ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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決着と次に向けて

 ファンの大多数は思っていた。波乱は起きない、起こさせない。ホノイカヅチはダービーを勝って二冠ウマ娘になると。

 それでも、ごく一部にいたはずだ。ホノイカヅチの無敗が途切れ、違う誰かが勝者になるのではないか、と。下克上を、ホノイカヅチの王政を崩すウマ娘が現れるのではないかと、心の片隅に思っていたファンはいたはずだ。

 

 ならなかった。ホノイカヅチの王政は崩れず、4と半バ身差という圧倒的な差で他を下した。東京レース場の大舞台で、新たな二冠ウマ娘が誕生したのである。

 

《勝ちタイムも凄いもの、英雄と大王が記録したレコードタイム2分23秒3と同じ! レコードタイで駆け抜けましたホノイカヅチ! 外から豪快に一閃、追いすがろうとするディープスカイら後続を一蹴する走り! これはもう、期待せずにはいられません!》

《えぇ。差が縮まるどころか突き放していましたからね。文句のつけようがないでしょう!》

《世代の王者に輝いたのはホノイカヅチ! ジュニア級で王者に君臨したウマ娘はクラシックをも支配する! 最後の一冠菊花賞に向けて、最高の結果で勝ちましたホノイカヅチィィィ!》

 

 これで6戦6勝の無敗。盤石の勝利を刻んで、秋の京都に向けてファンの期待は高まる。

 

「凄いぞー、ホノイカヅチー!」

「このまま三冠だー!」

「絶対に応援に行くからなー!」

 

 喝采と声援。東京レース場は熱狂していた。

 

 渦中にいるホノイカヅチはというと。

 

「ふ、フヒヒ、フヒヒ……! ちやほや気持ちいい……っ!」

 

 褒められてめちゃくちゃ喜んでいた。ファンからは見えないように配慮しているが、頬は緩みきっており、笑いが堪えきれていない。観客に褒められて上機嫌であり、耳と尻尾が忙しなく動いている。およそレース中とは別人のような立ち居振る舞いだ。

 

 ただ、彼女もただ喜んでいるばかりではない。頭の中では今回の反省をしている。

 

(内、思ったより空いてましたね。これは、オイラが判断を誤ったということでしょう)

「も、もっと精度を上げないと。改善できるところは、改善して。き、菊花賞に備えないと」

 

 とりわけ注目したのは最後の直線に入る前。第3コーナーから第4コーナーにかけての位置取りだ。

 

 ホノイカヅチは外から躱していった。理由は様々だが、皐月賞の一件が尾を引いている。無茶な進路取りをしないように、密集するかもしれない内を避けて走っていた。

 なにより、あのマークでは内はそう簡単に空かないだろうと考えていた。緩かったとはいえ、ホノイカヅチのことを頭に入れていないわけがない。進路をなくしてくるだろうと断言できた。

 しかし、現実はディープスカイが通れるほどには空いていた。ホノイカヅチの読みは外れたことになる。

 

(外を回る選択が、間違っていたとは思えません。実際、手ごたえはありましたし。ただ、内を走れていたら……)

「も、もっと差を広げていたかも……は、派手派手だったかもしれません……っ!」

 

 4と半バ身差の時点でド派手も良いところだが、そこは向上心の塊ホノイカヅチ。自分が褒められる、ちやほやされるためならば努力を惜しまない。今回の件もしっかりと反省し、次のレースに活かそうとしていた。

 

 

 褒められて喜んでいるホノイカヅチ以外の、周りのウマ娘。ホノイカヅチに敗れたウマ娘達は絶望している。特に、何度か戦ったことがあるウマ娘はその色が濃い。

 突きつけられた。改めて実力差を、ホノイカヅチの強さを。

 マークしても無駄、自分の走りをしても無駄、奇策をぶつけても全て無駄。何をしても対応し、どんな状況でも最善手を打ってくる相手に対してどう立ち向かえばいいのか。全員、分からなくなっていた。

 

 ディープスカイも同様。いざ対戦して分かったホノイカヅチの強さに、畏怖の感情を覚える。

 

