あ、今話で今作のライバル枠の子が出てきます。
歓声に包まれるアスコットレース場。ロイヤルミーティング2日目のメインレース、プリンスオブウェールズステークスの決着に、会場中が沸いていた。
制したのは日本からの挑戦者ホノイカヅチ。本来であればアウェーのウマ娘である彼女だが、そのレースっぷりに誰もが舌を巻く。
道中3番手を維持し続け、有力ウマ娘の1人であるトワイスオーヴァーを自由にさせなかった。結果としてトワイスオーヴァーは内に閉じ込められ、伸びを欠いての6着。完全にホノイカヅチにしてやられた形だ。
仕掛けに関しても、誰よりも速く動いていた。外から躱そうとしたウマ娘達をより大きく外に振らせ、自分はラビットとして動いていたタジーズを最短経路で躱す。後は自分の末脚を発揮するだけで勝てる状況にもっていった。
末脚の鋭さに関しても見事。気づけばかっ飛んでいたというしかない、見事なスピードを発揮して置き去りにする。他のウマ娘が加速に乗り切る前に、彼女の加速はすでに終わっていたのだ。
当たり前のことを当たり前にやった結果。実況のアナウンサーが言葉にしていたが、まさしく勝つべくして勝ったレースだ。番狂わせもなにもない、ただ強いウマ娘が勝ったという事実だけ。文句のつけようがない。
そして、このレースの一番恐ろしいところは……ホノイカヅチはこれが欧州で初めてのレースであること。今まで一度も走ったことがない舞台で、いつも通りの実力を発揮したということになる。
何と恐ろしいことか。重圧も環境も、今まで以上に大きい場所で、いつもとなんら変わらない走りを貫く彼女は恐ろしい。トレーナー陣は畏怖と尊敬の念を抱いた。
《まさしくお手本のようなレース運びだ、これが強さだと言わんばかりの走り! 海外初挑戦、それがこのG1プリンスオブウェールズステークス。見事勝利したのは日本のホノイカヅチだぁぁぁ!》
アスコットの熱は収まらない。異国からの挑戦者が見せてくれた素晴らしいレースに、彼ら彼女らは喝采で応えた。
「『素晴らしいレースだった! 次のレースが楽しみだよ!』」
「『このままずっとイギリスで走って~! むしろイギリスに移籍して~!』」
魅了されたファンは多い。というのも、とあるウマ娘を想起するからだ。
小柄なバ体に鋭い末脚。大柄なウマ娘が比較的多い中で走るのだから、相対的に目立つ。さらには独特の威圧感、なにかをやってくれるだろうという信頼を抱かせる。
見た目は似ても似つかないが、英国民にとっては忘れられない、芸術品とまで言わしめたとあるウマ娘の名前を。レースを観戦していたファンは思い出していた。
「『ハイペリオン、ハイペリオンⅡ世だ! いや、どちらかと言えば和製ハイペリオンか?』」
「『どちらにせよ、凄いレースだった! このままイギリスで走ってくれ!』」
「『頼む! 日本よりもイギリスで~!』」
もはや異常なほどの人気を誇るホノイカヅチ。ここまで支持される外部のウマ娘はかなり珍しいだろう。他国のレースファンが見れば困惑すること間違いなしだ。
で、渦中のホノイカヅチはというと。
「フヒヒ、フヒヒ……! イギリスの人達、みんな良い人……オイラを凄く褒めてくれるっ!」
褒められてトリップしていた。それはもう幸せそうに顔を緩ませている。最近の彼女にはとても珍しい、レース後にも関わらずリラックスしている状態だ。
(ひ、久しぶりに、そこまでマークされてませんでした。ち、ちょっと、楽)
警戒が薄く、日本以上の徹底マークはされなかった。それが功を奏した……のかもしれない。なんにせよ、このプリンスオブウェールズステークスでは楽な気持ちで臨めた、と言ってもいいだろう。
(……大丈夫、オイラは大丈夫)
胸に手を当て、そう自分に言い聞かせる。そんなホノイカヅチの下へ。
「HEY! 『凄いね君は!』」
「うひぃっ!?」
出走していたウマ娘の1人、トワイスオーヴァーが声をかけに来た。ホノイカヅチのせいで終始不利と言ってもいい彼女だったが、表情は笑顔。偉業を称えるように、屈託のない表情をホノイカヅチに向けている。
