ついに、やってきました選抜レースの日。いつもより多くの人がコースにいて、オイラ達のレースを見ようと足を運んできています。
御幸トレーナーは来ているでしょうか? いえ、きっと来ていますね。オイラのことを抜きにしても、あの人はトレーナーさんですから。
(い、勢いで来てくださいって言ったけど、思えばトレーナーだから必ず来るよね。スカウトするチャンスなんだから)
「……フヒ」
オイラのやるべきことはただ一つ。この選抜レースで勝利すること。勝てば褒められてちやほやされますし、スカウトの声がかかること間違いなし。選抜レースの勝敗が、オイラの今後を分けると言っても過言ではありません。
とはいったものの。オイラのやるべきことは変わらず。
「レースは仕事、レースは仕事……」
選抜レースでは、併走では走らなかった人たちとも走る。中には将来の三冠候補だったり、トレーナー間で噂になるような子だってエントリーしています。
きっと、強い人達ばかりなのでしょう。ちやほやされてきたに違いありません。なんと羨ましいことでしょうか。
だとしても、変わらない。やるべきことをしっかりとやる、できることだけを確実にこなす。それさえすればいい。そうすれば、自ずと結果はついてきます。
「フヒヒ、見ててくださいね御幸トレーナー。オイラ、頑張りますので」
この前会ったあの人。当たり前のことをこなすオイラを褒めてくれて、オイラ自慢の末脚を評価してくれた人。勝てばきっと、この前以上に褒めてくれるに違いありません。
どれくらい褒められるのでしょうか。きっと、凄い褒めてくれるに違いありません。
「やっぱり君は凄い! まさに完璧なレース、非の打ち所がないよ! 俺の目に狂いはなかった!」
とか言われるかもしれませんし。
「こんなウマ娘は見たことがない……! 君こそがナンバーワンウマ娘だ!」
なんて言われちゃったりするかもしれません! とても素晴らしいこと、想像するだけで気分が高揚します!
しかもしかも、活躍すればオイラのことを絶対にスカウトしてくれるはずです。そうなればもうこっちのもの。トゥインクル・シリーズ中は褒め倒してくれるに違いない。薔薇色の生活が待っています。
(ふ、フヒヒ。どうなるか不安でしたけど、こんなにも早く不安が解消されるなんて)
見ていますか父様母様。ホノイカヅチはやりましたよ。これからトゥインクル・シリーズで活躍して、ホノイカヅチの名前を世界に轟かせてみせますからね。
頑張らねば。やるべきことを十全に、当たり前のことを当たり前に。
「それでは、次の芝1600mに出走する子達は集まってくださーい!」
「あ……お、オイラの番だ」
勝つ。絶対に。
◇
不思議なウマ娘、ホノイカヅチとの出会いからしばらく。選抜レースの日がやってきた。あの子に見に来てくれと言われたのもあるけど、大事な機会だからだ。
(まだウマ娘を担当したことがないからな。そろそろスカウトしないと)
これまで何度か声をかけたことはあるものの、全て撃沈。そろそろ危うくなってくる頃なので、今回こそは成功させたいところ。
とはいえ、最初に声をかけるべき子は決まっているんだけど。
(ホノイカヅチ。今一番気になっているのはあの子だ)
走りもそうだけど、あの子に関しては聞きたいことが山ほどあるというか。
今でも頭に引っかかっている。彼女の言葉、あの日落ち込んでいた理由が。
「思ったより褒められなかったから、もっと褒められたい、ちやほやされたい……か」
言いにくいことだと思っていた。落ち込んでいた理由を尋ねた時、彼女は凄く言いづらそうにしていた。だから深くは聞かないつもりだった。無理やり問いただす気はなかったから。
けれど、彼女は話してくれた。絞り出すように、声を張り上げて答えてくれた。
落ち込んでいたのは教官に思ったより褒められなかったと、もっとちやほやされたいのだと。そう言っていた。
(あの後一応、教官の人に話を聞きに言ったけど……まぁ仕方ないよな)
確かに一言褒めたぐらいで、後は何も言わなかったそうだ。普通に接していた、過度にかかわらないようにしていた。
教官という立場上、個人を贔屓するわけにはいかないだろう。それはトレーナーの仕事だし、周りの子達にも悪影響が出る可能性がある。教官は何も間違っていない。
ただ、彼女が凄かったのは事実。なので気づいた時には併走の感想を彼女にぶつけたのだが。
(帰る頃には上機嫌になっていたけれど、俺の対応は合っていた、のか?)
