計の問題。最後の直線が短くて、急坂が待ち構えていて、スピードに乗り切るのはかなり難しいコースです。

 取れる策としては、やはりロングスパートでしょうか。多少膨らむのは承知の上で、それでも早めにスパートをかけるか。幸いスタミナには自信が、ちょっと、少し、あるので。問題なく走れるはずです。

 

 ただ、オイラは内を走ります。外に膨らんだら最悪、接触する危険性も孕んでいる。あまり、取りたくはない。

 それに、オイラの警戒は強まり続けています。他の子達がやすやすと、ロングスパートをさせてくれるはずがない。

 なら。

 

「ロングスパートはあくまでセカンドプランで行こう。最内をキープしての抜け出し、基本はこれを軸に走る」

「フヒ、オイラもそう考えてました」

 

 ロングスパートはあくまで別の手段として。何らかの理由で内を走れなくなる可能性が出てきて、外を走る方が良い時に使う。これに決まりました。計画は上手くいかない時もある、その時のために別の計画を用意しておくのも大事ですから。

 

 トレーナーさんとの意見が一致。なら、問題ありませんね。

 

 皐月賞はオイラにとって不利なレース。レース場も合わない、オイラの末脚も発揮するのが難しい状況。

 

「いつも通りで迎え撃とう。まずは一冠目、君の速さを見せる時だ」

「フヒ。最も速いウマ娘が勝つ皐月賞……勝てばちやほやされる……!」

「うん、ちやほやされる。だから勝とう!」

 

 それでもただ、万事を尽くす。あらゆる手を尽くして、負けてしまったなら……それはもう仕方ないことだ。

 2人で拳を突き上げます。皐月賞制覇に向けて、気合いを入れました。




気づいたら無事に帰ってきてた()。なにはともあれよし!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。