ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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アマノイカヅチホシヲウガツ

 始まったジャパンカップ。レースは向こう正面に入り、隊列は少しだけ落ち着きを見せていた。序盤の先行争いは終わった、後は最後の直線に向けて脚を溜めることを重視する。ほとんどのウマ娘が機会を窺い、己の位置で勝負をしていた。

 

《先頭で逃げるのはリーチザクラウン、リーチザクラウンが先頭に立ちました。2番手はアサクサキングス、アサクサキングスから2バ身3バ身離れた位置に3番手エイシンデピュティ4番手にウオッカ、ウオッカがこの位置につけている。ウオッカが集団の先頭5番手以下は固まっています》

《有力ウマ娘は先団に固まっていますね。ホノイカヅチ、シーザスターズもここにつけています》

《ウオッカの積極的な先行策は吉と出るか凶と出るか? 5番手シンティロ内にインティライミ。この後ろに7番手ホノイカヅチ、ホノイカヅチをマークする形だシーザスターズ。シーザスターズはまたもホノイカヅチをマークしている》

《いえ、どちらかというと走りたい位置がホノイカヅチと一緒だった感じでしょう。エクリプスステークスもそうでした》

 

 リーチザクラウンが早いペースで駆け抜ける。後続との差を広げて逃げようとしており、アサクサキングスもそのあおりを受けていた。先頭の2人はハイペースでの逃げを敢行、先頭集団は2人を4バ身離れた位置から眺める形になる。

 先行集団はつられない。落ちるだろうと予測し、警戒すべき相手がいるとマークに徹する。集中的にマークされているのは──ホノイカヅチとシーザスターズの2人だ。

 

 最内のポジションを獲得している2人。囲まれており、抜け出すのに苦労する位置だ。

 ただ、2人に焦りはない。淡々と冷静に処理している。

 

(囲まれるのには慣れている。何故なら私は人気者だから!)

 

 シーザスターズからすれば日常茶飯事だからだ。海外のレースで嫌というほどマークされ続け、それでも勝ってきたからこその自信。それに、日本では海外のような露骨なマークは禁止されているため、隙が大きい。だからこそ、冷静に対処できている。

 

(……っ)

 

 ホノイカヅチも同様だ。クラシック初戦の皐月賞からずっとマークされ続けていたため、もはやマークされることがレースにおける普通となっていた。その分多大なストレスも受けるが、ホノイカヅチは冷静に走っていられる。

 理由は、支配するようなレース運びをしていないから。今までとは違うレースをしているからだ。

 

(大丈夫です。オイラには、みなさんが着いてる)

 

 控室でもらったお守りのことが頭に浮かび、ふっと笑って駆け抜ける。周りにたくさんのウマ娘がいることでストレスがかかっているが、拠り所となるものがある。いつもより楽な気持ちで走ることができた。

 

 走っているウマ娘達は、ホノイカヅチの様子に違和感を抱く。レース前の殺気や闘志がどこへ行ったのか、今は霧散しているかのようになにも感じない。

 安心? 違う、感じるのは不気味さ。特に、ホノイカヅチと対戦したことのあるウマ娘程疑問を抱く。それは、10番手で2人をマークしているコンデュイットも同じだ。

 

(何を考えている、ホノイカヅチ?)

 

 まるで違うレーススタイルに危機感を抱くコンデュイット。いつでも対処しておくようにする、のではなく先んじて動けるように外目に位置をつける。あわよくば外から上がって、2人を閉じ込めるために。

 

 

 外の関係者席から眺めているシンボリルドルフ達は、違和感にすぐに気づいた。

 

「受身の詰め将棋を止めた……と、いったところだね。レースを支配するのではなく、流されるがままに動いている」

「もうちょっと分かりやすい言い方にしてよルドルフ。気の向くままに走っている、ってことでしょ?」

「……そういうことだ」

 

 ミスターシービーの歯にもの着せぬ言い方に頬を赤くしつつも肯定する。その走りは、今までの彼女からは考えられないような走りだ。

 

「ホノイカヅチのレース運びは機械のように正確だった。それこそが彼女の強みであり、だからこそこれまでの大レースを制し、三冠を取ってきた。私はそう認識している」

「けどよぉ、アレは明らかに違うぜ? ルドルフはどう捉える?」

「アタシは良いと思うよ。だって楽しそうじゃん」

「シービーは参考にならねぇよ」

 

 カツラギエースとミスターシービーの会話を横目に、シンボリルドルフは顎に手をやり考えていた。この走りに対する意図を。

 

