フヒヒ、オイラの褒められちやほやライフも、ついにここまで来ましたよ。
スマホに目を落とします。先程まで開いていたページが、オイラが見ていたニュース記事が頭の中に入り込んでくる。
【日本からやってきたウマ娘ホノイカヅチ。文句なしの世界の頂点へ!】
「フヒ、フヒヒ……! お、オイラ、凄く褒められてる……っ!」
記事の内容はオイラの次走であるキングジョージに出走するウマ娘の紹介。その中でオイラは、最有力候補として名前を挙げられていました。
それもそのはずで。前走のエクリプスステークスでシーザスターズさんを下しただけではなく、欧州シニア級最強格のコンデュイットさんをも倒しました。それも、3着以下は10バ身以上引き離しての勝利。派手派手な勝利に、欧州の人達はオイラこそが世界最強のウマ娘として名を挙げます。
たった一回、されど一回。オイラは結果を出したことで、世界最強のウマ娘として名をあげることに。フヒ、フヒヒ。な、なんて嬉しいことでしょうか。
(こ、ここまで、きました。最初の頃からは考えられないような、夢物語だった舞台を、オイラは現実にしました)
「老若男女問わずに大人気……何時ぞやの菊花賞のことなんてもはや忘れられているような、そんな盛況っぷりですっ!」
記者の人達もオイラのことを褒めてくれています。だからといって、菊花賞のことは絶対に忘れませんが。発端となった人物の顔は抑えていますし、抑えているからどこの記者かも分かります。メイヂヒカリ様が教えてくれましたので。なので、その会社の取材は断固拒否、です。
オイラをイジメた悪い人はともかくとして、誰も彼もがオイラのことを褒めてくれます。オイラが望んだ景色が、ハッピー褒められちやほやライフが広がっている。あぁ、なんて素晴らしきかな。褒められ続けてオイラの気持ちも有頂天、最高の気分です!
「が、頑張った甲斐が、ありました。そんなに好きじゃないレースも、この時のためにあったんですから」
ちやほやされて、オイラをカッコいいとか可愛いとか言ってくれるファンで溢れる景色。頑張ってきた甲斐があるってものです。
それもこれも全部、オイラをスカウトしてくれたトレーナーさんのおかげ。
(トレーナーさんは、目立たなかったオイラを嘘偽りなく褒めてくれました。今とは違って、他の人達のような目立つものがなかったオイラを見つけて……興味を抱いてくれた)
正直な話、オイラに興味を抱く人はそれなりにいたと思います。没落寸前とはいえ名家の子、しかも中央に入学してくるのが本当に久しぶりで、期待を寄せられている子。気にならないはずがないですから。
けれども、大体の人はオイラの走りを見て去っていくと思います。あまり本気で走ることをしなかったですし、当たり前のことを当たり前にしかしませんでしたし。実際、オイラに声をかけてくれるトレーナーさんはごく少数でしたから。
(他の名家の子達は、いつもスカウト待ちのトレーナーさんで囲まれている印象です。ダイイチ家のダイイチルビーさんとか、新興勢力サトノ家のお2人とか)
彼女達と比べると、オイラなんて声をかけられることすら珍しい部類。普通のウマ娘と何ら変わらない対応です。期待を寄せられると言っても没落寸前の名家、さらには走りも特筆すべきところがない普通の子。トレーナーが長蛇の列を作るなんて絶対にありえないことです。
でも、トレーナーさんはオイラを見つけてくれた。オイラの仕事を、当たり前のことを凄く褒めてくれて。少し過剰なんじゃないか、って思うくらいに褒めてくれました。
「……えへ」
今でもあの日のことは思い出せます。オイラが模擬レースでやったことの1つ1つを褒めて、真剣な目であのレースを見ていたんだってことが分かる言葉で。トレーナーさんは、真っ先にオイラを見つけて褒めてくれました。
(末脚だけじゃなくて、オイラの全部を認めてくれました)
勿論、褒めるだけじゃありません。皐月賞の時、進路がなかったから無茶な選択をした時は、少しだけ怒っているような素振りを見せました。
最終的には納得してくれて、オイラのことが心配で気が気でなかったって教えてくれて。ちゃんとオイラの考えも聞いたうえで、褒めてくれる人。
褒められたい、ちやほやされたいっていうオイラの走る動機を笑わずに肯定してくれた人。本当なら菊花賞の記者さんのように、あまり褒められたものじゃないかもしれない不純な動機。それでも認めて、庇ってくれて。怒ってくれた優しい人。
トレーナーさんがいるからこそ、今のオイラがいる。確実に言えます。
(それに、トレーナーさんもオイラのためにっていつも頑張ってます。今もきっと、オイラのために対戦相手のデータをまとめている)
キングジョージに出走するウマ娘のデータ。次点の有力候補であるコンデュイットさんに、その陣営の子達のデータを集めています。ひとえに、オイラがキングジョージで勝つために。
本当ならオイラでもできること。でも、オイラはやりません。トレーナーさんがまとめてくれるのを待ちます。
だって、オイラはトレーナーさんを信じているから。きっと、オイラと同じような、完璧に近いデータを持ってきてくれるって信頼しているから。