耳を嬉しそうにピコピコさせて、尻尾をぶんぶん振っていたので大丈夫だと思いたい。詳細は分からないけれど、少しでも気分を持ち直してくれたのなら嬉しいんだけど。
ホノイカヅチが走るまでの間、他の子のレースも見る。中にはこれは凄い、と思うような子もいたが、そういう子はやはり経験が上のトレーナーが声をかける。
(後は、ホノイカヅチのレースを見ると言った手前動くのもな。まずは彼女のレースを見ないことには始まらない)
逸る気持ちをグッと抑えて我慢だ。次がホノイカヅチが走る芝1600m、余すことなく見ないと。
ホノイカヅチの様子は、見た感じ普通だった。集中できているし、何の問題も見受けられない。それに、やる気に満ち溢れている。
(ここからでも気迫が伝わってくる。やっぱり、選抜レースだから気合いが入ってるんだろうな)
彼女は褒められたい、ちやほやされたいと言っていた。選抜レースは褒められる絶好の場、彼女としては逃すわけにはいかない。
果たしてどんな走りをするのか。いつもの普通を貫くか、それとも予想外の走りをするのか。ゲートに収まるウマ娘達の姿を見ながら、レースの展開予想を立てる。
(派手な走りをする必要はない。確かに褒められるには一番かもしれないけれど、自分の走りを崩してまですることじゃない)
ホノイカヅチの頭の良さはレーススタイルに表れている。派手な勝ち方ではなく、堅実に勝つのがホノイカヅチのスタイルだ。走りを変えるつもりはないだろう。
となればまた先行気味の走りか。そういえば、結局聞けなかったな。
(どうして先行で走るのか。そして、先行で走って怖くないのか?)
結局この前聞けなかったこと。今度こそ聞けるといいんだけど。そんなことを考えていると、ホノイカヅチのレースが始まっていた。
やはりというか、予想通りの先行策。さらには内枠スタートを活かしての最内を早々に陣取ることができていた。
「お、良いポジションだ」
距離のロスが一番少ないポジション。スタミナの消耗も抑えられるし、是が非でも獲得したい場所だ。前で走るウマ娘は最内を獲得するために動くことが多い。デメリットもあるが、それ以上にメリットが大きいからだ。
(その分ポジション争いも熾烈になるけど、早々に取れたから問題はない。3番手4番手でじっくりと機会を窺うのが定石)
周りの子達が有利な位置につけるように争っている中、ホノイカヅチは淡々と最内を走り続ける。コーナリングも見事なものであり、ほぼロス無しでコーナーを曲がり切った。
いや、本当に。
「ホノイカヅチは凄いな。まさしく教科書通りのレースだ」
「えぇ、本当。しかも全ての能力が平均以上ね」
「まさしくお手本通り、だな」
他のトレーナー陣が口を揃えるように、ホノイカヅチは高スペックだ。彼女は自分の走りを普通に走っているだけ、と言っていたけれど。
(その普通のレベルがとんでもなく高い。選抜レースに出走している他の子が霞むくらいに)
レベルが1つも2つも違う。あの中で、ホノイカヅチだけが群を抜いている。あの走りを身につけるまでに、彼女はどれだけの努力を費やしたのか。
当たり前のことを当たり前に。言うのは簡単だが、実践するのは難しい。どうしても楽な道に逃げてしまうからだ。
(地味で、普通で、見映えのしない。確かにそうかもしれない。けれど)
「君の普通は、立派な武器だっ」
派手さはない堅実なレース。しかし極めれば、誰よりも注目される走りになる。そう思わせるだけの凄さが、ホノイカヅチにはあった。
だが、レース後半になると状況が変わってくる。
「まずいな、ホノイカヅチ」
「囲まれている……アレは抜け出せないだろう」
ホノイカヅチは囲まれていた。他のウマ娘も最内を走ろうとした結果、前も後ろも横も封じられてしまう。
最内を走ることの明確な弱点がモロに出た。
(全員が狙うからこそ、最も囲まれやすい位置! ホノイカヅチは、完全に囲まれた!)
脱出するのは厳しい。進路をこじ開けるにはあまりにも狭すぎる。八方塞がり、どん詰まりとも言える状況になっていた。
ホノイカヅチの作戦は悪くなかった。定石通りの、教科書通りの走りを実行し、それに伴うプランニングをしていた。
もし、彼女が間違っていたのだとすれば。
(ここまで囲まれることを想定していなかった。それだけ……だけど!)
