BCクラシックのフォーエバーヤングうおおおおおおお!!フォーエバーヤング最高!フォーエバーヤング最高!
周りは何もない暗闇。一寸先も見えない状況で、なぜかその姿だけはしっかりと視認できた。
「待って、待ってくれ……っ」
ホノイカヅチ。俺の担当ウマ娘で、三冠を取った凄い子。褒められるのが大好きで、ハッピー褒められちやほやライフを夢見るウマ娘で。
「待ってくれ、お願いだからっ!」
本当は気が弱くて、オドオドしているような子。それでもレース中だけは、凪のように揺らがない精神で周りを圧倒する強い子。
いつだって夢を見せてくれた。いつだって強さを証明してくれた。
そんな彼女に追いつこうと俺は走る。けれどホノイカヅチとの差は広がるばかりで、全然追いつけやしない。彼女の歩く速度に、走る俺は追いつけない。
それだけならいい。それだけなら、どれほど良かったか。
「待ってくれ……本当に……っ」
視線の先にいる彼女は瘦せ細っている。見慣れた姿からどんどん痩せこけていって、少しずつ衰弱していってるのが分かる。
もうダメだ。これ以上衰弱すると、彼女は。最悪の想像が浮かんできては振り払い、そうさせないために俺は懸命に走る。
──けど、追いつかない。どんなに走っても追いつかないんだ。
ふと、彼女がこちらへと振り向く。その表情は笑顔で、どこか悲し気で。胸が締め付けられて、凄く痛くなる。
「──トレーナーさん」
呟く彼女に抱くこの感情は何だろうか。
申し訳ない? ごめんなさい? 大丈夫か? もう止まろう?
いや、違う。この感情はきっと──
「ごめんなさい」
後悔だ。
◇
布団から起き上がると、服が汗で張り付いて気持ち悪かった。今すぐにでも脱ぎ捨ててしまいたいほどに。
「とんだ悪夢だっ、本当に」
ベッドを離れ、急いで風呂場へと向かう。とにかく汗を流してすっきりしたかった。
汗を流し、着替えをしながら思う。今朝見た夢について。
(最近、あの夢を見るようになった。菊花賞の日に見た夢を)
「全く同じ、というわけじゃないけど大元は似ている。ホノイカヅチが……っ」
真っ暗闇の中を走り続けて、ホノイカヅチを追いかける夢。全然追いつけなくて、最後には決まって、今よりも痩せ細ったホノイカヅチに謝られる夢を見るようになった。
毎日見るわけではないが、それでも頻度は多い方だ。寝巻が汗でぐっしょりになるのも、何度も経験した。
あの夢にはどのような意図があるのだろうか。追いつけないのはきっと、ホノイカヅチに対する劣等感があるかもしれないけど。
(どうしても考えてしまう。あの子は俺よりも頭が良くて、俺がいなくても成立するんじゃないか、って)
レースの組み立ては自分でできる。俺からも多少口添えすることはあるけど、基本的にはホノイカヅチの考えたプランがハマることが多い。あの子は自分一人でレースができる子だ。
俺のやることはもっぱらメンタルケア。重要なことではあるけれど、それでも感じずにはいられない。自分自身の力不足を。
(俺にもっとできることはないか、と思ってしまう。あの子の才能に見合ったものが、俺にはないのかもしれない)
「……ま、それならそれで今以上に頑張るだけか」
それでも、前を向くしかない。がむしゃらに動くしかない。立ち止まって考える暇があるならば、少しでも追いつくように努力した方が有意義だから。
着替え終わって、朝ご飯を食べながら考える。今後のレースについて。
秋天が終わったのも大分前。もうジャパンカップも終わった。残すは年末の大一番──有馬記念だ。
秋シニア三冠最後の一戦、ファン投票によって選ばれたウマ娘達が出走するレース。
(年内はこのレースで終わり。そろそろ出走するメンバーが固まってくる頃だ)
ホノイカヅチの出走に関しては問題ない。なにせ、現時点で人気投票1位だから。シニア級で名を上げているウオッカやダイワスカーレット達を押しのけて、ホノイカヅチが中間発表1位に輝いている。
確かにいろいろあった。今でもあの子の走る理由について難癖付ける連中がいるのも事実だし、インタビューをほとんど受けなくなったから記者受けも悪い。
それでも、中間発表はホノイカヅチが1位だ。それはやっぱり、三冠ウマ娘という地位と彼女の強さが関係している。
(彼女の強さは本物だ。シンボリルドルフを彷彿とさせるレースは紛れを起こさせない、当然の勝利を手繰り寄せる。そして、シンボリルドルフの強さはレースファンなら誰もが知っている)
彼女のレーススタイルをシンボリルドルフに重ねている人は多い。だからこそ、彼女の強さは誰もが知っていることだし、勝つならばホノイカヅチと口にするファンが圧倒的だ。
