ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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グランプリレースですわ~現実はもうすぐジャパンカップですわ~。


冬のグランプリ

 暮れの中山レース場に多くのファンが詰めかける。晴れてはいるものの、12月特有の冷たい空気が支配している中で、中山レース場には多くのファンが足を運んでいた。

 

 本日のメインレース有記念に出走するウマ娘達が続々と登場している。実況からの紹介が入りつつ、皆一様に身体を整えていた。

 

《続いて登場したのはダイワスカーレット。いまだ完全連対の女王が暮れの中山に再び参戦。2番人気という評価にはちょっと不服か? また、少し心配なのは8枠14番からの出走であること。フルゲートではないとはいえ、この枠番はあまりにも痛いでしょう》

《中山の外枠は不利ですからね。しかも、それが有記念となれば尚更。相手も相手ですし、ダイワスカーレットにとって試練の時でしょう》

《続いて登場したのはマツリダゴッホ、マツリダゴッホです。昨年の覇者が堂々登場。中山巧者と呼ばれる彼女の走りがまたも炸裂するか? 6枠11番からの出走です》

 

 パドックで調子を確認し、改めてターフの上で確かめる。また、隣の観客との会話も弾み、出走の時を心待ちにしていた。

 

 レース出走のウマ娘達がウォーミングアップをしている最中、全員の視線が一点に集中する。ダイワスカーレットもマツリダゴッホも、すでに入場しているドリームジャーニーも例外なくだ。

 その姿が見えた瞬間、喧騒は止み歓声が沸き上がる。この時を待っていたとばかりに、観客は声を上げた。

 

《そして来ました! 本日の1番人気ホノイカヅチの登場です。史上7人目の三冠ウマ娘、なおかつ無敗の三冠ウマ娘が暮れの中山に姿を現しました。刻まれた黒星は1つもありません。その無敗記録に傷をつけるウマ娘は現れるのか?》

《シンボリルドルフさながらのレーススタイル。崩すのは容易ではありません。いろいろとありましたが、やはり彼女のファンは多いでしょう。この歓声が何よりの証明です》

《枠は3枠4番とまずまずの枠番。調子も万全、好走が期待できます!》

 

 ホノイカヅチの登場。菊花賞で物議を醸しているものの、やはり三冠ウマ娘。ファンは大勢おり、中山レース場の歓声はほとんどホノイカヅチのものだ。彼女への声援が大多数を占めている。

 

「頑張れよー、ホノイカヅチー!」

「負けないでー!」

「ホノちゃ~ん、頑張ってくださいね~」

 

 香港から帰国したアストンマーチャンも手を振って応援している。隣には当然彼女のトレーナーである着ぐるみを着た人物もおり、周りの観客はぎょっとしていた。

 また、スティルインラブも応援に来ている。彼女と仲の良いウマ娘達が一か所に集結していた。

 

 そして。

 

「っ、早速臨戦態勢だ。ホノイカヅチ、いつもと違う」

「うん。入場してそうそう、やる気に満ち溢れてるって感じ」

 

 ホノイカヅチはすでにスイッチが入っていた。いつものオドオドした雰囲気は欠片もなく、周りを鋭く睨みつけ……否、何事にも興味がないかのような視線を向け、ただ凛と佇む。

 圧倒される。ただ立っているだけなのに、その場に釘付けにされたかのように動けない。場の空気は、完全にホノイカヅチが支配していた。

 

 その状況でも冷静でいるのは、ダイワスカーレットだ。

 

「へぇ、それがレース中のアンタってわけ。ターフで受けるのではまた違うわね」

 

 不敵に笑い、ホノイカヅチを見据える。対するホノイカヅチの表情は、無だ。

 特に気に障ったわけでもない。ホノイカヅチへと指を突きつけ、宣言する。

 

「アンタには負けないわ。無敗の三冠だろうが関係ない……アタシが一番なんだから」

「……はぁ」

「それだけよ。アンタが世間でどう言われてようが関係ない。アタシはアタシのレースをするだけ。アンタもくだらない戯言なんか、真に受けんじゃないわよ」

 

 鼻を鳴らして戻っていくダイワスカーレット。スイッチが入っているホノイカヅチだが、どことなく察した。

 

(オイラのこと、心配してくれてるんですかね? 思ったより良い人?)

