ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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なんかいろいろ。


菊花賞後のいろいろ

 菊花賞が終わった日のメイヂヒカリのお屋敷。屋敷は今大騒ぎとなっていた。

 

「えぇい離しなさいお前たち! 私の可愛いホノちゃんを泣かせた奴らに天誅を下さねばならぬのです!」

 

 騒ぎの大元となっているのはメイヂヒカリ。鉢巻きにどこから用意したのか分からない日本刀を用意し、とある場所へと向かおうとしている。その場所とは勿論、ホノイカヅチに対して無礼な発言をした新聞社だ。

 

 元々愛弟子としてとても可愛がっていたメイヂヒカリ。今回の菊花賞勝利も誰よりも喜んでおり、本当なら親戚一同を巻き込んでの宴会をする予定だった。

 素晴らしい結果を出してくれた。楽しい宴になる。ホノイカヅチも呼びたい。そのトレーナーもぜひ来てほしい。メイヂヒカリはワクワクした気持ちで準備をしていたのだ。

 

 そんな時耳に入ったのが、ホノイカヅチが取材で泣かされたとのこと。警備をしていた身内の人間の証言であり、信憑性に関しては言うまでもない。

 曰く、ホノイカヅチの走りたい理由を聞いてがっかりしたとのこと。三冠の品位に相応しくない、動機が不純すぎないか、といった理由でホノイカヅチを糾弾していたことを知る。

 

 無論、メイヂヒカリは激怒。可愛い弟子を泣かされただけではなく、記者が勝手な理想を押し付けようとしていたのだから。到底許せるものではなく、心底腸が煮えくり返っていた。

 

「三冠ウマ娘が誕生したという席で発言するものではありません。後から聞けばいいことを、おめでたい日にするのはいかがなものかと」

 

 それがメイヂヒカリの言い分だ……もっとも、これは表の建前だが。

 

 本音は自分が可愛がっているホノイカヅチが泣かされたことに対する怒りである。かねてより可愛がっており、ダービーも菊花賞も親戚に無理言って観戦しに行ったほどなのだ。溜まっている仕事を速攻で終わらせ、わざわざ時間を作ってまで観戦しに行ったのだ。溺愛しているのは想像に難くない。

 そんな、可愛がっている子が泣かされた。メイヂヒカリからすれば到底許せることではない。なにより、身内間での絆を大事にしているご当主。絆を育んできた子が泣かされたのであれば、それはもう烈火の如く怒り狂うだろう。

 

「離しなさい! 私は無礼な輩に天誅を下しに行きます! 顔も割れていますから大丈夫です、見分けはつきます!」

「ダメですってご当主様! ご当主様はこの家の当主、目立ちすぎますって!」

「お気持ちは大変よく分かりますが、だからと言って実力行使はダメですよ!」

 

 今もこうして、日本刀片手に討入りしようとしているほどには怒り狂っている。止めている親戚一同も必死の表情だ。なお、ちゃんとウマ娘が止めている。

 この親戚たちもみな一様に怒っている。家の地位を押し上げて、かつての名声を取り戻すまでに復権させてくれたホノイカヅチ。それを抜きにしても、幼い頃から勝手知ったる仲だ。全員が娘のように可愛がっていた。

 そんな子が泣かされたのだ。当然のように怒っているし、全員が抗議の文を新聞社に送り付けようとしていたところである。

 

 だが、流石にメイヂヒカリほど怒り狂ってはいなかった。こんないかにもなほどではなかった。他の親戚も、メイヂヒカリの怒り具合を見たら落ち着くレベルである。

 

「離しなさい! 天誅、天誅を下すのですぅぅぅ!」

「ご当主様がご乱心だ! 皆の者抑えろぉぉぉ!」

「今我らが抗議の文を送っていますから、それで我慢してくださいご当主様! どうか気を鎮めてぇぇぇ!」

 

 もはや別の意味でお祭り騒ぎになっているホノイカヅチの本家。なお、この状況をホノイカヅチは知らない。何故なら今頃ぐっすり寝ているからだ。

 

 

 最終的にどうにかメイヂヒカリを抑え込むことに成功したのか、討入り天誅を回避した親戚一同。全員灰になって燃え尽きていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 菊花賞が終わってから数日が経った。菊花賞後にごたごたがあったものの、内々に処理されたため知らない子の方が多い。いつもの学園生活が戻っていた。

 

