ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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私の書いてる作品アグネスタキオンとシンボリルドルフの出演数が異常なほど多い。


チョコを渡したい

 寮のキッチン。所狭しと置かれた材料を前に、気合いを入れます。

 

「い、いつもお世話になっているトレーナーさんに、感謝の気持ちを」

 

 材料はチョコ。たくさんのチョコがオイラの前にあります。食べたくなる気持ちをグッと堪えて、いざ作るとしましょう。

 

「もうすぐ、バレンタイン。手作りのチョコを渡して、トレーナーさんに感謝の気持ちを送ります……っ!」

 

 バレンタインチョコを!

 

 

 バレンタイン。親しい間柄の人達にチョコを送る文化として有名です。友チョコに家族チョコ、気になる異性に渡すなんてのが一般的。チョコを渡す文化については、元々お菓子会社の経営戦略がどうとか聞きましたが、些細なことでしょう。

 トレーナーさんはいつも忙しそうにしていますし、最近は夢見が悪いと口にしていました。なんでも、とても気分の悪い夢を見ているのだとか。

 

(い、言えないストレスとか、抱えているのかもしれません。お仕事は、大変だから)

 

 きっとストレスがあるから見るのかもしれない。そう思ったオイラは考えました。バレンタインチョコを贈ろうと。

 

 甘いものを食べたらストレスが軽減されます。ストレスが軽減されたら、気持ちが和らぎます。気持ちが和らいだら、きっと夢見も良くなります。

 それに、お菓子は美味しいですから。食べているだけで幸せになれます。スティルさんだってそう言ってました。

 トレーナーさんのストレスを和らげるために、オイラは手作りチョコを渡すことに。市販品でないのにもちゃんとした理由があります。

 

「お、オイラがトゥインクル・シリーズを走れるのも、トレーナーさんのおかげ。トレーナーさんがいたから、オイラはここまで来れました」

 

 オイラの走りを褒めてくれて、いつもたくさんちやほやしてくれる。周りからなんと言われようと、オイラの味方をしてくれる。本当にダメな時は、ちゃんと叱ってくれる。ものすごくお世話になっている方です。

 そんな方に、既製品を渡してはい終わりはオイラのプライドが許しません。こちらもきちんと、しっかりと心を込めて贈らなければ失礼というもの。

 

「が、頑張って作りましょうっ! スティルさん、タルマエさん!」

「はい。きっと、トレーナーさんも喜んでくれますよ……私も、トレーナーさんに」

「あんまりお役立ちはできないかもしれないけど、頑張ろうね2人とも!」

 

 オイラ、スティルさん、タルマエさん。この3人で作ります。トレーナーさんに日ごろの感謝を込めて、いざ頑張りましょう!

 

 

 と、意気込んで作り始めましたが。

 

「結局、どのチョコが良いのかがわかりませんね。一応、一通り作りましたけど」

「美味しい、ですけど……」

「ほとんどホノイカヅチさんが作ってる……」

 

 目の前にあるチョコ料理の山。チョコレートケーキだったりチョコクッキーだったり、様々な種類を作りましたがこれだ、といったものは作れず。なかなか難しいことを思い知らされます。

 

 試食の方は好評でした。お2人とも美味しいと言ってくれましたし、問題はないと思います。

 

 ですが、これをトレーナーさんにお渡しするかと言われたら迷うところです。ものすごくお世話になっている方に、自分が納得していない出来の物を渡していいのかと。

 

(思えば、メイヂヒカリ様に渡した時も凝りましたね。あの時は確か、クッキーを渡したと思うのですが)

 

 会心の出来だったものを渡しましたが、作成までの期間を口にしたら笑顔で固まってしまいました。ほんの5日かけて作っただけなんですけどね。中々納得のいくものが作れなかったので。

 今回も2週間ほど期間を設けて作っています。トレーニングもあるし、中々時間は作れませんけど。それでも納得のいくものを作るために。

 

「ホノイカヅチさんって、お菓子も作れるんだね。お手伝いさんに作ってもらってると思ってたから、なんだか意外かも」

「お世話になった人には、自分で作ったものを贈りたいので。それに、レシピ本を見れば誰でも作れるじゃないですか?」

 

 料理なんてレシピ本の通りに作ればまず失敗しません。決まったグラム数、決まった量、決まった時間に焼けば成功します。先人の知恵は偉大ですね。

 なお、そういったところお2人から視線を逸らされてしまいました。なんで!?

