有馬記念が終わった。レースはホノイカヅチが見事に勝利し、年間無敗の四冠ウマ娘として君臨することになる。あの【怪物】、ナリタブライアンと同じ領域に到達したのだ。
それにしても、【皇帝】や【英雄】に並んで、その上で【怪物】と同じ領域に到達するなんて。
「やっぱりホノイカヅチは凄いよ! どの三冠ウマ娘よりも強い、君こそが最強の三冠ウマ娘だ!」
「ふ、フヒヒ。ほ、褒め過ぎですよトレーナーさん」
「いいや、褒め過ぎなんかじゃない。君こそが最強の三冠ウマ娘! 君がトゥインクル・シリーズの主役だ!」
「ウェヒヒ……っ!」
本当に凄い。相変わらず、ホノイカヅチが強いだけのような気がするけど。それでも誇らしい気持ちには変わらない。これからも彼女が輝くために頑張って、俺も精進していかないと。
SNSはというと、相変わらずホノイカヅチを批判する人はいる。褒められること、ちやほやされることを不純だと言い放ち、素直に応援できないと声にしている人はまだいる。
けど、随分と数が減った。有馬記念の激闘を経て、彼女のことを認めてくれる人が増えたのだ。
半信半疑だった人もいるだろう。やっぱり、今までの三冠ウマ娘と異色すぎて敬遠した人もいるだろう。そんな人達が今は、ホノイカヅチの応援側に回ってくれた。
(数が増えてくれたのは嬉しい。増えれば増えた分だけ、批判の声は埋もれていくから)
正直、批判を完全になくすことは不可能に近い。どうしても批判する輩は現れてしまうし、気に食わない人たちは一定数存在するから。
でも、声が大きくなればなるほど、ホノイカヅチのことを理解してくれる人が増えたみたいで俺も嬉しくなる。この調子で、ホノイカヅチのことを理解してくれる人を増やしていかないと。
記者に関しては、うん。こればっかりは時間が解決してくれることを祈るしかない。一応、俺の方で謝罪を受け入れているけど、ホノイカヅチがどう思うかは別問題。彼女が許さない限り、取材は6社から増えることはないだろう。
(でも完全に警戒しちゃってるからなぁ。今回のウィナーズサークルでのインタビューも大変だった)
ホノイカヅチが警戒しまくってて、乙名史さんや藤井さんの質問ぐらいしか聞かないようにしていた。他の質問には絶対に答えないとばかりに口を閉じていたから。終始俺の後ろに隠れていたのもそうだし。
これも時間が解決してくれることを祈るしかないだろう。事の発端は向こうとはいえ、さすがに気の毒になってきた。恨みというのは本当に恐ろしい。
有馬記念が終われば、後はもう年末を迎えるだけ。適度に仕事をこなしつつ、年末はどうしようとか年明けは何をしようとあれこれ予定を立てようとしていた。
そんな時のこと。
「と、トレーナー、さん。ちょっと、お願いがあって」
「どうしたんだい?」
「その、年明け、何か予定があるかなって。いえ、本当、ご迷惑だったら聞かなかったことにしてもいいんですけど」
おずおずと、遠慮がちに聞いていたホノイカヅチ。いつもと変わらない、視線をキョロキョロとさ迷わせて不安がっている。
お願い、か。
「年明けは今のところ予定はないよ。お参りに行くぐらいですぐに済むものだから」
そう答えると、表情がパァっと明るくなった。
「で、でしたら。メイヂヒカリ様が是非に、と言ってるので。お、オイラの家の新年会に、来ませんか?」
「……ホノイカヅチの家の?」
「は、はい。毎年、新年は盛大に新年会をするんです。と、とはいっても、他の名家の方々のパーティとは、ちょっと見劣りする、かもしれないですけど」
新年会、か。少し興味はあるし、行ってみたさはある。
いや、でも。
(俺が行っても大丈夫なやつか? 一般人が行っても許されるやつなのか?)
