サンダウンレース場に響く声。新たな勝者の誕生に、素晴らしい勝負を繰り広げてくれたウマ娘達に歓喜の声を上げているファンが多い。
「『素晴らしい勝負だった! 過去最高レベルのレースだった!』」
「『えぇ、文句なしの勝利ね! 圧倒的だったわ!』」
「『我を忘れていたよ! おめでとーう!』」
勝ったのはホノイカヅチ。日本からの挑戦者が、欧州の有力ウマ娘達を蹴散らして、エクリプスステークス覇者として君臨した。
レースは文句のつけようがない、素晴らしいものだった。道中は王道のレース運びで展開を窺い、最後の直線に入った瞬間一気にレースが加速。飛び出した2人のウマ娘によって繰り広げられる戦いに、観客は呼吸することすらも忘れそうなほど熱中していた。
飛び出したのはホノイカヅチとシーザスターズ。片や三冠ウマ娘にしてプリンスオブウェールズステークスでイギリスのレースファンを虜にした日本最強。片やクラシック級ながらすでに今年一年の王となることが予見されていた期待の新星。いずれ欧州最強として君臨するとまで目されていた。
エクリプスステークス最後の800m。死闘と呼ぶに相応しい戦い、お互いに全力をぶつけあう勝負。どちらも譲らない、どちらが勝っても全くおかしくない勝負は、ホノイカヅチに軍配が上がった。
「『やった、やったぞー! これでホノイカヅチこそが欧州最強だー!』」
「『日本だけじゃねぇ、こっちでも最強に君臨したんだ!』」
「『むしろもう世界最強よ! 世界最強のウマ娘、ホノイカヅチだわ!』」
元よりイギリスのファンが多かったホノイカヅチ。クラシック最強として名高いシーザスターズを撃破したことで、彼女の人気はうなぎ上りになることが予測されていた。
しかし、それを喜ぶだけの体力が今のホノイカヅチにはなかった。
「ハァ……ハァ……ッ!」
未だ整わない息。荒い呼吸を繰り返し、ゴール板を過ぎてすぐにあるコーナーの前に蹲っている。立ち上がる力すらない、いつ倒れてもおかしくないほどの状態。極限の疲労状態に追い込まれていた。
ホノイカヅチはステイヤーだ。スタミナが豊富であり、これまでも倒れたことはなかった。芝3200mのレースや、アスコットのレースでさえもだ。
それだけ、シーザスターズが強敵だった。全てを出し尽くさなければ勝てない相手、己の持てる力を吐き出さなければ負けてしまう相手。残っている力は、欠片もなかった。
ホノイカヅチだけではない。近くではシーザスターズもまた、空を見上げ倒れている。
「……」
呆然と、口を開く力も湧かないとばかりに。ただ黙って空を眺めるのみ。いつものキラキラと輝く姿はなく、ただ1人のウマ娘として倒れている姿が映っていた。
力尽きているのも無理はないだろう。ステイヤーでスタミナ豊富なホノイカヅチが作り出したペースに、最初から最後まで付き合っていたのだから。元より長い距離が得意ではない彼女が、ステイヤーの全力に付き合った。体力が尽きてもおかしくない。
いや、本来ならレースの途中で尽きていた。尽きて、ずるずると落ちていく未来もあったのだ。
しかしそうはならなかった。それはひとえに、シーザスターズの意地である。楽しい時間をもっと過ごしたい、やっと出会えたライバルに、自分の全力をぶつけられる相手との勝負を、途中で降りたくなかった。その一心で最後の直線を走っていた。
最後の最後に力尽きてしまい、結果的に敗れてしまう。その事実を、シーザスターズは受け止めていた。
2人以外のウマ娘は、畏怖の視線を向けている。追いつくことすらできなかった2人のウマ娘の全力を目の当たりにして、尊敬と恐怖を覚えた。
800mのロングスパート。しかもサンダウンレース場の構造から、ずっと上り続けていた。にもかかわらず、最後まで落ちてこなかった。
漁夫の利を狙っていた子もいるだろう。落ちてこないことを予測して、自らもロングスパートに着いていこうとした子もいるだろう。それぞれの思惑があって、全力で事に当たっていたはずだ。
届かなかった。否、届かなかったというレベルでは済まされない。領域を侵すことすら許されなかった。2人が繰り広げる神聖な戦いに、足を踏み入れることすら叶わなかった。
(戦いの土俵にすら立てていない……!)
