ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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何とかなったので初投稿です。


800mの激闘

 最初からトップスピードを出せるわけではない。これはウマ娘に限らず、人でも車のような乗り物でも同じことだ。

 徐々に、少しずつスピードを上げていき、やがて最高速度に到達する。スピードの最高到達点に達する時間には個人差があり、早ければ早いほど良いとされている。後はどれだけスピードを落とさず維持できるか、それとも最高速度ではなく、一定の速度を維持し続けることを狙うか。ここでも駆け引きが生まれるのがレースだ。

 

 なんにせよ、少ない歩数、完歩でトップスピードを出せるに越したことはない。最低限の歩数でトップスピードに乗れれば、やれることの幅が広がるからだ。

 

 ホノイカヅチは特にこれが優れている。長距離を得意とするステイヤーでありながら、わずか数完歩でトップスピードに乗ることができ、対戦相手を一瞬の間に追い抜いていく。追いつこうにもホノイカヅチの加速はすでに終わっているため、気づいた時には手遅れが常だった。

 有記念のダイワスカーレットが良い例だろう。彼女は一瞬しか油断していなかった。ほんの一瞬の出来事。その一瞬で、ホノイカヅチは意識外から急襲した。それを可能にするだけの加速力があった。

 集中力が一番の武器だろう。けれど、この末脚も限られたウマ娘しか持ちえない唯一無二の武器。この武器があるからこそ、ホノイカヅチはこれまでの大レースを制してきた。

 

 

 だが、同種のウマ娘がいた。ホノイカヅチと同じ、わずか数完歩でトップスピードに乗ることができるウマ娘が。

 

《ホノイカヅチとシーザスターズが先頭に変わった! マリブベイとラングシャイニングを躱して2人が先頭に変わります、ホノイカヅチとシーザスターズが後続を置き去りにしているぞ! 慌てて追いかけるリップヴァンウィンクル、そしてトワイスオーヴァー! コンデュイットはまだ動かない、その間にもホノイカヅチとシーザスターズはグングン上がっていく!》

 

 ホノイカヅチはココしかないというタイミングで仕掛けた。シーザスターズを振り切り、他のウマ娘と差を広げることができる最後のコーナー。カーブがキツいからこそ誰も動かないと思っていたこの場所で、ホノイカヅチは仕掛けた。

 いつもならば抜け出せた。1人だけ抜け出すことができたはずだ。

 

 そうはならなかった。ホノイカヅチを徹底的にマークし、なおかつここで動くだろうと予測していたウマ娘がいた。

 

「シーザスターズ……っ!」

 

 観客席で応援している御幸は苦々し気に呟く。今もホノイカヅチにぴったりと張り付いているウマ娘、シーザスターズの名前を。

 

(同じだ。シーザスターズもまた、少ない歩数でトップスピードに乗ることができるウマ娘。それも、ホノイカヅチに匹敵するレベルでっ!)

 

 ホノイカヅチは引き離そうと全力を尽くしている。しかし、シーザスターズを引き離すことはできない。なぜならば、お互いに同じだけのスピードで走っているから。

 

 普通ならばできないだろう。少し遅れて反応したら論外、先に動いたとしてもホノイカヅチの加速についてこれなければ引きはがされる。スプリンター並の加速力がなければ、ホノイカヅチに並ぶことすらできない。

 

 そのできないことを、シーザスターズは可能にしている。同じ位置で徹底マークし続け、同じ分だけ加速して引き離すことを許さない。

 さらにはスピードも相当なものだ。ホノイカヅチと並べるだけのスピードを発揮している。2人だけ飛び出しており、後続は追いつくことすらままならない状況なのが、2人の速さを物語っている。

 

 同じ位置で勝負できる、どの位置でも走ることができる、少ない歩数でトップスピードに乗ることができる。まるで鏡写しのように、2人はそっくりだった。

 

 これが、シーザスターズがホノイカヅチを同種のウマ娘と呼んだ理由である。自分と同じ強さを持ったウマ娘、誰よりも警戒すべき好敵手。そう判断しての宣戦布告だったのだ。

 

 御幸の拳にさらに力が入る。見ていることしかできない自分に歯がゆさを感じているのか、それでもなお応援の声を飛ばし、ホノイカヅチの背中を押していた。

 

「頑張れ、ホノイカヅチ! 頑張れぇぇぇ!」

 

 気合いの入った声援。それでもなおホノイカヅチは──シーザスターズとの差を広げられないでいた。

 

 

 競り合い続ける2人。残り400mを切り、後続との差を5バ身は広げようとしてもなお、2人は競り合っていた。

 

