菊花賞が迫る中、どの陣営も対策に頭を悩ませている。その原因は言うまでもなく、ホノイカヅチの存在だ。
「ど、どこを探しても隙が見当たらない……」
「こんなん、どーしろっての?」
隙を曝け出すような相手でもなく、あったとしてもごく小さなもの。狙って引き出すことは不可能に近く、それこそ他陣営と結託でもしない限りは無理だ。無論、そんな考えを実行しようなんてウマ娘はいない。たった1人を陥れるためにレースを捨てるなど、プライドが許さないからだ。
無意味に時間が過ぎていく。それだけは避けたいウマ娘達は、とにかく自分を磨くことを優先する。結局のところ、ホノイカヅチに勝つ最善の策はそれしかないのだから。
「とにかく勉強して、身体を鍛えないとっ」
「位置取りとかもう一度洗いだして……」
「強みと弱み、本番でのコース取りもいろいろと……」
どの陣営も気合いが入っている。残すところ後一戦、ここで勝つしかないのだと覚悟を決める。勝つために、最善を尽くそうとしている。
特に気合が入っているのはオウケンブルースリ陣営。トレーナーは目の下に隈を作るほど、フジキセキも眠れない日が続いているのかあくびをかみ殺している。
「眠そうじゃの、フジ」
「トレーナーさんこそ。毎日遅くまで研究しているみたいだね」
「あぁ。それで分かったことと言えば、ホノイカヅチに隙はないってことぐらいじゃ。本当に、どれだけの執念があれば、あんなレースを可能にしているのやら」
それでも、諦めたつもりは微塵もない。オウケンブルースリが勝つために、対策を考えてはいる。
「よいかルー。相手のミスを待とうなどと思うな、お主がミスを誘発させるつもりで走るんじゃ」
「ミスを、誘発?」
「そうじゃ。あやつのレースは完璧に近いが、ミスをしないわけではない。皐月賞では囲まれておったし、ダービーは内ではなく外を選択した。それはひとえに、ホノイカヅチが受け身の姿勢だからに他ならない」
ホノイカヅチのレースを一つ一つ読み解き、どれが最適解に繋がるのかを教え込む。全てはそう、勝利のために。
「お前が相手をミスさせるつもりで走るんじゃ。自由にさせない、それでいてお前さんの力を発揮できるタイミングをしっかり見極めよ。難しいことじゃが、それしか手立てはない」
「う、うっす。そんだけ相手が強いってこと、ですよね?」
「そういうことじゃ。長距離は体力勝負、最後まで集中力を残していたウマ娘が勝つ。強さと頭の良さを兼ね備えた、最も強いウマ娘がの」
長距離勝負に大事なことを教え、本番に向けて備える。気合いは十分だ。
ピリピリとした空気を纏う、菊花賞に出走予定のウマ娘達。着実と、しっかりと準備を進めていた。
そんな空気を生徒会室で感じ取るシンボリルドルフ。椅子の背もたれに体重を預け、1人菊花賞に思いを馳せる。
頭に浮かんだのはホノイカヅチのことだ。
(私と似たようなレースプラン、か)
「フフっ。なんだか嬉しくなってしまうね。私と考えが似通っているとは」
日本ダービーのレース展開。シンボリルドルフが勝つために思い描いていた展開とほぼ同じ展開を用意したホノイカヅチ。プランニングも完璧であり、日本ダービーを完勝したのは記憶に新しい。
特に何かあるわけではない。ただ、自分と同じような考えであったことに喜びを感じる。気づけば微笑みを浮かぶくらいに。
ただ、表情は一瞬にして引き締まった。その理由はダービーと同日、関係者席での邂逅。
(まさかメイヂヒカリさんに会えるとは。息災の様で何よりであったが)
「あの方の言っていたこと……菊花賞を楽しみにしておくといい、か」
メイヂヒカリの言葉、凄いものが見れるという発言。それがシンボリルドルフの頭の中に残っていた。
メイヂヒカリがホノイカヅチのことを気に入っているのは、あの場でのやり取りでなんとなく察している。ただ自分の子のように可愛がっているメイヂヒカリが応援させるために言っただけかもしれない。
だが、それでは説明ができない。
(応援に来てほしいだけならば、そういえば言いだけのこと。取り繕う必要はないし、なにより)
「凄いものが見れる、それがどうも引っかかる。日本ダービーの勝ちっぷりならば、それも間違ってはいないだろうが」
なにがどう凄いのか。そして、ある程度ホノイカヅチの適性について予想できているシンボリルドルフは、本当に凄いものが見れるのか少しばかり疑っていた。
(メイヂヒカリさんがわざわざ口にするほど、ホノイカヅチの素晴らしさがある。今度の菊花賞では、何かが起こる)
目を瞑って逡巡し、起こりうるであろう出来事について考え込む。1分2分……その時間は長いようにも短いようにも感じられた。
目を閉じていたシンボリルドルフが、ゆっくりと目を開く。
「考えても答えは出ない、か。ならば、実際に現場に足を運ぶしかないだろう」
どのようなレース展開になるのか、ホノイカヅチがどのように走るかの目安をある程度つけ。レース結果についても予想を立てた。最終的に、メイヂヒカリに勧められた通りに京都レース場へと足を運ぶことを決める。
「マルゼンやエースは言わなくても来るだろう。シービーにブライアンは……気まぐれだからな。来なくても構わないか」
