照りつける太陽の日差し、灼熱の砂浜の上。ついに迎えました、夏合宿の日。
今回はなんと、オイラやマーちゃんさん、スティルさんだけではありません。新しい方々が協力してくれるんです。
「それでは、本日よりよろしくお願いします。私はドリームジャーニー、お互いにとって実りのあるトレーニングにしましょう」
「……マンハッタンカフェ、です。よろしく、お願いします」
「ほほ、ホノイカヅチ、です。お願い、しますっ!」
ドリームジャーニーさんにマンハッタンカフェさん。興味があると言って、オイラに協力してくれる優しい人達。この縁は大事にしなければなりません。
ドリームジャーニーさんはオイラの1つ上の世代。朝日杯を制して、菊花賞も掲示板入りした先輩。今はあんまり調子が良くないみたいですけど、今後を見据えてオイラとトレーニング。ふ、フヒヒ。それにしても。
(クラシック二冠ウマ娘……あ、改めて言われると、オイラ持て囃されてる? ちやほやされてる!)
言ってくれました。オイラのことをクラシック二冠のとても素晴らしいウマ娘と。こちらから頭を下げたいくらいに強い方だと言ってくれました。こ、これはもう嬉しくて震えます。オイラの実力が、そこまで認められているのですから。
それに、優しいです。こちらを気遣うような言動に、オイラの状態を逐一心配してくれるウマ娘さん。怖いイメージなんてもはやなく、オイラには優しいウマ娘さんのイメージしかありません。噂とはあてにならないものですね。
もう1人は、マンハッタンカフェさん。ドリームジャーニーさんの紹介で加わることになった、トゥインクル・シリーズはすでに引退している方です。こちらはなんというか、不思議な感じがします。
(あ、あんまり嫌な感じがしません。こちらにあまり干渉してこないですし、必要最低限の会話で済ませてくれるというか)
これには会話のボキャブラリーが貧困なオイラも嬉しいです。あ、あんまり人との会話、好きじゃありませんし。オイラの貧弱な会話でも、マンハッタンカフェさんは嫌な顔一つせずに付き合ってくれますし、こちらも優しい方。
加えて、こちらもオイラのことを褒めてくれました。これは大変いい人です。オイラが保障します。
この2人にいつものマーちゃんさんとスティルさんを加えて、4人+αで合宿になります。向こうでは、トレーナーさん達が打ち合わせをしている。
その間、オイラ達は手が空いています。その間に、準備運動をして体を整え、いつ始まってもいいように心構えをしておきます。
遊ぶ時間はない。菊花賞に向けての戦いは、もう始まっている。
(最優先事項は、マンハッタンカフェさんから技術を教わること。長距離で無類の強さを誇ったステイヤー……必ず、オイラにとって実りのあるものとなる)
おそらくですが、ドリームジャーニーさんにも同じ狙いがある。今後走るであろう長距離路線に目を向けて、オイラに興味がある……興味がある……フヒヒ。オイラに興味があるマンハッタンカフェさんに声をかけたんだと思います。
打算と言われてもおかしくありません。オイラをダシに使ったと思うかもしれません。ですが、ドリームジャーニーさんからすれば、オイラ達2人ともとトレーニングしたかった。どちらか一方とトレーニングしたいから、ではなくどちらともトレーニングをしたかった。
後は、上手く立ち回ったなと。菊花賞に向けて長距離の練習相手が欲しいオイラ達と、オイラに興味があるけど接触できずにいたマンハッタンカフェさん。2人の状況を知っていて、自分が橋渡し役となることでこの企画を立案したドリームジャーニーさん。
(上手い、です。本当に)
こうして助かっているから、ドリームジャーニーさんには感謝しかありません。彼女に報いるためにも、オイラはなんとしても成果を出さなければ。
打ち合わせを終えたトレーナーさん達が、こちらに戻ってくる。そして……ヒィっ!?
「さて、と。それじゃあさっそくトレーニングを始めようか。それともう1人追加メンバーがいるんだけど」
「フン」
あ、アレは……見間違うはずがありません。金ぴかのオーラが凄くて、圧が凄いウマ娘さん……! オルフェーヴルさんだ!?