とはいっても、得票数に関してはほぼ差がない。シニア級のウオッカ、ダイワスカーレットとほぼ横並び。僅差でホノイカヅチが勝ってる感じだ。
ウオッカはほぼ確定で出てこない。前回出走してきた時は掲示板外に沈んで、そもそも中山が苦手と言われているからだ。だからこそ、出てくるとすれば。
「集めておかないと。対戦する相手の情報を」
やることは決まった。ご飯を食べ終わって、身支度を済ませて学園へと足を運ぶ。自分にできることをするために。
◇
対策をする。次のレース、有馬記念に向けて。
まず、最初に対策すべきはダイワスカーレットだ。彼女はすでに出走を表明している、間違いなく出てくるだろう。
(前年の有馬記念は2着。中山が苦手なんてことはないし、何より厄介なのが)
おそらく、ダイワスカーレットはホノイカヅチにとって天敵に近しい相手だ。逃げで走って、勝負根性で徹底的に抜かせない【緋色の女王】。抜ける、抜けると思っても、最後の最後まで粘り続ける勝負根性。これこそがダイワスカーレットの強さ。
それに、総合的なスペックも高い。ホノイカヅチが劣っている可能性は全然ある。
「まずはレース資料を集めないと。え~っと、ダイワスカーレットが出走したレースは」
メイクデビューからこれまでのレースを全て見る。とにかく穴を見つけるんだ。ダイワスカーレットを攻略するための穴を。
幸いにも学園は休みで、ホノイカヅチのトレーニングも休みだ。俺一人の時間はたくさんある。
無論、出走してくるのはダイワスカーレットだけじゃない。他の子も警戒しなければいけない。
「中山巧者のマツリダゴッホ、一緒にトレーニングしたドリームジャーニーも出てくるし、クラシック二冠のメイショウサムソンも……」
メンバーを並べると、年末の大一番に相応しい豪華なメンバーが揃っている。ジャパンカップでウオッカやオウケンブルースリを破ったスクリーンヒーローも出てくるし、警戒する相手が一気に増えた。
気が遠くなるような作業かもしれない。それでも、しっかりやらなきゃ。不安がないように、少しでもホノイカヅチの力になるために。
時間を忘れて作業を続けていた。気づけば、朝の9時から始めていた作業はお昼を回り、お腹の鳴る音で現実へと引き戻される。
(……でも、疲れは出てくるもんだな)
1つ伸びをして、改めて周りを見渡す。机には資料が散乱していて、物の置き場もないほどになっていた。
「……とりあえずご飯食べにいこう。お腹が空いてたら何もできないし」
ちょっとした恥ずかしさのようなものを覚えつつ、ご飯を買いに出かけた。空腹のお腹を満たすために。
そういえば、ホノイカヅチはどうしてるんだろう? 今日は休日だけど。
「朝から時間はあるし、出かけてる可能性は……どうだろう? どっちかというと、部屋でゆっくりしてそうかな?」
仲の良いアストンマーチャンは今香港にいるし、スティルインラブもトレーナーと一緒にいるかもしれないし。案外自分の部屋で寝てたりするかもしれない。
「とりあえずSNSだけやってくれなければ、うん。今も結構いろいろ言われてるし」
一抹の不安を抱えながらもご飯へ。戻ったらまた続きをしないとな。
◇
日が沈むのも随分と早くなった師走の頃。夜の寒さに身を震わせながら、ホノイカヅチのルームメイトであるマリちゃんは栗東寮へと戻ってきた。
「う~さぶさぶ。どんどん寒くなっていくなぁ」
ウマ娘は体温が高い。なので、寒さには強いがそれでも寒いものは寒い。自分の身体を抱いて、急いで自分の部屋へと戻る。
道中、彼女の頭にあったのはルームメイトのことだ。
「結局ホノちゃんどうしてたんだろう? 私が出掛けた時はなにかやってたみたいだけど」
マリちゃんが出掛ける際、ホノイカヅチは何か作業をやっていた。いつ起きていたのか気づかなかったし、作業をしているのはいつものことなので気にしなくてもいいか、と一声かけて出かけたのだ。ちなみに、その時にホノイカヅチからの返事はない。これもいつものことだから気にしなかった。
(集中してるホノちゃんにはなにも聞こえないしね。ま、ホノちゃんもあの後出かけたかもしれないし)
ホノイカヅチというウマ娘は、ルームメイト故よく知っているマリちゃん。次のレースに向けて自主トレしていたかもしれないし、もしかしたら遊びに出かけていたかもしれない。そんなルームメイトの姿に微笑ましさを覚えつつ、気づけば部屋の前へとたどり着いた。
「ただいま~……って、真っ暗?」
夜なので当たり前かもしれないが、部屋の中は暗かった。そして、真っ暗なことからルームメイトは出掛けたと予想する。
(あの後出かけたんだ。作業はもう終わったのかな?)