 

 今の自分の状況を心配しているんじゃないか、という予想。そして、ダイワスカーレットは苦手であったものの良い人ではないか? という考えだ。少なくとも、今の自分の状況を知って、こうして話しかけて心配までしてくれたのだ。十分に察することができる。

 

 ただ、それはレースにおいて不要な感情。即座に排斥し、後回しにする。

 

(勝負に徹する、オイラのオイラのやるべきことをやり遂げる。油断はしない、慢心もない……ただ冷静に)

「盤面を支配する。それだけ……それに、ダイワスカーレットさんはアグネスタキオンさんのとこですから」

 

 間違いなく、自分は最大の警戒をされている。これはダイワスカーレットに限らずだが、このレースで一番マークされるのは自分だと直感している。

 

(本当に、楽じゃありません。それに、シニア級のみなさんですから。オイラよりもレースに富んだ方々、マークの仕方も様々でしょう)

「ま、皐月賞から慣れっこなので。あんまり気にしてないですけど」

 

 体の調子を整えるホノイカヅチ。頭の中ではすでに、今回のレースをシミュレート続けていた。

 

 

 時間がやってくる。ファンファーレが始まり、寒空の空気を切り裂くような音が中山レース場全体に響いた。

 

《年末の大一番、暮れの中山で開催されるグランプリG1有記念。今年もトゥインクル・シリーズを彩った猛者たちが、この舞台に集いました。芝2500m、バ場は良バ場の発表。一年最後のレースを勝利で締めくくるのはどのウマ娘か? 期待が集まります》

《クラシック三冠だけではありませんよ。ティアラ二冠にクラシック二冠、さらにはあのウオッカを破ったジャパンカップ覇者も出走していますからね。グランプリに相応しいメンバーが集っています》

《ゲート入りは順調に進んでいます。3枠5番のホノイカヅチがゲートに入りました。彼女の頭の中では、すでにどのように走るのかを計算しているのかもしれません》

 

 ゲートに収まっていき、最後のウマ娘がゲートに入る。開戦の準備が整った。

 

 訪れる静寂、12月の寒ささえも忘れ、ただゲートにのみ視線が集まっている。今か今かと待ちわびて、身体が勝手に動きそうになる衝動を必死に抑える。

 

 そんな空気を切り裂いて──ゲートが開いた。瞬間、ウマ娘達が一斉に飛び出してくる。抜群のスタートを切ったのは、14番のダイワスカーレットだ。

 

《ゲートに収まって、スタートしました。始まります有記念、抜群のスタートを切ったのは外のダイワスカーレットそして内のホノイカヅチ! この2人が良いスタートを切りました。外から果敢に突っ込むダイワスカーレット、内から悠々と伸びてくるホノイカヅチ! この先行争いは重要だぞ、ダイワスカーレットとしてはなんとしても取りたいところ!》

 

 また、ホノイカヅチも抜群のスタートを切る。ダイワスカーレットに並びかけるように前に出て、競り合う形となった。

 他のウマ娘も良いスタートを切るが、この2人の争いをまずは静観。ここは争うべきではないと判断して、後ろで様子を見守る形になる。外のウマ娘が若干内に行きたがる素振りを見せ、前に前に出ようとしているが無茶はしない。冷静に状況を俯瞰していた。

 

 

 始まる有記念。すでに寒さを忘れて、身体が熱くなるのを感じるファンだった。

 

 

 

 

 

 

 先行争いは最内枠のカワカミプリンセスと3枠のホノイカヅチ、そして大外枠のダイワスカーレットで争う。正面スタンド前を走っている時も、それは変わらなかった。

 

《正面スタンド前を走ります。最内のカワカミプリンセス1枠1番を活かして前に出ます。真ん中ホノイカヅチ三冠ウマ娘、大外にダイワスカーレットこの3人が先頭で争います。ダブルティアラに挟まれるトリプルクラウン、後ろにはメイショウサムソンが控えているぞ》

 

 楽に逃げさせないためか、ホノイカヅチはダイワスカーレットをマークする作戦に出ているように見える。ただ、どちらかと言えば前に出ざるを得ない状況に持ち込まれていた。

 

 観客席ではアグネスタキオンが冷静に状況を俯瞰している。

 

「ふぅむ、アレだとホノイカヅチ君は身動きが取れない。多少の無茶を通す必要がある」

「だね。内にカワカミプリンセス、外にスカーレット。そして後ろにはメイショウサムソンがいる。無理なペースダウンは飲み込まれるし、あまり無茶をする状況でもない。ある程度仕方ないと割り切っている」

「マークが集中した結果、ではないだろうね。あくまで偶発的な事象でありそこに意図などない。とはいっても、スカーレット君にとってはありがたい状況だろう」

「けど、徹底して内に入れさせないようにしている。序盤の攻防は五分、ってところか」

 

