ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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進路変更

「もう一度だけ、ホノちゃんと戦わせてくれませんかぁ?」

 

 合宿の宿舎、その一室でディープスカイは懇願する。目の前にはアグネスタキオン、そしてダイワスカーレットが立っていた。

 探るような目で見てくるアグネスタキオンに怖じ気そうになるディープスカイだが、構わずに自らの主張をぶつける。ホノイカヅチと戦わせてほしい、という思いを。

 

「神戸新聞杯。ホノちゃんはそこに出走する予定らしいですぅ。だから、わたしもそこに」

「得策じゃない。スカイ君の大目標は秋天に決まった。秋天を見据えるならオールカマーに出走するべきだ」

「け、けどぉ」

「それに、仮に神戸新聞杯でホノイカヅチ君に勝ったところでどうする? 菊花賞には出ないのに」

 

 冷静に、淡々と告げるアグネスタキオン。彼女自身、諦めろと口にするのは心苦しく思っている。本当ならディープスカイの提案を飲んであげたいし、リベンジをさせてあげたいと頭の中では考えている。

 

 だが、理性が邪魔をする。合理的な思考が、最善であるべき選択が阻んでくる。もしここでホノイカヅチに挑んで、ディープスカイが立ち直れなくなったらどうしよう、と。

 

(スカイ君のメンタルを甘く見ているわけではない。だが、スカイ君は距離が伸びるほど不利になる。神戸新聞杯もダービーと同じ2400m、コース体系の違いはあれど、厳しい勝負なのは間違いない)

 

 日本ダービーは惨敗。圧倒的な力の前になすすべもなく敗れた。NHKマイルカップを制して、コースへの理解はディープスカイの方が上なのにも関わらずだ。

 加えて不安要素。頭の中では、ホノイカヅチのレースをシミュレートしていた。何度も何度も、ディープスカイとの実力差を考えて、アグネスタキオンなりに仮想で戦わせていた。

 

 一度たりとも勝てない。どんなに甘く見積もっても、贔屓目に見ても勝てない。ホノイカヅチは、それほどまでに強い。

 

(私の考察が正しければ、ホノイカヅチ君は……)

 

 来る菊花賞。勝つのはホノイカヅチで決まりだろうと確信している。他のウマ娘がどれだけ強くなろうと、ホノイカヅチの強さに勝るものはいないというのが結論だ。

 神戸新聞杯でも変わらない。ディープスカイの成長は著しいが、同じ分だけホノイカヅチも成長している。今戦ったところで、勝ち目は限りなく薄い。

 単純な勝ち負けでは得られないものもある。負けたことで吹っ切れて、さらなる成長に繋がることだってある。今ここで戦って、ディープスカイのお願いに応えてあげたい気持ちはある。

 だが、それを差し引いてもホノイカヅチとの対戦は避けるべきだ。アグネスタキオンの本能がそう告げている。

 

「秋天ならオールカマーか毎日王冠。これが定石だ。だから次のレースはどちらかに絞るべきだ」

「で、でもぉ! わたしはぁ、ホノちゃんから逃げたく」

「逃げる逃げないの問題じゃないんだ。下手をしたら、君が立ち直れなくなる。ありえないほどの敗北を叩きつけられて、燃え尽きてしまう可能性がある」

 

 ホノイカヅチというウマ娘の恐ろしさ。対戦したことはないが、観客席越しからでも分かる。彼女の強さは異質で、あまりにも無法であると。

 

(誰に教えられたのかは分からないが、精神力が常軌を逸している。崩すことなんてほぼ不可能だ)

 

 この世代において、ホノイカヅチの強さは常軌を逸している。このまま成長していけば、来年度も間違いなくホノイカヅチが話題になるだろう。そう確信していた。

 

 加えて、アグネスタキオンには気になることが1つあった。

 

「なにより、スカイ君も一度は納得しただろう? どうして今になってまた挑もうとしているんだい?」

 

 黙りこくるディープスカイ。一度は飲んだ提案を、どうして今になって蒸し返すのか。その真意を探るべく、アグネスタキオンは改めて聞いた。

 静まり返る室内。口を挟むべきか迷っているダイワスカーレットを手で制し、ディープスカイはキッと睨む。

 