思いつつ、部屋の電気を点ける。点けて──驚愕した。
「……えっ?」
ホノイカヅチがいた。真っ暗な部屋の中で、彼女は机に向かって一心不乱に何かを書き込んでいた。
別におかしなことじゃないかもしれない。しかし、そんなこと関係ないとばかりにあることが浮かぶ。
(まさかホノちゃん、朝からずっと!?)
彼女の姿は朝から何も変わっていないのだ。普段着に机に向かっている姿。朝出掛ける時最後に見た姿と何も変わっていない。
彼女が着ている洋服も、机に向かっている姿勢も、部屋に入る時は気づかなかったスマホの光も。朝から何も変わってない。
慌ててホノイカヅチのところへ向かう。いまだレース映像を見ながらノートに書きとるホノイカヅチの姿を見て、恐れを抱いた。
(凄いびっしり書いてる……今度のレース、有馬記念の対戦相手の情報を)
ただ、考えるのは後だ。彼女の肩を揺さぶり、こちら側に戻ってくるように促す。
「ホノちゃん、ホノちゃん! ちょっとホノちゃん!」
「……あれ? どうしたんですか、マリちゃん」
彼女はゆっくりとこっちを向いた。何気ない動作で、いつもと変わらない様子で。当然とばかりに振り向く。
そして、周りの様子を見て驚いた様子を見せていた。
「あ、あれ? 気づいたら真っ暗ですね」
「気づいたらって……まさか、朝からずっとやってたの!?」
「へ? は、はい。今度のレース、みなさんお強い方ばかりですから。ちょっと徹底的にやっておこうかなって」
どうやら、朝からずっとレース研究をしていたらしい。それも、周りに気づかない状態で。その事実を突きつけられ、マリちゃんはさらに驚愕した。
(ど、どんだけ集中力が持続するの? やっぱり凄いよホノちゃん)
「う、うぅ。お腹も空きました。い、急いで、なにか食べないと」
「……まだ開いてるだろうし、食堂にいこう。それとお風呂もね」
「ふ、フヒ。い、急がないと」
支度を済ませるホノイカヅチをしり目に、マリちゃんはルームメイトに対して恐怖を覚える。
(あのレースの強さも頷ける。本当にホノちゃんは、自分のやれる全てを尽くそうとしている)
レースのことをそんなに好きじゃないと言っていたことを思い出す。好きでもないことに対して、ここまで真摯に向き合えるか? と。
(本気なんだ、ホノちゃんは。褒められたいのも、ちやほやされたいのも。ここまで本気でやってるからこそ)
菊花賞の一件がどれだけ彼女の心に傷をつけたか。マリちゃんは拳を震わせて、怒りを覚える。無論、彼女に心無い言葉を向けた記者に対してだ。
ただ、なんとかして抑える。こちらを見て、不思議そうな表情を浮かべているホノイカヅチの姿を見て、激情を抑え込む。
「ふ、フヒ? ど、どうしたんですか、マリちゃん?」
心配そうにしているホノイカヅチの言葉に首を横に振り、笑って答える。
「ううん、なんでもないよホノちゃん。早くご飯食べに行こうよ。私もお腹空いちゃった」
そうして彼女らは空腹を満たすために食堂へと向かった。その裏でマリちゃんは決意を固める。
(どうにかして、ホノちゃんのイメージを回復できないかな?)
そう、考えていた。
なんだぁ?こいつ(恐怖)。明日は仕事が忙しいので(おそらく)投稿できません。