「『日本の三冠ウマ娘はこっちでも噂になっててね。どんなものか、少し興味が湧いていたんだよ』」
「ふ、ふひっ」
「『結論から言えば君のせいで私は負けてしまったわけだな! うん』」
「ひ、ひえぇ!? そ、『そんなこと言われてもっ』」
「『焦らないでよ! ただの冗談だよ冗談! 本気で言ってるわけないって!』」
場を和ませるようにけらけらと笑うトワイスオーヴァー。周りのウマ娘も、つられるように笑顔を見せていた。
「『イギリスにようこそ、ホノイカヅチ。こっちには私たちより強いウマ娘はまだまだいるよ。悔しいことにね』」
「……」
「『君のレース生活に幸運を。ま、次戦う時は負けないけどね』」
最後に、手をひらひらさせて去っていく。言いたいことは言い終わった、そう背中で語る。
思いの外悪い印象を抱かれていないことに、ホノイカヅチは安堵した。
(い、良い人達、なのでしょうか? なんというか、思ってたより普通)
「い、イギリスの人達、毒舌って聞いてましたけど。そんなことはないのかもしれません」
認識を改める必要がある、そう考えるホノイカヅチだった。
で、レース後。控室にて。
「やっぱり君こそが世界最強のウマ娘の名に相応しいよ! 勝つべくして勝った、まさしくお手本のような勝ち方だ!」
「フヒヒ、フヒヒっ」
「この調子で次も勝とう! 君ならば勝てる、日本最強が世界最強に変わるんだ!」
トレーナーである御幸から褒められ続けていた。いつものルーティーンである。ホノイカヅチはご満悦そうな表情を浮かべたまま、その日を幸せな気分で終えることができた。
◇
ロイヤルミーティング2日目が終わったアスコットレース場。1人のウマ娘が興奮気味に電話をしている。
「なんて素晴らしいレースだったんだ……、見に来た甲斐があった! 私はそう言いたいんだよ!」
英語で、電話口の相手にまくしたてている。彼女が口にしているのは本日のメインレースでもあるプリンスオブウェールズステークスのことだ。
「私も出走したかった。出走すれば、間違いなく彼女とのワンツーフィニッシュを飾っていたというのに! そしてカメラも独占していたに違いないだろう!」
口から出る言葉にバカにするような意図はない。あるのはただ一つ、自らの実力に対する絶対的な自負。己ならばあのメンバー相手にも負けない、勝つだけの実力があると確信している。そう言わんばかりの言葉。
「え? あまり調子に乗るな? シニア戦はお前が思っているほど簡単なものじゃない……分かっている、分かっているさ! だが、それでも私が勝つ。何故なら私はって、遮らなくてもいいだろう? ここが良いところなのに」
電話口の相手は彼女の言動を諫めているようだが、あまり効果はないようだ。楽し気に、くるくると回っては機嫌よくステップを刻んでいる。優雅なダンスを踊るように。
周りには多くのウマ娘。踊る彼女に見惚れているのか、はたまた惹かれているのか。言葉を発することなく黙って見守っていた。邪魔をする気は一切ない、ただあの美しい舞を、姿を、光景を目に収めたい。熱っぽい視線でジッと見つめている。
最後に。
「もうそろそろ着く? あぁ分かったよ。では、車内でも存分に聞かせようじゃないか! あのレースの素晴らしさを……おっと、切れてしまった。全く、恥ずかしがらなくてもいいのに」
やれやれと首を振るウマ娘。黒い鹿毛の髪をサイドダウン──左肩に流すように伸ばしている。170は優に超えているそのウマ娘は、妙案が思いついたかのような表情を浮かべていた。
「そうだ! 良いことを思いついたぞ。そのためにも、君達にも協力してもらいたいんだ? 良いかな?」
ウインクしながら問いかける。王子様のような所作に、周りのウマ娘達は。
「もちろんです!」
間髪入れずにそう答えた。ウマ娘達の言葉に、王子様のようなウマ娘は満足そうな微笑みを浮かべる。