三冠ウマ娘のトレーナーだとか、ご息女のトレーナーであることを抜きにしても、一般人だからどうしても気後れする。ホノイカヅチは名家の子、つい最近まで没落寸前だったとはいえ、一企業の社長だったりそれはもう有名な人たちが来るだろう。
そこに一般人として放り込まれると、なんか場違い感が半端じゃない気がする。いや、ホノイカヅチのトレーナーだから場違いではないんだけど。これに関しては心構えの問題というか。
ただ、断る理由がない。なにより、あのメイヂヒカリ直々のお誘いと言っても過言ではないわけで。
「なら、行かせてもらうよ。君の家の新年会に」
「ッ! ほ、本当ですか!?」
「うん。お参りぐらいしか予定はなかったし、実家に帰省する予定もなかったから。ホノイカヅチのお家の方にお邪魔させてもらおうかな」
ワクワクした気持ちに嘘は吐けず、断る理由もなかったので。俺は本家が開催する新年会に出席することになった。
「ちなみにドレスコードって必要? いや、必要だよねどう考えても」
「み、みんな結構ラフな格好してるから、だ、大丈夫だと思いますけど」
「いや、一応スーツで行くよ。怖いから」
綺麗なスーツにしておかないと。失礼があったらいけないから。
◇
気づけば年末を越して年明け。相変わらずあの夢は見るものの、それなりに順調に過ごしていた。
目の前にあるのは巨大なお屋敷。テレビとかでしか見たことがないような、巨大なお屋敷が眼前に広がる。凄い、どれくらいの広さか全く分からないし見えない。ここがホノイカヅチの本家、か。
(そんなに肩ひじ張らなくていい、ってホノイカヅチは言ってたけど)
ごめん、これは無理だ。さすがに緊張する。さっきから緊張の震えが止まらなくて凄い。G1レース並に緊張する。中からたくさんの人の声が聞こえてくるし、もう大方集まっているのだろう。
門の前で立ち尽くしていると、守衛らしき人がこちらへと歩み寄ってきた。ニコニコとした表情で。
「お待ちしておりましたよ、御幸トレーナー。ささ、どうぞこちらへ」
「……へ? あ、あぁはい! すみません、お待たせしてしまって」
「お気になさらず。みなさん気にしておられませんよ。それでは、ご案内いたしますね」
すぐに使用人さんが飛んできて中へと案内される。中はこう、何というか、古き良き日本屋敷といった感じだ。本当に広くて、改めてあの子は名家の子なんだなって認識させられる。
中には大勢の人が。この人たちみんな、ホノイカヅチの親戚なのか。
彼らの視線が俺に集中している。そして、その誰もが笑顔で俺を見ている。ど、どういう感情なのだろうか。
「見て。あの人がホノちゃんの」
「おぉ、彼が! いやはや、ホノイカヅチちゃんも良いトレーナーを見つけたもんだ!」
「私達の救世主様だもんね~。ありがたやありがたや~」
いや、救世主って。そんな大層なことはしていないのに。ただ、少なくとも悪い感情は抱かれていないようでちょっと安心だ。
「このままご当主様のところへ案内させていただきますね。すでにホノイカヅチ様もご到着していますので」
「あ、は、はい」
「そう畏まらなくて結構ですよ。貴方は大切なご客人、もっとリラックスしていただいて構いません」
申し出はありがたいけど厳しいです、お手伝いさん。
案内された先は大きな広間。襖を開けて、目の前の光景が広がってくる。
そこにいるのは着飾ったホノイカヅチ。いつもの彼女とは違う、気品の漂う姿。名家のご息女としての姿にギャップを感じたのと、もう1つ。その先にもう一人いるウマ娘。
かつて映像だけ見たことがある。本家の当主にして一時代を築いたウマ娘。ホノイカヅチが最も敬愛するウマ娘。その名前は。
「遠路はるばる、ご足労いただきありがとうございます、御幸様。私、この家の当主を務めさせていただいております、メイヂヒカリと申します」
「メイヂヒカリ、様」
メイヂヒカリ。【日本刀の切れ味】と称され、菊花賞で同世代のダービーウマ娘を完封する実力を見せつけた、かつての伝説。伝説が今、俺の目の前にいる。
(改めて、とんでもないことだっ)
威圧感に飲まれそうになる。座って、こちらを見据えているだけなのに、自然と頭を垂れてしまう。そんな魅力が、彼女にあった。
「どうぞ、顔をお上げください。貴方はご客人なのですから」
「っ」
一体彼女に何を言われるのか。少しだけ緊張しながら、俺は臨むことになる。
まぁ、結果から言えば。
「本当にありがとうございます。貴方のおかげで、ホノちゃんが私の取れなかった冠を取ってくれて……私は感無量です! よく頑張りましたね、ホノちゃん」
「フヒ、フヒヒ。お、オイラ頑張りましたっ!」
「えぇ、えぇ! 頑張ったホノちゃんはたくさんなでなでしてあげないといけませんね! よ~しよしよし」
彼女の仮面は早々に崩れ去った。威厳たっぷりの姿に緊張した空気はどこへやら、すでに緩みきってしまっている。今はホノイカヅチを膝に抱えて、彼女の頭を撫でて褒めている。ホノイカヅチの承認欲求、ここから来たんじゃないだろうか。
俺は完全に取り残されているが、メイヂヒカリは俺から視線を外していない。少なくとも認識の外にいるとは思われてないみたいだ。
「それでは御幸様。貴方をお呼び立てした理由なのですが、1つはお礼を申し上げたかったからです」
「お礼、ですか?」
「はい。貴方のおかげで、ホノイカヅチはこれだけの活躍をすることができました。そのことにお礼を申し上げたかったのです」
いつの間にかホノイカヅチを膝から下ろして恭しくお辞儀をするメイヂヒカリ。待って、待ってほしい!