なんで、どうしてと思いますが、考えてみれば当然です。だって、ドリームジャーニーさんがいるんですから。
(お、オルフェーヴルさんはドリームジャーニーさんの妹。一緒のチームに所属しているならば、必然オルフェーヴルさんもついてくる! わ、忘れていました……っ!)
圧が凄い。目力も凄いですし、オイラを睨むように威圧しています。ここ、怖い、やっぱり怖い人ですオルフェーヴルさんは。
ですが、間を取り持つようにドリームジャーニーさんが割って入ってきて。
「オル、ホノイカヅチさんは繊細だ。あまり睨むのはよくないよ。いくら興味があるとはいえ、ね」
「この程度の眼光に屈するのが悪い、が。姉上の諫言には耳を傾けるべきか」
「申し訳ありません、ホノイカヅチさん。オルもホノイカヅチさんに興味を持っているのです。とても強い、貴方を」
「ふ、フヒ……」
お、オルフェーヴルさんがオイラに興味を持っている? めちゃくちゃ睨んでいるのに?
嘘は言っているように見えません。ですが、とてもじゃないけど信じられないです。だって、オイラなんて路傍の石ころ程度にしか思われてなさそうですし。
「おい」
「ひゃい!?」
きゅ、急に声をかけられてびっくりすると、オルフェーヴルさんがオイラを見据えていました。しっかりと、一瞬も外さないように。
「貴様の走りを余に見せろ。あらゆる面において完璧を誇る貴様の走り、余の走りを高みへと導くのに必要なものだ」
「は、はぁ……も、もしや、オイラ褒められてる!?」
ふ、フヒヒ。オイラの走りはオルフェーヴルさんも褒めてくれるほどのもの。こ、怖いですけど、褒められて悪い気はしません。
その後も、オルフェーヴルさんはオイラから視線を外しません。じっくりと、オイラを覗き込むように見ています。
「貴様の走りは価値が高い。貴様自身がどう思っているかは興味はないが……王の前で走ることを許す」
「フヒヒ、フヒヒっ」
「おやおや、予想以上に興味を持っているみたいだね、オル。お前がそんなに嬉しそうで、私も嬉しいよ」
あ、嬉しく思ってるんですねコレ。
こうして始まる夏合宿。オイラの気分はウキウキです。
◇
始まった夏合宿。5人のウマ娘に協力してもらい、菊花賞に向けてトレーニングをしていく。
最初は心配していたホノイカヅチのメンタルだけど、ずっと安定していた。高い調子を保ったままトレーニングができている。オルフェーヴルが加わっても、だ。
「貴様、なぜ日本ダービーではあのような選択をした? 内が空いていたのだから外を回る必要はなかっただろう」
「あぅ……そ、その。あんまり、内を攻めすぎても対策を取られると思ったから、です。た、ただでさえ皐月賞、結構無茶しちゃいましたし。それに、外の方が、末脚発揮しやすかったので」
「成程な。事実、あのレースは4と半バ身差、貴様の選択は間違いではなかったということ、か」
「は、はひ」
オルフェーヴルとの相性が悪そうに思えたが、意外にもオルフェーヴルの方から歩み寄っている。唯我独尊の態度は変わらないけれど、ホノイカヅチにいろんなことを聞いていた。
それに、ホノイカヅチに敬意を払っているというか。オルフェーヴルのトレーナー曰く、言葉も優しいものになっているらしい。あれで?
