ホノイカヅチは褒められたい   作:カニ漁船

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最終話いろいろと詰め込んで。


これから先も、君と

 激闘のジャパンカップが終わって、結構な月日が流れた。その間にも、いろいろなことがあった。

 

 まずはジャパンカップ。レースはホノイカヅチの勝利で終わり、残り200mで11番手付近からのあっという間の逆転劇には、東京レース場が揺れたと錯覚するほどに沸いていた。

 かくいう俺も、嬉しさが隠し切れなかった。今まで一番の末脚だとか、作戦が上手くいったとか、勝ったからじゃない。

 彼女は無事に帰ってきてくれた。膝をついて、疲労困憊だけど……倒れはしなかった。無事に、レースを終えることができたんだ。そのことがなによりも嬉しかった。

 

「良かった……本当に良かったっ、ホノイカヅチっ」

 

 呟いて、その言葉が聞こえたのか。ホノイカヅチはふらふらと歩きながらも、俺がいる観客席への方へと足を運んできた。

 しばらく見つめ合った後、彼女はふにゃっと笑って。

 

「勝ちましたよ、トレーナーさん」

 

 嬉しそうに、勝利報告をしてきた。恥ずかしながら、その報告を聞いて俺は泣いた。嬉しくて、今までのいろんなことが甦ってきて泣いた。

 

 ジャパンカップは大団円で終わる。インタビューは後日に回したけれど、相変わらずホノイカヅチは好き嫌いが激しく。やっぱり10社くらいしか受けてくれなかった。それでもしっかりと、自分の気持ちをぶつけていた。

 

「オイラ、褒められたいからレースに出走しました。今でもその気持ちは変わらない、です」

「だけど今回は、今回だけは……違います。これまでのオイラのために、なによりオイラを担当してくれたトレーナーさんのために走りました」

「後は、オイラを褒めてくれたファンのみなさん。オイラのことを知りながらも、応援してくださったみなさんのためにも。だから、このジャパンカップの勝利は……みなさんにありがとうを、届けたいと思い走りました」

 

 その言葉にファンは歓喜の涙を流していたらしい。SNSでは【尊すぎて前が見えない】とか【一生推し続けるぞー!】という声で溢れ返っていた。

 

 次は有記念。ホノイカヅチはファン投票で堂々の1位に輝いた。2位にダブルスコアどころかトリプルスコアをつける圧倒的得票数を獲得し、優先出走権を得た。

 とはいっても、ホノイカヅチに走る気はなく。二連覇の偉業は露に消え、ジャパンカップの激走の後なら仕方ないと周りも納得。特に大きな騒ぎになることなく、有記念は粛々と行われた。

 余談だけど、勝ったのはドリームジャーニー。レースが終わった翌日に、彼女は直々に俺達のところへ来たのである。

 

「ホノイカヅチさんのデータがとても参考になりました。そのことについて、お礼を申し上げたく」

「いやいや、ドリームジャーニーの努力の賜物だよ。優勝おめでとう」

「フヒ。お、おめでとうございます。は、初のG1、ですね」

「はい、ありがとうございます。ホノイカヅチさんには程遠いですが、私は私のやり方で今後もレースを走るつもりです」

 

 お礼を言いに来て、彼女は去っていった。この後もホノイカヅチはよくドリームジャーニーのトレーニングに付き合うようになり、流れでオルフェーヴルとの付き合いも増えた。ホノイカヅチは、今もオルフェーヴルのことが怖いみたいだけど。それでも逃げずに接しているみたいだ。これも成長、か。

 

 シーザスターズの件もある。彼女はライブ中にも関わらず、ホノイカヅチの方へと視線を向けて。

 

「『私は今、とても悔しい思いをしている! 同じ相手に、二度も負けてしまうとは!』」

「は、はぁ」

「『かくなる上は、私は日本へ移り住むしかないのか! そうすれば何度でもリベンジの機会があり、心躍るレースを何度でも楽しめる! なんと、これはとても良い案ではないだろうか!』」

「『オイラが嫌です』」

 

 とんでもないことを言い放った。ホノイカヅチに負けたことがよほど悔しいらしく、本拠地を日本へ移すことを本気で検討するくらいには悔しかったらしい。彼女の姉であるガリレオが本気でキレたことで、シーザスターズは怯え縮こまりながら欧州へ帰っていった。

