その日、とあるニュースが一面を飾った。
【日本が誇る三冠ウマ娘の海外挑戦!ついに舞台は海外へ!】
ホノイカヅチの海外遠征。前々から取り扱われていたが、あまりにも取材の機会が少なく一面を飾る機会はほぼなかった。その中で、月刊トゥインクルを代表とした雑誌が大々的に取り上げ、ついにこの時が来たのだと鬨の声をあげたのである。
無敗の三冠ウマ娘。その時代における最強と呼ぶべき存在が、ついに舞台を海外に移す。ファンの期待は嫌でも上がり、動向から目を離すことができない。いろいろとあったホノイカヅチだが、実力に関しては誰もが認めるところだ。期待せずにはいられないだろう。
「キングジョージを大目標に、か。凱旋門賞も行ってほしいよな~」
「いや、記事には凱旋門賞も視野だって書いてあるぜ。ついに勝てる時が来たんじゃないか!?」
「ディープインパクトは残念だったからなぁ。仇を取ってほしいよな」
ファンの記憶にも新しい、【英雄】の敗北。当時最強と謳われ、海外でもその名を轟かせた日本の代表が、3着に沈んでしまった凱旋門賞。その仇を取ってくれるんじゃないかと、密かに思っているファンもいる。凱旋門賞出走は未定とはいえ、だ。
また、キングジョージが大目標ということで別の意味でも注目を集めている。
「今のところ、プリンスオブウェールズステークスとキングジョージの2つってところか」
「これってどうなん? よく分からないや」
「まぁありがちなローテじゃないか? 王道のマイル~中距離路線みたいな感じで」
日本にとっての悲願は凱旋門賞。これまで何度も阻まれており、海外レースに出走するウマ娘のほとんどはこの凱旋門賞を選ぶほど。世界最高峰の芝のレースだ。目指しているウマ娘は多い。
そちらではなく、目を向けたのはキングジョージ。こちらもまた欧州の芝レースにおける上半期の頂上決戦であり、凱旋門賞に負けず劣らずの知名度を誇る。ただ、日本で挑戦しているウマ娘はかなり少ないレースだ。
「スピードシンボリとか、シリウスシンボリとかだろ? 挑戦したのって。珍しいよな」
「でも、確かこの前3着に入ったんだろ? なら全然ありえそうじゃね?」
「あ~確かに。3着に入ってたよな」
疑問に思うファンも多い。ただ、どちらにせよ思いは1つだ。
海外のタイトルを日本の手に。それも、まだ勝ったことのないレースを勝ってほしい。そうホノイカヅチに期待をしていた。
そして、天皇賞を終えたホノイカヅチ陣営は慌ただしく準備をしている。
「ホノイカヅチ! パスポートはしっかりと持った!?」
「だ、大丈夫です。ちゃんと持ってます。トレーナーさんこそ、忘れ物はないですか? 忘れ物しちゃったら、取りに帰ってこれませんよ?」
「大丈夫、その時は郵送してもらう、じゃなくて! 確認はしてあるから!」
トレーナー室でお互いに確認し合い、二重にも三重にもチェックをする。万が一でも忘れ物をしないためにだ。
そうしてチェックを重ね、ついにその時がやってくる。
「それじゃあ空港に向かおう! ついに来たんだ」
「ふ、フヒ。お、オイラ、わーるどでびゅー……!」
世界挑戦の、その時が。
◇
飛行機の長いフライトを経て、イギリスの空港へと到着した。飛行機から降りて、空港のロビーへと向かう。
ロビーについてまずしたことは、大きく1つ伸びをすることだ。
(ようやく到着、か。ここがイギリス、か)
周りをキョロキョロと見渡す。当たり前だけど日本人を全然見かけない。知らない土地に来た、未知の場所に来たことに緊張しつつも心が躍る。楽しみで仕方なかった。
っと。あまりキョロキョロしていたら不審な人物として通報されそうだ。控えないと。それに、ホノイカヅチのこともあるし。
「大丈夫? ホノイカヅチ」
隣で気分悪そうにしているホノイカヅチの背中をさする。若干顔を青ざめさせながらも、ホノイカヅチは小さく首を縦に振った。
「だ、大丈夫、です。そのうち、良くなるので」
「……う~ん。けど、もう少しゆっくりしようか。まだバスの時間まで余裕はあるし、向こうの席に座っておこう」
「フヒ……あ、ありがとうございます」
これまで遠征の影響が特になかったホノイカヅチだけど、さすがに海外となると話は別だった。日本だと新幹線だったり、飛行機でもそこまで長い時間はかからない。影響も軽微で済んだ。
ただ、海外となるとさすがに話が変わってくる。10時間のフライトもざらにあるからだ。悪影響が出ないわけがないだろう。
(さすがに影響が出てくるよな。早く気分がよくなってくれると嬉しいんだけど)
椅子に座って彼女を労わりながら、迎えの車が来るのを待ち続ける。少しでも彼女の気分がよくなることを願いながら。
迎えの車に乗って、こちらで滞在する予定のホテルへ。いかにも高級ホテルです、って感じの場所だ。
「着いたよ、ホノイカヅチ。後はもうホテルの部屋でゆっくり休もう」
「……フヒ。す、少しだけ落ち着いてきました」
ちょっと顔色の良くなったホノイカヅチを背中におぶって、彼女の荷物も抱えてホテルの中へ。スタッフの人から心配されたけど、大丈夫と返して部屋に案内してもらった。体、鍛えておいてよかったかもしれないな。
