ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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2日投稿をおさぼりしていたのは決してエアライダーをやっていたからではありません。本当です信じてください。


下準備と雷光

 春の天皇賞に向けた調整を進める中で、やっておかなければならないことがある。それが、海外遠征のための下準備だ。

 

「英語、覚えておかないとまずいですよね?」

「当たり前でしょ御幸君。御幸君が行こうとしているところは欧州なんだから」

「ですよね~……まぁ、話せないことはないですけど、不安です」

 

 向こうのコースへの理解、出走するレースの選定、対戦するであろう相手の研究など、やるべきことがたくさんある。英語の勉強もその一つだ。

 

 とはいっても、昨今は海外遠征が盛んに行われている。いつどこで遠征するのか分からないので、海外語学はトレーナーにとって必須科目になりつつあるのが現状だ。

 必須科目ということは当然、俺もある程度は話すことができる。今こうして勉強しているのは、あくまで復習の意味合いが強い。

 

「久しぶりに勉強しますよ、英語のリスニングなんて」

「まぁね~。僕も香港に遠征する時、少しだけ勉強し直したけど、懐かしい気持ちになったよ」

「香港か。アストンマーチャンは惜しかったですね」

 

 マートレさんは俺の勉強に付き合ってくれている。担当ウマ娘のアストンマーチャンが直近のレースに出走しないことから、時間も空いているので手伝ってもらっていた。

 余談だけど、アストンマーチャンは昨年末香港スプリントに出走していた。世界中の名スプリンターが集まる夢舞台、結果はというと4着。

 

「やっぱり強いね~世界の子達は。でも、マーちゃんの魅力を全世界に発信することができたよ」

「話題になってましたもんね。香港に現れた怪異とか言われてましたし」

「ふっふっふ。どんなことだろうが、記憶に残ればいいのさ。御幸君もホノちゃん着ぐるみを着てみる気は」

「ないです」

 

 ただ、注目度で言えばアストンマーチャンの陣営は断トツだった。なんせ、マートレさんは担当ウマ娘の着ぐるみを着ているわけだから。なんなら1着を取った陣営よりも目立っていたし、観客の視線はずっとマートレさんに釘付けだった。

 

「印象のインパクトは大事だよ~。間違いなく覚えてくれる見た目にならなきゃ」

「マートレさんはインパクトが強すぎるんですよね。一度会ったら間違いなく忘れませんよ」

「よく言われるよ」

 

 そりゃそうでしょうね。インパクトがでかすぎますもの。

 

 と、天皇賞の調整と並行して海外遠征の準備もしている。ホテルの手配に練習場所の確保、こちらもすでに押さえている。いつでも海外遠征できる準備は整っているわけだ。

 ここまで準備して、計画が頓挫したらどうなるのかなんて懸念はあるかもしれない。ただ、今のところ遠征を取り止めるつもりはない。天皇賞の結果がどうあれ、だ。

 

「天皇賞の結果に関わらず、海外には遠征するんだっけ?」

「はい。一応そのつもりです」

「……まぁ、今更ホノイカヅチちゃんが天皇賞で負ける姿なんて想像できないけどね~」

「レースに絶対はない、とはいえ、その気持ちは分かりますよ」

 

 マートレさんの声には何の不安もない。目前に迫っている天皇賞の展望について、マートレさんはホノイカヅチが勝つと予想しているようだ。贔屓目ではない、ただ事実としてホノイカヅチが勝つと思っている。

 

「距離が伸びるほど強くなるステイヤー。彼女を崩さない限り勝機はないけど、スカーレットちゃんを筆頭にした有記念のメンバーでも崩せなかった相手だからね」

「しかも、中山が苦手なのにですからね。京都は苦にしていない、なおかつG1最長距離の3200m。ほぼほぼ負ける要素が見当たらない」

 