(……おそらくだが、何も考えていない。動じないメンタルは変わっていないようだが、相手のアクションに対して何もやり返さない。言い換えればそれは、不利になろうが構わないといった決断)

 

 今までのホノイカヅチならば、なんらかのアクションを起こしていた場面でも何もしない。相手のマークにされるがままになっており、撹乱する意図も見えない。本当にただ走っているだけだ。

 

 狙いはなんだ? 何を思って走っている? 痩せこけていることと関係があるのか? 雰囲気が変わったことが関係しているのか? いろいろと考えるが、答えは出なかった。

 

 ただ、間違いなく言えることは1つだけある。

 

「このレースのホノイカヅチは、今までとは全く違う姿を見ることになるだろうね」

「へ~。それってなんだか面白そう! でも、ホノイカヅチちゃんは心配ね。ただでさえ痩せちゃって、さらに小柄に見えてるから」

「ほう。機械の下にある素顔は、案外獰猛な獣だったみたいだな」

 

 マルゼンスキー達はレースを見守る。どのような結末を迎えるのか、視界に収めるために。

 

《第3コーナーを回って第4コーナー、大欅を超えて第4コーナーへと入ります各ウマ娘。ここでコンデュイットが猛然と上がっていく、大外からオウケンブルースリと共に上がっていく。ここで仕掛けた2人、先行集団もじわりじわりと差を詰めている。リーチザクラウンは1バ身のリードを守り切れるかどうか?》

 

 勝負は第4コーナーへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 レースが目まぐるしく動いています。我先にと仕掛け、誰よりも前に行こうと走っている。

 その中で、オイラは──まだ控えている。シーザスターズさんも一緒だ。

 

(やっぱり、シーザスターズさんとオイラは似た者同士だ)

 

 周りは動いている。少しでも前に行かないと勝てないから。そう判断して、ちょっとでも前の良い位置につけようとしている。

 だけど、オイラ達は動かない。いえ、ちょっと前までなら、オイラもあの集団に混ざっていたのかもしれませんね。つられるように、シーザスターズさんもいたはず。

 

 動かない理由は単純で、今回のレースがハイペースだったから。それに尽きます。

 

(中盤でも動かないように徹底しました。囲まれているのは好都合、風除けでスタミナの消費を抑えられますから)

 

 最近まで走っていたのが欧州のコースというのもあってか、日本のコースは親切設計だと考える余裕も出るくらいには、オイラは余裕を持てている。今までだったら勝つためにいろいろと考えていましたけど、かなり楽ができています。

 

 そりゃ、レースを走るのなんて好きじゃありません。やっぱりストレスが溜まりますし、マークも集中するからキツいことには変わりない。早いところ上がっていってくれないかなと願うばかり、楽をしたいと思わずにはいられません。

 前までのオイラならば、気持ちを押し殺して最善手を打ち続けました。消耗戦を仕掛けて、シーザスターズさんを閉じ込めて。100%勝つためのレース運びを仕掛けていた。それが、前までのオイラ。

 

 ストレスを抱えて、無理して走って、最善を尽くすためのレース運びはもうできない。正確には、できないことはないけどやらないようにしています。また、倒れたら心配をかけてしまうから。

 

(今のこの手は、ハイリスクハイリターンの仕掛け。失敗すれば負け確定、ただし成功すれば……勝ち負けの土俵に上がれる)

《最後の直線に入ります。先頭で入ってきたのはリーチザクラウン、リーチザクラウンですがウオッカ抜けたウオッカ抜けた! ウオッカがリーチザクラウンを捉えた! さぁここでウオッカ先頭に変わったウオッカ先頭! 大外からはコンデュイットそしてオウケンブルースリ! タフさが自慢の2人が大外から上がってきた! ホノイカヅチとシーザスターズはまだ中団だ、まだ中団で囲まれている! 抜け出せるかどうか!? これは厳しいぞ!》

 

 ペースが上がっていく中でも、しっかりと見定めることができた。東京の坂、高低差2m……アスコットの10分の1ですね。なら、楽です。

 

 状況を見極める。大丈夫、大丈夫だと自分を落ち着かせる。

 

「ホノイカヅチ……頑張って……!」

「誰よりも輝いてるよー! ホノイカヅチー!」

 

 誰かの応援の声が聞こえている。オイラだけじゃない、いろんな子を応援する声が鮮明に聞こえている。

 