《先頭を走るシーザスターズとホノイカヅチ、争いはすでにこの2人に委ねられたか!? 後続からはリップヴァンウィンクル、さらにはここでコンデュイットも動いたか! 先頭を走っていたマリブベイとラングシャイニングも必死に粘りますがこれは厳しい、先頭との差が開く、開く! さらに開いていく!》

《いや、速いね! 後続は明らかに仕掛けが遅れた、これはかなり厳しいよ!》

《シーザスターズかホノイカヅチか、どちらが先に飛び出すか! 残り400mだ、残り400mしかないこの直線! まだ、まだ競り合う。まだ競り合う! 2人のウマ娘が競り合い続けているぅ!》

 

 ホノイカヅチの表情は変わらない、ように見える。いつものように淡々と、己の仕事を全うするように走っている。

 だが、その表情には少しだけ焦りのようなものが見える。今だ競り合うシーザスターズには目もくれず、前だけを見て走っている。

 

 対するシーザスターズ。こちらは笑顔だ。今の競り合いを楽しんでいるのか、わずかな笑みを浮かべているように走っている。

 けれど、シーザスターズもまた余裕はない。ホノイカヅチの走りの前に、余裕でいられるはずもなく歯を食いしばっている。

 

 お互いに前を見据えるのみ。一方は仕事のように淡々と、もう一方はきらめく舞台のように煌々と。対極的な様を見せていた。

 

(やっぱり強い……オイラと同じ位置で勝負出来て、オイラと同じことができるシーザスターズさんは。誰よりも厄介!)

 

 ホノイカヅチの胸中にあるのは隣を走る相手への敬意。おそらく初めてだろう。レース中の相手に、このような気持ちになったのは。

 これまでずっと淡々と走ってきた。当たり前のことを当たり前に、やるべきことを十全に。勝てば当然、負ければ仕方ない。その心構えで走ってきたホノイカヅチにとって、走る相手の存在などどうでもよかった。

 誰と走ろうが自分には関係ない。自分は自分の力を発揮するだけ。今も変わらない気持ちを抱いて、全力を尽くしている。

 そんなホノイカヅチが初めて抱く、厄介であり天敵とも言うべき相手。シーザスターズの強さを前に、敬意を抱いていた。

 

 それでも、負けたくないではなく、あくまで全力を尽くすことに注力するホノイカヅチ。己の持てる全てを尽くして、サンダウン最後の直線を駆け抜ける。

 

 シーザスターズもまた、ホノイカヅチと同様の気持ちを抱いていた。

 

(やっぱり君は強い! 私と同じことができて、同じ強さを持っている君は! 世界中の誰よりも私の心を躍らせる!)

 

 クラシック級を圧倒的な強さで制したシーザスターズ。強さを見せてなお、彼女の心にはどこか渇きのようなものがあった。

 王道の走りで当たり前の強さを証明する。勝って、賞賛を受けて、シーザスターズという存在を証明する。そのことにどこか、退屈のようなものがあった。

 ライバル達は決して弱くはない。だが、どこか物足りなさがあった。自分の力をぶつけ足りない、自分の全てを曝け出すことができずにいた。自分を満たしてくれるライバルが現れることなく、レース生活を終えるのだろうか。そう思ってしまうほどに。

 けど、現れた。満たしてくれるライバルは、遠い異国の地からやってきた。自分と同じことができて、天敵とも言うべき相手が。ホノイカヅチの強さを前にして、シーザスターズは敬意を抱く。

 

 こちらも負けたくないではない、この時間をいつまでも共有したいという気持ちを抱いて走る。楽しい時間を続けるために、己が全力を出し続け、サンダウンの直線を駆け抜ける。

 

 

 2人の競り合いは終わらない。いつまでも、どこまでも続きそうな雰囲気を醸し出している。サンダウンレース場の熱気は、最高潮に達しようとしていた。

 

「『後続はもう追いつけねぇだろアレ! シーザスターズとホノイカヅチの一騎打ちだ!』」

「『シーザスターズ様負けないでー! 欧州最強の座に君臨してー!』」

「『いけーホノイカヅチー! 君が最強だー!』」

 

 ハナ差すらないような接戦の中で、観客の声援が響き渡る。終わってほしくない、そう願うほどに。

 

 ただ、異変は突如として訪れた。

 

《残り200を切った! ここでホノイカヅチが前に出る、ホノイカヅチが前に出る! シーザスターズが少し遅れた遅れた! シーザスターズがわずかに遅れている!》

 

 シーザスターズが下がった。否、下がったのではない。

 

「『力尽きたか!?』」

「『無理もねぇ、800m近いロングスパートなんてできるはずがなかったんだ!』」

「『ホノイカヅチの勝ちだ!』」

 

 スタミナが枯渇してきたのだ。元来より長い距離は得意ではないシーザスターズ、最後まで持つことなく、スタミナが尽きようとしていた。

 