 驕りのように聞こえるかもしれないが、これまでのことを考えたらそう思うのも仕方がないかもしれない。距離が伸びた菊花賞であれだけの結果を残したというのに、天皇賞で陰りが見えるとは信じがたい。前走の阪神大賞典も、余力を残した状態で4バ身差勝ちを決めたのだから。

 その阪神大賞典に関しても、初めてとなる追込での勝負、それも時計のかかる雨の重バ場で、さらには大外からの追い抜きとこれでもかと不利要素を背負っての結果だ。強さに陰りはないと言ってもいいだろう。

 

「なんかホノイカヅチちゃんはどの位置でも勝負できる、なんて言われてたけどさ~。本当に勝負できるとは思わないじゃん。追込であれだけ強いのは聞いてないよ」

「本人曰く、めちゃくちゃ警戒されたから思いっきり下がってやろう、が最善手だったらしいです。事実、ホノイカヅチはずっと囲まれそうになってましたし」

「これ幸いとスピードを上げたら、もれなく全員自滅。いやはや、もはやいるだけで意識せざるを得ない段階まで来たね~。本格的に皇帝を継承してそうだ」

 

 脚を溜めればよかったかもしれないが、雨で視界不良な上に体力も削られる。冷静でいられるのは到底無理な状況だった。ペースを上げた子達を責めることはできないだろう。

 

 レースを支配する強さがホノイカヅチにはある。もはやトゥインクル・シリーズ最強の称号に口を挟む者はいない段階まで来ていた。

 もっとも、良いことばかりではない。強すぎるということは別の問題も浮上してくるわけで。

 

「確か、菊花賞ウマ娘の子。メルボルンカップも勝ったデルタブルースちゃんは出走回避するんだろう? 同世代のコスモバルクちゃんもそうだ」

「らしい、ですね。陣営がホノイカヅチとの勝負をするくらいなら、ってインタビューで語ってました」

「ドリームジャーニーちゃんは出走するらしいけど、現段階で10人ほど。ここから回避する陣営が出てくる可能性も考慮すると、10人前後が出走人数かな~」

 

 ホノイカヅチとの対戦を避けてくる、って問題が出始めた。どの陣営も勝ちを狙っている以上仕方ないことだが、勝てない勝負を仕掛けるよりも勝てる勝負に挑むようになってきたのだ。

 珍しいことかもしれない。ウマ娘の子達は基本的に闘争心が強く、また対抗心を燃やす。負けたのならば次は負けないようにと、むしろ闘志を燃やしてリベンジしに来るというのが一般的だ。

 だが、ホノイカヅチはその闘争心すらも削ぐ。反抗させる気すら起こさせず、ただただ蹂躙されると悟ったウマ娘達は、勝負すること自体を避け始める。

 

「ただでさえ、ホノイカヅチに負けるのは心にクるものがあるでしょうから。どうこう言えません」

「……確かにね~。普通のことを普通にこなしてくる、負けたら自分の実力が足りないってことを分からされるだけ。それを何度も何度もやられると、精神的に参るよ」

 

 【皇帝】シンボリルドルフに近しいと言われるのも、これが原因かもしれない。徹底して基礎を固めた相手が、盤石のレースを発揮してくるだけ。ずば抜けたレースIQを持つ最強が、常に最善手で動いてくる恐怖。

 

(負けず嫌いな子達の心をへし折る怖さ。それに、闘争心を感じさせない冷徹さもあるから怖さも倍増だろう)

 

 故に最強と呼ばれている。ホノイカヅチに勝てるウマ娘は存在しない、まさしく最強と呼ぶに相応しいウマ娘だと。

 

「URAとしてもウハウハなんじゃないかな~? ディープインパクトちゃんの後に出てきた無敗の三冠ウマ娘が、こんなに強いわけだから」

「アハハ。というか、無敗の三冠ウマ娘の子達はみんな長距離が一番強いですよね。だから何だって話ですけど」

「あ~確かにそうだね。シンボリルドルフちゃんもディープインパクトちゃんも、長距離が一番強い勝ち方してるもんね」

 

