年末の大一番有馬記念の投票が終わり、結果が発表された。
得票数1位はホノイカヅチ。史上7人目の三冠ウマ娘であり、シンボリルドルフ・ディープインパクトに続く3人目の無敗三冠を成し遂げたウマ娘。菊花賞のスーパーレコードが記憶に新しいファンは多いだろう。彼女に票を入れるファンが最も多かった。
集めた票も多い、のだが。これまでの三冠ウマ娘と比べると少し物足りないような、そんな票数だった。これはやはり、菊花賞のインタビューが尾を引いている。
「ちやほやされたい、ねぇ」
「な~んか今までの三冠ウマ娘と比べるとアレだよね~」
「ね。素直に応援しづらいというか」
ホノイカヅチのインタビューで語ったことはSNSなどを通じて拡散されている。その評判は、投票に影響を与えるくらいには賛否が分かれていた。やはり、あまり良い印象を受けないというのが大きいだろう。
得票数2位のウオッカとの差がほとんどない。ホノイカヅチが約12万票に対し、ウオッカは約11万8000票。3位のダイワスカーレットも約11万票を集めており、思ったほど差が開いていない。英雄に続く形の無敗三冠で、レースのタイムだけなら英雄すらも超えているのに、である。思ったより差は開いていない、と見ているファンが多い。
さらには、記者受けもかなり悪くなった。インタビューを受けることはほぼなくなり、月刊トゥインクルといった6社のみからの取材だけ受けている状況。この6社が発信しない限り謎に包まれているという、異様な状況に陥っていた。
取材お断り文句は決まっている。
「ホノイカヅチの精神状態を鑑みて、インタビューを受けるべきではないと判断しました」
「インタビューを受けたくないと言っているので」
「ホノイカヅチがインタビューを拒否しましたので」
インタビューを受けることの精神的な苦痛、レースにすら悪影響を与えかねないということから取材拒否。テレビ出演すらも拒否する徹底っぷり。例年ならば出走するウマ娘の特集が組まれる有馬記念特番も、彼女だけは過去の映像を流すだけに留まった。絶対に取材は受けない鋼の意思を感じる。
無論、報道各社も抗議しようとするが、返ってくる言葉もまた決まっている。
「菊花賞の一件を忘れましたか? こちらはいつまでも覚えていますよ」
菊花賞のインタビューを持ち出され、反論は許さないとばかりに打ち切られる。そして、菊花賞の件について記者達は何も言えない。なにより、口出ししようものなら今度こそ業界にいられなくなる。誰だって自分の命は惜しいのだ。
とどのつまりは、身から出た錆である。記者側に非があり、その非があったからこそ取材は受けない。シンプルかつ正当性のある理由、これ以上何も言うことはできなかった。
とはいっても、これがよろしくないのも事実。一連の流れを知っていたとしても、非が記者にあるのを分かっていても。人は勝手な憶測で場をかき乱す。ありもしない噂を流布し、良くない感情を流し込もうとする。
その典型がSNSだろう。ホノイカヅチのアカウントなどがないのをいいことに、日夜ホノイカヅチに関する議論がされていた。
【ホノイカヅチがちやほやされたいからってレース出てるってマジ?他の三冠ウマ娘と比べて不純すぎるだろ】
【は?ちやほやされたいからレースに勝つって何が悪いん?別にいいだろ何を思ってレースしようが】
【ダイワスカーレット頑張れ!ホノイカヅチなんかに負けんな!】
【それでも私はホノイカヅチを応援するぞ。頑張れ庶民派三冠ウマ娘!】
【ホノイカヅチは名家出身定期】
良くも悪くも波紋を呼んでいるホノイカヅチの存在。次の有馬記念で彼女の進退が決まる……そんな予感さえも感じさせた。
そして、トレセン学園では有馬記念に出走予定のウマ娘達が追い込みをかけている。中山2500mのグランプリレース、各々が勝つためにトレーニングを重ね、対戦相手の研究をしていた。
ホノイカヅチに次ぐ本命に推されているダイワスカーレット。いまだに3着以下になったことがない完全連対の【ミス・パーフェクト】。仕上がりも万全だ。
「タイムも悪くないねぇ。有馬記念制覇は確実だねぇ」
嬉しそうにタイムを測っているアグネスタキオン。ただ、その表情にどことなく陰を感じたトレーナーは厳しい表情で見つめる。
「相変わらずタキオンはスカーレットに甘いよね……で、本当のところは?」
質問に黙りこくる。レースには出ないため軽めのトレーニングで済ませているディープスカイが合流した時、口を開いた。
「厳しいね。五分五分といったところだろう」
「……スカーレットで五分、か。厳しいな」