(……沈め。もっと、もっと底に沈め)

 

 名残惜しいけど、今は集中力を高めないといけません。全てはこの時のため、東京の坂を上っている、この時のために残していた。オイラの、全力を。

 

 

 トレーナーさんと決めた。今回のジャパンカップは──最後の直線に全てをかけると。

 余計な作戦は考えない、後先のことなんて無視すればいい。ただ、最後の直線。距離にして約525mの道を駆け抜けるためだけに、オイラの全てを消費すると決めた。

 

 必要なのは意識の奥底に沈むイメージ。今までよりもずっと深く、海の底へと潜るようなイメージで沈んでいく。

 苦しくても関係ない、酸素が欲しくても我慢する。脚に力を込めて、最速最善で突撃する。それがオイラの、唯一の勝ち筋。

 

(最後の最後。どれだけマークされようが、勝ちに行くために絶対にバラける。その隙を見逃さずに、オイラは……っ!)

「駆けるッッ!!」

 

 坂を上り終わって、大地が爆ぜる勢いで蹴り上げる。同時に、近くで同じような爆ぜる音が聞こえた。

 

「『やっぱり君はここで仕掛ける! いいや、私もここが最善手だと思っていたさ!』」

「シーザ、スターズぅ……っ!」

「『最後の勝負だ。君と私の──魂のぶつかり合いだッッ!!』」

 

 シーザスターズさんが隣に来る。オイラは全力で駆け出すけれど、シーザスターズさんも同じように着いてくる。

 

《残り200m! ウオッカ先頭ウオッカ先頭! 大外からオウケンブルースリとコンデュイットが伸びてくる、コンデュイットがオウケンブルースリを振り払おうとしているがオウケンブルースリ引きはがせない! 3人の争いになるかここでぇッ! ついにきましたホノイカヅチとシーザスターズ! 坂を上り終わって、後200というところで真打登場とばかりに飛んできたぁ!》

《凄まじいスピードです! あっという間に追いつきそうですよ!》

《ホノイカヅチとシーザスターズがバ群を縫って上がってくる! これは凄いスピード、これは凄いスピード!? 他のウマ娘とは別次元のスピードで上がってきている! あっという間にウオッカに追いつきそうだ!》

 

 もっと、もっとです。もっと深く、さらに底へ沈み込め。意識を、全神経を脚に集中しろ。後先のことなんて考えるな。今はただ、走ることだけに集中しろ。

 

(もっと、もっと先へ)

 

 割れる、割れる。なにかが割れる。ガラスが割れる。

 

(さらに先へ、高次元の向こう側へ)

 

 集中力の海。その底に着いた。底には扉があった。

 

(全てはそう、証明のために!)

 

 扉を開いた先には──光が広がっていた。

 

 

 

 

天雷星穿

 

 

 

 

 

 

 

《ホノイカヅチとシーザスターズが競り合う! これはエクリプスステークスの再現だ! もう1バ身しかない、残り100を切って1バ身しかない! 先頭ウオッカ逃げるウオッカ逃げる! オウケンブルースリとコンデュイット追いついた! しかし1バ身後ろにいる2人の勢いは衰えない!》

 

《あっという間に並ぶ、あっという間に並んだシーザスターズとホノイカヅチ! 勢いは衰えない! 瞬く間に先頭集団に並んだ並んだ!》

 

《ウオッカも譲らないウオッカ譲らない! オウケンブルースリとコンデュイットも粘る粘る! 負けられないと粘っている!》

 

《さぁ並んだ! 並んだままで突っ込んできた5人のウマ娘! 誰が抜け出すか誰が飛び出すか!?》

 

《ホノイカヅチだホノイカヅチだ! ホノイカヅチがわずかに飛び出した! シーザスターズが捉えようと前に出ようとしたところでッ! 決まった決まったホノイカヅチだぁぁぁ!》

 

《ホノイカヅチが成し遂げた! 残り200mで大逆転だホノイカヅチ! 恐ろしい末脚、今まで見たことがない逆転の末脚! これが彼女の本領だとでも言うのか!》

 

《女帝も星も! まとめて蹴散らしたホノイカヅチ! 世界最強の座は譲らない! この座は絶対に私のもの! これこそがホノイカヅチの強さ! 譲らぬ輝きでホノイカヅチがジャパンカップを制しました!》

 

《2着は写真判定、シーザスターズとウオッカの写真判定です! 4着と5着が先に確定。4着はオウケンブルースリ、5着はコンデュイット!》

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