 これも全て、ホノイカヅチの策略である。どうして最後の直線に入った瞬間仕掛けたのか? 800近く続く坂道でレースを動かしたのか? ここに理由がある。

 知っていたからだ。シーザスターズが長い距離を得意としているわけではないことを。消耗戦になれば、ステイヤーである自分が有利になることを。ホノイカヅチは知っていたのだ。だからこそ、ロングスパートを仕掛けた。

 徹底マークをしているのであれば、シーザスターズは間違いなく自分に食らいつく。そこまで織り込んで、ホノイカヅチはロングスパートを仕掛けた。シーザスターズを振り落とすために。最後の最後まで、自らが勝つために全力を尽くしていた。

 

 ……ただ、これで終わるシーザスターズではない。

 

「『終わらないよ』」

 

 開いた差をもう一度詰め直す。

 

「『まだ終わらない、終わらせないさ』」

 

 むしろホノイカヅチを差し返して、自らが先頭に立とうとしている。

 

「『ようやく現れた好敵手だ。私の闘争心を刺激してくれる相手なんだ』」

 

 スタミナが枯渇してなお。限界が近い状態でなお。

 

「『こんな楽しい時間を、終わらせてなるものか!』」

 

 彼女はさらに輝きを放つ。エクリプスステークスに出走している誰よりも眩い光を、最上の輝きを放って走る。シーザスターズはまだ、終わっていない。

 

《まだ競り合う、まだ競り合う! シーザスターズがわずかに前に出たか!? シーザスターズがわずかに前! ホノイカヅチこれは苦しいか苦しいか! ホノイカヅチ今度は自分がピンチになった! ホノイカヅチ厳しいか! シーザスターズが前に出た!》

 

 ホノイカヅチにはないもの。闘争心を纏い、最後にありったけの力を振り絞って、シーザスターズは前に出る。

 限界に近い身体で、いつ力尽きてもおかしくない状態で、シーザスターズはサンダウンを走る。

 

 ホノイカヅチは──それでもなお、自分を崩さない。

 

(まだ、やれることはあるっ。オイラの全力を、ありったけの力を!)

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」

 

 自分が出せる力を出し尽くす。まだまだ、自分の全力を出していないとばかりに身体に檄を飛ばして走り続ける。シーザスターズに前を取られたかのように思われたが、土壇場でまた並んだ。

 

 差す、差し返す。また差す、また差し返す。一進一退の攻防。世界に2人だけになったかのような激闘。永遠のような一瞬、サンダウンレース場の激闘。

 誰もが呼吸すらも忘れる。結末を見届けるために、一瞬の瞬きすら許されない激しい勝負。どちらが勝つか、どちらが先にゴールラインを割るか。最後の直線800mの死力を尽くした戦い。

 

 

 時間にして数秒。永遠のように長い時間が経った感覚に陥る中、ゴールラインを先に割ったのは。

 

《っ、わ、わずかにホノイカヅチが態勢有利だ! ホノイカヅチが態勢有利、ホノイカヅチが態勢有利! ホノイカヅチが最後の最後に態勢有利を勝ち取ったぁぁぁ! 激闘を制したのはホノイカヅチだぁぁぁ! エクリプスステークスの勝者はホノイカヅチ、これは文句なしの欧州最強! これこそがホノイカヅチだぁぁぁ!》

 

 最後の最後に力尽きてしまったシーザスターズを躱し、クビ差で勝利をもぎ取った──ホノイカヅチである。3番手との差は10バ身の大差だった。

 

 ホノイカヅチは膝をついて倒れこむ。

 

「ハァー、ハァー……ハッ、ハッ、ハッ……っ!」

 

 立ち上がることすらできない。スタミナ豊富な彼女が、最強ステイヤーと呼ばれる彼女が、約2002mのレースを走っただけで、立ち上がることすらできないほどに疲れている。それだけで、このエクリプスステークスがどれだけの激闘だったかを物語っている。

 

 シーザスターズも同様だ。

 

「ハァ、ハァ……グっ!? くぅ……っ!」

 

 オーバーランする気力すらなく、ゴールラインを割ったと思えばすぐに倒れこんでしまった。減速し、ふらふらしながらも芝生の上に倒れこむ。こちらもまた、体力の限界だった。

 寝転がり、空を見上げる。太陽の光を浴びながら、呆然とした表情で呟く。

 

「『あぁ……負け、たのか』……っ」

 

 エクリプスステークス勝者、ホノイカヅチ。




あ、これでシンボリルドルフ超えです(朝日杯・皐月賞・日本ダービー・菊花賞・有記念、天皇賞・春、プリンスオブウェールズステークス・エクリプスステークス)
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