身だしなみを整え、9月に入って心機一転の気持ちで再出発を切る。今日からまた、ホノイカヅチがレースに出れるように頑張らないといけない。
その前に、だ。
「この前はほんっと~に申し訳ございませんでした!!」
合流したマートレさん達に土下座する勢いで頭を下げる。全員気にしなくていいと言ってくれているが、こればっかりは俺の気持ちの問題だ。なんせ、それだけのことをやってしまったのだから。
日本へ帰国したことを報せもせず、なんなら理事長達を通して教えないようにお願いしてホノイカヅチの状態を秘匿。余計な心配をかけさせてしまった。
加えて、偶然学園のトレーナー室で会った際もそっけない態度を取ってしまった。なんなら錯乱して余計に迷惑をかけてしまった。寝不足で頭が回っていなかったという言い訳は通用しない。身だしなみも浮浪者みたいになってたし、不快に思ったことだろう。
だからこそ、頭を下げなければいけない。ここまで事実を隠していたこと、その上でこうしてお願いをしていること。包み隠さず明かしておかないと、俺が許せない。
マートレさんは朗らかな声だ。
「気にしないでよ。御幸くんもそれだけ追い詰められてたってことだし、僕はそこまで気にしてないよ。それよりも、またこうして協力を頼んでくれたのが嬉しいかな」
「ま、マートレさん……!」
相変わらず、この人は本当に良い人だ。本当に、着ぐるみさえ来ていなければ常識人なのに……いや、今着ぐるみについて考えるのは失礼だな。止めておこう。
スティルインラブのトレーナーさんは、若干複雑そうな表情だ。
「気持ちは分かるけど、やっぱり頼られなかったのがちょっと響いたかな。頼りがいがないって思ってしまったし」
「うっ。ほ、本当にすみませんっ」
「いや、大丈夫。またこうしてお願いしてくれたわけだから、その不安も払拭されたよ。ホノイカヅチの出走の件、俺達も喜んで協力させてもらう。大丈夫だよね? スティル」
「はい。ホノイカヅチさんは、大切なお友達、ですから」
それでも、協力を約束してくれた。彼らの協力を得られるのは百人力、特にスティルインラブは次走を踏まえた上でとても強い味方になってくれるだろう。
基本的にはアストンマーチャンとスティルインラブ、この2人がホノイカヅチに協力してくれる。本来であればもう少しいたのだけれど。
(ブエナビスタはトリプルティアラがかかっている。気持ちはありがたいけれど、彼女にはそちらに集中してもらいたい)
協力してくれる子の筆頭だったブエナビスタはこちらからお断りさせてもらった。意地悪でも何でもなく、彼女自身大切なレースがかかっているからだ。そんな子に協力してもらうのは悪いし、なにより走るレースによってはライバルになる可能性がある。気持ちだけ受け取っておくことにした。
ドリームジャーニーはこのことを分かっているのだろう。ホノイカヅチのことを口にしても協力は申し出なかった。
ただ、一言だけ。
「もし一緒のレースを走ることになるのだとすれば、私は容赦しません。全力で挑まなければ勝てない相手なのですから。当然、ですよね?」
にっこりと、揺るぎのない表情でそう告げられた。たとえホノイカヅチの状態がどうであれ、自分は全力を尽くすのみ。手の内を明かす気もさらさらないと、そう言ってくれた。
ちょっとだけ嬉しかった。まだホノイカヅチをライバルのように見てくれることが。どんな状態だろうと、全力を尽くして戦ってくれることが。
「それはそうと、何故私にホノイカヅチさんの状態について一報くださらなかったのか。それについてのご説明をお願いできますか?」
「え、あ、そ、そのぅ」
「おやおや、怯え縮こまってしまってどうしたのです? 私はただ聞いているだけですよ……どうしてホノイカヅチさんが大変なことになっているというのに、私に教えてくださらなかったのか。おかげで苦労を」
黙っていたことに対して凄く詰められたけど。これに関しては俺が悪いので何も言えなかった。それとドリームジャーニーを怒らせたら怖いということを再認識した。
と、協力者は最低限で済ませたいのと、トゥインクル・シリーズを現役で走っている子達は少しだけ遠慮してもらっている。その中で選ばれたのが、ホノイカヅチが最初からお世話になってきたアストンマーチャンとスティルインラブの2人というわけだ。仲も良いし、ホノイカヅチにとっても心が休まるだろう。精神が安定してくれるはずだ。