 まぁ、当たり前のことしかやらないから【英雄】のような派手さはない。レース初心者にはちょっと分かりづらい強さだ。深く知ればどれだけヤバいことをやっているのか、想像がつきやすいんだけどね。

 

 

 っと、いつの間にか話が逸れてしまっていた。いい休憩にはなったかな。

 

「それじゃあ、勉強を再開しますか。向こうでもしっかり会話できるようにならないと」

「ガイドさんがいるにしても、自分で話せるに越したことはないからね。頑張ろうか」

「はい!」

 

 改めて勉強の時間にあてる。これが終われば春の天皇賞に向けた対策だ。

 

 

 

 

 

 

 春のファン大感謝祭が終わって、あれよあれよという間に迎えたクラシック戦線と春の天皇賞。桜花賞はブエナビスタが、皐月賞はアンライバルドが制し、ほぼほぼ人気通りの決着を迎えていた。

 

 2つのクラシックが終わり、迎えるのは春の天皇賞。歴史の長いレースであり、日本最長距離のG1としてシニア級の主要競走の1つに数えられている。

 出走するウマ娘は──14人。出走回避する陣営が相次いで、一時期は9人での出走になるのか、と言われていたが続々と出走を表明。最終的には14名での競走が成立する。

 

 圧倒的1番人気に支持されたのはホノイカヅチ。無敗の四冠に加えて、前走の阪神大賞典でも文句なしの成績をあげたことから1番人気に支持された。年度代表ウマ娘に選ばれたことにより獲得した新しい勝負服を身にまとい、堂々と出走している。

 

「今回は白を基調にしているのか~。なんか、神々しさがあるよな!」

「うんうん! 前の勝負服と同じ和モチーフだし、こっちはこっちで可愛い!」

「良さみが深い~! 頑張れホノイカヅチ~!」

 

 ファンも声の限り応援していた。その声は、今までよりもずっと大きくなっている。彼女のファンが増えてきた証拠だ。

 

 2番人気は阪神大賞典で2着だったアサクサキングス、3番人気はウオッカを下してジャパンカップを制したスクリーンヒーロー。ドリームジャーニーは4番人気である。それぞれの推しウマ娘を応援し、曇天の空の下天皇賞が開幕する。

 

 

 そのレースはというと……おおよそ予想通りというべき展開ができていた。

 

《向こう正面を越え、第3コーナーを回るウマ娘達。さぁここでホノイカヅチが動いた、ホノイカヅチが動いているぞ! 徹底マーク戦法を取っているドリームジャーニーも同時に上がる、ホノイカヅチとドリームジャーニーが果敢に前へ行く。先頭で逃げるスクリーンヒーローを捉えにかかる2人!》

 

 道中5番手から6番手で追走していたホノイカヅチ。もはや囲まれていると言っても過言ではないプレッシャーを受けながらも、彼女は悠々と上がっていく。後を着いていくドリームジャーニーの必死さなど知らないとばかりに、ホノイカヅチは淡々と上がっていた。

 

 追走するドリームジャーニー。どうにか着いていけているものの、このままではまずいことを察している。

 

(私のマークなど彼女はお見通しっ。着いていくので精いっぱい、ですかッ!)

「素敵で、強い御方だ、本当に」

 

 思わず口から漏れ出るほど、憧れのような感情をぶつけてしまう。徐々に引き離されていく光景を焼きつけられながらも、ドリームジャーニーは必至に脚を動かしていた。

 

 スクリーンヒーローを第4コーナー手前で捉える。ここから先は、ホノイカヅチの独壇場だった。

 

《第4コーナーで先頭がホノイカヅチに変わります。残すは最後の直線、スクリーンヒーロー懸命に粘りますがこれはどうか? ホノイカヅチがグングン引き離す、ホノイカヅチが引き離していく! さぁこれがホノイカヅチの恐ろしさ、再び京都のターフに稲妻が走ります!》

