7月頭のサンダウンレース場。集まっている観客の熱は、レースが近づくにつれて高まりつつある。エクリプスステークスが開催される今日、集まったメンバーを考えて、興奮が抑えきれていない。
「『今日ここに、最強が集うってことか……!』」
「『誰が一番になるのか、凄く楽しみだわ!』」
「『シーザスターズ、ホノイカヅチ、コンデュイット……この三強が、ここに集うなんて! まさしく中距離の最強戦だ!』」
特に注目を集めているのは3人。その中には勿論、ホノイカヅチも含まれている。
圧倒的な強さで英国二冠を制し、すでに欧州最強のクラシック級として名を馳せているシーザスターズ
海外初挑戦となるプリンスオブウェールズステークスで4バ身差。圧倒的な力を示したホノイカヅチ
セントレジャーステークスとアメリカのBCターフを制し、欧州シニア級の最強格として頭角を現すコンデュイット
今の欧州を代表するような3人が、このサンダウンレース場に集った。これで興奮しないレースファンはいないとまで豪語するほど、今回の舞台を楽しみにしているファンは多い。
人気の上ではホノイカヅチが1番人気。前走のプリンスオブウェールズステークスの走りっぷりが評価されている。その下にシーザスターズとコンデュイットが続く形だ。
もっとも、彼女達が求めているのは人気ではない。一部例外を除いて、レースにおける1着を目指している。ターフに続々と姿を現す彼女達は、溢れんばかりの闘志を曝け出していた。
サンダウンレース場のターフにて、2人のウマ娘が対峙している。
「『ここで会うのは初めまして、だね。ホノイカヅチ』」
不敵な笑みを浮かべて、興奮が抑えきれないと煌々と目を輝かせているシーザスターズ。
「……『レース、出ますので。それだけじゃないですか』」
対し、全てを凍り付かせるような、凍てついた視線を向けるホノイカヅチ。対極的な2人の視線、どちらも自分の態度を崩そうとしない。相手のペースに飲まれまいとしている。
いや、そんな意図はないのだろう。ただ自分を貫くのみ、相手のペースに惑わされる必要はなく、ただ自分を貫ければそれでいい。たったそれだけのことだ。
「『ここに集ったメンバーは格別だが、その中でも君は一際格別だ。胸が躍り、魂が震え、私の脳は歓喜に打ち震えている!』」
「『そうですか。オイラには特に関係のないことですね』」
「『関係あるとも! 君が、君こそが私をこんな気持ちにさせてくれるんだ。つれないことを言わないでくれ』」
鋭い視線が交錯する。他のウマ娘などお構いなしに、2人だけの世界が構築されている。
「『今日のレースを楽しもうじゃないか。君の強さを、間近で体感させてもらうよ』」
「……『ご自由に』」
会話はそれっきり。後はもう自分の時間とばかりに踵を返す。他のウマ娘には目もくれず、準備運動を済ませていた。
周りのウマ娘からすれば面白くないだろう。2人の目に映るのはお互いのみ、自分たちの姿など欠片も映ってはいない。自分たちの強さが認められていないようで、腹立たしいことこの上ない屈辱だった。
怒りで闘争心が引き出される。彼女らには負けられない、自分達こそが勝つんだと決意を固くする。より一層、やる気に満ち溢れていた。
ほどなくしてゲート入りの時間がやってくる。今回出走するウマ娘は11人、全員がG1の舞台に立つことを許された猛者たちだ。
《サンダウンレース場は熱狂に包まれています。舞台は9ハロン209ヤード、2002mの中距離戦。芝の状態はGood to Firmの良バ場です。まさしく、今の欧州最強を決めるのにふさわしいコンディションが整ったと言えるでしょう》
《クラシック級の最強シーザスターズ、シニア級の最強コンデュイット、日本の最強ホノイカヅチ! まさしく豪華メンバーが集ったね! スタートの瞬間が待ちきれないよ!》
1人、また1人とゲートに入っていく。静かに、または滾りながら入る。シーザスターズは5番枠、ホノイカヅチが7番枠、コンデュイットは10番枠だ。
最後のウマ娘がゲートに入る。態勢を整え、発走の瞬間に備える。
《今、最後のウマ娘がゲートに入りました。伝統の中距離戦、エクリプスステークスを制するのはどのウマ娘か? 欧州の新星か、日本の雷か、シニア最強の意地を見せるか!》
待って、待って──ゲートが開いたと同時、ウマ娘達が一斉に飛び出す。真っ先に飛び出したのは、ホノイカヅチ