ホテルに着いたら早速ホノイカヅチをベッドへ。少しでも早く休ませるために、まずは彼女の部屋へとあがった。
「はい、着いたよホノイカヅチ。もうこの後の予定はご飯ぐらいしかないから、ゆっくり休んでね」
「重ね重ね、ありがとうございます……トレーナーさん」
ベッドに横になったのを確認して、部屋を出る。後で薬も買わないとだな。スタッフさんに聞いてみよう。
ホノイカヅチを寝かせた後は、自分の部屋で作業をすることにした。後は、ここまでの振り返りを。
まずは、無事イギリスに着いたことに安堵する。
「あんまり実感が湧かないけど、外の景色を見たらすぐにわかるな。俺達は、イギリスに来たんだって」
ちらりと窓へと目を向ける。およそ日本とは別物の景色、海外に来たことを実感するな。
次に資料の確認だ。医者の人からもらったものや、自分で作成した資料を見ながら、問題点はないかをチェックする。
「渡航前のメディカルチェックは異常なし。走るには問題がない、か」
天皇賞の疲労が若干残っているぐらいで、他にはなんの以上も見受けられなかった。つまり、ほぼ万全の状態で渡航することができたと言える。
これは僥倖。彼女の強さに陰りがないまま走ることができる、その第一段階を突破したのだから。
(後はこっちの芝にどれだけ対応ができるか。月2回から3回、できる限りのことはしてきたけれど)
「VRと本場は違う。こっちの芝にもできるだけ早めに慣れておかないと」
次は第二段階。欧州の芝に慣れることだ。
その土地によってバ場は変わってくる。特に欧州と日本の芝は別物、とまで言われるくらいには差があるらしい。これは人伝に聞いた話だから、俺にはまだ分からない感覚だけど。
ホノイカヅチが対応できるかどうかはまだ未知数。とはいっても、彼女の場合は対応できるまでトレーニングしそうだ。
(だからこそ、しっかりと目を光らせておかないとな。無茶してケガでもしたら一大事、取り返しのつかないことになる)
トレーニングの開始は明後日から。明日は1日休養を利用して、まずは海外の芝がどんなものかを体験する予定にしている。しっかりと予約は取っているので問題はない。
次はレースの選定、か。キングジョージが大目標なのは良いとして、そのほかのレースにも出走するか否か。
「こっちのG1はいろいろとあるからなぁ。2つは確定で、他にも出走登録自体はしているレースはあるけれど……出るかどうかはまだ未定だ」
いろいろ考えなきゃいけないことが山積みだ。頭を抱えそうになること、痛くなりそうなことがたくさん残っている。
だけど、この時間を楽しいと感じている自分がいる。なんというか、ワクワクが止まらない。その理由はきっと、ホノイカヅチにある。
(彼女が世界を舞台にどこまで通用するのか。楽しみにしている自分がいる)
日本では無敗。そんな彼女が世界を舞台に、どんな走りをするのか。期待している自分がいる。海外の人達に受け入れられるかどうか、海外のファンを獲得できるかどうか。不安に思いつつもドキドキしている自分がいる。
ここまで来れるなんて、スカウトした時には思わなかった。今でも夢なんじゃないかと思う日もある。
けれど、しっかりと現実だ。ホノイカヅチは、俺達はここまで来たんだと感慨深くなる。
「……まずはプリンスオブウェールズステークスだな。ここの結果で進退を決めよう」
まぁ、現実を見ることも忘れずに、だ。あらゆるリスクを計算しておく必要があるし、万が一を起こさせないようにしないといけない。慎重にしないとだな。
……後は、夢と言えば。
(今も変わらずに見続けているあの夢。もう気にしないようにしていたけれど)
気が滅入ることには間違いないけど、もう気にしても仕方ないと思っているあの悪夢は、今でも変わらずに見続けていた。警告するようにだ。
おそらくだけど、夢の中の俺はホノイカヅチの海外遠征に着いていかなかった。そのことを深く後悔しているようだった。ネオユニヴァース曰く、別世界の俺の話らしいんだけど、詳細は不明。いったいどういう経緯が着いていかなかったのか。あんまり想像がつかないんだけども。
こうして海外遠征に着いてきたわけだ。きっと、夢も見ることはなくなるだろう。
(そうだといいんだけどなぁ)
気にしないようにしているとはいえ、それでも気が滅入ることには間違いない。悪夢を見ないことに越したことはないんだ。だからこそ、あの夢はもう見たくないと思っている。
「結局、あの世界線の俺には何が起きたんだろう? 確認のしようがないけども」
考えても仕方ないので別のことを考える。そう、今日の晩御飯のこととか。
無事に到着した海外遠征。少しの不安と大きなドキドキを抱え、若干のアクシデントはありつつも。
「あれ、もう大丈夫なの? ホノイカヅチ」
「は、はい。今の今まで寝ていたら、良くなりました。フヒ、フヒヒ」
「そっか、それはよかった。じゃあ今からご飯を食べに行こうか」
「はいぃ」
ホノイカヅチの体調も夜にはよくなり、一緒にご飯を食べに行くほどに回復した。後は今後の体調をしっかり調整していくのが大事になる。
さて、頑張ろう。ホノイカヅチのためにも。
そして、あの悪夢は見なかった。
無事に着いたよ。どうなるのか。