 

「……ソウダネ」

「……ソウデスネ」

「な、なんで2人とも固まっているんですか? だ、だって、レシピがあるんだから間違えようがないじゃないですか!」

 

 その後も誰でも作れる論を展開しましたが、お2人から賛同は得られませんでした。な、何かあったんですかね?

 

 話を戻してバレンタインチョコの方へ。タルマエさんはオイラが作ったチョコケーキを頬張っています。

 

「まぁまぁ。成功失敗は横に置いておくとして、これでも十分美味しいと思うけど。ホノイカヅチさん的にはダメなの?」

 

 フヒ。オイラの作ったお菓子を褒めてくれています。こうして褒められるのであれば、お菓子職人も悪くは、とはいっても無理そうですね。パティシエの道は大変ですし。

 

「そ、その。本当にこれでいいのかな、という気持ちがあって。トレーナーさんには、本当にお世話になったから、これで済ませちゃっていいのかなって」

「あ~、余計に凝っちゃうんだね」

 

 頷きます。自分でも納得のいくものがまだできていない。トレーナーさんから与えてもらったものに比べたら、オイラのはまだ大したことがない。そう思っているので。

 もっともっと良い物を渡したい。少しでもトレーナーさんのストレスを軽減させたい。そう考えたら、今のクオリティでは到底納得できない。そんな気持ちが出てしまいます。

 

 幸いにも期間はまだある。だからもっと凝ったものを。

 

「でも、ホノイカヅチさんが作ったものなら、あの方は喜ぶと思います」

 

 気を取り直して作ろう。そう思った矢先に、スティルさんからそう言われました。オイラの作ったもの、なら?

 

「凝ったものであってもなくても、ホノイカヅチさんが作ったチョコならば、トレーナーさんは喜ぶと思います」

「どういうことですか? スティルさん」

「だって、自分のことを思って作ってくれたチョコなんです。嬉しくないはずがありません」

 

 静かに、しっかりと。オイラに教えてくれる。バレンタインチョコのことを、スティルさんの考えを。

 

「凝ったものをお渡しするよりも、真心を込めて作ったチョコというのが大事ではないかと。ホノイカヅチさんの気持ちがたくさん籠ったチョコなら、トレーナーさんはきっと喜びます」

「そ、そうですかね? でも、凝った方が」

「ううん。そんなことないよホノイカヅチさん!」

 

 それでも、凝ったものを作ろうとするオイラに、タルマエさんもスティルさんの意見に同調します。自信満々に、疑うことなく。

 

「ホノイカヅチさんが作ったチョコなら、どんなものでも嬉しいに決まってるよ。だって、ホノイカヅチさんが一生懸命作ったものなんだもの」

「お、オイラが作ったものだから? そんなことあります?」

「ある。絶対にある! 大事なのは美味しいこととか凝ったものとかそういうのじゃなくて、ホノイカヅチさんが作ったってことなんだから!」

 

 力説する。オイラが作ったその事実が大事なのだと、スティルさんも同意するように頷いている。

 

 考えたこともありませんでした。だって、凝ったものを作った方がいいと思っていたから。美味しい方が良いし、より凝ったものの方が喜んでくれると思っていたから。

 

(世の中そうじゃないですか。より趣の深い作品が評価されて、見た目の良い嗜好品を好む傾向にある)

 

 お金がかかっているとなれば喜びますし、努力した末の結果を褒められる社会。だからオイラは、ずっと努力し続けていた。褒められたいから、ちやほやされたいから。そのためには努力するのが当然だから。

 

 だけど、オイラが作ったってことが大事で。それだけで褒めてもらえるなんて。

 

「本当に、トレーナーさんは喜んでくれるでしょうか? オイラ、まだ納得してないのに」

 

 ぼそりと呟くと、スティルさんとタルマエさんはにこやかな笑顔を浮かべて。

 

