ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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始まりますわよ~!


クラシック第一戦

 雲に覆われた春の空。幸いにも雨は止み、バ場の状態には恵まれた中山レース場。多くの観客が詰め寄り、メインレースを楽しみに待っている。

 

「桜花賞は波乱の決着だったからな~。皐月賞ももしや! って思っちゃうよな」

 

 本日のメインレース皐月賞。クラシック三冠の第一戦であり、最も速いウマ娘が勝つと言われているレースだ。出走するウマ娘達の気合の入りようが違う。並々ならぬ思いを抱いているのが見て取れた。

 

 1つ前の週ではトリプルティアラの第一戦である桜花賞が開催されていた。その桜花賞はなんと、12番人気のウマ娘が勝つという大波乱の決着である。

 この皐月賞も波乱の決着になるか? そう声にするファンも少なくない。

 

「上位に3番人気以上が入ってこなかったもんな。皐月賞ももしかしたら!」

「いやいや、ホノイカヅチなら大丈夫でしょ。それより見てよ、ほらこれ! ホノちゃん人形の限定バージョン!」

「それこの前のファン感謝祭で配ってた激レアモデルじゃん! いいな~私も行けばよかったな~」

 

 だが、ホノイカヅチならば心配はないと口にする。これまで4戦4勝、皐月賞も1番人気の仕事人、ホノイカヅチは皐月賞を勝てるとファンは応援している。彼女の仕事に関する評価は間違いないと、ファンは口を揃えていた。

 

「パドックも大丈夫そうだったし、なにも心配いらないって!」

「そーそー。それよりも応援しようよ」

 

 ファンはターフへと視線を向ける。ウマ娘達がウォーミングアップを行い、まもなくゲート入りが始まる時間。ホノイカヅチが順調にストレッチを行っている様子に、ファンは安堵していた。

 

 

 ターフにいる周りのウマ娘はホノイカヅチを睨みつけている。弥生賞の時よりも苛烈に、露骨に厳しい視線を向けていた。

 それも当然だろう。皐月賞における圧倒的1番人気、全てのレースを支配してきた、現在最も世代の頂点に近いウマ娘。意識しない方が無理というもの。

 

 警戒を強める。ホノイカヅチのいかなる動きも見逃さないとばかりに凝視する。全てはそう、勝つために。ホノイカヅチをマークすることが最も勝利に近づくと、そう信じて疑わない。それほど、ホノイカヅチの実力を信頼していた。

 当のホノイカヅチは、視線を受けてもなお変わらない。すでに仕事人モードに入っているためか、いつものオドオドとした雰囲気を感じさせない。芝の感触を確かめながら走る体を作る。

 

(……今回は逃げ寄り先行でいきましょう。トレーナーさんとの打ち合わせ通りに)

 

 頭の中で作戦を組み立て、実行するための手順を整える。こちらもまた、好調で順調だ。

 

 

 やってくるゲート入りの時間。1人、また1人とゲートに入っていく。

 

《ついにこの日が来ました。中山レース場芝2000m、クラシックの第一戦皐月賞! 最も速いウマ娘が勝利すると言われる本競走、全国のレースファンが注目する一戦! 天気はあいにくの曇り空ですが、バ場は良バ場の発表。どのようなレースになるのか、非常に楽しみです》

《バ場が少し緩んでいるのが気がかりですよね。良バ場の発表ではありますが、多少の影響はありそうです》

 

 上位人気のウマ娘を軽く紹介し、今回のレースで注目すべきウマ娘の名前を挙げていく。

 

 時間は流れ、最後のウマ娘がゲートに入った。全ウマ娘が態勢を整え、スタートの準備を済ませる。

 溜めて、溜めて、溜めて。すぐにでも動きたくなる本能を抑え、開戦するその時を待つ。

 

 誰かの呼吸音も鮮明に聞こえる静寂。何度目かの呼吸音が響いたその時、ゲートにいるウマ娘達の視界が一瞬にして開け、気づけば身体を動かしていた。

 