(トゥーレちゃんから言われた通り、ですぅ。生半可な気持ちでいくと、飲まれるぞってぇ)

 

 同じ先輩を尊敬している者同士、キャプテントゥーレの仇を討つつもりで臨んだ。アグネスタキオンが走ることの叶わなかったダービーの冠を取ると意気込んでいた。NHKマイルカップを制して自信をつけ、自分なら大丈夫と考えていた。

 それらは全て粉砕された。対峙する世代の頂点、ホノイカヅチの前に。

 

(最初から最後まで徹底してぇ、どこまでもブレなくてぇ。わ、わたしの走りが、全部通用しなくて……)

 

 やれるだけのことはやった、できる限りのことは尽くした。それなのに敗北した。ディープスカイの目から、一筋の涙が流れる。

 そこからはもう、止めようがなかった。

 

「うっ、うぅっ、ふぐ……っ!」

 

 流れる涙を止めることはできず、感情のままに頬を伝う。一生懸命だったからこそ、かけていた思いが強いからこそ、我慢することができない。ディープスカイは、敗北した事実に涙を流した。

 周りを見渡せばディープスカイだけではない。何人かは同じように涙を流し、悔しがっている。皐月賞でもいたが、日本ダービーはさらに多い。それほどまでに、かけている思いが強かったのだろう。

 きっと彼女達は強くなる。ファンはただ、健闘を称える拍手を送っていた。

 

 そんな中、レースを観戦していたアグネスタキオンはターフを鋭く睨みつける。

 

「……トレーナー君。我々の考えは一致していると思うのだが」

「まぁ、そうだね。ちなみに、タキオンはなんて結論が出た?」

 

 涙を流すディープスカイに先ほどまで励ましの言葉を送っていた彼。今はただ冷静な目でホノイカヅチを見ている。

 

「スカイ君の菊花賞出走は諦める。日本ダービーでも最後は脚が上がっていたし、適性的に合わない面があるだろう。それならばまだ、天皇賞の方が分がある」

「俺も同じ考え。ダービーで持たないなら、菊花賞はもっと無理だ。それに……菊花賞は確実にホノイカヅチが出走してくる」

 

 最終的に決めるのはディープスカイの意志。だとしても、アグネスタキオンとトレーナーの2人は……菊花賞の出走を諦めさせようとしていた。

 理由は2つ。適性の問題とホノイカヅチの問題。どちらも無視できる問題ではなく、断念するには十分すぎる理由だ。

 

「元々長距離の適性が低い傾向があった。そこにホノイカヅチ君という要素が加わり、別のレースに出走した方が彼女のためになると判断したわけだ。トレーナー君は?」

「同じようなものだよ。やっぱり、相手が」

「で、でも!」

 

 そんな2人の会話を間近で聞いていたダイワスカーレットは、抗議するように声を張り上げる。

 

「まだ1回、負けただけです! 適性だってこれから伸びる可能性がありますし、今の時点で菊花賞を諦める必要は」

「スカーレット君」

 

 諦めるには早い。ディープスカイの意志を確認するべきだ。そう主張するダイワスカーレットの反論を制し、アグネスタキオンは冷静に状況を見極める。

 

「適性というのはそう簡単に上がるものではない。どうしても、いかんとしがたいものはある。スカイ君の適性はもって2200m……2400でもおそらくギリギリだ」

「うっ……そ、それは」

「だがそれ以上に」

 

 ターフで涙を流すディープスカイに憐憫の眼差しを向け、アグネスタキオンは。

 

「菊花賞も走ったら、スカイ君の心を折られかねない。だからこそ、ここはクラシック戦線から退くのが最良の判断だ」

「た、タキオンさん……」

「残念だけど俺も同意見だよスカーレット。闘争心がどうとか、スカイはそこまで弱くないというのは分かっている。だけど無理して適性の合わないレースに出走するよりは、適性の合うレースを走った方がいい」

 

 菊花賞は諦めてもらう他ない。そう口にした。トレーナーも同様に、スカイの強さを認めた上で判断を下した。このまま菊花賞で挑むのだけは止めた方がいいと。

 悔しそうに歯噛みする2人を見て、ダイワスカーレットはひそかに決意を固める。

 

(ホノイカヅチ……菊花賞が終われば、あの子はシニア級に上がる。だったら!)