集ったのは欧州G1に出走できる猛者ばかり。なのに、たった2人のウマ娘を前にして、彼女達は自信を失いかけた。あまりにも強すぎる2人の強さに、屈服しそうになっていた。
この場にいる全員の脳に刻み込まれた。この2人こそが今年の欧州最強であり、この2人を軸にして欧州レース界は回っていくと。そう認識させられた。
「『屈辱だッ!』」
その中で1人、コンデュイットは思わず声を荒げた。自分の不甲斐なさに、負けてしまったことに怒りを抱く。いや、負けたことよりも、敵わないと思ってしまったことに苛立ちを覚える。
確かに強かった。2人の実力は、欧州最強で間違いない。他でもない自分が体感したのだから、認めざるを得ないだろう。
だとしても、心まで屈してしまうのはプライドが許さなかった。セントレジャーにBCターフを制した経験があるコンデュイット。このまま終わってなるものかと決意を新たにする。
(キングジョージ……シーザスターズは分からないが、ホノイカヅチは出走を表明している。ならばこそ!)
「『負けない、次こそは!』」
標的を定めて踵を返す。肩をいからせ、芝を力強く踏みしめながら去っていった。コンデュイットに続くように、他のウマ娘達もレース場を後にする。
その間に、ホノイカヅチとシーザスターズはそれぞれの保護者が担ごうとしていた。
「大丈夫!? ホノイカヅチ!」
「つ、つかれ、ましたっ」
ホノイカヅチには御幸トレーナーが。
「『立てるか?』」
「……」
「『無理そうだな。ならおぶる。体重を預けろ』」
シーザスターズには彼女によく似たスーツ姿のウマ娘が手を貸していた。去っていく2人には惜しみない称賛の拍手が会場中に広がり、健闘を称えるように祝福の言葉が送られる。退場するまでずっと、サンダウンレース場の喧騒が止むことはなかった。
控室にて、トレーナーはホノイカヅチを椅子に座らせ、すぐさま水やタオルを持ってくる。近くにおいて、いつでも補給できるように準備をしていた。
「大丈夫? ケガはない?」
「だ、だいじょぶ、です。い、いつも以上に、体力、消耗しちゃってっ」
「無理に喋らなくてもいいよ。今はただ、ゆっくり休んで」
椅子を集めて、一列に並べる。トレーナーはありあわせの道具を駆使して、簡易的なベッドを作ってホノイカヅチを寝かせた。
「横になった方がいいよ。狭いからあんまり楽はできないかもしれないけど」
「い、いえ。結構、楽になりました」
申し訳なさそうな表情をするトレーナーに、心配する必要はないと首を横に振るホノイカヅチ。体力が回復したのは、控室に着いてから数分経った後のことだった。
もう大丈夫ということでベッドを解体し、椅子に座り直すホノイカヅチ。今回のレースのことを思い出していた。
「一番の、強敵でした。距離は阪神大賞典や天皇賞の方がずっと長かったのに、疲労は今回が一番です」
「……そうだね。その理由はやっぱり」
「シーザスターズさんです。彼女は、一筋縄では攻略できませんでした」
最大の脅威として見ていたシーザスターズ。ホノイカヅチの予想通り、彼女が最大の壁として立ちはだかったのだ。
「勝つためには、消耗戦しかありませんでした。距離が短くなればなるほど追いつけなくなる、しかもオイラより内側の枠でしたから」
「最短経路を進む。スタミナのロスは、誰よりも少ない」
「最内、ではなかったですけど。それでも抜け出すための最短経路を走っていました。オイラをマークしながらも、周りをしっかりと見ていた」
改めて、凄まじい強さであったことを実感するホノイカヅチ。全てにおいて隙が無く、本当にクラシック級かと疑いたくなるような実力だった。そう思い出している。
「シーザスターズさんはオイラと同じことができる。同じことができるんだから、必然的に競り合う形になります」
「あれだけの徹底マークができるのも、シーザスターズだからこそできること……だったんだよね?」
「はい。今まで戦ってきた人達はまずできません。オイラが確実に先手を取れる自信がありますし、瞬発力はオイラの方が上ですから」
揺るぎない自信をもって語る。これまでの強敵たちと違って、シーザスターズが一番厄介だったのはそこであると。
「オイラと同じ瞬発力を持っています。だからオイラに追いつけますし、追いつくことが正解だと分かっていました。オイラ達は、そこまで考えていましたよね」