《皐月賞が今、スタートしました! 7番ホノイカヅチと10番ブラックシェルが好スタートを見せます。好スタートから番手を奪いに行きますが、ここで果敢に行くのは葦毛のウマ娘キャプテントゥーレ、キャプテントゥーレが果敢に行きます》

 

 皐月賞が始まる。激しい先行争い、早々に抜け出して先頭に立ったのは、キャプテントゥーレだ。

 

 

 

 

 

 

 皐月賞のスタートは中山レース場の直線の入り口。枠番による不利はほとんどないに等しいが、やはりコーナーが控えているということから外が厳しいコースだ。

 

 第1コーナーを走り、坂の頂点に達する。後はこのまま下るだけ。ここに来ると、ポジション争いも終わり固まってきた。

 先頭を奪ったのはキャプテントゥーレ。そのすぐ後ろを追走するホノイカヅチ。キャプテントゥーレの真後ろにぴったりとつけていた。

 ホノイカヅチがいるということは、前の方にマークするウマ娘が固まっているということ。先行のウマ娘とそれ以外とで固まる、前と後ろの差が激しいレースになっていた。

 

《第2コーナーを走ります。先頭を走るのはキャプテントゥーレ、キャプテントゥーレが果敢に逃げます。キャプテントゥーレをマークするホノイカヅチ、外にレッツゴーキリシマ2人はキャプテントゥーレから2バ身後ろを追走しています》

《スマートファルコンはちょっと立ち遅れましたね。なんとか逃げたかったと思うんですけど》

《注目スマートファルコンは現在6番手、スズジュピターと同じ位置で走っています。逃げウマ娘の彼女には苦しい展開、第2コーナーから向こう正面へと走る各ウマ娘。バ群は前と後ろで固まっています。8番手を境に空きつつあるバ群、キャプテントゥーレがレースを作ります》

 

 逃げるキャプテントゥーレ。彼女がこの位置取りをした理由はしっかりとある。

 

(緩んだバ場、このままスローペースで逃げる!)

 

 昼過ぎまで雨が降っていた。その影響かわずかに緩んだバ場の状態。基本的には前が有利の中山レース場で、誰も前に行きたがらない。

 ならばと自分がペースを作る。スローペースでレースを動かし、最後の直線まで脚を溜める。それが作戦だ。

 さらにはホノイカヅチの存在である。内からの抜け出しが得意な彼女を封じるためには、どうしても前で走る必要があった。

 

(いくらアンタでも、外から回って抜かすとなったら相応のリスクが伴う! アタシがしっかりを足を溜めていたら、アンタでも躱すのが難しいはずだ)

 

 キャプテントゥーレは自分のペースで走れている。後を走るホノイカヅチのプレッシャーが尋常ではないが、逆に言えばホノイカヅチからだけだ。他のウマ娘のターゲットはホノイカヅチに集中している。

 

(さらにアンタ、データを見る限り中山が苦手なんだろ? 末脚のキレが明らかに悪い!)

 

 また、キャプテントゥーレはホノイカヅチが中山レース場を苦手にしていることが分かっていた。穴が空くほどレース映像を見直し、他のコース、萩ステークスの京都と見直して比較したのだから間違いない。確信に近い情報を得て、キャプテントゥーレはホノイカヅチの前を走っている。

 

《向こう正面に入ります。変わらずキャプテントゥーレが先頭、ホノイカヅチが最内の経済コースを進みます。外のレッツゴーキリシマが内に仕掛けようとしていますが、ホノイカヅチがガッチリとホールド。最内のポジションは渡しません》

《隙がありませんね。コーナーで甘くなればと後ろからスズジュピターが狙っていましたが、入り込む余地がありませんでした》

《もうすぐ向こう正面半分を過ぎます。キャプテントゥーレがレースを支配する、ホノイカヅチは1バ身後ろ。後方には好スタートを切ったブラックシェルにタケミカヅチ、弥生賞2着のマイネルチャールズがいます》

 

 明らかに鈍る末脚のキレ。より強く封じ込めるためには、内からの抜け出しをさせないことが重要である。

 

(最短距離で走るのは許さない! アンタは、アタシの外を回れ!)