「勿論です。大事な担当ウマ娘が作ってくれたものですから」

「当然だよ。ホノイカヅチさんが作ったものなんだから、喜ばないわけがないよ」

 

 無理に凝る必要はない。そう教えてくれました。

 

 あぁ、それなら。

 

(お2人の言葉に嘘はありません。それに、お2人はいつもタメになることを言ってくれます)

 

 オイラが作ったという事実が、大事なのかもしれませんね。なら、作りましょう。オイラなりの、真心を込めたチョコを。そう心に決めました。

 

 

 それはそれとして。

 

「と、とりあえずこのチョコの山を片付けましょう。つ、作りすぎてしまいましたし」

「お菓子の山……っ! だ、ダメダメ、はしたないわっ」

「ひとまず分けましょうか。3人分に」

 

 作りすぎたチョコのお菓子を片付けないといけませんね。まぁ、3人もいるからあっという間です。

 

 

 

 

 

 

 バレンタインデー当日。オイラは作ったチョコをもってトレーナー室へと足を運びました。

 何の変哲もないただのチョコ。奇をてらったわけでもない、特別凝っているわけでもない。本当にただのチョコクッキーでしかない。

 

(だ、大丈夫でしょうか? スティルさん達は大丈夫って言ってくれましたけど)

 

 不安な気持ちが出てくる。本当に凝ったものじゃなくても大丈夫かと思わずにはいられない。もしこれでトレーナーさんにがっかりされたらどうしようと、そう思ってしまう。

 

 怖い。よくない反応を想像して手が震えます。このまま、逃げてしまうのもいいかと考えてしまう。

 

 それでも。一歩を踏み出して。

 

「と、トレーナーさん。いますか?」

 

 トレーナー室の扉を開けて、中の様子を窺う。勇気を振り絞って、中へと入った。

 

 トレーナーさんはいました。仕事中だったみたいで、呆けた表情でオイラを見ている。

 

「どうしたの? ホノイカヅチ。今日はトレーニング休みのはずだったけど」

「そ、そうなんですけど。と、トレーナーさんに、渡したいものが、あって」

 

 少しだけ声が上ずる。緊張して逃げ出しそうになる。それでも、渡さないといけないから、紙袋を前にもってきて、トレーナーさんへと近づいていく。

 

 目の前に立って、紙袋をずいっと前に突き出します。

 

「こ、これ! ば、バレンタインのチョコです! き、今日は、バレンタインデー、なので! お世話になってるトレーナーさんには、渡さないとと思ったので!」

 

 どもりながらも、しっかりと渡します。オイラの作ったチョコを、トレーナーさんを想って作ったチョコを。

 

 目を白黒させているトレーナーさんですが、次の瞬間にはにこやかな顔になります。優しい微笑みに。

 

「ありがとう。大事にいただくよ」

「そ、その! できればこの場で食べていただきたく!」

「そうなの? まぁいいけど……あ、クッキーなんだ」

「はい!」

 

 紙袋からクッキーを1つ取り出して、口に運びます。か、感想のほどはどうでしょうか?もしこれでダメそうならオイラは寝込みま

 

「うん、凄く美味しいよ!」

 

 よし、よし! これで寝込むのは回避できました! ふひ、フヒヒ。

 

「よ、よかったです。て、手作りした甲斐がありました」

「手作り!? これ、手作りなの!?」

「? はい。オイラが作りましたけど」

「これが手作り……いや、凄いねホノイカヅチ。お店の物って言われても納得できるレベルだよコレ」

 

 フヒ、フヒヒ。あ、相変わらずトレーナーさんはオイラを褒めてくれます。フヒヒ!

 

「ま、まぁ。あんまり凝ったものじゃないですけど。喜んでくれて嬉しいです」

「いやこれで凝ったものじゃないって相当なレベル……なんにせよ、ありがとう。ホノイカヅチの手作りってだけでも嬉しいよ」

 

 あぁ、スティルさん達の言ってた通りですね。変に凝らなくても、トレーナーさんは喜んでくれるって。間違いじゃなかったです。

 

 

 バレンタインデー。大成功です!




ホノイカヅチの得意なこと:料理(レシピ通りに作ってるだけですよ?)
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