ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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レース後の評価

 河川敷にある小屋。中にてジャングルポケットとオウケンブルースリが向かい合っている。

 2人だけではない。フジキセキを筆頭としたチーム全員がその場におり、トレーナーも勿論いる。全員が神妙な顔つきで話し合っていた。

 

「んで、実際に戦ってみてどうだった? ルー」

 

 ジャングルポケットの言葉。どこか心配するような声色に、オウケンブルースリは少し声を震わせていた。

 

「いや、マジやべーっすアレ。初めて走ったけど、あんなウマ娘初めてです」

「初めて、か。それはどういう意味じゃ?」

「なんつーか、どこまでも機械的なんですアイツ。私当然のことやってますけど? みたいな感じで、生気を感じないっつーか」

 

 オウケンブルースリは語る。神戸新聞杯で感じたことを、ホノイカヅチの恐ろしさを。

 

「アタシたちって、思いが強さに直結する、みたいに言われてるじゃないすか。強い思いがウマ娘を強くする……みたいな」

「そうだね。闘争心、と言えばいいのかな? 誰かに負けたくない、一番になりたい、レースに勝ちたい、憧れに追いつきたい。そんな思いが強さになって、私達はレースを走っている」

「でも、アイツからはそんなものを感じなかったんです。闘争心なんて微塵もなくて、当たり前のことを当たり前にやってるだけ、みたいな」

 

 ホノイカヅチに闘争心はない。レースの強さを発揮しているのも、彼女にとっての当たり前を発揮しているだけに過ぎないと口にする。これは他の人も同様に感じていることだ。彼女と走ったウマ娘は、みんな思っている。

 事実、ホノイカヅチのレースは全てが教科書通りだ。お手本のような先行の走りを貫き、その時で有効な策をぶつけてくる。対策もしやすい上に、地力が伴ってなければどうしようもない走り。奇策や珍策もぶつけてこないから、さらに読みやすいだろう。

 

 だからこそ、対戦相手は痛感するのだ。

 

「アイツは当たり前のことしかやってこない。だから、アタシらが勝てなかったのは、ただ自分たちの実力不足だって。そう突きつけられてるような気がするんす」

「実力不足、か。それは、かなり心にクるのう」

「はい。諦めるつもりなんて微塵もないですけど、アイツの強さはちょっと……規格外です。アグネスタキオンが忠告してきた意味、理解できました」

 

 ホノイカヅチに負けたのは、ただ自分たちの努力が足りなかっただけだと、そう言われているような気がするから。運否天賦などではなく、ハナから自分の頑張りが足りなかっただけだと思い知らされるからだ。

 当たり前を崩せなかった自分が悪い、教科書通りの走りに勝てなかった自分が悪い。ホノイカヅチを相手にするとそんな気持ちが出てくる。オウケンブルースリもまた、同じ気持ちを抱いていた。

 

「内側、空いてたからツッコんでいったっすけど、前にはまるで届かなかった。なんとか3着は確保できたし、菊花賞の優先出走権は取れましたけど」

「うぅむ……菊花賞で勝てるビジョンが見えん、か」

 

 こくりと頷くオウケンブルースリ。神戸新聞杯で突きつけられた実力差に、嘘偽りのない気持ちで答えた。今のままでは、菊花賞を勝つビジョンが見えないと。

 

 沈黙が支配する部室。見据える相手の強大さに打ちひしがれていたが、突如として大声が響き渡る。

 

「だ~もう!! うじうじ悩んだって仕方ねぇ! ルー!」

 

 ジャングルポケット。オウケンブルースリが尊敬しているウマ娘が突然振り向いた。視線の先にいるオウケンブルースリは驚く。

 

「は、はい! なんすかポッケさん!」

「走るぞ! 菊花賞まで時間ねーし、ここでずっと悩んだままでも仕方ねぇ! とにかく体動かして、後のことは後で考えろ! 今はとにかく鍛えんぞ!」

 

 ある種の逃避にも思える言葉。けれども、ジャングルポケットの言葉にも一理ある。

 

 結局ホノイカヅチに勝てないのは地力の差だ。その地力の差を埋めるためにも、トレーニングをするのが勝利するための一番の近道。シンプルだがその通りだ。

 

