世界最高峰の芝レース凱旋門賞。世界中から強いウマ娘が集まってくる舞台で、恐ろしい一人舞台が形成されていた。
《シーザスターズだシーザスターズ! このレースの主役は私だと言わんばかりにシーザスターズが独走態勢を作っている! 残り400mであっという間に抜け出して、悠々と他のウマ娘を突き放す! これがシーザスターズの強さだ、シーザスターズの輝きだ!》
《いや~強いね! これぞまさしく圧巻の強さだよ! 他のウマ娘が子供扱いだ!》
《雪辱を願うユームザインも、3度目の対戦となるフェイムアンドグローリーも、シニア王者コンデュイットもまとめて倒す! これがシーザスターズの強さだゴールイン! 力の違いを見せつける8バ身差の勝利! これがシーザスターズの強さだ!》
前を走るウマ娘が内側へと切り込んだ一瞬の隙。時間にして1秒あるかないかの隙を突いてシーザスターズは体をねじ込む。意図を察したウマ娘が進ませないように壁になろうとするが、逆に吹っ飛ばして一気にポジションを奪取。後は一気呵成に勝負を仕掛け、他のウマ娘を置き去りにする加速力を発揮していた。
ユームザインとコンデュイットが追い上げるが、すでに加速を終えたシーザスターズには全く歯が立たず。凱旋門の頂はシーザスターズの手に渡ることになる。
末恐ろしい実力者。クラシック級で凱旋門賞を制したというのもあるが、その着差が8バ身差というのが何よりも恐ろしい。なにせ、これまでの最大着差だった6バ身差を2バ身も更新したのだから。
集ったメンバーも粒揃い。アイルランドのダービーウマ娘であるフェイムアンドグローリー、言わずもがなのシニア級総大将のコンデュイットに凱旋門賞2年連続2着のユームザイン。強豪相手に横綱相撲かつ最大着差を更新する内容で制したのだから、観客の熱も上がるというもの。
観客席でレースを見守っていたガリレオも、満足げに頷いている。
「さすがだ賢妹よ。ガリレオはお前を誇らしく思うぞ」
その言葉の後に、視線を鋭くさせ。ここではない遠い空へとむける。
「これで手土産は十分。後は……ジャパンカップだ」
シーザスターズの次なる戦いの舞台。それはイギリスのチャンピオンステークスでも、アメリカのブリーダーズカップでも、香港のレースでもない。次走に定めたのは──日本のジャパンカップだ。
欧州のファンが最初に抱いたのは、何故? どうして今更日本のジャパンカップに狙いを定めたのか。ファンには理解ができなかった。
なにせ、これまで目を向けてこなかった。陣営も特に意欲的というわけでもなく、名前を出してきたわけでもない日本のレース。ジャパンカップをレベルの低いレースだと見下しているのではなく、大きな理由もないまま今まで目を向けてこなかったレースに突然舵を取ったのが分からない。シーザスターズの活躍っぷりに目を向ければなおさらだ。
考えて考えて……やがて、思い至る。何故シーザスターズがジャパンカップ出走を表明し、凱旋門賞を終えた後すぐさま日本へと渡ったのか、その理由について。
「ホノイカヅチだ。ジャパンカップに、ホノイカヅチが出走するからシーザスターズは出るんだ!」
「そ、そうか! ホノイカヅチが出走するとなれば、シーザスターズはジャパンカップに狙いを定める! そういうことだったのか!」
「まだ判明してないけど、ホノイカヅチは確実にジャパンカップに出走してくるはずだ! これは、世紀の対戦がまた見れるぞ!」
エクリプスステークスで戦った相手。シーザスターズを破り、世界最強へと君臨した日本のウマ娘。ホノイカヅチがジャパンカップに出走するからだと考える。それならば、突然シーザスターズがジャパンカップの出走を表明したのにも納得がいくからだ。
2人の実力は伯仲していた。エクリプスステークスの激闘はいまなおファンの記憶に焼き付いており、またこの対戦カードを見たいと願っていた。ホノイカヅチVSシーザスターズ、2人の雄が激突する瞬間を記憶に収めたいと誰もが思っていた。
だが、ホノイカヅチが突如として行方をくらませたことで、2人の対戦は叶わなくなる。日本に帰国したこと以外何も分かっておらず、現役続行か引退かすらも分からない状況。もはや2人の対戦は見れないだろうと、誰もが諦めかけていた。