「そりゃそうだ。そもそも相手となるホノイカヅチ君は弱点がほぼない完璧なオールラウンダーだ、厳しい勝負になるのは分かっている」
ノートPCのキーボードを叩きながら内部のファイルを開く。そのファイルは、アグネスタキオンが書き上げた対ホノイカヅチ専用のものだ。
気になったディープスカイは後ろから覗き見て……驚いた。あまりにも多い情報量に。
「す、すごい書かれていますぅ。これ、全部タキオンさんがぁ?」
「そうだとも。スカイ君と対決する前からずっと更新し続けてここまで来た。ホノイカヅチ君攻略のためにね」
言いながらも情報を引っ張り出す。それはホノイカヅチの強み。とりわけ集中力に関するもの。
「ホノイカヅチ君の集中力は3分以上持続することが分かった。つまり、有馬記念で彼女がしくじることなどという希望的観測は抱かない方がいい」
「え、え?」
「単発的なミスがあったとしても、そのミスが連鎖することはない。すぐに立て直しを図ることができる……ま、そんなところか」
アグネスタキオンによるこうざが始まり、ディープスカイは思わず座り込んで聞く姿勢に入る。トレーナーは、ダイワスカーレットの練習に集中していた。
「走りながら集中力を持続させるのは難しい。気が散ってしまう瞬間は必ず存在し、その隙を突かれてペースを乱されることが多い……これは知っているね?」
「は、はいぃ。だから、できるだけ隙は見せるなと教わりましたからぁ」
「そうだとも。本来相手のペースを乱す攪乱はこの集中力を乱すためにある。乱れればスタミナを余分に消耗し、結果的にレースの勝敗に影響を与える要因となる。位置取りに関してもそうだ」
有馬記念のレース時間は、大体2分29秒から40秒ほど。こうして表すと短いように感じるが、いざ走ると話は別である。
「本来走りながら3分も集中するなんて無理な話だ。身体を動かす酸素を供給しながら、頭にも酸素を回すなんてね。呼吸も意識しないといけないし、無論位置取りも無視できない」
「考えることがいっぱいだからぁ、普通はできないぃ」
「けど、それを可能にしているのがホノイカヅチ君だ。3分間周りに気を配りながら走り、1秒1秒変わる展開の中で最善手を模索し続けるほど頭を働かせ、なおかつ余分な消耗をしないように走りにも注意を向けている」
ふぅ、と溜息を吐くアグネスタキオン。相手となるウマ娘の強さを改めて並べ、溜息を吐くしかなかった。
「徹底的な仕事人気質。その集中力がどこまで続くのかが課題だったが……まさか菊花賞の3分間も持続するとはね。こればかりは私も驚いたよ」
「あの菊花賞は本当に凄かったですぅ……も、もしわたしも出走していたらぁ」
「なすすべもなくやられていただろうね」
取り繕うことなく一蹴するアグネスタキオン。ここで取り繕わないのは優しさ故だろう。希望的観測を語らないために。
「とにかく、彼女が大きなしくじりをすることはないと仮定した方がいい。もしあったとしても、最小限のリスクに留める。攻略するのは至難の業だよ」
「スカーレットさんも、同じことはできないですもんねぇ」
「ハァ!? アタシだってやれるわよ!」
「うひゃあ!?」
会話が聞こえていたのか、トレーニングをしていたダイワスカーレットが反応していた。ムキになっているのが遠目にも分かるぐらいご立腹である。思わずディープスカイはのけ反ってしまった。
ずんずんとディープスカイ達のところへと近づいていき、自信満々に答える。自分も同じことはできると。
「アタシだってまぁ、同じことぐらいできるわ! 集中しながら走るのなんて!」
ダイワスカーレットの負けず嫌いが発動。これにはディープスカイも苦笑い、アグネスタキオンは嬉しそうに笑い、トレーナーはなんとも言えない表情を浮かべていた。
ただ、現実的な見方も忘れない。
「そうはいうがねスカーレット君。スカーレット君の場合はできたとしても合わないと思うよ」
「合わない? なんでですか?」
「スカーレット君は逃げだろう? 先頭に立って、ペースを握る逃げだ。それがスカーレット君の強みを一番発揮できることだからね」
諭し、相手の土俵に立つことはないと口にする。実際問題、同じことをやる必要はないのでアグネスタキオンの対応が正解だ。
それを分かっているのか、特に何も反論せず。またトレーニングへと戻っていく。
「対策の方は私の方で研究しておくよスカーレット君。ひとまずは、マークをされながらも走り続けることを目標に、だ。今のところ問題なく動けているからね、その調子で頑張りたまえ」
「はい! 分かりましたタキオンさん!」
