ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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実質二本立ての繋ぎ回。


大一番に備えて

 日本ダービーは1ヶ月後、思ったよりもすぐにやってくる。できる限りの準備をしておかなければならない。

 

 ただ、どうしようもない問題というのが出てきた。それが、前哨戦である。

 

「ホノイカヅチは東京レース場を走ったことがない。だから前哨戦を使えたら良かったんだけど」

 

 トレーナー室で頭を悩ませる。東京レース場の造りが独特なわけではないけれど、一度走っておくに越したことはない。特に、ホノイカヅチは準備も大切にするウマ娘だ。

 NHKマイルカップは無理にしても、日本ダービーの前哨戦にあたる青葉賞。こちらに出走することも考えたが、ローテが過密になるかもしれない懸念から却下。皐月賞からの直行で挑むことになった。

 

「ホノイカヅチのことだから、コース設計のことは頭に入れていると思うけど……それでも、万全を期するなら、ってとこだよな」

 

 もっとも、今更うだうだ言ってもしょうがない。やらないことはやらないって決めたんだから、できる限りのことをしないと。

 それに、対策をしていないわけじゃない。協力してくれる子がいろいろと教え込んでくれる。懸念は排除できるだろう。

 

 それ以外のことだと、出走してくるメンバーだ。皐月賞組と青葉賞組はほぼ固まってきた、後はNHKマイルカップに出走する組がどうするか。

 出走組と言えば、皐月賞のあの子。

 

「キャプテントゥーレは大丈夫かな、復帰は1年後って噂らしいけど」

 

 皐月賞に出走し、ホノイカヅチと競り合っていたキャプテントゥーレはケガの影響によりダービーの出走を断念。治療に専念するとのことだ。

 ホノイカヅチとの半バ身差。最も追い詰めたと言っても過言ではない彼女の離脱。少しだけ、可哀想にも思った。

 

(やっぱりケガは怖い。そのことを担当共々、しっかりと共有しておかないと)

 

 どんなに強くても、ケガ1つで台無しになった事例はたくさんある。ホノイカヅチがそうならないように、日々のケアを怠らないように万全を期そう。

 

 最後はトレーニング、か。こちらは順調そのものだ。オークスを制した経験のあるスティルインラブが東京レース場での走りをホノイカヅチに教えてくれている。

 日本ダービーが近いからと、一緒にトレーニングしてくれることが多くなった。隙間の時間を見つけては、俺達に合流している。

 

「私は、もうトゥインクル・シリーズを引退している身ですので。これでも結構暇なんですよ? フフ」

 

 そう語るスティルインラブの姿が記憶に新しい。いろいろあったと噂だけど、その辺は俺達の気にすることではないか。

 

 協力してくれると言えばアストンマーチャン陣営だ。ファン感謝祭でのことが耳に入っていたらしく、彼らは俺達に多大な恩を感じているらしい。人形配り歩いていた記憶しかないんだけどな……。

 

(これからいくらでも協力する、か。俺達からすればありがたい話だ)

 

 距離の違いはあれど、先人の知識や技術は得難いもの。なによりホノイカヅチもアストンマーチャンと仲が良いので、トレーニングにもプラスだ。

 

 

 できる限り万全の布陣で挑むことができる日本ダービー。ここから新たなライバルが現れるとしたら、NHKマイルの勝者、か。

 

「ディープスカイの陣営がMCローテの挑戦を宣言している。かつてタニノギムレットが挑んだローテを」

 

 NHKマイルから日本ダービーのローテ。それぞれの距離、マイル(Mile)とクラシックディスタンス(Classic distance)の頭文字をとって、MCローテ。どちらも制したウマ娘はいまだに1人だけだ。

 この2つを制することを目標に掲げているディープスカイ。これまでの勝ち鞍は毎日杯のみ、勝ち上がりにもずいぶんな時間を要していた。

 

 本来ならば、他の出走者と同じように見ればいいんだけど。そうはいかない理由がある。

 

(ホノイカヅチが警戒している。あの大柄な体を扱いこなせたら、強敵になると)

 

 勝ち上がりに時間を要したのは体を持て余していたから。改善されてきた今、もし戦うことになれば警戒しなければならない。ホノイカヅチはそう語っていた。

 実際言う通りで、レース内容が明らかに良くなっている。NHKマイルカップももしかしたら、と思わせるほどに。

 

「データ、集めておこう。損はないから」

 

 レース映像を見直し、気になった点をノートに書きとっていく。頭の中では、NHKマイルカップを観戦しに行くことを決めていた。

 

 

 

 

 

 

 NHKマイルカップの日。ホノイカヅチも興味があるとのことで、2人で一緒に見に行くことになった。

 

「フヒヒ……す、スカイさん、データが少ないので。この機会に、情報収集です」

「そうだね。特に、彼女は一戦ごとに進化しているような気さえもするから」

「あ、扱いこなしつつ、あります。だから、最新のデータを、今のうちに取らないと」

 

 場所は東京レース場。できる限り最前列で、ディープスカイや他のメンバーの様子を見守る。

 

 

 レースの結果はというと。

 

《内からブラックシェルだ、内からブラックシェルだ。ディープスカイも追ってきている。ブラックシェル、ディープスカイ、ブラックシェル、ディープスカイ! 残り100m、ディープスカイ抜け出した抜け出した! ディープスカイが抜け出した!》

《上手く抜け出しましたね!》

《先頭ディープスカイ先頭ディープスカイ! ブラックシェル追いかける! 3番手はダノンゴーゴー! ディープスカイが1バ身抜け出してゴールイン! 勝ったのはディープスカイだ!》