「明日が楽しみだよ、日本の雷光さん」
笑い、彼女は迎えの車に乗り込む。明日を待ちきれない子供のような笑い声だった。
◇
ホノイカヅチがプリンスオブウェールズステークスを勝ったニュースは瞬く間に広がった。イギリスどころか日本にも、だ。
「フヒヒ。LANEでみなさんからおめでとうの通知が来てます……フヒ、フヒヒ」
「良かったねホノイカヅチ。ちなみに、誰が一番早かったんだい?」
「じ、ジャーニーさん、です」
日本でホノイカヅチと仲の良かった子達もみんな、祝福のメッセージを飛ばしているらしい。今朝からホノイカヅチの頬は緩みっぱなしだから。
かくいう俺も、マートレさんやスティルインラブのトレーナーさんにお祝いのメッセージをもらっている。なんだか恥ずかしくて、誇らしい気分だ。
成し遂げた偉業は凄いものだ。挑戦していなかったのはあるかもしれないが、日本勢の初タイトルとなるプリンスオブウェールズステークス。伝統と格式のあるレースを、ホノイカヅチが日本のウマ娘として初めて制したんだ。それはもうお祭り騒ぎになるだろう。
日本のマスコミもわざわざイギリスまで来ていた……まぁ、ホノイカヅチが許可しているところだけなんだけど。最近6社から10社ぐらいに増えた。
イギリスの盛り上がりように関しては言うまでもない。なんなら日本以上に盛り上がっているし、ホノイカヅチをイギリスに移籍させてくれなんて冗談を言うファンまで出てきている。ここまで熱烈に支持されるのも珍しいかもしれない。
これにはこっちでの異名、【和製ハイペリオン】が関係している。かつてイギリスを沸かせた伝説的ウマ娘。小柄な身体ながらも栄誉あるダービーステークスも制した、無類の強さを発揮したウマ娘。どうも似ているところがあるらしい。見た目は似てないらしいけど。
それもあってか、イギリスでは大人気のようだ。褒められてホノイカヅチもとても喜んでいる。
レースを終えた翌日。今日は休日だ。
「フヒヒ、オイラ大スター。イギリス生活、万歳っ」
「君の実力が評価されて、俺も嬉しいよ。それじゃ、今日はお祝いにパーっと遊ぼうっ?」
ホノイカヅチと一緒に遊ぶことに決めた。まずはどこに行こうかと悩んでいると。
「『見つけたよ、ホノイカヅチ』」
目の前にウマ娘が立っていた。こちらの行く手を阻むように。
見た目はこう、王子様のような子だ。キリっとしたカッコいい顔つき、長身なのも相まって周りを虜にするような雰囲気が出ている。
そして、この子には見覚えがあった。直接の面識はないけれど、とても有名な子だから。
「『君は』」
「『言わなくていい。私の名前が知りたいんだね? ならば教えよう!』」
名前を言おうとしたら遮られた。全部分かっている、そう言いたげに。ホノイカヅチはさっきから俺の後ろに隠れて困惑している。初対面の子だからそりゃそうか。
目の前のウマ娘が1つ手を叩く。いったいどうしたんだろうっ、て!
「うわッ!? ど、どこから!」
気づいたらウマ娘達に囲まれていた。どこからともなく現れた彼女達は、目の前のウマ娘の下へ駆け寄っていく。囲むように、中心には王子様がいる。
王子様が指を鳴らす。
「『大海を統べるウマ娘の名前は?』」
「『シーザスターズ!』」
もう一度、指を鳴らす。
「『地球で最も輝く星の名前は?』」
「『シーザスターズ!!』」
最後に、指を鳴らす。
「『この世界で一番強い、ウマ娘の名前は!』」
大仰に手を広げ、周りにいるウマ娘達は一番大きな声でその名前を告げる。
「『シーザスターズッ!!』」
「『そう! 私こそがシーザスターズ!』」
キメポーズを取り、周りにいるウマ娘達の黄色い声援が場を支配する。俺達は逆に、何が何だかわからなくてボーっとしていた。
「『以後お見知りおきをお願いします、ホノイカヅチに御幸トレーナー?』」
最後にウインクをして。王子様のようなウマ娘──シーザスターズは丁寧にお辞儀をした。
はい、今作におけるライバル枠の子です。シニア級でようやく出てくるってマジ?