《態勢が整って今っ、スタートしました! 始まりましたエクリプスステークス、飛び出したのはホノイカヅチとシーザスターズ! この2人が飛び出します!》
「『君を内には入れさせないよ』」
「ッチ」
と、シーザスターズだ。2人が飛び出し、内側をキープしようと動き出す。最短経路で動き出すためだ。
ホノイカヅチはシーザスターズが来るのを見るや否や、早々に内を走ることを諦める。ラビットのウマ娘が上がってきており、無理に競り合う必要はないと判断して下がろうとした。
だが、下がろうとすれば同じ分だけシーザスターズが下がる。逆に、上がっていけばこれまた同じだけシーザスターズも上がってくる。
《飛び出した2人、しかし先頭を取ったのはマリブベイとラングシャイニングこの2人が競り合う形だ。続くのはリップヴァンウィンクル、リップヴァンウィンクルがシーザスターズとホノイカヅチのさらに外につけています。コンデュイットはその後ろだ》
淡々とレースを進めるホノイカヅチに対し、シーザスターズは言葉にせずとも行動で示す。今回のレース前、宣言したことを思い出させるように。
(君の強さを間近で体感させてもらう。君の一番近く、隣でね)
(……っやっぱりそう来ましたか)
エクリプスステークスが始まった。有利なのは、内側のシーザスターズである。
◇
ゆったりとした展開で進むエクリプスステークス。先頭を走る2人、ラビット役のウマ娘が競り合っていた。
2人はお互いに、自分が所属するチームのウマ娘の有利なペースを作るために走っている。そのためには隣を走るウマ娘が邪魔だった。競り落とそうと躍起になっている。
《マリブベイとラングシャイニングがペースを作ります。このペースはやや早いか? この向こう正面は平坦な道が続きます。先頭2人から遅れること2バ身の位置、この位置に集団を形成している。内側シーザスターズ外にリップヴァンウィンクル、ちょうど真ん中にホノイカヅチ、ホノイカヅチがこの位置につけている》
《コンデュイットは3人の後ろだね。抜け出す機会を窺っているわけだ》
《セットセイル、トワイスオーヴァー。チマデトリオンフにスティールタンゴ。ジュークボックスジュリーと続いています。コーナーめがけて走るウマ娘達、まだじっくりと機会を狙っている》
そんな2人の争いとは無縁とばかりに、2バ身離れた位置にいる集団は静かにレースを運んでいた。
もっともそれは表面上の話。各ウマ娘は有力と目されている2人のウマ娘に注目し、隙を狙っている。その2人とは言うまでもなく、シーザスターズとホノイカヅチだ。
シーザスターズはホノイカヅチを徹底的にマークしている。動き出しを観察し、少しの動きと隙を見逃さない。油断をすればあっという間に喰われるほどのプレッシャーを放っている。およそクラシック級とは思えないほどの完成度だった。
対するホノイカヅチは、シーザスターズの徹底マークに勘づいている。勘づいていてなお、動かない。この場で動くことが得策ではないと分かっているからだ。
動けば相手の思う壺。余分に消耗させられ、相手に有利な盤面を作らせてしまう。それが分かっているからこそ、ホノイカヅチは動かない。相手より先に仕掛けるのは勝負所だけ、そう判断している。
2人とも特に大きな動きを見せていない。今この場面で動くことは得策ではないと分かっているためか、ペースをわざわざ乱すような真似はしない。
機が熟すのを待つ。それは他のウマ娘も同じ。自分が一番強さを発揮できる、自分が勝てる展開を引き込むために動く。淡々と、自らのレースを貫いていた。
スタンド席でホノイカヅチを見守る御幸トレーナーは、わずかな不安を抱えながら見ていた。
「ホノイカヅチ……」
呟き、拳に力を込める。ホノイカヅチの勝利を願うように。
展開としては五分の状態。内側を走るシーザスターズが若干有利なくらいで、特に有利不利がついていない状態だ。むしろこのまま内側に閉じ込めて、プリンスオブウェールズステークスの再現をすることだってできるだろう。
だが、それが難しいことを悟っている。その理由が、シーザスターズの強さの根幹にあるものだ。
(彼女はホノイカヅチと同種のウマ娘。それに、閉じ込められないようにしっかりと気を配っている)
真ん中寄りに構え、万が一にも閉じ込められないように位置を取っている。ホノイカヅチを外へと追いやり、身体がぶつかりそうな勢いで迫っている。ラフプレイでも何でもない。一般的な位置取りの範疇である。