 そんなシーザスターズとホノイカヅチの中だけど、かなり仲が良い。3日に1回通話するのはざらであり、大型連休の時なんかはシーザスターズが日本へ観光に来ている。

 

「今日は金閣寺に行きたい! 案内してくれるかホノイカヅチ!」

「まぁ……良いですけど。よくきますね、シーザスターズさん」

「日本の観光地は面白い、珍しいものがたくさんだ! 見ていて飽きないね!」

 

 そのおかげか、彼女はすでに日本語がペラペラだ……毎度のように連れてこられるガリレオさんも。

 

「た、大変ですね。ガリレオさん」

「賢妹のワガママには慣れている。それに、ガリレオも日本の土地には興味があるからな。それほど苦ではない……限度を弁えてほしいとは思うがな」

 

 溜息を吐きつつも、ガリレオさんがシーザスターズさんを見る目は優しい。慈愛に溢れている。なんだかんだ、大好きな妹なんだろうな。

 

 後は、メイヂヒカリのことだろう。ジャパンカップが終わった後、俺達はメイヂヒカリが待つ本家へと呼ばれた。

 

「さて、と。まずはジャパンカップの優勝、おめでとうございます。私も、我が事のように嬉しいですよホノイカヅチ、御幸トレーナー」

「は、はい。ありがとうございます」

「フヒヒ……め、メイヂヒカリ様に褒められた」

 

 彼女は気が気でなかったらしい。それもそうだろう。溺愛している愛弟子が日に日に痩せ細っていく姿をずっと見てきたのだから。レースが終わっても無事な姿を確認して、ようやく安堵できた。それは俺も同じだ。

 

「願わくば、このようなことは二度としてほしくないと思いますけども。決めるのは貴方達とはいえ、何度もやられると私も精神的に参ってしまいます」

「っ、本当に、申し訳ありませんでした。俺達のワガママで」

「……ごめんなさい」

「謝らなくてもいいのですよ。今申し上げた通り、決めるのは貴方達。私に口出しする権利は本来ないのですから」

 

 ほほほと笑っているが、目が笑っていない。下手なことしようもんならお前の首飛ばすからな、みたいな眼光をしている。率直に言って、怖い。ホノイカヅチはのほほんとしている。

 そんな彼女の眼光がふと和らいだ。今度は優しい顔つきで、俺達を見ている。

 

「本当に、よく無事に戻ってきてくれました。私はそのことが何よりも嬉しいです」

「メイヂヒカリさんっ」

「メイヂヒカリ様……」

「それに、最後の末脚。フフ、私も血が滾ってしまうほどの熱を帯びてしまいました。久しぶりに、走ってみるのもいいかもしれませんね」

 

 メイヂヒカリの言葉に、ホノイカヅチは即座に反応した。目を輝かせ、身を乗り出している。

 

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。全盛期には届きませんが、今度一緒に走ってみますか? もっとも、10冠ウマ娘の相手には力不足かもしれませんが」

「そそ、そんなことないです! め、メイヂヒカリ様とのレース、楽しみです!」

 

 小躍りしそうなくらい喜んでいるホノイカヅチを微笑ましく思う。本当に、心の底から嬉しいみたいだ。

 ふと、メイヂヒカリがこちらへと視線を向ける。そして、深々と頭を下げてきた。

 

「本当に、貴方には感謝してもしきれません、御幸トレーナー。貴方のおかげで、ホノイカヅチはここまで来れました」

「い、いえいえ! 俺は俺にできることをやっただけで!」

 

 そう言ってくれるが、畏れ多すぎる。思わず慌てて声が上ずってしまった。

 必死に何とかしようと言葉を繋げるが、メイヂヒカリの優しい表情で言葉が出なくなる。慈愛に満ちた顔を、俺にも向けてきてくれた。

 

「貴方がいなければ、今のホノイカヅチはいない。これまで歩んできた蹄跡は、素晴らしい歴史の一ページは、貴方というトレーナーがいたからこそ成り立っている」

「あ、そ、そのっ」

「誇りなさい、御幸トレーナー。貴方こそがホノイカヅチの最善であり、運命だった。貴方無しでホノイカヅチは語れない……そのレベルのトレーナーだということを」

 

 また、頭を下げて。三つ指をついていた。

 

「当主として心よりの御礼を。これからもどうか、ホノイカヅチをよろしくお願いいたします」

「……はい」

 

 それがメイヂヒカリのお屋敷での一幕。俺はこれからも、ホノイカヅチのトレーナーとして勤めることができるらしい。元よりそのつもりだし、一層頑張っていかないと!