まず最初にやるべきことは、マートレさん達にホノイカヅチの状態を知ってもらうことだ。俺が説明したとはいえ、直接対面していない。なので、まずは今のホノイカヅチと会ってもらうことに。
メイヂヒカリに用意にしてもらったトレーニング場。そこでホノイカヅチと対面する4人……だけど。
「ふ、フヒ……お、お久し、ぶりです。マーちゃんさん、スティルさん」
「ほ、ホノちゃんっ、なのです?」
「酷い……」
2人はホノイカヅチを見て絶句していた。マートレさんもスティルインラブのトレーナーさんも、同じような反応をしている。
「御幸くん、本当にこの状態のホノイカヅチちゃんを出走させようとしているのかな? これは、いくらなんでも」
「……俺が言うのもなんだけど、止めておいた方が」
「お気持ちは分かります。だけど、これは俺達が決めたことです。後に引く気はありません」
今までの彼女からはかけ離れた姿。痩せ細って、およそ健康とは思えない見た目をしている。衰弱しきっており、本当に走れるかどうか? のラインだ。
止めるべきなのは分かっている。本当は走らずに引退するのが正解なのは分かっている。それでも、俺達は走ることを決めた。
(もう理屈で考えるのはやめた。今はただ、どうすればホノイカヅチが走れるようになるかを考える)
「御幸くん、まさかこの状態でトレーニングなんて言わないよね?」
「今日は流しの予定です。本題は現状の確認とこれから先どうするかのお話を、協力してくれるみなさんに教えておこうと思いまして」
どうにか許可が下りてトレーニングしているけど、ホノイカヅチの状態は芳しくない。いまだに食事が喉を通らない日が多く、栄養がまるで足りていない状態だ。
「想像はしていたけれど、ここまでとはっ」
「こんな状態でも、レースに出ようとしているんですか……ホノイカヅチさん」
「お、オイラにも、譲れないもの、ありますので。スティルさんなら、よく分かってくれると思います」
見た目こそ衰弱しているホノイカヅチ。だけど、その決意は並のウマ娘を凌駕している。強い意志の籠った瞳でスティルインラブを見つめて、引き下がる気はないと宣言する。アストンマーチャンにも、同様の視線を向けていた。
時間にして数秒のにらみ合い。ホノイカヅチの覚悟に応えるように、アストンマーチャン達も頷いた。
「分かりました。私も、できる限りのお手伝いをしましょう」
「マーちゃんも覚悟を決めました。可愛いホノちゃんのためにも、マーちゃんが一肌脱ぎましょう。スカーレットとウオッカには悪いですけど、ホノちゃん優先です」
「フヒ、あ、ありがとう、ございます……ま、まぁ、今日はこれで、終わりなんですけど」
クールダウンを終わらせてトレーニング場からお屋敷へ。今後の打ち合わせだ。
「学園には戻らないんだね。こっちでトレーニングするの?」
「はい。今のホノイカヅチの状態を知られるのはまずいので。ホノイカヅチに余計な心労が掛かってしまいます」
「正解だね。間違いなく大騒ぎになる。だからこそ、ここで隠れながらトレーニングするのが正解ってわけか」
「今まで取材の許可を出していた報道各社に関しても、ここの情報は秘匿しています。メイヂヒカリお抱えの場所ですから、そうそうバレることはないかと」
トレーニングを始めとした計画、アストンマーチャン達はどうするか。そして、ホノイカヅチの走るレースについても。
お屋敷に戻って食事をとることに。
「ホノちゃん、大丈夫ですか? 食べることはできますか?」
「ふ、フヒ。き、今日は、調子が良いので。い、いつもより、食べれますっ」
アストンマーチャン達と食事をとっているけど、うん。
(今までよりも食が進んでいる。やっぱり、アストンマーチャン達との触れ合いは間違ってなかった)
ストレスが緩和されているのか、拒食症がマシになっている。いつもよりもたくさん食べられるようになっていた。それでも普段の半分以下の量だけど、今はとにかく食べれるようになったことを喜ぼう。
食事をとった後はレースについて。今後の予定について共有していく。
「まず、ホノイカヅチは1回レースに出る予定です。ここは確定しています」
「それは聞いたね。どのレースに出走する予定なんだい?」
「重賞でもG1からG3まで多岐に渡る。出れるレースはたくさんあるけど、前哨戦は……出ないね、この状態だと」
スティルインラブのトレーナーさんの言葉に対して頷く。今のホノイカヅチの状態で前哨戦を使うことはできない。走るならば直行することになる。
直行となると、やはり出るのはG1レースになるだろう。G2レースに照準を定めてもいいが。