「し、勝算がぁ、あるわけじゃありません。だけどぉ、このまま逃げるのは嫌だからですぅ!」

 

 強い意志の籠った瞳。それでもアグネスタキオンは態度を崩さない。厳しい目でディープスカイを睨む。

 

「これは逃げじゃなくて、戦略的撤退だ。無理に相手をする必要は」

「わ、わたしはぁ、嫌なことから逃げたくないですぅ! 負けるからってぇ、挑まずに逃げて後悔はしたくありません!」

 

 睨み返すディープスカイ。さすがの態度にアグネスタキオンも気圧された。思わずのけ反りそうになる。

 瞳を覗き込み、ディープスカイの覚悟を見る。

 

(……腹は括っている、ということか)

 

 決して折れない、曲げられない強い意志。ホノイカヅチとの対戦に、覚悟をもって臨もうとしている。おそらくだが曲げることは叶わないだろう。そう感じた。

 

 10秒、20秒。時間が流れていく。先に音を上げたのは。

 

「……分かったよ。よほど強い覚悟を持っているようだし、私の方からトレーナー君に進言しておこう」

「っ、ほ、本当ですかぁ!?」

「嘘は言わない。元々オールカマーに進む予定だったけれど、神戸新聞杯に予定変更だ。全く、調整が大変になるねぇこれは」

 

 溜息を吐きつつも、どこか楽し気なアグネスタキオン。自らの要望が通ったことに喜ぶディープスカイ。そんな2人の様子を見て、胸を撫で下ろすダイワスカーレット。全員が安堵していた。

 

 ただ、アグネスタキオンは一瞬のうちに険しい顔つきになる。

 

「だが、さっきも言ったように本当に気を付けたまえ。この私が避けざるを得ない選択を取るほどに彼女は強い。彼女と戦いの土俵に立つのは、相当に厳しい」

「は、はいぃ」

「自分から決めた以上、全てを糧にするつもりで挑みたまえ。無論私も手を貸すがね」

 

 話は終わりだ、とばかりに持ってきたノートPCのキーボードを叩く。開いているものはディープスカイのトレーニング理論について記述されており、ホノイカヅチの詳細なデータも書いてある。ここから構築するのだろう、ホノイカヅチに勝つための戦略を。

 全てを理解したディープスカイ。明日に備えて、ダイワスカーレットと共に寝床に着く。

 

「良かったわねスカイ。タキオンさんも分かってくれて」

「はいぃ。このまま逃げるのはぁ、なんとなく嫌でしたからぁ」

 

 そんな会話をしながら、2人は夢の世界へと旅立つ。

 

 

 もうすぐ日付が変わろうとしている時間。アグネスタキオンは宿舎の部屋を離れ1人、別室でノートPCのキーボードを叩いていた。

 

「……コレもダメ、アレもダメ、全部ダメだね。やはり、ホノイカヅチ君の強さは攻略できるものじゃない」

 

 深い溜息を吐く。何度計算しても勝てるビジョンが浮かばない景色に嫌気がさし始める。それほどまでに相手が強い。

 それでも止めない。一度許可した以上は勝たせるために最善を尽くす。それが当然のことだからだ。

 

(さすがにスカーレット君ならいくらかの勝ち筋が出てくるんだが……スカイ君だと詰めていくのが相当に厳しい)

 

 そもそもこちらは適性的に限界距離の2400mで、相手はこの2400mを得意としている。この時点で不利を背負わされているのに、相手の方がスペックが上。搦手も作戦も通じない、周りを支配するような攻めを今から身につけるにはあまりにも遅い。

 

(会長のようなレース運びをしなければ、ホノイカヅチ君を完全に封殺することは不可能だ。あのレベルの支配を求めるのは酷というもの)

 

 時間が圧倒的に足りない。メンタルを鍛えたところでぶっつけ本番で発揮することは不可能に近い。簡単に言えば、手詰まりだった。

 

