それはホノちゃん人形ver.日本ダービー特別版を作っていた時のこと。
「夏合宿のメンバー、ですか」
「そう。ホノイカヅチちゃんのトレーニングに、協力してくれそうな子を増やした方がいいと思ってね~」
マートレさんからそう提案された。曰く、菊花賞を見据えて今のうちに増やしておいた方がいいとのこと。
考えなかったわけじゃない。それこそダービー前からずっと考えていたことだ。菊花賞を見据えるなら、アストンマーチャンやスティルインラブのような練習パートナーを見つけるべきだと。
「勿論僕達も協力する予定。だけどマーちゃんは長距離走れないし、菊花賞想定のトレーニングはできないでしょ?」
「そうですね。それに、アストンマーチャンも函館スプリントやスプリンターズステークスがあるから」
「うん。ホノイカヅチちゃんのトレーニングにはお役立ちできないかなって」
アストンマーチャンは短距離専門でマイルを何とか走れるくらい、スティルインラブは中距離の2400mが限界だ。2人とも、菊花賞の3000mはとてもじゃないけど走れない。
(いつかは直面する問題として、考えてはいたんだけど……)
「ダービーで忙しかったから、これといったアクションを起こしてなくて……いまだに手付かずです」
「それは仕方ないよ。目先のレースだって大事なんだから」
なんとかしようとは思っていたけれど、レースを控えていたりして忙しかった。それもダービーなんて大一番だから余計に。
夏合宿まで後1ヶ月。この期間までに協力してくれそうな子を見つけないといけない。それも、長距離を走れるようなウマ娘をだ。
どうして必要なのか? それはこの夏が成長の機会だからだ。
(夏を経て、さらに上の段階へと成長するためには必要不可欠。じゃないと、夏の上がりウマ娘にやられる可能性がある)
秋になるとダービーまでにはいなかった子が、夏を経て急激に成長する、夏の上がりウマ娘と呼ばれるウマ娘達が出てくる可能性も考えないといけない。やれることはやっておいた方がいい。ホノイカヅチがよく口にする、やるべきことを十全にだ。
なので、協力してくれそうな子を探したいんだけど。
「ホノイカヅチと仲の良い子、いるにはいるんですけど……その子はダートなんですよね。ホッコータルマエ」
「あ~ホッコータルマエちゃんか。ダートの長距離なんて今はないし*1、確かに厳しいね~」
「他には特に目星がなくて。どうしたものかなぁ」
ホノイカヅチとしても気の合う仲間とトレーニングした方がいいだろうし、効率だって変わってくる。だから、ホノイカヅチが警戒しないような子が望ましい。
「ジェンティルドンナちゃん、協力してくれそうなんだけどな~」
「いまだに名前を聞くだけで震えあがるから厳しいですね。なんであんなに警戒するのかな?」
「本当になんでだろうね~? ジェンティルドンナちゃんの性格なら、ホノイカヅチちゃんのこと好意的に見てくれるはずなのに」
周りから見た印象の問題なのか、ホノイカヅチはジェンティルドンナに対して警戒心を抱いている。せっかく長距離を走れて、マートレさんの伝手があるのに、ジェンティルドンナという手は封じられていた。どこかで歩み寄れる機会があればいいんだけどな。悪い子じゃないだろうし。
今のところは八方塞がりだ。ホノイカヅチを好意的に見てくれて、なおかつ警戒しない子。あわよくば褒めてくれるような子が一番望ましい。贅沢なことだけど、この条件を満たしてくれるような子がいればこちらとしてもありがたい。
もっとも、薄々察してはいる。
(そんな相手、都合よくはいないか)
アストンマーチャンやスティルインラブが協力してくれたのも奇跡のようなもの。これ以上は起きないだろう。
「なんとかするしかないか。ひとまず、手当たり次第に声をかけてみます」
「地道だけど、それしかないか。あ、でも」
マートレさんはなにか心当たりがあるのか、考える素振りを見せていた。相変わらず着ぐるみを着ているから表情は分からないけれど、何かを思い出したみたいだ。
「噂程度に聞いたことがあるんだけど、ホノイカヅチちゃんに興味を持っている子がいるらしいんだよ。それも、かなりのビッグネームが」
「え? それって誰ですか?」
「僕も今日聞いたばかりだから、真偽は定かじゃないんだけど」
マートレさんの言うビッグネーム。その名前を聞いて驚いた。だってその名前は。
「ドリームジャーニーちゃん。なんでも、ホノイカヅチちゃんに興味があるんだって。どこかで話してみたいって本人が言ってたみたいだよ?」
かつての朝日杯王者で、学園でも有名な【金色の暴君】オルフェーヴルの姉だからだ。
◇
遠征支援委員会の札が書かれた扉の前。ここがドリームジャーニーのいる部屋らしい。
隣にいるホノイカヅチはびくびくしている。ドリームジャーニーも警戒の対象なのか、それとも会ったことがないから警戒しているのか。
「ちなみに、ドリームジャーニーと面識はあるの?」
「な、ない、です。で、でも、オルフェーヴルさんの、姉だから。き、きっと怖い人……」
恐れていたのはオルフェーヴルの方だったのか。確かに、ホノイカヅチには合わなそうだ。
少なくともホノイカヅチに面識はない。とすれば、どうして彼女は興味を持ったのか。そこが気になるところだ。
扉をノックすると、中から入室を促す声が聞こえた。扉を開けて、遠征支援委員会の部屋へと入る。
「お邪魔します」
「お、おじゃま、します」
「ようこそいらっしゃいませ、遠征支援委員会へ。ホノイカヅチさんと御幸トレーナー」