 

 ディープスカイがブラックシェルとの競り合いを制し、見事NHKマイルカップを勝った。内容も完勝に近いものだ。

 

 やっぱり、見に来てよかった。前走よりもさらに進化している。

 

(他の子と比べて上がりが早い。稍重のバ場で、しっかりと自分の脚を発揮していた)

 

 内容も文句のつけようがない。残る課題としては、2400mの距離に対応できるかどうか、か。

 

 ホノイカヅチも真剣な表情でノートを取っている。他のウマ娘の状態と、ディープスカイの現状評価を。

 

「……警戒を一段階引き上げ、末脚が伸びた理由は東京の造り、より長く脚を使えた方が」

 

 そして、日本ダービーをどう攻略するかを。しっかりと頭の中で考えているようだ。本当に、勤勉な子だ。

 

「君は凄いよホノイカヅチ。本当に偉い子だ」

「フヒ!? ふ、フヒヒ……っ!」

 

 俺もこの子に負けないように、もっともっと勉強しないとな!

 

 

 NHKマイルカップを観戦し終わったので帰り道に着く。その途中の公園で。

 

「あ、子犬だ」

「ほ、本当ですね。首輪はついてる……は、はぐれちゃったんでしょうか?」

 

 飼い主とはぐれたであろう子犬と遭遇した。俺の足下にやってきて、嬉しそうに身体を摺り寄せてきている。

 

「ハハ、可愛いな。よ~しよし」

「ッ!?」

 

 公園ということは、飼い主も近くにいるだろう。道路に飛び出す前に気づけて良かった。

 

 しばらく撫でていると、飼い主らしき女性が息を切らして走ってきた。子犬の姿を見ると、安堵したように息を吐く。

 

「はぁ~、良かったぁ。もう、急に走り出していったらびっくりしちゃうじゃない!」

「ワンワン!」

「あの、ありがとうございます! この子を捕まえてくださって」

「大丈夫ですよ」

 

 飼い主のところに帰る、かと思いきや。そのまま俺の足下から離れようとしない。これは、懐かれたのか?

 

「ワンワン!」

「こら、あんまり迷惑をかけちゃダメよ。良い子だからこっちにいらっしゃい?」

「ワンワン!」

 

 優しく呼びかけても戻る気配はなく。どうも懐かれたみたいだ。飼い主さんはぺこぺこと謝り倒しているけれど、構わない。

 

「ごめんなさい、少しだけ遊んであげてもいいですか? なんだか可愛く思えてきちゃって」

「ッ!?」

「なにからなにまでごめんなさい……! ちょっと遊んであげたら、この子も満足すると思うので」

 

 お言葉に甘えて、子犬と一緒に遊ぶことに。というか、さっきからホノイカヅチが静かだけどどうしたんだろう?

 

 ホノイカヅチの方へと視線を向けると、凄い表情をしていた。この世の終わりみたいな、子犬に嫉妬するような視線を向けている。いや、なんで?

 

(犬、嫌いなのかな?)

 

 だとしたら、悪いけどちょっとの間待ってもらおう。遊んでもらうまで離してくれる気配なさそうだし。

 

 飼い主さんの了承の下、少しの間戯れることに。

 

「お手!」

「ワン!」

「おすわり!」

「ワン!」

 

 この子はとても賢いようで、こちらの言葉にしっかりと反応して返してくれる。こうしていると、俺も犬を飼いたくなってくるな。

 

「ほら、取ってきて!」

「ワンワン!」

「ハハハ、えらいし賢いね、君は」

「……っ」

 

 それからひとしきり遊んだ後、子犬は満足したのか飼い主のところへ戻っていった。

 

「あの、本当にありがとうございます! この子と遊んでくれて」

「いえいえ、こちらも楽しかったので大丈夫ですよ。俺も、犬を飼いたくなりました」

 

 結構楽しかったな。さて、ホノイカヅチの様子は。

 

「……むぅ」

「ほ、ホノイカヅチ? どうしたの?」

 

 なんか、凄くむくれていた。頬を膨らませて、明らかに怒ってますよアピールをしている。途中でホノイカヅチも子犬と遊んでいたのに、なにがそんなに気に食わなかったのだろうか?

 

「お、オイラだってお手ぐらいできます」

「何言ってるの」

「おすわりもできますし、ボール取ってくることもできます!」

「本当に何言ってるの!?」

 

 嫉妬に満ちた目で、子犬が走り去っていた方角を指さしながらとんでもないことを言い始めた。いや、待ってよ。まさかホノイカヅチ。

 

「そ、それに! オイラはこうしてトレーナーさんと話せます! あ、あの子犬よりもお得です!」

「いやいや、比べるものじゃないでしょ……ホノイカヅチだって遊んであげてたじゃないか」

「それとこれとは話は別です! か、可愛さだって……ぎ、ギリ互角です!」

 

 さっきの子犬に嫉妬しているのか? ちょっと遊んであげただけなのに!?

 

「だ、だから子犬なんかよりもオイラを褒めてください! お、オイラの方が良い子です!」

「いやいや、だから比べるものじゃないって。どっちも可愛いし」

「ぬ、ぬぐっ!? そ、そんな言葉で絆されません! オイラのこともっとちやほやしてください! もっと褒めてー!」

 

 この後ホノイカヅチを宥めるのに大変な苦労を要した……まさか子犬に嫉妬するとは。




教訓 ホノちゃんを一番に褒めましょう
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