 

 あっという間に引き離し、他を圧倒する末脚を発揮する。他がスタミナ切れで落ちていく中、ただ1人変わらない末脚を発揮する。

 他が34秒台後半の中で、ただ1人33秒台前半を発揮しているような末脚。その末脚に追いつける者はおらず、余力を残しているウマ娘はいない。少しずつ、着実に。差を引き離されていく。

 

《また一人旅だ、また一人旅だ! 秋の京都で一人旅、春の舞台でまた一人旅! 2番手浮上したドリームジャーニーを引き離していく、集団を置き去りにしてただ1人駆け上がっていく! 誰にも影を踏ませない、誰にも姿は拝ませない! この強さこそが【雷光】たる所以、ホノイカヅチの神髄であります!》

 

引き離す、圧倒的に。

 

引き離す、淡々と。

 

引き離す、なにもかも。

 

《残り100m、またもや大差、またもや大差であります! すでにその差は15バ身は開いているか!? まだ開くか、まだ開くのか!? 春の舞台でさらに差を広げるホノイカヅチ! この盤石の強さ、陰りは全くありません!》

 

 3200mの大舞台。長距離G1春の天皇賞は──ホノイカヅチの一人舞台だった。

 

《その差は15バ身以上! ホノイカヅチが今ゴールラインを割りました! またも圧倒的な強さを見せつけたホノイカヅチ! 心配はいらないぞと、なんの不安もないとばかりにレースを制しました! これがホノイカヅチの強さ、あまりにも圧倒的すぎる長距離での強さであります! 2着は》

 

 圧倒的。そうとしか言えない結末に、ファンも渇いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「やっぱ強すぎっしょホノイカヅチ! 最高ー!」

「新勝負服、ばっちり決まってるぞー!」

「海外遠征も頑張ってくれよー!」

 

 期待を込める。海外でも頑張ってくれと、見事勝利してきてくれと願う。ホノイカヅチの強さを知り、期待を寄せていた。

 

 

 ホノイカヅチは、空を見上げる。

 

「……フヒ」

 

 思わず漏れ出る。胸中でファンからの褒め言葉を噛みしめていた。

 

 ドリームジャーニーが歩み寄る。拍手をしながら近づき、勝者であるホノイカヅチを称賛していた。

 

「相変わらず、見事な強さです。私もまだまだ、精進が足りませんね」

「……」

「ホノイカヅチさん?」

 

 ただ、無反応。よほど集中しているのか、ドリームジャーニーに気づいていなかった。

 少しして気づいたのか、ホノイカヅチは慌てた様子を見せる。

 

「あ、あぅ、ど、ドリームジャーニー、さん。お、お疲れ様、です」

「はい、お疲れ様です。相変わらず見事なレース運び、感服する他ありませんね。ですが、いつかはその背中に追いついてみせますよ」

 

 お世辞貫の称賛の言葉。ホノイカヅチはどんな反応を示すか、ドリームジャーニーは興味が湧いていたが。

 

「……」

 

 無言だった。先程と同じように、むしろ面と向かって褒めているのに無言だった。思わず、訝しむような表情を向ける。気づいたホノイカヅチは再度慌てていた。

 

「す、すみません! ふ、フヒヒ、じゃ、ジャーニーさんに褒められた……っ!」

「ふむ、どうやら大分お疲れの様ですね。ライブも見送った方がよろしいのではないでしょうか?」

「あ、だ、大丈夫、です。少し休んだら、元に戻りますので。ほ、本当に、大丈夫ですので」

 

 そう言って、そそくさと立ち去るホノイカヅチ。普通に歩けているので、スタミナ的な問題はないのだと推測するドリームジャーニー。

 

「……私の、気のせいだったのでしょうか?」

 

 疑問が出る。その疑問に答えてくれるのは、誰もいなかった。




温泉シナリオとオルフェのかみ合いが悪すぎて無人島に帰りたい。
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