 

 しっかりと固めていれば抜かれることはない。それに、あわよくば外を走っているレッツゴーキリシマが壁になって抜け出しを封じることもできるかもしれない。ホノイカヅチが取っているポジションはそういうところだ。

 

 最内は最短経路で走れる分、少しでも判断を誤ればあっという間に囲まれる。囲まれない最良のポジションは逃げ、それ以外は厳しい。

 先頭を奪えた、ペースも問題ない。後は、与えられたタスクをこなすだけ。

 

(いける、なんて油断はしない! コイツは、一瞬の油断を見逃さないウマ娘だ!)

 

 油断もない。隙を見逃すような相手ではない。少しでも隙を晒さないように、キャプテントゥーレはペースを作る。

 

《第3コーナーのカーブに入ります。キャプテントゥーレがペースを支配するレース、前半1000mの時計は61秒4と遅めの時計だ。緩んだバ場でしっかり脚を残せているか? ホノイカヅチはまだ動きません。1バ身後ろ、ホノイカヅチはキャプテントゥーレをマークしている》

 

 また、キャプテントゥーレは不思議なほど落ち着いていた。足音が鮮明に聞こえ、いつもより考えながら走ることができて、なにより余裕がある。今まで感じなかった余裕が。

 

(大丈夫、大丈夫! アタシはやれる、アタシはできる!)

 

 クラシックの第一戦皐月賞。キャプテントゥーレが尊敬しているアグネスタキオンも制した舞台で自分も勝つ。そう心に決めていた。

 徹底する。ライバルであるホノイカヅチと同じように、自分も勝つために全てを徹底する。そう決めて、彼女は最内をキープし続ける。

 

(こうまですれば、アンタは外に回らざるを得ないと考えるはずだ! さぁ、内を捨てろ!)

 

 確信に近い感情。決してブレず、固い意志を持ったままに第3コーナーを駆け抜けるキャプテントゥーレ。

 対するホノイカヅチは……変わらない。いつもと同じように、不気味なほどに動かない。レッツゴーキリシマがキャプテントゥーレに並びかけようとしても、キャプテントゥーレの後ろから動かない。

 

(あくまで内は捨てない、か。あいにくと、これ以上広げるつもりはない!)

《第3コーナーから第4コーナーへ。ここで後方集団も上がってきました、早々に上がってくるショウナンアルバとタケミカヅチ、ショウナンアルバとタケミカヅチが位置取りを押し上げてきました。キャプテントゥーレが先頭、キャプテントゥーレが先頭譲りません》

 

 ガッチリと閉じている。なにも問題はない。ホノイカヅチが通れるようなスペースはない。キャプテントゥーレに不安はなかった。

 

 完璧なレース運びをしていた。最内の経済コースを走り続け、ホノイカヅチの内からの抜け出しを封じ込め、外から回らざるを得ない状況を作っていた。

 外を走ろうとすれば必然、マークしているウマ娘とかち合うことになる。ホノイカヅチの動き出しを図っている彼女らは全員、ホノイカヅチが動く素振りを見せれば動く。いわば動く包囲網だ。

 抜け出すのは難しいだろう。スタミナも使う上、スピードに乗り切ることもできない。

 そうなればホノイカヅチは終わり。元より中山を苦手としている彼女は加速しきることができずに終わる。キャプテントゥーレは展開にも恵まれて、勝利することができる。そんなシナリオができていた。

 

 

 ただ一つ、誤算があったのならば。

 

《第4コーナーのカーブ、ここでホノイカヅチが動きます! ホノイカヅチが動くのを見てレッツゴーキリシマ、スズジュピターも動きますが、スズジュピターは動けない動けない! ホノイカヅチはなんと内から上がる! キャプテントゥーレと内ラチの間、ウマ娘1人分もなさそうな隙間を縫って上がってくる!》

「ハァッ!?」

 