「作戦だとかこうすりゃいいとか、その辺は全部ナベさんが考えてくれる! だからルー! お前がやるべきなのは体を鍛えることだ!」

「アハハ、まぁポッケの言う通りかもしれないけど」

「そうっスよねフジさん? だからルー、とにかく走るぞ!」

 

 部室を飛び出すジャングルポケット。

 

「え? あ、は、はい! ま、待ってくださいポッケさ~ん!」

 

 続いて、慌てて飛び出すオウケンブルースリ。悩んでも仕方がない、今はとにかく走れと言わんばかりに駆け出して行った2人を眺め、トレーナーは息を吐いた。

 

「フゥ。今回はポッケの気合に救われたわい。アイツがいれば、ルーも大丈夫だじゃろうて」

「そうだね。神戸新聞杯後のルーは、どこか気落ちしているようにも見えたから」

 

 お茶を用意するフジキセキ。彼女もまた、神戸新聞杯のことを思い出していた。菊花賞を走る上で最大の障害となる相手、ホノイカヅチの走りを。

 

(一番近いのはルドルフのレース運びだ。彼女の走りは、ルドルフが一番近い)

 

 好位抜出の代名詞とも呼ばれているシンボリルドルフの走り。逃げと同じくらい理想とされる、レースにおいて最も勝ちやすい戦法だ。

 またフジキセキは、ホノイカヅチの走りがどこかシンボリルドルフに似ているとも感じていた。戦法や走る位置に関係なく、ホノイカヅチの纏うオーラがシンボリルドルフに似ていると。

 

「……トレーナーさん」

「どうしたんじゃ? フジ」

 

 だから、思わず口にした。気づいた時には、自分の考えうる最悪の未来を想像して、トレーナーに進言していた。

 

「もしかしたらあの子は、逃げでも差しでも、追込でも走れるかもしれない。一番勝ちやすいから先行で走っているだけで、他の脚質でも十分な実力を発揮してくるかもしれない」

「……お前さんも、そう感じ取ったか。ワシも、そうではないかと思っておったが」

「あの子の走りは、本当にルドルフに似ているんだ。だからこそ、彼女はどの脚質でも勝負できるのかもしれない。そう思った」

 

 2人は思い出す。かつて誕生した2人目の無敗の三冠ウマ娘に対して放った、シンボリルドルフの言葉を。彼女と戦う際はどのようにして勝つかを。

 彼女はこう語っていた。

 

「私ならば、彼女に終始バ体を併せて走ります。追込でも問題なく走れますし、彼女の力を封じるには一番の方法ですから」

 

 その気になれば追込でも走れるぞ、という宣言。さらに彼女は、レースにおいても多種多様な勝ち方をしている。好位抜出が一番多かったものの、逃げや差しで勝ったレースもあるのだ。脚質が自在であり、どの位置でも勝負ができる証明になるだろう。

 そんなシンボリルドルフに近しいホノイカヅチ。彼女も同じことができる可能性が非常に高い。つまり、頭を悩ませる要素が増えた、というべきか。

 

「ポッケが言っておったな。アグネスタキオンに忠告された、と」

「……うん。あのタキオンですら警戒する相手だ。きっと、菊花賞でも」

 

 難しい表情の2人。やるべきことをやると決めたが、それでも敵の強大さを考えたら、空元気も湧かなかった。

 

 ただ、肝心のオウケンブルースリは諦めていない。怯えの中にあった確かなやる気が見え、闘志が衰えていないことが分かっていた。

 ならば、自分たちが諦めるわけにはいかない。

 

「ひとまず、レースデータを一から洗い流す。手伝ってくれるか? フジ」

「うん、任せてよトレーナーさん」

 

 やるべきことをこなす。そのために動くことにしたオウケンブルースリの陣営だった。

 

 

 同時刻、別の場所、学園の旧理科準備室にてアグネスタキオンたちは。

 

「それで、スカイ君。納得はいったかい?」

「……はいぃ。まだ、ホノちゃんに挑むのは早かったみたいですぅ」

 

 ディープスカイが申し訳なさそうな表情で、アグネスタキオンに謝っていた。そんなつもりはなかったアグネスタキオンは慌てふためく。

 