 本来であれば先行集団、または中団に位置したいホノイカヅチ。だが、カワカミプリンセスとダイワスカーレット、メイショウサムソンに囲まれている現状下がるのは難しい。普段は取らないような位置で走ることを強いられる。

 逃げるのにとにかく前に出たいダイワスカーレット。スタミナのロスを抑えるためにも最内を走りたいが、そのためにはカワカミプリンセスとホノイカヅチの前に出る必要がある。ロスを抑えたいのに多くのスタミナを消費する必要がある状況に追い込まれる。

 

 2人の状況は五分。お互いを意識するあまり不利な状況に持ち込まれようとしていた、が。

 

「いや、スカーレット君が少しだけ有利だ。本当に少しだけ、だがね」

「へ? な、なんでですかぁ?」

「カワカミ君はそもそも逃げで走るのには向かない質だ。いずれは位置を下げていくだろう。そうなれば、ホノイカヅチ君も位置を下げるはずだ」

「スカーレットと競り合うのは分が悪いからね。向こうを刺激して、予想以上の強さを発揮されるのも困るだろうし」

 

 アグネスタキオンの見立てではダイワスカーレットが微有利。そう判断していた。

 

 事実その通りになる。カワカミプリンセスが位置を下げ、空いた内側にホノイカヅチが陣取る。そして、外からダイワスカーレットが被さるように詰めてきた。

 

《まもなく第1コーナーのカーブに入ります。先頭を走るのはダイワスカーレットとホノイカヅチの2人。ホノイカヅチがダイワスカーレットに競りかけるか? いや、これは無茶にはいかない、ここで無茶はしないホノイカヅチ少しずつ下がる。カワカミプリンセスはメイショウサムソンの内側、ホノイカヅチから離れて1バ身の位置を走っています》

《ここで無茶はしないという判断でしょう。スタミナは有限ですからね》

《ここでダイワスカーレットが前に出ます。ダイワスカーレットが果敢に行きます第1コーナーに入ってダイワスカーレットが先頭へ。2番手ホノイカヅチは競り合わない、半バ身後ろの位置をキープしている》

 

 第1コーナーでダイワスカーレットが先頭を奪う。時間はかかったものの、ようやく奪うことができた。

 

「え、え~っとぉ、今はどちらが有利なんでしょうかぁ?」

「スカーレット君だ。とはいっても、全体的ではなくこの第1コーナーまでの有利不利だがね」

「先頭を奪うことはできたが払った代償は安くない。そもそもスカーレットはスタミナがある方じゃない、後半になって響いてくるだろう」

 

 本来であればもっと早くに奪うはずだった先頭。しかしそれはホノイカヅチによって阻まれる。容易に内には入れさせず、カーブで少し膨らみながら取る羽目になった。失ったスタミナは多いだろう。

 ただ、得られたものもある。

 

「だが、相手にとっても想定外のことがあった。それは早く後ろに下がれなかったことだ」

「先行集団から中団の位置、そこで勝負したい、だったですよねぇ?」

「その通りだスカイ君。後のサムソン君に煽られて、ホノイカヅチ君も少しロスがある。とはいっても、向こうは長距離が最適性のステイヤー、雀の涙程度のものだろうけどね」

 

 ただ、と続ける。その表情には油断はなく、まるで。

 

「それでも、塵も積もればなんとやら。小さなことを積み重ねて、彼女を討つ。そうしなければ勝機はない」

「……改めて、恐ろしいですぅ」

「それだけの強さなんだよ。それに、彼女は中山が苦手だ。これは彼女のストライド幅が関係しているのだが」

 

 自分もあの場に立って勝負しているような。ダイワスカーレットを自分に見立てて戦っているような。そんな風にも見えた。

 

《ダイワスカーレットが先頭で走ります。現在第1コーナーから第2コーナーへ。ホノイカヅチは少しずつ位置を下げて今はメイショウサムソンの位置まで下がりました。またも内から果敢に行きますカワカミプリンセス、少し空いた隙間にカワカミプリンセスだ。ホノイカヅチに並びます。後にはエアジパングとコスモバルクが控えます》

 

 先頭を奪ったダイワスカーレット。先行集団の先頭に立とうとしているホノイカヅチ。そして。

 

「ジャーニーちゃん、最後方じゃなくてそれよりも少し前にいるね~。ちょっと、いつもより前目につけているみたいだ」

 

 ドリームジャーニーがいつもより前につけている。最後方ではなく、中団の一番後ろ。鋭く前を睨みつけ、外の位置につけていた。




割と五分。
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