 わずかな隙間、本当に少ししかない隙間を縫って、ホノイカヅチが無理やり体をねじ込んできたことだ。

 

 キャプテントゥーレはカーブを曲がる影響か、第3コーナーでわずかに外に膨らんでいた。その結果とも言うべきか、第4コーナーでも勢いのままに駆け抜けており、ウマ娘1人分の隙間を空けたまま走っていた。

 否、1人分どころではない。通るのも難しい、本当に少ししかない隙間だ。ちょっとでもミスをすれば内ラチに激突、ケガは免れない。激突はなくとも、上手く立ち回らなければ確実に内ラチに身体を擦ることになる。

 恐怖心があるはずだ。擦れば痛い思いをするし、痛い思いをするぐらいなら楽な道を走りたくなるはずだ。勝利が遠ざかろうとも、痛い思いをするぐらいならマシだから。

 

 けれども。

 

「んで、こんな隙間を……っ」

 

 ホノイカヅチは迷わない。

 

「ちょっとしかないこの隙間を! なんでアンタは!」

 

 ホノイカヅチはブレない。だからこそ。

 

「なんでここを進める!? ホノイカヅチィィィ!」

 

 激突覚悟でキャプテントゥーレと内ラチの間に身体をねじ込んできた。一切の迷いも躊躇もなく、そこに道があったから通りに来たとばかりに身体を入れてきた。

 

 レース中にもかかわらず困惑する。他のウマ娘は、この光景を見ていたウマ娘は例外なく度肝を抜かれた。あんな細い隙間を縫っていくとは思わなかった、走るとは考えもつかなかったからだ。

 キャプテントゥーレも例外ではない。先程までクリアだった彼女の思考は驚愕一色に染まり、走りにブレが生じる。それでも先頭を奪わせないのは彼女の意地だ。

 抜け出しのタイミングもまた見事。妨害を取られないタイミングで仕掛け、審議のランプが点かないタイミングで自分の身体をねじ込んだ。あまりにも上手いレース運び、瞬時の判断力がずば抜けている。

 

(んでこの隙間を通ろうなんて思える!? アンタ今、身体を擦ってるんじゃないのか!?)

 

 本当に狭い隙間。一歩間違えれば激突も免れない隙間を、ホノイカヅチは見事なコーナリングで曲がっていく。キャプテントゥーレの邪魔にならないように、なにも変わらないとばかりの走りで。

 

《最後の直線に入ります。先頭はキャプテントゥーレそしてホノイカヅチ、この2人が先頭で最後の直線へ。レッツゴーキリシマの脚色はすこし鈍いか? 後ろからはブラックシェルにマイネルチャールズが伸びてくる。しかしキャプテントゥーレとホノイカヅチが突き放す、抜け出したキャプテントゥーレとホノイカヅチ!》

 

 抜け出したのはキャプテントゥーレとホノイカヅチの2人。後方からも追い上げてきているが、ファンはすぐに理解する。勝敗はこの2人に委ねられ、ホノイカヅチの方が有利なのだと。

 

 キャプテントゥーレは困惑で走りがブレている。しかし、ホノイカヅチの走りにブレはない。なにも、少しも変わっていない。

 

(負けてっ、られるかっ! 勝つんだ、朝日杯と弥生賞の雪辱を! 今、ここでッ!)

 

 裂帛の気合と共にキャプテントゥーレは走る。過去一番の末脚で、しっかりと残していた脚をここで爆発させている。

 ホノイカヅチは、変わらない。隣を走るウマ娘が周りを飲み込むような圧で走っていても、他のウマ娘が勝つために気合いを爆発させていても。

 冷酷に、無慈悲に。全てを凍てつかせるような視線をもって。

 

《抜け出した抜け出した! ホノイカヅチが抜け出した、キャプテントゥーレを突き放す! ホノイカヅチが抜け出して今、ゴールラインを割りました! 皐月賞を制したのはホノイカヅチ、見事なプランニングで皐月賞を制しましたこれでまず一冠目!》

 

 最も速いウマ娘の称号を手に入れた。




うーん強い。
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