「オルフェはホノイカヅチさんのことを高く評価してるからね。今回の夏合宿、実はすごく楽しみに」
「不敬なことを申す口は閉じるべきだな」
「いっだぁ!?」
あ、足払いされて地面に。いつの間にこっちに戻ってきたんだ、オルフェーヴル。しかも気づいたらまたホノイカヅチのところに行ってる。
高く評価している、か。
(今のホノイカヅチは順調も順調。世間からの評価も凄く高い)
曰く、皇帝や英雄に続く3人目の無敗三冠を狙える逸材。完璧なゲームメイクをする【パーフェクト・レースプランナー】、周りのウマ娘はなすすべもなく支配されるのみ。メイクデビューの全然評価されていなかったときに比べたら、彼女は世代で一番輝く星になった。
誇らしいことだ、嬉しいことだ。現に、ホノイカヅチも聞いた時凄く嬉しそうにしていた。
だからこそ、怖い。
(……またチェックしてみるか)
ホノイカヅチのネット記事を探し、主要な記事をピックアップして見ていく。
書かれている内容自体は普通だ。ホノイカヅチの実力を高く評価するものであり、世代ナンバーワンとか一強状態とか書かれている。ホノイカヅチが褒められている記事が多く、彼女にとって望ましいことが続いている。
ただ、それと同時に……理想を求めるようになった。
(世間から求められる相応しい振舞い。いろんなウマ娘と比較して、ホノイカヅチに過度な期待を押し付けるようになった)
特に比較が多いのがシンボリルドルフ。レーススタイルが酷似しており、ファンからもレース運びが似ていると言われるほどだ。大体の記事ではシンボリルドルフが比較対象に挙げられている。
全てのウマ娘の幸福のために。そう公言しているシンボリルドルフは、まさに三冠ウマ娘かくあるべし、というべき立ち居振る舞いをしている。憧れるウマ娘も多いだろう。
シンボリルドルフに限らず、三冠ウマ娘というのは独特のカリスマがある。ミスターシービーもそうだし、ナリタブライアンもそうだ。憧れるような何かがあって、周りの空気を変えてしまうような威圧感がある。
だからこそだ。三冠に最も近いウマ娘だからこそ、ホノイカヅチにもその威圧感を求められている。
(レースに関しては言うことはない。冷静に、冷徹に。圧倒的なまでにレースを支配できる)
だけど、レース外では別だ。良くも悪くも乖離が激しいし、レースの冷静っぷりは鳴りを潜めている。そこが良いというファンも多いし、話題を集めているのも確かだけど、記者からすれば物足りないのだろう。あれこれ求めてしまう。
その結果が最近の記事。三冠を確実視しているからこそ、ホノイカヅチは相応しい振る舞いを望まれている。
今開いているニュース記事もそうだ。【三冠が確実視されているホノイカヅチ。彼女もまた先人のように素晴らしい思想をもってレースに臨んでいるに違いない】、と書かれている。ミスターシービーのような自由を、シンボリルドルフのような大望を、ナリタブライアンのような渇望を、英雄のような使命を持っていると好き勝手に書かれている。
「……勝手だな、本当に」
理想を押し付けられる側の気持ちを考えたことはないのだろうか。ないんだろうな。ないからこそ、勝手なことが言えるわけだし。
本当に、腹が立つ。
「怖い顔しているよ、御幸君。リラックスリラックス~」
気づいたら、マートレさんが俺の前に立っていた。どうやら、険しい顔をしているから心配させたみたいだ。
「……すみません。ちょっと、考え事をしていて」
「ま、深くは聞かないよ。でも、辛い時は相談してね。どんなことでも相談に乗るから」
マートレさんには感謝しかない。ジュニア級の時からお世話になりっぱなしだ。本人はこれでもまだ足りないくらいって謙遜するんだろうけど。
記者のことはこれぐらいにしておこう。今はとにかく、ホノイカヅチの菊花賞だ。
とはいっても、まぁ。
(俺はかつて、彼女の適性はマイルから中距離のウマ娘だと思っていた。瞬発力があるし、きっとそうじゃないかと)
何も心配する要素がないというか。マンハッタンカフェと一緒に遠泳をしてケロッとしているのがその証拠というか。
「マートレさん。俺は前に、ホノイカヅチをマイルから中距離のウマ娘って言いましたよね?」
「ん~? そうだね。なんなら僕達、2400はキツそうとも言ってたよね」
「はい。けど」
日本ダービーを見て思った。最後の直線、一切落ちなかった彼女のスピードを見て確信した。彼女の本当の適性は……。
「普段から、ダートのトレーニング、を? それは、どうして」
「あ、あの。あ、脚の強度を、高めるためで。脚を鍛えるために、ダートのトレーニングを中心にって、トレーナーさんが」
「なる、ほど。そういう、狙いが」
菊花賞はどうなるのか。まだ、分からない。
色々とキナ臭くなってまいりました。