「トレーナー君の許可は貰ったものの、やっぱり厳しいねぇ。向こうも同じように苦心しているみたいだし」

 

 LANEを開き、情報交換をしているアグネスタキオンとトレーナー。とはいっても、お互いに状況は芳しくないのだが。

 

「全く、あんな完璧なレース運びをどこで教えてもらったのか、ぜひとも聞かせてもらいたいものだ。隙がなさ過ぎて困るよ」

 

 弱点は強みで塗り潰されている。自滅や反則覚悟で行かなければ止めることができない。端的に言えば、詰みだ。

 

「思いの強さがあれば、時としてウマ娘は不思議な力を発揮する。都市伝説扱いされている領域も、似たような原理ではあるが」

 

 不確定要素に頼るのはアグネスタキオンからすればなし。それよりも確実に勝てる方法を探す方が有意義というもの。もっとも、その方法はないに等しいのだが。

 

(自力で勝る以外の方法がない。けれども、彼女は天才かつ努力家……研鑽を怠らない)

「ちょっとくらい弱点があっても良いだろ~? あるにはあるけど、君のは弱点と言えないじゃないか。中山苦手以外になにかないのかい?」

 

 そうは言いつつも、アグネスタキオンはある程度の推察を立てている。ホノイカヅチがどのようにして神戸新聞杯を走るのか、その予想を。

 

(まず大前提としてリスクを避けるように動いてくるはずだ。そうなるとダービーのように外目の位置につけるのがマスト、内は避けて通るだろう。特に彼女はマークが集中する、抜け出しにくくなる内はできる限り避けたいはずだ)

「……大まかな予想としてはこんなところか」

 

 データをまとめ上げた彼女は宿舎に戻ろうと立ち上がる。その瞬間。

 

「やぁ、頑張っているみたいだねタキオン」

 

 フジキセキが現れた。ニコニコとした顔の裏にわずかな怒りと心配を滲ませている。当のアグネスタキオンは悪びれもしない表情だ。

 

「あぁ、頑張っていたよ。なにせ、可愛い可愛い後輩が修羅の道に行こうとしているんだ。本当に苦労するよ」

「そうなんだね。なら、今すぐ宿舎に戻ってもらおうか。部屋にいないから心配したんだよ?」

「それはすまなかったね。だが、やるべきことはもう終わった。今すぐ戻るよ」

 

 お説教待ったなしの状況であるにもかかわらず、自分のペースを崩さない。フジキセキは呆れたように溜息を吐きつつも、わずかに見えたノートPCの画面からある程度のことを察する。

 

「ホノイカヅチのことかい? 君がそこまで悩んでいるのは」

「その通りだよ。スカイ君が神戸新聞杯で戦いたいと言い出してね、その対策を立てていたところだ」

「成程ね……君がこんな時間まで宿舎を抜け出してまで、ホノイカヅチを警戒しているんだね」

「当然だ。でなければ君のとこのポッケ君にわざわざ忠告したりはしない」

 

 話はそれだけ。フジキセキにお小言をもらいながらアグネスタキオンは宿舎へと戻っていった。なお、お小言をもらっている最中とても反省したようには見えなかったのはココだけの話。

 

 

 どの陣営にも様々な思いがある。強い意志を抱いたまま夏合宿を駆け抜け、気づけば全日程が終了していた。

 

「ま、マーちゃん、さん。スプリンターズステークス、頑張ってくだ、さい!」

「ホノちゃんの応援でやる気百倍です。ホノちゃんも、神戸新聞杯頑張ってくださいね」

 

 ホノイカヅチ陣営。

 

「やれるだけのことはやった。後はスカイ君、君の覚悟を示すだけだ」

「はいぃ。学んだこと、全部活かします!」

 

 ディープスカイ陣営。

 

「よっしゃあ! 秋のレースで度肝を抜いてやれルー!」

「はいっすポッケさん! うおおお、頑張るぞォォォ!」

 

 オウケンブルースリ陣営。どこも気合いが入っていた。

 

 

 そして、神戸新聞杯の日を迎える。




前書きに他意はないよ。ホントだよ。
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