 

 とはいっても、ホノイカヅチはすでに半引退状態だ。ジャパンカップが終わってから長い休養に入っている。

 ずっと痩せこけていたホノイカヅチだけれど、今はすっかり元通りになっている。ジャパンカップが終わった後、彼女の体調は急速に回復していったのだ。お医者さんもびっくりするくらいに。

 

「ウマ娘には時折、説明がつかないなにかが作用することがあります。別世界の運命、とも言うべきものでしょうか」

「別世界の、運命」

「はい。もしかしたら、ホノイカヅチさんの件も、その運命が密接にかかわっているのかもしれませんね」

 

 別世界、と言われるとネオユニヴァースのことが思い浮かぶ。余談だけど、彼女は一言だけ。嬉しそうに呟いていた。

 

「ふふ、“HPED”だね。ホノイカヅチが“SISR”で、ネオユニヴァースも嬉しいを感じるよ」

 

 それだけ告げて帰っていった。まぁ良かった、のかな?

 

 何はともあれ、ホノイカヅチは無事に戻ってきた。アストンマーチャン達と一緒にクリスマスパーティをしたり、ブエナビスタの件でちょっとややこしくなったり。ともかくとして、とても楽しい日々を過ごしていた。

 

 

 そして、クリスマスパーティも終わった後。俺とホノイカヅチは、2人でトレーナー室にいる。

 

「フヒヒ。た、楽しかったですね。パーティ」

「そうだね。一時はどうなることかと思ったけど、何事もなく終わってよかったよ」

 

 2人してソファでくつろぐ。何も語らない無言の空間。この時間がなによりも居心地が良くて愛おしい。最近、本当にゆっくりとする時間が増えて嬉しい限りだ。

 

 そんな折、ふとホノイカヅチが。

 

「いっぱい、いっぱいいろいろなことがありましたね」

 

 思い出を振り返るように、切り出してきた。これまでの歩みを、俺達の道のりを。

 

「……そうだね。最初は君のことが気になって、俺がいろいろと聞きに行って」

「オイラは、嘘偽りなく褒めてくれるトレーナーさんに惹かれて、スカウトされました。どっちかというと、逆スカウトかもしれませんけど」

「どうだろう? なんだか、どっちもどっちじゃない?」

 

 他愛のないものから、大事なことまで。ジュニア級から始まった大躍進、クラシック三冠をかけた戦いに、シニア級での絶望、そして再起。我ながら、いろんなことがあったと思う。

 

「まさか子犬にまで嫉妬するとは思わなかったけど……それに、SNSもいつの間にかやってたし」

「フヒヒ。オイラを一番に見てくれないトレーナーさんが悪いです。後、SNSはあくまで情報収集のためです……ちょっとくらい、オイラのことについて検索しても」

「絶対にダメだからね。ネットは怖いところなんだから、やるならドリームジャーニーのところに行ってからやろう」

 

 本当に、いろんなことがあった。楽しいことも辛いことも、苦しいことも嬉しいことも。いろんな時間をホノイカヅチと共有してきた。

 

 こうして過ごせるのは、ホノイカヅチの存在がなによりも大きい。

 

「ねぇ、ホノイカヅチ」

「……何でしょうか? トレーナーさん」

 

 だからこそ、最大の感謝を込めて。

 

「これからもよろしくね」

「っ! は、はい。お、オイラこそよろしく」

「担当ウマ娘として!」

「……っ」

「いた、痛いッ!? なんで無言で小突くの!」

 

 これからもよろしくと。彼女に伝えた。いまいち納得しなかったみたいだけど、まぁいいだろう。

 

 きっと楽しい日々になる。褒められるのが大好きな、このウマ娘と一緒なら。俺の人生はずっと素晴らしいものになるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある企画で、僕は彼に会うことになった。大人気のアプリゲームに登場した彼の主戦騎手として、会う機会を設けられた。