全幅の信頼を寄せるダイワスカーレット。微笑ましさを覚えるトレーナーとディープスカイだった。
アグネスタキオンの頭にあるのは、ホノイカヅチと対面した時のこと。彼女をどう攻略するか、そのことだけを考えていた……菊花賞が終わってから今に至るまで、ずっと。
(さぁて、どこまで彼女に太刀打ちできるか……)
目の隈が濃い。寝不足であることが分かる。それも全て、ホノイカヅチを攻略するためについたものだ。それだけ、アグネスタキオンはホノイカヅチを警戒している。
「面倒な相手だよ、まったく。しかも努力家、成長が止まらないというのも質が悪い。あぁ、本当にね」
言いながらも、キーボードを叩く手は止まらない。打倒・ホノイカヅチのために、自分も持てる全てを尽くそうとしていた。
また別の陣営。夏合宿にてホノイカヅチとトレーニングをしていたドリームジャーニー。こちらもまた、最重要警戒対象としてホノイカヅチの研究をしていた。
遠征支援委員会の部屋で1人、PCと向き合うドリームジャーニー。その表情は真剣そのものであり、声をかけるのも憚られるほど集中している。
「菊花賞は見事なものでした。えぇ、あれだけのレースをするなど、やはりあの方は素晴らしい」
映像を見直し、自分が相手をするウマ娘の強さを頭に刻みつける。対策を立て、自分にできることを模索する。
「とはいっても、私が不利なのは間違いないでしょう。後方でレースを進める私からすれば、ホノイカヅチさんは苦手な分類だ」
ただ、勝てないわけじゃない。そのことを知っている。最後の最後まで足搔き続ける選択をした。
(かつてウオッカさんを嵐と形容しました。ホノイカヅチさんは……もはや嵐の範疇に収まらない)
「……アネゴが辿った一筋の黄金を、私も見ることは叶うのでしょうか?」
強敵と戦い、その旅の果てに黄金を見たというアネゴ──ステイゴールド。彼女が見たという黄金を自分も確かめたい。それが、どのようなものなのかを。
映像を見守るドリームジャーニー。その顔が、一瞬にして険しくなる。
「……あぁ、そういえば。コバエが湧いていましたね。えぇ、とても無視できないコバエが」
彼女が見ているのは某動画サイトのレース映像。そこにはコメント欄があり、誰でも自由に書き込むことができる。過激な内容はBANされてしまうが、どんな書き込みでも理論上は可能だ。
その中で見つけてしまった。ホノイカヅチに対する、謂れのないコメントを。
(全く。ホノイカヅチさんの努力を知りもしないで、よくこんなことが言えたものです。不愉快極まりない、あの方の純粋さが汚れてしまう)
「ただ、多少の批判はやむを得ないでしょう。あまり、賛同を得られるものではありませんから」
苦笑いで嘆息するドリームジャーニー。ホノイカヅチが走る理由を前々から知っていたからこその反応だ。
確かに賛同は得られるものではないかもしれない。他の三冠ウマ娘と比べると、アレかもしれない。
それでも、ホノイカヅチは勝つために努力を重ねている。必死に、常人とは比べ物にならないほどの努力をしているのだ。それらは評価されて然るべきものであり、背景を知らずに批判するのは間違っている、というのがドリームジャーニーの弁。
ただ、一般人にそれを知る術はない。練習は公開されていないし、どれだけトレーニングしているかは不透明だから。
(私達も同じように努力をしている。だから、どうしても悪い目で見てしまう。人の性、というものでしょう)
「だからといって、到底許せる所業ではありません。まずはこのアカウントを探ってみましょうか」
一定仕方ないとしつつも、それはそれとして自分のお気に入りであるホノイカヅチに対する悪口を書いたアカウントを追い詰める準備を進める。
当然ドリームジャーニーはレースがあるのでやるわけではない。
「それでは、後は頼みましたよ。私はレースがあるので」
「あ、はい。分かりました……やっぱ委員長こわ」
「なにか?」
「いえ! なにも!」
同じ遠征支援委員会の仲間に任せる。本当なら自分がやりたくても、レースが近いのでやるわけにはいかない。手を抜くことは、対戦相手に失礼だからだ。
改めてホノイカヅチの研究に勤しむドリームジャーニー。途中でトレーナーと合流し、より綿密に計画を立てていた。
どの陣営も気合いが入っている。そして、ホノイカヅチの対策を最優先で行っている。やはりこのレースで注目されているのは、無敗の三冠ウマ娘であるホノイカヅチだからだ。
練習を重ねる。対策を続ける。日は刻一刻と過ぎていき──有馬記念本番を迎えた。