「スカイ、アンタの仇はアタシが取ってあげるからね」

 

 ホノイカヅチを睨みつけ、いつか必ず勝つと宣言した。後輩が勝てなかった相手に勝つと、闘争心むき出しに。世代の頂点ホノイカヅチは、トゥインクル・シリーズ最強と名高い【緋色の女王】に目をつけられたのである。

 

 

 睨みつけられたホノイカヅチはびくついた。

 

(なな、何でしょうか!? だ、誰かからか凄い視線をぶつけられているんですけど!?)

 

 ダイワスカーレットの視線を敏感に察知し、誰から向けられているのかきょろきょろと忙しなく視線を動かす。当然、観客の中に紛れている相手を発見することなどできるはずもなく、正体はついぞ分からなかったが。

 

 代わりに、関係者席にいる見知った姿を発見した。

 

「あ、め、メイヂヒカリ様……!」

 

 キラキラした、憧れの視線を向けるホノイカヅチ。視線に気づいてか、メイヂヒカリも微笑みながら手を振っていた。

 憧れの人が大舞台で輝く自分を見ていた。その事実に、歓喜する。

 

「め、メイヂヒカリ様~! お、オイラ、やりました、やりましたよ~!」

 

 手を大きくブンブン振って、メイヂヒカリに必死にアピールするホノイカヅチ。その様子を見てメイヂヒカリは鼻を抑えていたが、まぁきっと気のせいだろう。

 

 そして、嬉しいのはこれだけではない。レースが終われば、当然のようにトレーナーから褒められた。

 

「外から一気に抜き去る姿! 他の子も追いつけない、電光石火の末脚! ホノイカヅチは凄い!」

「フヒヒ、フヒヒっ!」

「これも今までしっかり頑張ってきたからだよ。努力を怠らないホノイカヅチは偉い!」

 

 調子がぐぐーんと上がるホノイカヅチ。その後のインタビューも機嫌よくこなし、彼女の日本ダービーは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 関係者席にて、メイヂヒカリの調子は有頂天となっていた。愛弟子の勝利に加え、こちらの姿を発見するやいなや嬉しそうに手を振る姿。

 

「見ましたか? シンボリルドルフ。ホノイカヅチが私の姿に気づいた瞬間手を振りましたよ。いやはや、やはり愛らしいですね」

「はぁ……まぁ」

 

 カリスマが崩れ去っている姿に、シービーを除くその場にいた全員がなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

 ただ、それも一瞬のこと。すぐさま元に戻り、部屋を退出しようとする。

 

「さて、良いものが見れました。これは菊花賞も現地観戦しに行かなければいけませんね」

 

 菊花賞について言及するメイヂヒカリ。去り際に、ルドルフ達に対して笑みを浮かべる。

 

「あなたたちも、菊花賞は是非見に来てください。きっと、凄いものが見れますよ」

「……それはどういう」

「言葉通りの意味です。では、ごきげんよう」

 

 言葉の真意を探ろうとするが、当のメイヂヒカリは優雅に一礼して去っていった。静まり返る関係者席で、シービーが口を開く。

 

「菊花賞、面白くなりそうだね」

「あぁ。メイヂヒカリさんが凄いっつーんだから、とんでもねぇもんが見れんだろうな! これは行かないとな、シービー!」

「うん。なんだか興味が湧いてきたし」

「菊花賞……あるいは」

 

 シービーとエースは前向き。2人の反応を見てマルゼンスキーも行くことを決めた。ナリタブライアンは元より見る予定。何よりこの日本ダービーでホノイカヅチへの興味を強めている。

 ルドルフは、言うまでもない。

 

(私が思い描いていた展開と全く一緒……か)

「楽しみだよ。君の、次のレースがね」

 

 その後は学園生らしく語らう5人。楽しい時間が流れていた。




思ったより溺愛しているメイヂヒカリ様。そりゃ可愛いからね仕方ないね。
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