ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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ラストラン。


開幕、最後の戦い

 ジャパンカップの合同記者会見も終わって、枠番を決める抽選も終わった。ホノイカヅチは4枠8番の出走。真ん中の、最悪もいいとこの枠番。

 

「こればっかりは運だからしょうがないけど、気落ちするね」

「で、でも。いいんじゃないでしょうか? 大外で不利を背負わされるよりは」

 

 ホノイカヅチの言う通り、大外の枠番にならなかっただけいいだろう。加えて、東京レース場は枠番による不利が起きにくいコース。中山の大外枠に比べればマシだ。

 

 警戒すべき相手は定まった。どんな作戦でいくかも決まった。後は、俺達が覚悟を決めるだけ。

 その覚悟も、すでに決めている。

 

「ジャパンカップは明日。君の出せる全ての力を出すんだ、ホノイカヅチ」

「はい。きっと明日は、最初で最後の全力を出すと思います。だからどうか、特等席で見ててくださいね?」

「勿論。ゴール前の最前列で、君を待っている」

 

 2人で拳を突き合わせて誓いを立てる。こそばゆいものがあるけど、居心地が良かった。

 

 

 ホノイカヅチと別れて1人になる。これから待ち受ける最後の一仕事のために、スマホを取り出した。

 

「さて、と。反響のほどは……いい感じだ! これなら、当日も大丈夫のはず!」

 

 開くのは呟きサイト。俺はホノイカヅチのトレーナーとして名前が売れているので、それなりにフォロワー数もいる。ファン大感謝祭で俺達を囲んでいたのも、大多数がフォロワーさんだった。

 そんなフォロワーさん達に、ひいてはホノイカヅチのファンのみんなに、とあるお願いをしていた。応援に来た時、ぜひともやってほしいことがあると頼んで、彼らは二つ返事で了承してくれた。

 

「本番を待つだけ。後は、俺の方も準備を進めないと」

 

 裁縫セットを取り出して、あるものを作る。もう少しで完成、明日には渡せるだろう。寝不足にだけは気を付けて、最後の一仕事を続けた。

 

 

 

 

 

 

 ジャパンカップ当日。東京レース場は大勢のファンで賑わっている。

 日本人、だけではない。海外のファンも押し寄せており、日本語だけではなく英語で話す人々も多数。国内外問わず、今回のレースは注目されていた。

 

「『ついに来たのか、この日が! 2人の戦いを、またこの目で見れるなんて!』」

「『シーザスターズとホノイカヅチ。この正面衝突は見逃せないよ! 国を飛び出してきた甲斐があるってものだ!』」

 

 多くはイギリスからやってきた人達だ。ホノイカヅチは特にイギリスでの人気が凄まじく、熱狂的なファンも多い。彼らはこのジャパンカップのために、わざわざ遠い日本までやってきた。

 エクリプスステークスの感動が忘れられない。凄まじい死闘をまたこの目で見るために。メインレースが待ちきれないといった様子で会場内で歓談していた。

 

 外国人が多いということで、日本のファンはどこか委縮しているファンが多い。日本人に負けないくらいのファンが東京レース場に集うことはなかったので、思わず気圧されてしまっている人が多かった。

 それでも、話題に挙げられているのは日本の代表とも言うべきホノイカヅチ。国の垣根を越えて、日本のファンと海外のファンが繋がる。

 

「あ、あの! ホノイカヅチのファン、何ですか!?」

「ん? 『あ、それは……ホノイカヅチ人形! ということは』イエスイエス! ワタシ、ホノイカヅチ、ファン! イギリスカラ、キマシタ!」

「やっぱり! それ、ホノイカヅチ人形の海外モデルですもんね! 私、いい席知っているんです。一緒に見ませんか!」

「オーケーオーケー!」

 

 この機会に仲良くなった人々もいる。繋いだのは、御幸トレーナーが昔から作っていたホノイカヅチ人形。この人形が、国の垣根さえもなくしたのかもしれない。

 

 始まる前から大盛況。メインレース前もかなりの盛り上がりを見せており、思わず驚くウマ娘達もいたほど。レースのプログラムは、順調に進んでいった。

 

 

 そんな中、ホノイカヅチの控室。ホノイカヅチと御幸トレーナーは最後の打ち合わせをする。

 

「今回の作戦、負担が凄いと思う。だけれど」

「だ、大丈夫、です。もう、今更ですから」

 

 レースで起きるであろうことを話し合う。2人が決めた作戦は、いつもと変わらない。

 

「逃げは使えない。考えることが多いのもそうだし、何より消耗戦ができない。逃げの選択肢は使えない」

「お、追込も、そうです。シーザスターズさんの後ろを走るとなると、彼女よりも1秒以上速い末脚を繰り出す必要があります。展開によりけりですが……ほぼ不可能に近い」

「そもそも、どこで走ろうがシーザスターズが徹底的にマークしてくるはずだ。君と彼女は、似た者同士なんだから」

 

