はい、勝ちましたね。こ、これでオイラも……!
(クラシック三冠の1つ、皐月賞。メイヂヒカリ様はケガで出走できなかったレースを、オイラは勝った!)
最も速いウマ娘の称号を得た、三冠への挑戦権を得た。それよりも、これでオイラはさらにちやほやされます。褒められること間違いなしです。
《皐月賞を制したのはホノイカヅチ、ホノイカヅチです! 最内からの見事なレース運び、最後の最後は力押し! キャプテントゥーレを下して、見事皐月賞ウマ娘の栄光を手にしました! 次の舞台は東京の日本ダービー。果たして次はどのようなレースを見せてくれるのか? 今から非常に楽しみです!》
「キャー! ホノイカヅチが勝ったわー!」
「これからも頑張れよー! 目指せ三冠ー!」
フヒ、フヒヒ! 実況の人もファンの人も、みんなみんなオイラを褒めてくれる。朝日杯以上の声援が、今までにないって程の声援が心地いいです!
「……ぜだ」
そんな時ふと。後から声が聞こえて。
「なぜだッ!! ホノイカヅチ!」
怒りと困惑が混じったような声に振り向くと、そこにはキャプテントゥーレさんがいました。今回の皐月賞2着の、一緒に走った子。
整わない呼吸、今にも倒れそうなほどの疲労。それでもオイラに用事があるのか、まっすぐに睨みつけています。こ、怖い。
「なんでアンタは、あの道を通れた!? あんな狭い道を、下手したら激突しかねないあの場所を!」
「狭い、道?」
「そうだ! あの時最内は、1人分の空きしかなかった。いや、1人分すら怪しい空きだ!」
思い出すのは最後の直線に入る前、第4コーナーの辺り。最内のポジションを獲得するために走っていた時のこと。確かにオイラは、キャプテントゥーレさんの言うように内から強引に抜きに行きましたね。
でも、審議は取られていません。ランプが灯っていないのがその証拠、特に問題はないように思いますが。
「下手したら、ラチに激突して大怪我を負いかねなかった! 恐怖心が出てくるはずなのに、なんでアンタは躊躇なく突っ込める!?」
「……はい?」
恐怖心、恐怖心ですか。怖いと言えば怖いですけど。
「アンタ、ケガが怖くないのか!?」
「いや、普通にケガは怖いですよ。オイラだって痛いの嫌ですし、走れなくなるのはごめん被りますし」
「だったらなんで!」
心底理解できない表情をしていますが、キャプテントゥーレさん。
「で、それは全てを尽くさないことの理由になりますか?」
「……は?」
「オイラは持てる手を全て使ってレースに挑んでいます。あれをやればよかったとかこれをすればよかったとか、終わった後に後悔するのは嫌なんですよ」
オイラは文字通り、勝つための最善手を打ち続けます。それも当然の話で、そうじゃなきゃ後悔するから。やれることがまだあったのに、やらずにいたら絶対に引きずるから。
それに、全てを尽くしたうえで負けたのならば仕方ないと割り切れます。これだけやったんだ、オイラはよくやったからいいんだと思えますから。
「どんな状況だろうと、オイラは決して手を抜きません。全てにおいて最善を尽くします。当然ですよね? だって、それが全てを尽くすってことでしょう?」
黙りこくるキャプテントゥーレさん。オイラの主張は何一つ変わらない。オイラがやっていることは、当然のことですから。
「それに、オイラはあのタイミングなら激突しないと分かっていたので。気づきませんでしたか? キャプテントゥーレさん、外に膨らんでいましたよ?」
「ッ!」
「一瞬空けばそれで充分。通れるだけの隙間ありましたし、ねじ込める隙もあった。なら、突っ込みます。それが最善手だったから」
正直な話、そうしなければ勝てなかった、というのもあります。外を回ったら間違いなくやられる、勝てないと思っていたので。あそこでの最善手は最内からの抜け出し、それ以外は負けに直結する最悪手です。どうしてその選択を取った、ではなくその選択しかとる術がなかった、というべきでしょうか。
オイラの主張に黙ったままのキャプテントゥーレさん。な、なにかやってしまいましたかね? ここは1つ、場を和ませるためのトークを……オイラにそんなものありませんでした。
「……まぁ、アンタの考えは分かったよ。アタシの覚悟が甘かったみたいだ」
あ、こ、声を出してくれました。良かったぁ、オイラがなにかやらかしたのかと思いました。
「分かってくれたようで何よりです。そ、それよりも、きゃ、キャプテントゥーレさん」
「なんだい? まだ何か言いたいことでもあるのかい?」
「か、会場の声が聞こえますか?」
声? と疑問を感じながらも、キャプテントゥーレさんは会場の声に耳を傾ける。
「凄かったぞホノイカヅチー!」
「これからも頑張ってねー! ナイスファイトー!」
「ダービーも勝って二冠、菊も入れて三冠ウマ娘だー!」
フヒ、フヒヒ! オイラ褒められてる、ちやほやされてる!