諦める必要はなかった。ただの幻想でしかなかったファンの言葉は、ある一本のニュースが流れてきたことで現実味を帯びてきていた。
【ホノイカヅチの次走はジャパンカップ!海外の猛者達を日本で相手取る!】
ホノイカヅチのジャパンカップ出走が決まっていること、ケガやレースに影響する病気をしない限り、確定で出走することが明かされた。シーザスターズとの対決が、また見れるのである。
「今すぐ日本旅行の準備だ! また、また見れるんだ……っ!」
「シーザスターズVSホノイカヅチ! この対戦カードは、現地で見ないと意味がない!」
「映像なんかじゃ満足できないわ。絶対に東京レース場で見ないと!」
欧州のファンはこぞって日本への旅行計画を立てる。この時の売り上げは、歴史上最高を記録したと証言する旅行会社もいるほどだった。
それだけの熱がある。きっとエクリプスステークスのような激闘がまた見れると期待するファンが大勢いる。だからこそ、誰もが日本へと集ったのだ。
迎える日本勢。ジャパンカップに出走を表明しているのは、こちらもまた粒揃いだ。
現役最強のホノイカヅチを筆頭に、ダブルティアラウマ娘であるブエナビスタを抑えて勝利を飾った秋華賞ウマ娘レッドディザイア、ヴィクトリアマイルと安田記念2つの府中マイルを制した女帝ウオッカ、昨年のジャパンカップ優勝ウマ娘スクリーンヒーローと役者揃い。さらにはクラシック戦線にてホノイカヅチと鎬を削ったオウケンブルースリも出走予定。
日本でもホノイカヅチの出走が分かった時、沸き上がっていた。日本に戻ってきたものの、姿を見せずに半引退状態を貫いていた彼女。次走もあるのか分からず、このままひっそりと引退か? などとファンの間では囁かれていた。
しかし、そのベールを脱いで、ホノイカヅチはジャパンカップに出走することが確定した。また彼女の走りを見ることができると、日本のファンは大喜びである。
「これは是非ともいかないと! G1・10勝目をかけた戦い!」
「シンボリルドルフを超えて、さらにその先の偉業に手を伸ばす! これは楽しみでしょ!」
「しかもしかも~、シーザスターズも来るんでしょ? エクリプスステークスみたいなレースが生で見れるってコトじゃん!」
「マジそれな! 絶対に現地で観戦するぞ~!」
また彼女の走りが見れる。それも、世界中から強豪が集まる舞台で、また圧倒されるようなレースをしてくれる。ファンはそう信じて止まなかった。
そして月日は流れ。ついにジャパンカップ前の合同記者会見の日を迎える。欧州からシーザスターズにコンデュイットを筆頭とした名ウマ娘が、日本からはウオッカやスクリーンヒーローといった役者達が一堂に会している。
その中で一際異彩を放つウマ娘がいた。
「……マジかよ。学園でも全然姿見ねーなって思ったら」
「成程。学園でもお見掛けしなかったのは、これが理由でしたか」
「……やべーな、ありゃ」
ホノイカヅチである。学園もほぼ休学状態であり、滅多に人前に姿を見せなかった彼女は、このジャパンカップの合同記者会見の場で久しぶりに姿を見せた。
その姿は──最後に見た姿とあまりにもかけ離れている。
「『まるで違うな。別人のようだ』」
「『あれがホノイカヅチ……なるほどね』」
頬は痩せこけ、今にも倒れてしまいそうなほどにやつれている。小柄な体はさらに小さく見え、触れたら壊れてしまいそうな、儚い印象を抱かせる。ふらふらとあっちへこっちへ、食べ物や飲み物にすら口をつけず、誰ともつるもうとしない。傍らにトレーナーを携えて過ごしていた。
記者達も呆気に取られていた。それと同時に、どうして人前に姿を現さなかったのも納得がいった。藤井も、許可をもらっていた自分達さえも取材を断られた理由に納得する。
(こら、確かに人前には出れんわな。別人やでホンマに)
ごくりと喉を鳴らす。変貌を遂げたホノイカヅチを前にして、藤井を始めとした会場中の人間は圧倒されていた。
その中で1人、意気揚々と話しかけるウマ娘が現れる。