未来でも分からない限り無理な話だ。確かに囲まれやすいかもしれないが、あくまで確率が高いだけ。ホノイカヅチが悪いわけではない。
リスクも織り込み済みで走っているだろう。けれど、あそこまで囲まれたら。
「もうどうしようもっ?」
ない。そう口にしようとした瞬間。
俺は、レースに雷光が走るのを見た。
「……えっ?」
別に周りは暗くない。まだまだ明るい時間だし、目の錯覚と言えばそれまでの話だ。
だが、見えた。最後の直線、囲まれていたはずのホノイカヅチが、瞬く間に抜け出していくのを。ほんの一瞬、時間にして数秒もないような隙。一瞬だけ空いた隙を見逃さずに、一気に進出を開始したホノイカヅチが他のウマ娘を薙ぎ払う光景が視界に入る。
「な、なんて末脚だ……っ!」
誰かが口にする。ホノイカヅチの走りに驚愕しているギャラリー、誰もが口を開くことができない中、1人の呟きが耳に入ってくる。
気にならない。どうだっていい。今俺が見るべきなのは。
(あぁ、成程)
「それが君の、本来の末脚か!」
ホノイカヅチの走りだ。
併走で陰りが見えた末脚。アレはまだ、彼女にとって本気じゃなかったんだ。今選抜レースで目にする末脚こそが彼女の本気、全力の疾走。
比較にならない。他のウマ娘がスローに見えるほど、彼女の末脚は凄まじい。状況判断も的確だ。空いている進路を迷うことなく取っている。
消えたと錯覚するほどの瞬発力、一瞬の隙間を縫って走ってくる判断力、それら全てを内包し、あらゆるウマ娘を圧倒するほどの爆発力。唯一普通じゃない、彼女自慢の末脚。
最後の直線に入るまでは8番手だったホノイカヅチ。1人、また1人と抜かしていき、気づけば先頭へと追い付いていた。
《ホノイカヅチが凄まじいスピードで追い込んできましたゴールイン! 選抜レースを勝利したのはホノイカヅチ、ホノイカヅチです! 見事な末脚でレースを制しました!》
最後の1人もあっという間に抜き去り、彼女は1番にゴールした。普通のレース運びで、普通じゃない末脚で、彼女は選抜レースを勝った。
「す、凄い……。これがあの一族の秘蔵っ子か!」
「ホノイカヅチさん! いま」
「ホノイカヅチ!!」
勝利の余韻に浸る暇はない。彼女の勝利をその場で喜ぶ前に、気づけば身体が動いていた。ゴールしたその瞬間には、俺は彼女の下へと走っていた。
呼吸を整えているホノイカヅチ。俺の声に反応して、彼女はこちらへと振り向く。ぎこちない笑みを浮かべている彼女に、俺は今の気持ちを正直に伝える。
「ハァ、ハァ……ほ、ホノイカヅチ!」
「ふ、フヒ。御幸トレーナー、どうでした」
「凄いんだな君は! 本当に痺れたよ!」
思わず彼女の手を掴む。さっきのレースの興奮が全然収まらない。それだけ凄いレースだった。
「定石通りのレース運び、けどそのレベルが凄く高い! 選抜レースの場でも出せるのは君の地力が高い証拠だ!」
「ふ、ふひ、フヒヒ……!」
「それに、最後の最後。これまでの定石から一転して、常識外ともいえる圧倒的な末脚! 雷が走ったように見えたんだ! それだけ速い、他の子がスローに見えた!」
「ウェヒヒ……! ほ、褒められてる……ものすごく褒められてるっ!」
当然だ。それだけホノイカヅチのレースは凄かった。
「君は間違いなく凄い! トゥインクル・シリーズで活躍、違う、三冠だって夢じゃない! 君にはそれだけの才能がある!」
「フヒヒ、そ、それじゃあ御幸トレーナー」
ぎこちない笑みを浮かべているホノイカヅチ。笑いを抑えきれずに、俺の手を握り返す。
「お、オイラのトレーナーになってくれませんか?」
「……俺でいいのか?」
「み、御幸トレーナーだからこそです。オイラのことを褒めて褒めて、ちやほやしてください!」
動機はちょっとアレだけど、うん。
「あぁ、俺でよければ! これから頑張っていこう、ホノイカヅチ!」
「フヒ、フヒヒ! これでトレーナーゲット、オイラの褒められちやほやライフが始まるっ」
こうして、俺とホノイカヅチの二人三脚が始まることになった。
契約成立。↓はホノイカヅチの身長的な。
ホノイカヅチ
身長:153cm
体重:褒められたら公開
スリーサイズ:B74/W52/H73