「お、オイラ褒められてる……ちやほやされてる……! さ、最高の気分です……っ!」
信じられないものを見るような目のキャプテントゥーレさん。ど、どうしてですか?
「いや、何と言うか……まぁ、アンタが幸せそうなら良いと思うよアタシは。うん」
な、なんですかその、コイツちやほやされるためなら危ない橋も渡りそうだな、みたいな目は! さすがのオイラも人生に直結するような間違いはしませんよ!
ま、まぁいいです。戻ってトレーナーさんに褒められに行きましょう。あ、でも。
「きゃ、キャプテントゥーレさん」
「どうしたんだい?」
先ほどから気になっていたんですけど。
「左足、キツいようなら無茶しない方がいいと思います」
「ッ!」
「さ、さっきから庇うような所作が、み、見えていたので。病院に行った方がいいと思います」
「……アンタ」
それだけ。なので、オイラは一目散にウィナーズサークルへ。フヒ、トレーナーさん褒めてくれるでしょうか?
ウキウキ気分で向かったら、待っていたのは。
「ホノイカヅチ、説明してくれるか?」
険しい表情のトレーナーさんでした。あ、アレ? 勝ったから褒められるのではないでしょうか? とてもそんな雰囲気ではないみたいですが。
「な、なんのですか? お、オイラ、勝ちましたよ?」
「うん、勝ったね。勝ったけど、第4コーナーのことだよ。凄く厳しい進路を取ったね」
聞きたいのは第4コーナーのことみたいで。キャプテントゥーレさんと同じでした。そんなに危ない橋に見えたんでしょうか? オイラは確信をもってあの道を選択したんですけども。
でも、ダメなことは確かだったみたいです。トレーナーさんは、ずっと険しい表情でオイラを見ていました。
「あぅ……そ、その」
尻込みしてしまう。怒られるんじゃないかと、気が気でありません。そんなオイラの雰囲気を察してか、トレーナーさんは頭を下げました。
「ごめん、ちょっと怒っているように見えたね。怒りたいわけじゃないんだ。どうしてホノイカヅチがあの道を通ったのか知りたくて」
あの道を、通った理由。
「あ、あの道しか、なかったから。オイラがキャプテントゥーレさんに勝つには、最内しかなかったから」
「最内しかなかったから、か」
「は、はい。キャプテントゥーレさんのレース運びは、完璧でした。だから、外を回ったら追いつけないって分かってました。オイラ、ただでさえ中山得意じゃないから」
キャプテントゥーレさんにした説明と同じことをトレーナーさんに。あの道でなければ負けていたこと、勝つための最善手があの道であったことを事細かに。トレーナーさんは、なにを言うでもなく、ただオイラの言葉に頷いていました。
ひとしきり説明し終わっても、トレーナーさんは難しい表情を浮かべたまま。や、やっぱり、ダメなことだったんでしょうか?