「うん。だからこそ、俺達は消耗戦を仕掛けた。シーザスターズはスタミナに不安が残るから」
「反対に、オイラはスタミナには自信があります。長い距離、走るの得意ですから」
ホノイカヅチとシーザスターズは同じことができる、同じ強みを持っている。それは確かなことだ。2人も認めているところである。
けれども、弱点は違う。今回はその弱点を突くことができた。
「ダービーステークスを勝ったことで距離不安はなくなったと思われていました。でも、距離不安には必ず理由があります」
「そもそも、距離が大丈夫ならセントレジャーに向かう選択肢もあったはずだ。けれども、シーザスターズの陣営はハナから捨てていた。中距離に絞ると宣言していた」
「なら、スタミナに不安があると考えるのは自然です。それに、愛ダービーの回避理由がバ場の悪化が理由です。タフなレースはできる限りしたくない、そう考えるのが自然です」
2人で今回のレースの反省会をする。ライブのことを忘れて、2人で話し合っていた。
その話し合いの最中、唐突に。話の流れを切って、トレーナーは笑顔を向けた。
「そうだ、早めに言っておかないと。ホノイカヅチ、エクリプスステークス勝利おめでとう!」
「っふひ?」
きょとんと、褒められたのに呆けた表情をしているホノイカヅチ。何が何だか分からない状況で、トレーナーは笑顔でホノイカヅチを褒めたたえていた。
「やっぱり君は最強のウマ娘だよ! シーザスターズにも勝ってこれで欧州最強、いや世界最強だ!」
「フヒ、フヒヒ。と、突然どうしたんですか?」
「本当は早く言いたかったんだ。でも、君はそれどころじゃなかったから。こうして話し合えるくらい回復した今なら、言っても大丈夫かなって」
最初こそ訳が分からず困惑していた。しかし、トレーナーに褒められたことに気づくと、一気に有頂天の気分になる。顔は緩みきっており、耳と尻尾が忙しなく動いていた。
「フヒヒ、フヒヒッ! お、オイラ最強! 世界最強!」
「そうだよホノイカヅチ! 君が世界の頂点に立ったんだ!」
「フヒ、フヒヒ!」
さっきまでの真面目な雰囲気はどこへやら。そのままホノイカヅチを褒め続けるトレーナー。ホノイカヅチも気分的にとはいえ、見る見るうちに疲れが取れていくように感じられた。
改めて勝利の余韻に浸るホノイカヅチ達。海外遠征は、順調に進んでいた。
◇
日本のトレセン学園。もうすぐ門限が近い時間にもかかわらず、ネオユニヴァースは学園の屋上に立っていた。
「……」
両手を上げて、なにかと交信しているようにも見える光景。不思議と神秘的な雰囲気さえも感じる景色だ。
屋上の扉を開けて、1人の男性が入ってくる。彼はネオユニヴァースの姿を確認すると、安心したように息を吐いた。
「やっぱり、ここにいたんだユニ。もうすぐ門限だから、帰らないとダメだよ?」
「……“EMGY”」
「また、交信してたんだね。ホノイカヅチのこと?」
「アファーマティブ」
肯定するように頷くネオユニヴァース。ホノイカヅチのことを観測していたと語る彼女の表情は、悲しみを帯びていた。
(あまり、良い観測結果じゃなかったんだね)
表情からある程度のことを察するネオユニヴァースのトレーナー。深く詮索するのは止めた方がいいかもしれないと考えた刹那。
「ホノイカヅチの“SERR”は変わらない。“DEDU”、“DIGG”する軌道が見つからない。見つからない、というよりは観測できない」
「……ホノイカヅチが無事な世界が観測できない、ってこと?」
「アファーマティブ。いろんな“MABTE”するけど、彼女の“TRGDY”は変わらない」
ホノイカヅチの悲劇を回避する世界線がない、その上原因が見つからない。そう語るネオユニヴァース。ある程度言葉を理解できるトレーナーは、耐えきれず目を伏せた。
今は遠く離れた地にいる2人。その2人のことが頭に浮かんで、心が痛む。
(彼らにどんな試練が訪れるんだ?)
「“ZDAL”、シーザスターズとの邂逅は始まりに過ぎないのかもしれない。“XACF”、Xデーは近いと、ネオユニヴァースは伝えなきゃいけない」
「……そうだね。なんとかして原因を突き止めて、彼らに伝えないと」
「アファーマティブ。けど、“光”はあるよ、トレーナー。“TRGDY”に、“光”はある」
交信を終えて、一緒に帰る2人。ひとまずはこの後、LANEで知らせなければと決意を固めた。
いや~勝って良かった良かった()