 奇をてらう作戦はしない。いつも通りの、先行と差しの位置で走ることを決めていた。いろいろな理由があるものの、最終的にはいつも通りを崩す必要がないという結論に達する。

 

 だが、問題点もある。ホノイカヅチのストレスが尋常じゃない点だ。そもそもレースで走ること自体がストレスの彼女が、多くのウマ娘が走る場所で走らなければならない。本来ならば、避けたい場所だ。

 レースのことを想像して、苦悶の表情を浮かべる御幸トレーナー。そんなトレーナーを安心させるように、ホノイカヅチは笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、です。オイラは大丈夫。これまで、何度もやってきたことですから」

「……ホノイカヅチ」

「それに、今回の秘策は、今までみたいに負担は大きくありません。楽な気持ちで、走れます。なので、大丈夫、です」

 

 強く主張するホノイカヅチを前にして、御幸トレーナーの表情も和らぐ。他でもない担当ウマ娘が大丈夫といい、なによりこれまで彼女にずっと付き添ってきた。だからこそ、確信を持って大丈夫だと言える。不安は、和らいだ。

 

 打ち合わせの終わり際。

 

「そうだ、ホノイカヅチ。ちょっと待ってね」

「な、なんでしょうか?」

 

 頭に疑問符を浮かべるホノイカヅチに、御幸トレーナーが取りだしたのは──お守りだ。それも、手作りの。

 2つある。1つはいろいろなものが継ぎ接ぎになった、少し大きめのお守り。もう1つは、一回り小さいがしっかりとしたお守り。

 

「お守り作ったんだ。これがあれば、走ってる間もちょっとは安心できるかなって」

「あ……ふ、2つあります」

「1つはマートレさん達に作ってもらったもの。もう1つは、俺が個人的に作ったものだね」

 

 紐がついており、走っている時にも邪魔にならないような工夫がされている。

 ホノイカヅチが大事に受け取ると、胸に暖かなものを感じた。

 

「走ってる間は1人だ。心細く感じても、寂しくなっても俺達は近くにいてやれない」

「……」

「だからせめて、俺達の気持ちも一緒に走るぞ! って気概でね。みんなにお願いして作ってもらったんだ」

 

 照れくさそうに頬を掻くトレーナー。ホノイカヅチは、嬉しそうにはにかんだ。

 

「最高のプレゼントです、トレーナーさん。これでもう、オイラは完璧に大丈夫です。隙はありません」

「……そっか。それじゃあホノイカヅチ」

 

 姿勢を正し、全幅の信頼を置いた眼差しで。御幸トレーナーはホノイカヅチへと。

 

「頑張ってきてね。帰ってきたら、うんと褒めてあげるから」

「……フフフ。楽しみにしていますね」

 

 最高のエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 レースプログラムは順調に進み、ついにメインレースを迎える。出走するウマ娘達が続々と入場してきていた。

 

《東京レース場本日のメインレース、ジャパンカップ。堂々とした立ち振る舞いで、世界各国のウマ娘達が続々と入場してきております。今回注目されているのはなんといっても、世界最強ウマ娘ホノイカヅチと世界2位のシーザスターズ、この2人のマッチアップでしょう》

《いや~、違いないですね! エクリプスステークスは本当にもう凄かったですから! ただ、ここに集ったのは2人だけではありません。他のウマ娘もG1で鎬を削ってきた猛者ばかり、特にウオッカは注目を集めていますよ》

《はい。ティアラ路線ながら日本ダービーを勝ち取った彼女。このジャパンカップまでにG1を6勝しています。7勝目を掴んで皇帝や覇王に並ぶことができるのか? こちらにもまた注目が集まります》

 

 1人、また1人と入場してくるたびに、黄色い歓声が上がる東京レース場。推しウマ娘を応援する声が四方八方から飛び交っている。その中には外国人も混ざっており、日本のレースの知見を広めた結果純粋なファンになりつつある人もいた。

 

 そして、ひときわ大きい歓声が上がる。入場してきたのは、今回のジャパンカップ大本命の1人。

 

《ここできました、4枠7番シーザスターズです。凱旋門賞を8バ身差で制した彼女、リベンジを果たすために日本へとやってきたと語っていました。その相手というのはやはり、ホノイカヅチのことでしょう》

《インタビューからも気合いが伝わりましたからね。日本の芝にも対応できるように調整してきたはずです。好走が期待できますよ!》

 

 シーザスターズ。世界最強に最も近いウマ娘で、世界最強に敗れたウマ娘。彼女らの戦いは欧州どころか世界中で人気であり、すでに今年のベストバウトに選ばれている。

 