「い、いえいえ! 俺、私はトレーナーとして当然のことをやってきただけで! なにより、俺の力はそこまでなくて」
「レースに関しては、そうでしょう。ホノイカヅチは大変賢く、自分でレースを組み立てることができる。普段のトレーニングに関しても、下地ができている以上特に介入する余地がない……成程、貴方が自分の力が関与していないと思うのも無理はないでしょう」
淡々と事実だけを告げていくメイヂヒカリ。その通りだ。俺はなにも
「ですが、それ以外の分野は貴方の力が非常に大きいと、私は思っています。特に、ホノイカヅチの精神面に関してです」
「せ、精神面、ですか?」
関与していない。そう思っていたのに、メイヂヒカリから言われたのは、俺に対する高評価。自分を卑下する必要はないと、そう言っているようだった。
「はい。御幸様も知っての通り、ホノイカヅチはとても警戒心が強く、交流を深めないと心を開きません。加えて大抵の方は心を開く前に、ホノイカヅチの方から逃げてしまいます」
ちらりとメイヂヒカリがホノイカヅチを見るが、当のホノイカヅチは顔を逸らした。図星を突かれたから気まずいのだろう。溜息を吐きつつも、また俺の方へと向き直る。
「本当に珍しいのですよ? ホノイカヅチがこんなにも心を開く相手、というのは。いつもいつも貴方のことを口にしていましたから」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ。ホノイカヅチの精神が安定しているのは、間違いなく貴方のおかげです。貴方の嘘偽りのない、誠実な態度が実を結んでいます」
微笑み、俺のことを評価してくれる。不思議なもので、他人から言われると、少しずつ肯定感が上がっていく。俺の力なんて何も関与してない、そう考えていたのに……他人から教えられることで、そんなことはないと思えてきた。
「また、ダートトレーニング。これもまた貴方の指示によるものですね?」
「は、はい。そうです。脚元に不安があったので、基本的にはダートを中心にトレーニングをしていました」
「これもまた見事なものです。お陰様で、ホノイカヅチは一年間ケガすることなく走り切ることができた。脚元の不安を取り除いてくれました。貴方の力は、貴方が思っている以上に大きい」
俺は、誰かに言われることでようやく理解できる。
「ご謙遜なさらないでください。貴方は立派に、ホノイカヅチのトレーナーをやれているのだと。貴方がいなければこの無敗記録はなかったのだと。そう思っていただいて構いません」
「……メイヂヒカリ、さん」
「貴方に最大の感謝を。いつもホノイカヅチを導いてくれて、当主としてお礼申し上げます。本当に、本当にありがとうございます」
俺は立派にホノイカヅチの、彼女のトレーナーをやれていたのだと。そう思うことができた。メイヂヒカリに倣うように頭を下げながら、そう考えていた。
その後はホノイカヅチを交えて今後の予定について話し合う。
「ところで、御幸様としてはどのようにお考えですか? ホノイカヅチの今後のレースについて」
「それなんですけど」
「お、オイラ! 海外、興味あります!」
メイヂヒカリの言葉に、興奮気味に割り込むホノイカヅチ。有馬記念の後に決めていた、今後の予定について口にする。
「ま、まずは、春の天皇賞に出走します。め、メイヂヒカリ様、勝ったレース、なので! お、オイラも、お揃い!」
「まぁまぁ。嬉しいことですね。頑張ってください、ホノイカヅチ」
「阪神大賞典からの天皇賞・春。これは既定路線です。その後はまだ決めていません」
「で、でも! 海外、行きます! メイヂヒカリ様、海外いけなかったから。だからオイラが、メイヂヒカリ様の代わりに、海外行きます!」
これがホノイカヅチの予定だ。阪神大賞典の後に天皇賞・春へ。その後はまだ決まってないけど、どこかで海外に転戦する予定でいる。もっとも、まだ予定段階だから何も決まってない。走らない可能性も十分にある。
「そ、そして……! お、オイラ、海外でもちやほやされたい! 時代はわーるどわいど、なので!」
「うふふ。それは楽しみですね。私も、海外に出走する際は応援に行きますよ」
とにかく、まずは阪神大賞典。ここを勝って弾みをつけたい。一層気合を入れて頑張ろう。