 その中でオウケンブルースリ。菊花賞2着であり、届かないホノイカヅチの背中を追い続けた彼女は今。

 

「うおおおぉぉぉ! 目指せジャパンカップぅぅぅ!」

 

 次のレースに向けて元気に頑張っていた。というよりは元気が有り余っていた。トレーナーやフジキセキたちが苦笑いを浮かべるほどに。

 

 

 最初からこうだったわけではない。菊花賞が終わった日はとても落ち込んでいた。

 それも無理はない。挑んだ相手の強大さを見せられ、走っても走っても追いつかない、むしろ離れていく背中を見せつけられて、心を折られないウマ娘などいない。目立ったケガはないものの、精神面の消耗が激しかった。

 

「……すんません、トレーナー。全く、歯が立ちませんでした」

「ルー……」

「は、はは。すげぇっすよね、17バ身差って。しかも、レコードっすよ? どうやって勝てばよかったんですかね、アイツ」

 

 トレーナーは今でも覚えている。レースを終えたオウケンブルースリの虚ろな目を。絶望しきっていた表情を鮮明に思い出せる。そんな顔をさせてしまった自分を責め立てるほどに、心に深く刻まれていた。

 

 気にするな、次がある、まだ諦める必要は。そんな口から出ただけの励ましはなんとでも言えた。戦う機会がなくなったわけではない、次挑む時はきっとなんて、口にするのは簡単だ。

 

(しかし、それは時としてウマ娘自身を追い込むことになる。加えて、あれほどの相手となれば)

 

 口が裂けても言えなかった。根拠のない自信を口にして、ウマ娘のメンタルをさらに削るなどできなかった。

 だからこそ、トレーナーが取った選択は。

 

「今はとにかく休め、ルー。3000mの長丁場、疲労が溜まっていて当然じゃ。トレーニングもしばらくは休みとする。よいな?」

「……はいっす」

 

 とにかく休ませること。今の状況では何をしても無駄、時間を取るべきだと判断した。

 時間をおいて、オウケンブルースリの心を休ませる。勿論、それだけではない。

 

「ポッケ、頼めるか?」

「おう。任せとけってナベさん」

 

 担当ウマ娘の一人、ジャングルポケットにオウケンブルースリのことを頼む。この場合ではトレーナーよりも同じウマ娘の方が効果がある、そう知っているからこそだ。退出したオウケンブルースリを追いかけるように、ジャングルポケットも飛び出していく。

 

(心の消耗に、どれだけの時間がかかるかは分からん。下手をしたら、一生戻らぬ可能性もある……それだけ、ホノイカヅチの強さは凄まじかった)

「ここが正念場じゃぞ、ルー」

 

 そう呟いた。願わくば、オウケンブルースリが復調することを願った。

 

 

 まぁ、その心配はすぐに消えたのだが。今こうしてジャングルポケットらと一緒に、元気よくトレーニングしているのがなによりの証拠だ。

 

「持ち直しおったか。まだ少しだけ引きずっているところもあるが、あの様子なら大丈夫じゃろう」

「うん。ルーはもう大丈夫そうだね」

 

 ジャングルポケットに連れられて、次のレースであるジャパンカップに向けて気合いを入れている。このジャパンカップ出走も、オウケンブルースリ側から打診されてのことだ。

 

「なによりも経験が足りない。とにかく強い相手と戦って自分の糧にしたい、か」

「ジャパンカップはうってつけの舞台だ。今シニア級の最強格と名高いウオッカも出走するからね」

 

 かつてジャングルポケットも辿った道を自分も。強い相手と戦って、次戦う時までの糧にしたい。そう語るオウケンブルースリから言われたのは、ジャパンカップへの出走だ。

 最初は渋った。まだ立ち直っていないのではないか? 無理をして出走をしようとしていないか? そう考えていたから。

 

 だが、オウケンブルースリの瞳を見て確信した。持ち直していると。

 

「ポッケに任せて正解じゃった。あやつならばルーの心に寄り添えると思っておったからな」

「似ているからね、あの2人は」

 

 ジャングルポケットも、一度は強大な相手を前に折れかけたことがある。あの時とは何もかもが違うが、それでも似ている部分はあるのだ。だからこそ、ジャングルポケットに一任した。任せても大丈夫だと。

 結果として、最高の結果を出してくれた。オウケンブルースリは前を向き、リベンジに向けて燃え上がっている。

 