閉じ込められることに期待はできない。ならば、自分の実力を発揮するしかない。そう結論付けて、ホノイカヅチは走っている。それが結論だった。
《コーナーを曲がります各ウマ娘。マリブベイとラングシャイニングが3バ身離してペースを上げている。まだ動かない隊列、シーザスターズとホノイカヅチ、リップヴァンウィンクルが掌握するこの集団。誰が先に抜け出すか、誰が一番最初に仕掛けるか? 注目が集まるコーナーだ》
気づけばウマ娘達はコーナーを走っている。もう間もなく、レースが動く局面だ。
コーナーでは動かない。サンダウンのコーナーは小さく、カーブがキツい。少しでもスピードを出せば外に振られてしまう。ここで動くことはよっぽどのことがない限りはありえない。それが定石だ。
分かっているウマ娘達はスピードを出さない。牽制し合い、最後の直線に向けて力を溜めている。最後の直線は上り坂で約800m。ここも欧州のレース場の例に漏れず、高低差がキツい場所だ。それでも、アスコットよりはマシかもしれないが。
溜めて溜めて、先頭を走る2人のウマ娘など関係ないとばかりに動かない。自分たちが先頭という意識で走っている。
最後の直線が近づくにつれて、観客のボルテージも上がっていく。まだまだ上がりそうな熱気は、レース場全体を覆いつくそうとしていた。
コーナーを走るホノイカヅチ。その表情はいつもと変わらないが……わずかな焦燥を抱いていた。
「……っ」
顔をしかめている。レース中の彼女らしからぬ表情。その理由は、隣を走るシーザスターズにあった。
ぴったりと張り付き、ホノイカヅチを自由にさせない位置取り。今まで何度もマークされてきたが、特定の相手にこれほどの徹底マークを受けるのは初めての経験だった。
これも全て、シーザスターズの実力が成せる技。いや、彼女ぐらいしか、もしくは彼女と同種のウマ娘にしかできない芸当。分かっていたことだが、いざ実感すると厄介さが際立つ。ホノイカヅチは走りながらそう考えていた。
動かない隊列。まだ落ちてこない前のウマ娘。そして──ついに迎える最後の直線前のカーブ。角度がキツい、最後のカーブだ。
《最後のコーナーを曲がる。マリブベイとラングシャイニングが最後のコーナーを曲がります。後ろの集団も曲がって最後の直線へと入ります。残り約800mの最後の直線、ここで先に動いたのはっ!》
ここで1人、動いたウマ娘がいた。最後の直線の手前、ようやくカーブを抜けようかとした矢先の出来事。先手を打つように、動いたウマ娘が1人いた。
《ホノイカヅチ、ホノイカヅチだ。ここでホノイカヅチが動いた! 日本のホノイカヅチがここで動く、先手を仕掛けたのはホノイカヅチっ!》
ホノイカヅチだ。最後の直線に入るや否や、一気に加速して戦局を動かす。盤面を動かして、自分がレースを支配しようと動き出した。
「っ!」
思わず身を乗り出す観客席の御幸。その目にはわずかな期待を込め──その直後に目に入った光景に、苦虫を嚙み潰したような表情になる。
(ホノイカヅチとシーザスターズは、同種のウマ娘だ)
その光景に思い出すのは、かつてシーザスターズに言われたこと。シーザスターズとホノイカヅチが同種のウマ娘であるという、にわかには信じられないような情報だ。
最初は信じていなかった。ホノイカヅチから理由を教えられ、映像を見直して疑惑を抱いた。そして、今の光景に──確信した。
(ホノイカヅチが動いたなら、当然!)
「シーザスターズも動く……っ!」
完全に抜け出したと思われたホノイカヅチ。一気に加速に乗って、先頭に襲い掛かろうとしていた。
だが、1人ではない。もう1人、いる。ホノイカヅチの加速に着いていくことができる、1人のウマ娘が。
《シーザスターズも動いた動いた! ホノイカヅチにぴったりと張り付いてシーザスターズも動いた! 2人が一気に加速して先頭のマリブベイとラングシャイニングに襲い掛かる! 先に仕掛けたのはシーザスターズとホノイカヅチだぁぁぁ!》
シーザスターズ。彼女もまた、盤面を動かすかのように動いた。ホノイカヅチは、引き離すことができない。2人で一気にレースを加速させる。
最後の直線。エクリプスステークスの最終盤。約800mを上りながら、ホノイカヅチとシーザスターズは歯を食いしばっていた。
明日は仕事が忙しく投稿できません。申し訳ありません。