「出るならやっぱり、G1レースがいいと。これはホノイカヅチ自身が決めました」
「G1レース、か。そうなると、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念になるね」
「どれも出る分には問題ない、けど。その目はもう決まってるのかな? どのレースに出るかは」
質問に頷く。実はもう、ホノイカヅチ自身が走りたいレースについて語ってくれた。俺も特に異論はなかったため、ホノイカヅチの提案に乗ることにした。
「俺達が出るレースは……」
共有して、レース出走のために団結する。これからさらに忙しくなる。気を引き締めていかないと。
◇
日本から遠く離れた欧州の地。とあるトレーニング場にて、1人のウマ娘が練習に没頭している。
「……フッ!」
すでに日は落ち、大半のウマ娘が帰り支度を済ませている。その中でたった1人、シーザスターズだけが練習をしていた。それも、朝からずっと。
インターナショナルステークス。4人出走したウマ娘の中で3人が同じチームに所属するウマ娘。当たり前のように警戒され自由なレースをさせてもらえなかった──が。
勝利した。シーザスターズはなんら問題ないとばかりに3人のウマ娘を蹴散らし、インターナショナルステークスを4バ身差で快勝する。しかも、レースレコードで。
圧倒的な力で欧州G1の1つを制した。だというのに、彼女は少しも慢心していない。むしろ、血が滾るとばかりに闘志が溢れている。
「……フフ、フフフっ」
彼女を慕う取り巻き達も、シーザスターズの様子に少しばかり慄く。ただ、その理由が分かっているため、彼女達からしたら嬉しくて仕方ない。シーザスターズは間違いなく喜んでいると分かっているからこそ、取り巻きのウマ娘達も応援に熱が入る。
トレーニングをしているシーザスターズの下へ、姉であるガリレオがやってきた。
「賢妹よ、それ以上は明日に支障が出る。トレーニングを止めるべきだとガリレオが進言しよう」
姉の言葉に振り向く。その表情は──楽しくて仕方がないといった顔だ。
「お姉ちゃん。私の今後の予定が決まったよ」
「ほう? 凱旋門賞以降特に決めていなかったはずだが? ガリレオの知らないうちに決めたというのか?」
「その通りだ。お姉ちゃんには悪いが、私はもう決めた。凱旋門賞後の予定を」
嬉々として語るシーザスターズ。彼女が狙いを定めたレースはアメリカレースの祭典ではない。日本の、とあるレース。
「ジャパンカップ。私はジャパンカップに出るぞお姉ちゃん。悪いが、もう決めたことだ。お姉ちゃんに止められても私は行く」
「……ジャパンカップだと?」
怪訝な表情を浮かべるガリレオ。何故今になってジャパンカップに狙いを定めたのか、その理由が分からなかったからだ。ブリーダーズカップのターフではなく、日本のジャパンカップに照準を定めた理由が、ガリレオには理解できなかった。
脳をフル回転させるガリレオ。
(……! あぁ、そういうことか)
すぐに勘づいた。インターナショナルステークスで退屈そうに走っていた妹の様子を思い出して、ガリレオはすぐに気づいた。
「行方をくらませていたホノイカヅチは、ジャパンカップに出るのか。それならばこのガリレオも納得がいく」
「その通りだお姉ちゃん! 彼女は、彼女は直々にジャパンカップに出ることを私に伝えてきた。LANEを通してね」
かつて交換していたLANEのメッセージにて、ジャパンカップに出ることを報せられたシーザスターズ。まだ一般公開されていない情報をシーザスターズが持っているのは、これが理由である。
「いいだろう。トレーナーはこのガリレオが説き伏せる。お前は安心して、ジャパンカップのことを考えろ」
「ありがとうお姉ちゃん! あぁ、君ともう一度戦えるということか……ホノイカヅチっ!」
熱のこもった瞳で、かつて自分を下したライバルに思いをはせるシーザスターズ。楽しみで楽しみで仕方ない、そう言わんばかりの表情だ。
「君と戦うために手土産を持っていこう。そうだね……凱旋門賞という手土産が相応しい、か」
世界最高峰の舞台である凱旋門賞。それを手土産と呼ぶ彼女の目には自信が満ち溢れている。まるで勝つことが予定調和だといわんばかりに、揺るぎない覚悟を持って口にした。
──後日、世界中に報道されることになる。
【インターナショナルステークスレコード勝ちのシーザスターズがジャパンカップ参戦を表明!今年のジャパンカップは一味違う!】
ジャパンカップがえらいことになる!