 そんなシーザスターズはというと、観客席を見つめたかと思えば指を1つ鳴らす。日本のファンは訳が分からずきょとんとしていたが、突如としてシーザスターズを敬愛するウマ娘達がどこからともなく現れた。

 

「『大海を統べるウマ娘の名前は?』」

「『シーザスターズ!』」

 

 もう一度、指を鳴らす。

 

「『地球で最も輝く星の名前は?』」

「『シーザスターズ!!』」

 

 最後に、指を鳴らす。

 

「『このレースで、世界一の座を奪還するウマ娘の名前は!』」

「『シーザスターズッ!!』」

「『そう! 私こそがシーザスターズだ!』」

 

 ド派手な登場。シーザスターズのファンも一緒になって名前を叫び、大々的に現れた。日本のウマ娘は呆気に取られており、よく知っているコンデュイットは呆れたような目を向けている。渦中のシーザスターズは目立って満足げだ。

 

 主役の1人が登場した。残す主役はもう1人……ホノイカヅチのみである。

 

 そんな主役は、すぐに登場した。ここでファンは目にすることになる。今のホノイカヅチの姿を。

 

「うっ」

「本当に、凄く痩せてる……」

「なんつーか、確かにすげぇ。纏ってる雰囲気が別物だ」

 

 小さい体がさらに小さく見えるほどに痩せこけた姿。しかし感じるのは痛々しさではなく、禍々しさ。練り上げられた闘気が、恐ろしいまでの殺気が、今まで見せたことのない気迫が。今のホノイカヅチを形成している。

 だが、痛々しさがあるのも事実。頬は痩せこけ、白い勝負服がまるで死に装束かのように見えるほどだ。

 

《きました、もう1人の主役ホノイカヅチの登場です。取ったG1はあの【皇帝】シンボリルドルフを超える9勝、現在世界最強の名を背負っているウマ娘です。しかし、見違えるような有様ですね……今までの機械のような振舞いとは大違いです》

《ライバルとの戦いに向けて、今までにない全力を出しに来たのかもしれませんねっ。ここにきて、見たことがないホノイカヅチの姿が見れるかもしれません》

 

 登場したホノイカヅチ。彼女を迎えるのは

 

「いいよホノイカヅチー! 今日もキマってるよー!」

「今の姿もかっこかわいいー!」

 

 誉め言葉である。会場のいたるところから彼女を褒める言葉が飛び交っていた。

 

「前の勝負服も悪くないけど、こっちの勝負服も可愛いー!」

「日本に戻ってきてくれてありがとー! やっぱりホノイカヅチがいないと寂しかったよー!」

「帰ってきてくれてありがとーう! 今日のレースも頑張ってー!」

 

 勝ってほしい、負けないでほしい。そんな言葉よりも、頑張ってほしい。誉め言葉が飛んでいる。シーザスターズとは似て非なる状況に、出走するウマ娘達は困惑していた。

 

 渦中のホノイカヅチはというと。

 

「……フヒヒ」

 

 笑っていた。雰囲気も相まってかなり不気味に見えるものの、純粋に嬉しくて笑っている。気分は最高潮に達しようとしていた。

 

「頑張ってくださーいホノちゃーん! ホノちゃん最高、ホノちゃん最高!」

 

 ちなみに、関係者席ではメイヂヒカリが応援団扇を掲げて応援していた。周りにいるシンボリルドルフ達は苦笑いである。

 

 

 残りのウマ娘達もターフに姿を現し、ファンファーレと共にゲートへと向かうウマ娘達。1人、また1人とゲートへ入っていく。

 

《東京レース場、芝2400mの良バ場。天気はあいにくの曇り空ですが、バ場の状態には恵まれました。紛れのない実力勝負の舞台となるでしょう。1番人気4枠8番のホノイカヅチ、2番人気は4枠7番のシーザスターズ。ライバルが隣の枠番に、胸中はいかに? 3番人気は3枠5番のウオッカ。こちらもまた近い枠番に入りました》

《これは、熾烈な争いになるかもしれませんね。誰が先手を奪うのか、非常に楽しみです》

 

 最後の1人がゲートに入った。静寂が広がり、風の音が東京レース場に響く。

 

 

 待って、待って。ゲートが開いた。

 同時に、一斉にウマ娘達が飛び出す。轟音を響かせて、一気にゲートから出てきた。

 

《最後のウマ娘がゲートに入りました。態勢整って今っ、ジャパンカップスタートです! 好スタートを見せたのはホノイカヅチ、そしてシーザスターズ。ウオッカは僅かに出遅れたか? 先頭を奪おうとしているのはコスモバルク、コスモバルクが果敢に飛び出します!》

 

 ジャパンカップが始まる。

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