あの日一緒にレースを観戦した学友たちに思いを馳せながら、シンボリルドルフは生徒会の業務に戻った。来る菊花賞を心待ちにしながら。
また別の場所では、カツラギエースが菊花賞のことを話題に出している。彼女としても気になるようだ。三冠勝負の行く末が。
「シービー。お前も行くだろ? 菊花賞!」
ワクワクした表情でミスターシービーへと声をかけ、自分は当然行くと語る。彼女が行く理由もまた、メイヂヒカリの言葉があるからだ。
「メイヂヒカリさんが言ってた凄いことの正体、すっげぇ気になるんだよ。あの人がそうまで言うなんてよっぽどだろ?」
「ん~、確かにそうだね。アタシも気になるから観にいくつもり」
「だろ? だろ! じゃあ一緒に行こうぜ! ルドルフも絶対来るだろうし、後はマルゼンとか誘ってさ!」
「うん、いいよ。じゃあ現地で落ちあお」
「いや、一緒に行くぞ!」
有無を言わさぬ態度でミスターシービーに迫るカツラギエース。けらけら笑いながらミスターシービーは了承した。
当然、学園外でも今回の菊花賞は話題になっている。それもそのはずで、また三冠ウマ娘が現れるかもしれないからだ。
「英雄が活躍した時からそんなに経ってないのに、また三冠が誕生しそうだなんて!」
「くぅ~、また三冠ウマ娘同士の対決がありえたかもしれないってのに!」
「そんな例はごく少数だって。でも、ホノイカヅチの強さは折り紙付き!」
「神戸新聞杯も勝ったし、菊花賞も行けるっしょこれは!」
ホノイカヅチの強さをよく知っているファン。前走も完勝に近い内容で勝ったことから、今回の菊花賞も大本命に推している人が多い。
これまで無敗、しかもG1級を3勝している実績持ち。隙のないレースを見せ、盤石の活躍をしている。
もはや彼女に勝てる同世代の子はいない。世代の頂点はホノイカヅチで間違いない。最も強いウマ娘はホノイカヅチだ。ファンはそう確信している。
「どれくらいで勝つかな? めっちゃ差をつけそう!」
「いや~どうだ? シンボリルドルフとレーススタイルが似てるし、着差をつけないんで勝つんじゃないか?」
「ダービーの例もあるだろ? 一概にそうとは言えないぞ」
「つっても、菊花賞の本命も本命、ド本命だよ! 楽しみだな~」
新たな三冠ウマ娘の誕生が決まっているかのような声。疑う者はほとんどいない。それが現時点のホノイカヅチの評価だ。
さらには報道各社もプッシュアップ。菊花賞特番ではホノイカヅチを前面に押し出し、三冠制覇に向けて期待をかけている。
《まもなくに控えた菊花賞。やはり本命と言えばこの子でしょう! 今話題のホノイカヅチちゃんで~す!》
《いやね、ホノイカヅチのレースは凄いですよ。なんせ、あの【皇帝】シンボリルドルフと酷似していますからね》
《好位抜出の代表例として、名を残していますからね。このルドルフ戦法を崩すことができるかが、菊花賞の焦点になります》
代表例にシンボリルドルフを挙げ、これまでのレースを振り返っている。ホノイカヅチを褒め、勝つ可能性が非常に高いことを説明している。
《それにしても、レース中のホノイカヅチちゃんはカッコいいですね~。こっちはこっちで違った良さがある、というか!》
《インタビューを受けている時も小動物みがあって良いですけど、こっちはカッコいい~!》
《いや、それはレースには》
《何言ってるんですか! とっても大事なことですよ~!》
……まぁ、ゲストの中には別のところに注目している人もいたが。些細な問題だろう。
とにかく、ホノイカヅチはかなり注目を集めている。やはり、無敗の三冠がかかったレースとなると当然だ。彼女の何もかもにスポットライトが浴びせられる。
《レース中の冷静さ、いったい何が彼女をそこまで駆り立てているんでしょうね~?》
《レースマシーンと言われるほどのものですからね。きっと、凄い思いを抱えているのでしょう》
《全てのウマ娘の幸福を願うシンボリルドルフ。最強の証明、1着の証明のために走る英雄! 加えて、彼女はさる名家のウマ娘……きっと、並々ならぬ思いを抱えていることは確かです!》
面白おかしく囃し立てる。視聴率のために、不確定な情報だろうと嬉々として載せている。本人の知らないところで。
ただ、あくまで推測で物事を語る。ホノイカヅチの家族だったり、関係者にインタビューしたりはしない。その理由はおそらく、彼女が名家の出だからだろう。
すでに没落寸前であり、権威はほぼないに等しい。それでも名家であり、横の繋がりは確かに存在している。そんな相手を刺激するのはリスクが高いからだ。
だからこそ、明言はしない。あくまでぼかして報道し、逃げ道を用意しておく報道陣も多い。ホノイカヅチにインタビューしたことをそのまま書く記者が多いが、少数ながらも憶測で物事を書く記者も確かに存在していた。
世間の高まる期待。ホノイカヅチへと向けられる期待。どのような結末を迎えるのか、人々は心待ちにしていた。
三冠ムードが日増しに高まっていく中で日は流れ。秋のG1戦線開幕を告げるスプリンターズステークスが終わり、気づけば秋華賞も終わり。
菊花賞の日を迎える。
次回菊花賞。