ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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エリ女とかマイルCSも楽しみでゴンス。


グランプリチャンピオン

 先頭を走りながら、ダイワスカーレットは思い出していた。レース前にアグネスタキオンから言われたことを。

 

(ホノイカヅチのことは意識内に入れておけ。位置を把握しておいた方がいい、か)

 

 敬愛するアグネスタキオンの言葉。しっかりと刻み込んで走っている。それを抜きにしても、ホノイカヅチのことを意識から外すなんてことはできない。

 ひとえに、彼女はあらゆる場面を想定して動いてくるからだ。こちらの意識外から動いてくる可能性がある、そのまま勝ち切る可能性を秘めている。

 

(読み切るの自体は簡単。アイツが取るのは最善の選択、その状況における最善手を打ってくる)

 

 ちらりと後ろを見て、ホノイカヅチの場所を確認する。

 

《向こう正面に入りました。ダイワスカーレットが先頭で走ります、ダイワスカーレットが先頭だ。2番手にはメイショウサムソン、ダイワスカーレットに並ぼうとしている。3番手にホノイカヅチ好位置につけています。最内ではなく外につけている。その後ろアサクサキングス、カワカミプリンセス4番手5番手。徐々に差を詰めてきました、集団との差が縮まります》

 

 ホノイカヅチが3番手にいることを確認。そして、思った以上に差が縮まっていることを知り、ダイワスカーレットは追いつかれないように動く。少しだけペースを上げ、逃げの姿勢を貫く。

 場所を確認し、想定通りであることを頭に叩き込む。

 

(タキオンさんの言ってた通り。後は、アタシがどこまで貫けるかね)

 

 思い出す。ホノイカヅチへの対策会議のことを。

 

 

 

 

 

 

 アグネスタキオンは言っていた。

 

「ホノイカヅチ君は間違いなく、君をマークする。最大の障害となるのが君だと分かっているからだ」

 

 淀みなく、揺らぎのない目で告げるアグネスタキオンの言葉。そして、こうとも言っていた。

 

「彼女を攻略しない限り、有記念の勝利はない。それだけの強さを持っているのは分かるね?」

「は、はい。クラシック三冠を取っていますし」

「彼女はステイヤーだが、これに関しては気にしなくてもいい。中山の2500に関してはステイヤーに有利とも言えない条件だからね」

 

 そこから始まるホノイカヅチの対策会議。当たり前のことをこなしてくる彼女は常に最善手を打ち続け、当たり前のように勝ってくる。そのため、あらゆる場面での最善手を叩きこむ必要がある。

 と、思っていたのだが。

 

「正直な話、覚えるべきパターンは2つだ。それ以外は気にしなくていい」

「へ? そ、そんな少なくていいんですか?」

「あぁ。スカーレット君の場合はあまり頭に入れすぎてもよろしくない。脚が鈍ってしまうからね」

 

 2つのパターンを重点的に絞った。それ以外は問題ないと、ダイワスカーレットの走りに陰りはないと教えられた。

 

 1つ目は外から追い抜いてくるパターンだ。

 

「今回彼女は内を捨てて外から回ってくる可能性が非常に高い。スカーレット君の存在があるから、強引に内から抜かしには来ないだろう」

 

 競り合いにめっぽう強いダイワスカーレット。そんな彼女と競り合うことになる内の選択肢を取る可能性は限りなく低い。だからこそ、外を回ってくる……それがアグネスタキオンの推測だ。

 

「だから外に意識を割いておくんだ。内を気にしなくていいわけではないが、外から回ってくる可能性が高いわけだからね」

「分かりました。他には何かあるんでしょうか?」

「ある。外から回ってきた場合、彼女は他のウマ娘を目隠しに使う可能性が非常に高い」

 

 木の枝で地面に丸を書き、予想される展開を地面に書き出す。

 

「君の競り合いの強さを発揮させないため、他のウマ娘の陰に隠れて最後に飛び出してくる。これが彼女の勝ちパターンの中で一番可能性が高いものだ」

「なるほど……」

「ただ、あくまで可能性が高いだけであり必ずしもこのパターンで来るとは限らない。最優先で警戒すべきパターンとはいえ、手を変えてくる可能性もあるからね」

 

 次に、2つ目のパターンの説明に入る。今度は丸の数を増やしていた。つまりは、出走するウマ娘の数だろう。

 

「2つ目は集団に紛れて飛び込んでくる可能性。ホノイカヅチ君は誰よりもマークされている、それを利用して他のウマ娘と一緒に君に襲い掛かる」

 

 ダイワスカーレットであろう大きい丸を取り囲むように、小さい丸を密集させるアグネスタキオン。ダイワスカーレットも状況を想像する。

 