恭しくお辞儀をするウマ娘、ドリームジャーニー。こちらの警戒を解くように薄く微笑む彼女は、どことなく危険な香りがしていた。
「私はドリームジャーニー。ホノイカヅチさんと比べれば地味ではありますが、トゥインクル・シリーズを現役で走っております。以後、お見知りおきを」
「あ、これはご丁寧にどうも……それで、話の内容なんだけど」
「私がどうしてホノイカヅチさんに興味を持っているか、でしょう?」
こちらの考えを見透かしているように、先んじて俺が聞こうとしたことを当ててきた。なんというか、怖いな。
「ですが、興味を抱くのも当然ではないでしょうか? 現時点におけるクラシック三冠最有力候補、次の菊花賞もほぼ確実……そう噂されているくらいですから」
「フヒ、フヒヒっ」
「私がホノイカヅチさんに興味を抱いたのも同じ理由……では、勿論ありません」
ただ、好意的な微笑みをこちらに向けている。というよりは、ホノイカヅチに向けている。
「ホノイカヅチさんのような素敵な方はそうはいません。純粋で、誠実な方……とても好ましく思っています」
「フヒっ!?」
「皇帝さながらのレース運び、鋭く伸びてくる末脚。全てを高水準に備え、隙が無い。まさしく強いと思う方……見事という他ありません」
オドオドしていたホノイカヅチだけど、ドリームジャーニーに褒められた途端肩がビクンと跳ねた。それだけじゃなく、とても嬉しそうにしている。
「これまでのレースは全て拝見させていただきました。とても素晴らしいレースの数々、敬服の念を感じずにはいられません。だから、こうして一度お話したかったのですよ」
「フヒヒ、フヒヒ……っ!」
「じゃあ噂は本当ってこと、なんだね? ホノイカヅチに興味を持っているっていう」
「おや、知っていましたか。全く、どこから漏れたのやら……困ったものです」
そうは言いつつも、どこか嬉しそうにしている。なんで嬉しそうにしている必要があるのかは分からないけど、この子は凄いな。ホノイカヅチのツボを押さえているし、あっという間に警戒心を解いた。
仕切り直すように、手を叩く音が部屋に響き渡る。
「さて、単刀直入に申しましょう。もうすぐ夏合宿が始まるのはご存じですね?」
「そうだね。後1ヶ月もすれば夏合宿だ。それがどうか」
「もしよろしければ、我々と協力する気はないでしょうか?」
手をこちらに差し出して、夏合宿を一緒にしないかと持ち掛けてきた。え? ドリームジャーニーたちと、協力?
「実は我々も練習パートナーを探していまして。今後を見据えるなら、強い方とトレーニングするのが望ましい。ホノイカヅチさんならば申し分ない、むしろこちらからお願いしたいと思うのです」
「あ、あぁ、うん。そうなんだ」
「フヒ。お、オイラ強い子っ」
あまりにも意外な誘い。夏合宿のパートナー探しに苦心していたところに、まさかドリームジャーニーから申し出があるとは思わなかった。接点があるとは思わなかったから余計に。
ドリームジャーニーは菊花賞を走った経験がある。しかも、掲示板入りの好成績を残していたはずだ。パートナーとしては申し分ないどころか、こっちからお願いしたいほどの相手。
「また、ホノイカヅチさんに興味を持っているのは私だけではございません。実はもう1人、心当たりがありまして。ホノイカヅチさんが来るのであれば、彼女の協力も得られるのです」
「その、彼女って言うのは?」
「マンハッタンカフェさん。勿論、知っていますよね?」
知らないわけがない。かつて菊花賞に春の天皇賞を制した、生粋のステイヤー。彼女の力を借りられるなら百人力だ。
ドリームジャーニーの言うことが本当ならば、ホノイカヅチに興味を持っている。好意的に見ている可能性が非常に高い。ホノイカヅチが警戒しないかが問題だけど、そこは上手くしよう。
この誘いはあまりにも魅力的、断る理由がどこにも見当たらない。
「お願いします! 夏合宿、どうか協力してください!」
気づけば、額に地面を擦りそうな勢いでお願いしていた。いやだって、苦心していたところにこんな誘いが来たんだ。反応してしまうのも無理はない。
問題はどうしてドリームジャーニーたちが興味を抱いているかだけど、この機会を逃すわけにはいかない。多少の罠は踏み抜く覚悟で行こう。
「……おやおや、疑わないのですか? 自分で言うのもなんですが、少しは疑われるものかと思いましたが」
「君がホノイカヅチを褒めている時の言葉に嘘はなかった。そんな子の誘いなら、俺は安心して乗れる」
もし嘘やお世辞だったらホノイカヅチが即座に反応している。その反応がはなかったということは、ドリームジャーニーの言葉に嘘はないということだ。なら、信頼できる。ホノイカヅチが気を許した相手ならば。
「お、オイラからも、お、お願いします。そ、その、ドリームジャーニーさん、悪い人じゃ、なさそうなので。後、オイラを褒めてくれそうなので!」
「……おやおや」
驚いているような声。けれども、嬉しさを隠し切れていない。
「では、契約成立ですね。マンハッタンカフェさんにはこちらからお声かけしておきましょう。どうか、よろしくお願いします」
「ありがとう! けど、君のトレーナーの承諾は?」
「問題ありません。私のトレーナーさんも、この話には協力的です。クラシック二冠ウマ娘とのトレーニングは、とても魅力的だと仰っていました」
こうして、夏合宿のパートナーはあっさりと見つかった。本当に良かった!
ドリームジャーニーの噂
実は興味を持っていると噂を流したのはドリ(ここから先は読めない