「いやいや、スカイ君が謝ることはないんだよ! どっちかというと戦力を見誤ったトレーナー君が謝罪するべきだ。彼は私が薬を」

「戦力は見誤ってないよ。俺の責任ではあるけど」

「ほら、トレーナー君もこう言ってることだし」

「ワガママ言って、すみませんでしたぁ。でも、次はしっかりしますぅ」

 

 きっと落ち込んでいる。慰めてあげなければ。そう思っていたアグネスタキオンたちだが。

 

(……あぁ、成程。心配はいらなかったみたいだね)

 

 瞳の奥に強い炎を感じている。ディープスカイの闘志を見て、安堵の息を漏らした。

 

 やる気を滾らせているディープスカイ。次のレースを絶対に勝つと意気込んでいた。

 

「天皇賞・秋。まずはそこを頑張りますぅ。気合い、入りますよぉ~!」

「よ~し、その意気だスカイ君! あ、でも」

 

 何かを思い出したように、アグネスタキオンは冷や汗を流す。思い出したくないことを思い出したような、合宿に夢中で忘れていたかのような反応を、トレーナーと一緒にしている。

 なにがなんだか分からないディープスカイ。その肩を叩くダイワスカーレット。

 

「次の秋天、アタシの復帰レースだから。よろしくね? スカイ」

「……え?」

 

 呆けた表情でアグネスタキオンを見るディープスカイ。なお、思いっきり顔を逸らされた。

 

「あー、その。思ったより状態の回復が早くて、ね。スカーレットの復帰戦も、秋天に決まったんだ」

「いやね、本当はエリ女にしようと思っていたんだよ? でも、スカーレット君がスカイ君と戦いたいって言うから」

 

 言い訳を重ねる2人。ディープスカイは、壊れた機械のような音を立ててダイワスカーレットの方を見る。

 ダイワスカーレットは、笑顔だった。

 

「容赦はしないわよ? アンタの力、アタシに見せてみなさい」

「……はいぃ」

 

 まぁそれはそれとして戦えることが嬉しいディープスカイだった。 

 

 

 

 

 

 

 神戸新聞杯、やたらとスカイさんに見られてましたけど。

 

(お、オイラに対して敵対心のようなものを感じました。アレ、でしょうか?)

 

 対抗心、オイラに勝ちたいって思いを抱いていた。そうなのかもしれません。

 

 それならば、最後の攻防も納得いきます。本来ならもっと早くに落ちていたであろうスカイさんが、残り100mまで持ったんですから。根性で持たせていた、オイラに勝ちたいという思いが、スカイさんの強さをさらに引き出した、と言ったところでしょうか。

 

 オイラにはできそうにありません。まぁ、羨ましいとは思いませんけど。

 

「フヒ、フヒヒ……っ! オイラをちやほやする記事がたくさん……! やっぱりレースって凄いっ!」

 

 それよりも、世間での評価です! どこもかしこもオイラを褒める記事で溢れていて、とても幸せな気持ちになれます! ハッピーちやほやライフ、計画は順調ですよ。

 頑張れば頑張った分だけ褒められる。しかもそれが不特定多数の人から。あぁ、なんと素晴らしい景色でしょうか。

 

「つ、次は、菊花賞。メイヂヒカリ様も見に来てくださるみたいですし、き、気合いが入ります!」

 

 本番の菊花賞はまもなく。来月にはやってきます。対戦相手の情報もしっかりとまとめておかなければ。神戸新聞杯で走ったメンバーもそうですけど、他の前哨戦を走った子達の情報も更新しないといけませんので。

 

 

 でも、今日はトレーニングお休み。スティルさんやタルマエさんと一緒に、お菓子を食べに行く予定です。

 

「き、今日は、チートデイ。頑張ったオイラに、ご褒美です!」

 

 スティルさんやタルマエさんがオイラの分のお金も出してくれるそうです。神戸新聞杯を勝ったのと、菊花賞頑張れの意味も込めて。なんてお優しい方々なのでしょうか。

 

「な、何を食べましょう? チーズケーキ、プリンアラモード、クッキーも欠かせません……!」

 

 スキップでスティルさん達が待つ場所へと向かいます。フヒヒ、本当に楽しみだなぁ。




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