「密集した集団で飲み込み、君自身の勝負根性を機能させても問題がない状況に陥らせる。あるいは、早期に飲み込んで関係なくさせる。これが2つ目のパターンだ」

「……追いつかれないために無茶をしたら」

「それこそ相手の思う壺だ。君のスタミナを消費させ、彼女は容易に抜け出してくるだろうね」

 

 ダイワスカーレットは自分の強さに自信を持っている。逃げ切る算段もちゃんとあるだろう。

 それでも、不利を被ることは想像に難くない。さすがに囲まれたらダイワスカーレットといえど勝つのは厳しい。できる限り避けた方がいいのは間違いないだろう。

 

 提示される可能性。ホノイカヅチを徹底的に分析し、その上で彼女が選択し得るであろうパターンを洗い出している。対策会議中にもかかわらず、尊敬の念が出てくるほどだ。

 

 それだけではない。

 

「タキオンさん、目の隈が凄いですよ? 寝れてないんじゃないですか?」

「……ん? あぁ、対策に少しばかり時間を使っていてね。活動には支障がないから大丈夫だよ」

 

 そうは言いつつも、あくびを繰り返したり眠そうにしている。それだけの時間をホノイカヅチのために、ダイワスカーレットのために費やしたのだ。そう考えることができる。

 負けるわけにはいかない。そう決意を新たにするダイワスカーレットだが。

 

「他になにか、可能性はありませんか? この2つのパターンほどじゃないにしても、注意しておくこととか」

 

 この2つ以外に考えるべきことはあるか。そう質問する。いま提示された可能性はあくまで確率が高いだけであり、選択しない可能性がある。その中で気を付けるべきことは何か、ダイワスカーレットは聞きたかった。

 

 アグネスタキオンからの返事は。

 

「ある。そのパターンは……内を不利と知ってなお、内を選択したパターンだ」

 

 想像し難いパターンだった。

 

 

 

 

 

 

 レースにおいて選択肢は無数に存在している。その中から決まった選択肢を取るのは至難の業だ。

 なおかつ、それをレース中に判断するのはかなり厳しい。終わった後からなら何とでも言えるが、勝負の最中に判断を下せというのは酷な話。ホノイカヅチもまた、常に最善を選択できるわけではない。間違えることだってある。

 

 その間違いを引き出すこと。それが、ホノイカヅチ攻略のカギとなる。ミスをしない相手のミス待ち、それが最善手だと出走しているウマ娘達は強く理解している。

 

《先頭ダイワスカーレットが快調に飛ばします。第3コーナーから第4コーナーへ、ダイワスカーレットが先頭で逃げている。2番手にはメイショウサムソンが飛び出しているか、二冠ウマ娘メイショウサムソンが2番手外にアサクサキングスが並んでいる》

《フローテーションが先に仕掛けましたね。中山の直線は短いですので、今のうちに差を詰めていこうという判断でしょう》

《フローテーションだけではありません。外からドリームジャーニー、ドリームジャーニーが伸びてきている。ここで一気に形成を押し上げるドリームジャーニーが伸びてきた》

 

 ここまでダイワスカーレットは後ろを振り返って確認してきた。だが、もうすぐ第4コーナー。第4コーナーを過ぎれば最後の直線が待っている。徐々に後ろを見る余裕がなくなる。

 

(最後に確認した時は内にいた。外に出ることができなかったわけね)

 

 ホノイカヅチの位置は内側。外ではなく内を走っていたのを確認している。そのことから、ある程度のことは予測がついていた。

 

(外を回ることはできない。なら、内を走るしかない。他の子達がやすやすと外に回すわけがない!)

 

 ロスが大きく、距離も伸びる外を回る選択肢は除外される。残された可能性は、内からの抜け出しのみ。

 そうなれば、ダイワスカーレットの独壇場……とはいかない。

 

(落ち着きなさい。それで勝てるほど甘い相手じゃない。内を選択したのなら、そこにはきっと理由がある)

 

 相手がなにを考えているのか。外を回る方が有利で、外に出る余裕がなかったとはいえ、内を選択したのならば。それがホノイカヅチにとっての最善であると判断するだけのものがあったということ。

 ホノイカヅチだけではない。彼女以外の13人のウマ娘が出走している。全員が歴戦の猛者であり、冬のグランプリに出走できるだけの実績を積んでいる。彼女らの存在もまた、無視できるものではない。注意が分散する。

 

 油断はしない、慢心もない。ダイワスカーレットはひたすらに逃げる。それこそが自分の強みであり、その強みを押し付けることこそが勝利への近道だと知っているから。

 第4コーナーのわずかな下り坂を走る。スタミナの消費で息が乱れる中、外に目を向けると、メイショウサムソンらが並びかけようとしてきた。

 そしてその中に1人、本来であればもっと後ろにいるはずの相手がいることを確認する。余裕はなくとも、視界に収めることができた。

 

(ジャーニー先輩……! 早めに仕掛けてきた!)