「『久しぶりだね愛しのライバル! 私は』」
「……シーザスターズ、さん」
「『そうとも、君のシーザスターズだ。決着をつけるために、私はここに来たよ』」
シーザスターズ。ウインクをしながらホノイカヅチの前に立ち、楽し気に会話を弾ませる。誰もが声をかけることを躊躇う中で、躊躇なく声をかけに行った。
同伴者であるガリレオとトレーナーは何も言わない。事の成り行きを黙って見守っている。ただ、視線はホノイカヅチに集中していた。
「『それにしても、随分と見違えるようになったね。一見すると君とは分からないだろう。もっとも! 私が愛しのライバルを見間違えることなどあるはずもないが!』」
「……『それで、何の用ですか?』」
塩対応のホノイカヅチ。これもまた彼女の愛情表現だと思っているシーザスターズは笑って受け流している。
ただ、一言。
「『本番がとても楽しみだ。練り上げられた闘気、今までの君からは感じなかった意欲。それがレースでどう発揮されるのか、レース前だというのに心が躍るよ』」
「……『オイラはオイラの仕事をするだけなので』」
「『相変わらずだね。その一言だけで、私は安心できるよ。それじゃあ今度遊びに行こう! 私はそれも楽しみに』」
では済まなかったが、レースを楽しみにしていると発言する。そして、変貌したホノイカヅチの変わったところを指摘し、全員が頷く。
痩せこけているからではない。この場にいる全員が口をつぐんでいたのは、ホノイカヅチから発せられる空気があまりにも変わっているからだ。周りを威嚇するかのような圧、飲み込むようなプレッシャー。どれもレース中でしか見れなかった姿を、記者会見の場で放っている。
今まで一度たりとも闘志を表に出さなかったウマ娘が、ひたすら冷徹にレースを支配していた彼女が。思わず気圧されてしまうほどの圧を引っ提げて帰ってきた。確実になにかしてくる、ジャパンカップに向けての隠し玉を用意している。そう判断するのが正常だろう。
同時に、警戒も上がった。何をしてくるか予想がつきやすいウマ娘が、何をしてくるか分からない予想のつかないウマ娘になった。警戒するには十分すぎる理由だ。
これにはオウケンブルースリも慄く。最後に戦った時から変わり果てた彼女の強さに、武者震いを覚えた。
(なにがあったか分かんねーけど、アガるぜ。やっぱお前もウマ娘なんだなっ)
誰にも負けたくない強い意志。今までの彼女からは微塵もなかったものをひしひしと感じ取り、レース本番が楽しみで仕方ないと身体が震える。
その後の記者会見は何事もなく無事に終わった。注目されていたホノイカヅチの言葉は、ただ一言。
「今回は絶対に勝ちます。勝って、証明する」
全力を尽くす。それが今までの言葉だった。だというのに、このジャパンカップでは……勝つと宣言した。
(歴史に残る大レースになること間違いナシや! とんでもない特ダネが転がり込んでくるで~!)
「遊佐ちゃん! 大急ぎで今回の記事を刷るで! 今夜は寝れると思うたらアカン!」
「え~」
「こん情報を1秒でも早く届けるんや! インターネット記事の方はもう出来上がっとる。後は紙の記事の方だけや!」
世界最強のウマ娘として君臨したホノイカヅチVSその座を奪い取り世界で一番輝く星になろうとしているシーザスターズ。さらには常識破りで府中で無類の強さを発揮する女帝ウオッカが割って入るかどうか。コンデュイットも注目を浴びている。
果たしてどういう結末を迎えるのか。ジャパンカップの時は、刻一刻と迫ってきていた。
記者会見が終わって、お屋敷に帰ってきた後。ホノイカヅチとトレーナーはこれまでのトレーニングデータをまとめた資料を確認している。
「……総合的なスペックは、キングジョージよりも劣っているね」
「予想、できてたことですね。やっぱり、戻すのはキツかったです」
「そうだね。だけれど」
2人の目に曇りはない。勝利を信じて、前だけを見据える瞳。お互いに顔を見合わせ、にっこりと笑い合った。
「勝とう、君の証明のために」
「勝ちましょう。貴方に勝利を、トレーナーさん」
ジャパンカップが来る。
これが最終レースのジャパンカップ。