「待ってろよジャパンカップぅぅぅ! アタシが頂点に立ってやるぅぅぅ!」

「いやルー。お前菊花賞明けなんだからもうちょっと抑えろ。さすがに体力が持たねぇぞ」

「ウッス! すんませんポッケさん!」

 

 やる気の出し過ぎには注意しないといけないが。概ね問題はないだろう。

 

 練習を観察しながら、トレーナーとフジキセキは菊花賞のことを思い出す。ホノイカヅチが異次元の強さを発揮した、あのレースを。

 

「恐ろしいのう。あれこそがホノイカヅチの領分、ということか」

「元々、ステイヤーだってことは分かってたんだよね?」

「うむ。日本ダービーの走りを見れば、どんなトレーナーであろうと勘づく。ホノイカヅチの最適性は長距離のステイヤーだと」

 

 ホノイカヅチがステイヤーである。おそらくどの陣営も勘づいていたことだ。日本ダービーを見れば誰でも分かる。だからこそ、長距離でも強いことは想像がついていた。

 ただ、それだけではない。トレーナーが目をつけたのは、その集中力にある。

 

「ただ速いだけ、ただ根性があるだけ、ただスタミナがあるだけ……それだけでは説明がつかん。ホノイカヅチの集中力は、群を抜いておる。それが、17バ身差などという差を生み出した」

「他の子達の脚は上がっていた。3000mの長丁場を走り続けていたんだから当然だ。それに」

「脳の疲労。もはや位置取りも関係なく、残った体力は全て脚につぎ込まなければどうにもならん状況じゃ。そんな状況で、万全に残していた相手に勝てなど酷な話」

「……そこだよね。ホノイカヅチの恐ろしいところは」

 

 頷くトレーナー。あの場においてただ1人だけ、万全の状態で走っていたウマ娘がいる。極限の疲労状態、思考もまとまらない、ただ走ることしか頭になかった状況で、集中力を一切切らさず走っていたウマ娘が。

 

「恐ろしい。3分間全力疾走しながら集中し続けているようなもの、あやつのやっていることは異常の一言に尽きる」

「普通のことを普通にやっているだけ……でも、普通はそんなことできないんだよ」

「その通りじゃ。全く、これを普通と思っていることがなんとも質が悪いのう」

 

 上がりのタイムで見れば、今回の菊花賞は平凡も良いところだ。上がり2位のオウケンブルースリが35秒1であり、これは菊花賞でも平均的な上がり3ハロンの数値。最後付近は脚も上がるので、この時計も普通なのである。

 だが、上がり1位であるホノイカヅチは全く衰えていない。34秒フラット。勢いが少しも落ちていないのだ。

 

「やっていることは至極単純。冷静に状況を俯瞰し、スタミナを温存し続けて、最後の最後に末脚を爆発させる。言っていることは簡単じゃ」

「けど、3000mで、初めて走る舞台で、なおかつ17人全員からマークされてやってのけている……控えめに言って、怪物だ」

「恐れを通り越して尊敬の念すら湧いてくるわい。全く、どんなトレーニングを積んだのやら」

 

 嘆息し、空を見上げるトレーナー。果たしてあのメンタルはどこで身につけたのか、どのようにしてモノにしたのか。そう問い質したくなるようなもの。改めて、ホノイカヅチの強さを教えられた菊花賞だったと振り返る。

 

「……今頃、あやつらは何をやっているのだろうな? メンタルを持続するトレーニングをやっているのかもしれんな」

「だろうね。あれだけの精神力だ。それこそ小さい頃からコツコツとやっているに違いないよ」

 

 次戦う時はいつになるのか。そう思いを馳せて。

 

 

 

 

 

 

 某所別日。とある場所にて。

 

「嫌ですぅぅぅ! 絶対に、絶対に嫌ぁぁぁ!」

「落ち着いてホノイカヅチ! 大丈夫だから、今回は藤井さんと乙名史さんだけだから! それ以外の人達は取材に来ないから!」

「ででで、でも! どこかで必ず出てくるじゃないですか! オイラをイジメた記者の取材なんて受けたくないですぅぅぅ!」

「いやその人たちはなんでかいなくなった……じゃなくて、流石に受けないとまずいって!」

 

 後日に回した菊花賞の取材を受ける受けない問題に発展して大変なことになっているホノイカヅチ陣営であった。ちなみに彼らの次走は有記念である。藤井記者と乙名史記者、後は月刊ターフの記者が頑張って聞いたそうだ。




どこもかしこもお祭り騒ぎ()
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