 

 ドリームジャーニー。取ってきたG1タイトルは朝日杯のみだが、それでも常に好走してきたウマ娘だ。無論、ダイワスカーレットの警戒対象に入っている。

 

 この早仕掛けも理由がある。ドリームジャーニーもまた、要警戒対象としてダイワスカーレットを見ていたからだ。

 

(ホノイカヅチさんだけではなく、スカーレットさんもまた警戒すべき。そのためには、この早仕掛けは必要経費です)

 

 元より菊花賞を走り切るだけのスタミナはある。多少の無茶を通すだけの力はある。だからこそ、早仕掛けで上がってきた。全ては勝つために。

 

 また、他のウマ娘も一斉に上がってきた。第4コーナーの仕掛けどころ、全員のギアが入る。そして、例外なく外から回ってきていた。

 

《まもなく第4コーナーから最後の直線へ入ります。依然として先頭はダイワスカーレット、ダイワスカーレットが先頭だ。外からメイショウサムソンにドリームジャーニーが飛び出してくる、マツリダゴッホにスクリーンヒーローも来ているぞ!》

《レースが一気に動きましたね。集団がグッと固まってきましたよ!》

《さぁ最後の直線だ。最後の直線先頭で入ってきたのはダイワスカーレットしかしその差は僅か! メイショウサムソンを躱してドリームジャーニーが2番手、ドリームジャーニーが2番手に浮上しつつある! しかし意地でも抜かせないメイショウサムソン、スクリーンヒーローにマツリダゴッホもきている! 内のホノイカヅチはまだ来ないのか!?》

 

 抜かせない。そのためにダイワスカーレットから膨らみながらも中山の直線に入る。先頭で、誰にも譲らない1着でだ。

 

 中山レース場最後の直線は293m。この短い直線で全てが決まる。

 さらには急坂だ。壁のように立ちはだかり、スタミナと脚を削ってくる。勢いよく上がろうとしても、減速は免れない。

 

 だが、走るウマ娘にはそんなこと関係ない。勝つためならば上る、それだけの話だ。

 ズン、と。脚に負荷が強くかかる。中山の急坂が行く手を阻み、ダイワスカーレットたちに襲い掛かる。

 

(もう、少しっ!)

 

 上る。上る。懸命に脚を動かし、力の限り走り続ける。ダイワスカーレットのスタミナは枯渇気味、それでも走る。

 隣を走る相手がいる。競り落とすべき相手がいる。メイショウサムソンにドリームジャーニー、気づけば隣の枠番にいたアドマイヤモナークも上がってきていた。

 

(勝つのはアタシよ! アタシが、アタシがっ!)

「一番なんだからッ!」

 

 さらにギアが入る。土壇場で、苦しい状況で、競り合う相手がいることで。ダイワスカーレットがトップギアに入った。

 

 坂を超えて、後は100m走り切るだけ。たったそれだけで勝つことができる。最後の根性で引き離して、勝つだけの話だ。

 

 

 だが、外に意識を割きすぎていた。だからこそ、この100mまで気づかなかった。

 

《ダイワスカーレットが差を広げる、ダイワスカーレットが差を広げる! しかし内からホノイカヅチだホノイカヅチだ! ホノイカヅチが突っ込んできた! 今が好機と言わんばかりに突っ込んでくるホノイカヅチ、ホノイカヅチが内から鋭く伸びてくる! 【緋色の女王】に【雷光】が襲い掛かる! この時を待っていたとばかりに襲ってきて並んだァァァ!》

 

 内から伸びてくる、ホノイカヅチの存在に。機は熟した、そう言わんばかりに急襲するホノイカヅチに。

 

 外に意識を割きすぎていた。外から襲ってくる相手が多すぎて、気づけば内にいたホノイカヅチを思考の外に追いやっていた。

 ライバルが多くいる方に思考を持っていかれる。最後の局面になると自分の力を出すことに一生懸命になる。いざ自分が相手取ると、こうまで厄介なのかと思いたくなる。

 

 しかし、そんなことは関係ない。

 

「負けられないのよ、アタシはぁぁぁ!」

 

 ダイワスカーレットの中にあるのは勝つことのみ。他のウマ娘もそうだ。ただ勝つことにだけ集中している。

 乾坤一擲。ダイワスカーレットらは勝負をかけようとするが──距離が足りなかった。

 

《躱した躱した! ホノイカヅチが躱した! 最後の最後に抜け出してダイワスカーレットを躱したホノイカヅチだぁぁぁ! 冬のグランプリを戴冠したのはホノイカヅチだぁぁぁ!》

 

 全ては計算ずく。自分が意識の外に追いやられたタイミングで、ここしかないという最良のタイミングを見極めて。ホノイカヅチは自らの末脚を一気に解放した。

 

 そう。ホノイカヅチの勝利である。

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