 本当は会うつもりはなかった。断るつもりだった。だけれど、いろんな人の勧めに、馬主である仁田さんの押しもあって、僕は彼に会うことになる。

 

 怖い。彼に何をされるのか。

 

(蹴られても文句は言えない。僕は彼に、それだけのことをやらかしてしまった)

 

 海外戦での乗り替わり。あれは僕のワガママで起きてしまったこと。その結果、彼は海外で体調を崩し……生死の境をさまようことになったのだから。

 

 彼は記憶力が良い。悪いことをした人はいつまでも憶えている。だからこそ、僕のことを悪い人として認識しているはずだ。自分のことを捨てた、僕なんか。

 

 スタッフさんに案内されて、彼が繋養されている牧場へと歩みを進める。足取りは重くて、今すぐにでも離れたい気持ちばかりが出てくる。

 

(ここまで来たら腹を括れ、僕。何をされても、僕は全てを受け止めるんだ)

 

 それでも、今まで逃げてきたことを思い出して。これだけお膳立てをされて、さらに逃げるのはダメだ。機会を用意してくれた皆さんに感謝をしながら、僕は進んでいく。

 

 彼は、いた。厩舎の人に手綱を引かれて、彼はゆっくりと。

 

「ッ! ヒヒンっ!」

「うわっ!? ははっ」

 

 いや、厩舎の人の手綱を振り払って。彼は一目散に僕の下へと飛び込んできた。

 思わず目を閉じる。このまま蹴られてもいいように、力を込める。吹っ飛ばされるだろうし、尻もちをつくことになるだろうけど……我慢だ。何をされても、僕は堪える義務がある。

 

 ……衝撃は、いつまで経っても来なかった。代わりに来たのは。

 

「……えっ?」

「ぶるるっ」

 

 嬉しそうに、僕の顔を舐め回す──ホノイカヅチの姿だった。後ろから追いかけてきた厩舎の人が、やれやれといった様子で。

 

「久しぶりに御幸騎手に会えて嬉しいんでしょうねぇ。やっぱり、あなたのことをしっかりと憶えているんですよ」

 

 ホノイカヅチは嬉しがっていると、そう教えてくれた。そんなこと、ありえないと思っていたのに。

 

「……どうして? どうして、僕なんかを」

「いつもあなたが褒めていたから、じゃないでしょうか。たった1回の過ちで許せなくなるほど、ホノイカヅチは怒っていないってことです。むしろ、離れて寂しがっていましたよ」

「……あはは」

 

 彼は、あの現役の時と変わらない様子で。僕のことをずっと舐め回していた。嬉しそうに、再会を喜ぶように。

 

 彼の首へ手を回す。ぎゅっと、しっかりと抱きしめて。

 

「ごめんね、ホノイカヅチ。あの時君から逃げてしまって、本当にごめん」

「ぶるるっ」

「もう、逃げないよ。今度君の子に乗るんだ。有馬記念……君と一緒に出たことがあるあのレースを、君の娘に乗って僕は出るよ」

 

 現状を報告して、ホノイカヅチと一緒に過ごす。これからは逃げない、君と向き合うという意思を込めて。僕は番組の時間が終わっても、ホノイカヅチと触れ合っていた。

 

 彼は少しも怒っていなかった。仁田さんの言った通りだった。全部全部、僕の思い込みだったんだ。

 

(ごめんよ。これからは、もっとちゃんと向き合うよ)

 

 固く心に誓う。次の有馬記念を絶対に勝つと。僕はそう決めた。

 

 

 

 

《最後の直線で抜け出してきたのはウズメノヤサカニ、ウズメノヤサカニが飛び出してきた! ジョッキー御幸の見事な馬群捌きで飛び出してきたウズメノヤサカニ! 先頭を捉えて! 抜け出して! 勝った勝ったウズメノヤサカニ牝馬がやりました! レガレイラに続いて牝馬がやりましたウズメノヤサカニ御幸秀昭! ホノイカヅチの娘で、牝馬による制覇を成し遂げた御幸秀昭! 見ているかホノイカヅチ! お前の娘がやり遂げたぞ!》




後は活動報告にて。
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