(シーザスターズさんの対策も、オイラとトレーナーさんの意見は一致していました。ちょっとのことを伝えるだけで、トレーナーさんは大体のことを理解してくれました)
「オイラとシーザスターズさんは同種のウマ娘。すぐに気づいてくれた」
だからこそ、このキングジョージはトレーナーさんのデータをあてにします。勿論オイラの方でも調べますが、念には念を入れるため。無駄になる可能性が高いですが、それでも一応って感じです。
オイラの道のりは順調に進んでいます。後はそう、結果を出すだけ。
「フヒ、フヒヒ……キングジョージも勝てば、オイラはさらに褒められます! ちやほやされること間違いなしです!」
オイラが活躍することで、ファンの人達はオイラのことをさらにちやほやしてくれるに違いありません。しかも欧州最高峰のレースの1つ、ちやほやのレベルも上がっているのは想像に難くありません。勝てば間違いなく、オイラは天にも昇るような気持ちになること間違いなしです。
それに、お家のこともあります。最近ではオイラの活躍もあってか、お家の人達の業績も上向いているそうで。
(贅沢がしたいとか、そういう話は聞きませんし。お家の人達はオイラに感謝を伝えたかっただけかもしれませんけど)
嬉しいことには違いありません。活躍すればするだけ、お家の人達は喜ぶ……いや、それはなさそうですね。どっちかというと、オイラが無事に走れるだけで喜びそうです。メイヂヒカリ様がそうですし。
ただ、勝てばうれしい気持ちになるというのも事実。ならば頑張らねばなりません。お家の人達が喜ぶために、メイヂヒカリ様の喜びのために、オイラがちやほやされるために! 褒められるために! トレーナーさんの喜ぶ顔のために!
レースで思い出しました。気になることがありましたね。
(キングジョージは毎年出走人数がそこまで多くありません。10人超えることすらも稀です)
だというのに、今回は11人出走。その中でコンデュイットさんを担当しているトレーナーの陣営は、5人ほど出走する予定。コンデュイットさんは言うまでもなく本命で、次点でタータンベアラーさん、でしょうか。
別にあるあるかもしれませんが、問題なのは残り2人。3人は元々出走が決まっていましたが、追加の2人はつい最近出走を決めた人達です。
なにかある。そう警戒しておいた方がいいでしょう。
(オイラへのマークを強める、でしょうか? 考えすぎでも自惚れでもなく、こちらの定石としてあり得る話です)
シーザスターズさんが良い例でしょう。次走であるインターナショナルステークスは、今のところシーザスターズさん以外同じ陣営のウマ娘さんしかいませんから。しかもその陣営は、シーザスターズさんに煮え湯を飲まされた子達。まぁ、違うと言っても邪推してしまいますよね。
強いウマ娘は他陣営から集中的にマークされる。強い走りをさせないために、本来の走りから逸脱させるためにたくさんのウマ娘を用意する。欧州のレースはチーム戦……そんな与太話があるくらいですから。
とはいえ、こんな与太話がなければ、ラビットなんて概念も生まれない。2人の追加要因は、おそらくオイラをマークするために出走を決めた2人。
(この2人のデータは今トレーナーさんが集めています。それからでも遅くはないでしょう)
ほぼ確定で黒な気はしますが。憶測で物事を決めつけるのはよくないことです。結果が出るまで座して待ちましょう。
さて、と。いろいろと考え事が終わりましたし、スマホを片付けて休む準備をしましょう。
(もう疲労は取れましたが、次走に向けて力を蓄えておかないと。ただでさえ、有馬記念や天皇賞のことがありますから)
疲れが取れない、というよりはいつも以上に疲労が増していた2つのレース。エクリプスステークスも例外ではありません。というか、エクリプスステークスは過去一疲れましたから。大丈夫だからと油断して、キングジョージに影響を出すわけにはいきません。
休める時はしっかり休む。これが一番大事です。メイヂヒカリ様も言ってました。
「……とはいっても、寝るには早いですし」
この機会にエゴサをするのは? いえ、トレーナーさんに固く禁じられていますから、やらない方がいいでしょう。全く、何でダメなのかオイラには理解できません。ネットの怖さ? というものがあるらしいですが、別に減るものではないのに。
でも、トレーナーさんがダメと言ったのでやりません。
「となれば、環境音ASMRでも流しましょうか。落ち着きますし」
結局のところ、動画サイトに転がっている環境音の動画を見ることにしました。これが結構休めるので便利なんです。
目当ての動画を流して、ベッドで横になる。キングジョージに備えて、寝ることにしましょう。後はマリちゃんへのLANEのメッセージを返さないと。
(マリちゃん、今度のレース風邪を引いちゃって出れなくなったみたいですし。気合いを入れていたのに残念です)
「体調に気を付けてね、と。マリちゃんもレース、頑張ってほしいですね」
幸せを願いながら、オイラは意識を手放す。もうすぐ、キングジョージ……。
次回は多分キングジョージ