「もう1つ聞くけど、ケガはないかい? ホノイカヅチ」
「へ? あ、は、はい。ケガは、ないです」
「それはさっき言ったように、ぶつからないって分かってたから?」
「は、はい。あのタイミングで内に突っ込めば、ラチに激突はしないって分かってた、ので……」
オイラはできることをやっただけ。そうしないとオイラは勝てないから、全力を出したって胸を張って言えないから。だから、あの道を選択しただけ。
なのに、間違っていたのでしょうか? だとしたら、オイラは。
「……はぁ~、君にケガがなくてよかったよ」
「……へ?」
心底安堵したような声。気づいたらトレーナーさんは険しい表情を解いて、朗らかな表情を浮かべていました。
「君が内ラチを攻めた時、気が気でなかったんだ。もしかしたらケガをするんじゃないかって、凄く焦ってた」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくても、って言いたいところなんだけどね。ケガに繋がりかねないことだったから、無事だからいいなんてさすがに言えない。ケガがなかったのはあくまで結果論だからだ」
確かに、そうです。確信をもって突っ込んだとはいえ、ケガをする可能性だってあった。そう考えると、トレーナーさんの言葉は間違っていません。
「君が勝つために全力を尽くしているのは分かっている。でも、だからといって危ないことを全部許容することはできない。理由は、分かるよね?」
「……は、はい」
トレーナーさんの視点で考えると、言ってることは間違いじゃありません。トレーナーさんも、オイラが心配だからこうして諭してくれている。それも、できる限り優しい言葉で、オイラを傷つけないように。
勝つために徹底しているだけ、それだけ……なんですけどね。
「ま、お説教はこの辺にして。おめでとうホノイカヅチ! 君が皐月賞ウマ娘だよ!」
「……フヒ?」
褒められることはない、と思っていたのに。トレーナーさんはとても嬉しそうにしていました。き、切り替えが早くないでしょうか?
「正直、あの内ラチ攻めを見た時とある皐月賞が頭に浮かんだんだ! あの、乾坤一擲の走りを!」
「も、もしかして、あの皐月賞ですか?」
内ラチの上を走っていると言われた皐月賞の話です。丁度、オイラみたいなイン攻めをした皐月賞。合っているのか、トレーナーさんはうんうん頷いていました。
「気が気でなかったのは確かだけど、興奮したのも間違いじゃない! あれだけの走りができるなんて、やっぱり君は天才だ!」
「ふ、フヒ。さ、さっきまで怒ってた、のに。ダメなことなのに、良いんですか?」
「そのお説教はもう終わったよ? だから今は、頑張った君を褒める番だ!」
凄い、カッコいい、流石はホノイカヅチ。そう、褒めてくれました。
(……フヒ、フヒヒ!)
やっぱりトレーナーさんは格別に良い人です! ダメなことはダメと言いつつも、しっかりとオイラを褒めてくれる! こ、こんな人がいていいんでしょうか? いえ、良いからオイラのトレーナーをやっているんですね!
「やっぱり、君の徹底するスタイルは素晴らしいよ! 即断即決の迅速果断! 君の判断力は誰にも負けない、唯一無二の武器だ!」
「フヒヒ……ウェヒヒ……!」
「最後もしっかり負けなかった。キャプテントゥーレに勝った! 君こそが未来の三冠ウマ娘だ!」
フヒヒ、フヒヒ! トレーナーさんは最高です!
と、そこから10分ほど褒められ続けたところで。今回のレースを振り返りましょうか。
(さ、流石にあんな状況になるのは、もうやめた方がいいかもしれません。トレーナーさんを、心配させてしまいますし)
勝つためとはいえ、危ない橋を渡っていたのは事実です。あぁするしかなかったとはいえ、その状況にもっていってしまったのはオイラの不徳。これは反省すべき点ですね。
ならどうするか? 答えは簡単。
(より強く、位置取りを意識しましょう。今までのオイラは内に固執しすぎているきらいがあった。その認識をまずは捨てます)
位置取りです。囲まれない位置取りを、危なくない位置で走ることを覚えましょう。課題が1つ、増えましたね。
次は日本ダービー。ここでも厳しい勝負が強いられる。
「今度からは位置取りも意識したいな。時には危ない橋を渡る時もあるけど、そもそも危ない橋を渡らないようにする位置取りも大事だし」
「ふ、フヒ。オイラも同じことを考えていました」
徹底する。オイラの仕事を。ハッピー褒められちやほやライフのために!
しっかりと諭しつつ褒めることも忘れないトレーナーの鑑。