友だちがTSした話   作:Rオウ

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第3話 拓美姉ちゃんの答えと、蒼の決意

 週末の土曜日。

 

 僕と蒼は電車を乗り継いで隣町にある従兄弟の家に向かっていた。

 ガタンゴトンと規則正しく揺れる車内で、僕の心臓の鼓動がいつもより少しだけ速くなっていた。これから聞く話が僕の未来を決めるかもしれない。そう思うと緊張せずにはいられなかった。

 

 隣に座っている蒼は黙って窓の外を流れる景色を見つめていた。

 

 あの日「一緒に行く」と言ってからここ数日間、性択の儀式について僕に何も聞いてこなくなった。

 まるで僕自身に興味がなくなったように見えて、僕はなんとなく面白くなかったけど、でも電車で僕の横に座り、彼の固く握られた拳が蒼の気持ちを代弁しているようにも思えた。

 

 

 目的の駅に着いた。

 

 駅の改札を出て、地図アプリを開く。

 ずいぶん久しぶりなので、地図がないと少し自信がない。

 

 ナビを頼りに歩きながら周囲の景色を眺めた。僕が住む町より新しくて綺麗な住宅街だった。その一角にある白い色の壁の家の前で僕たちは足を止めた。

 

「……よし!」

 

 僕は深呼吸をしてからインターホンを鳴らした。

 

「はーい」

 

 すぐに明るい声が聞こえてガチャリと玄関のドアが開く。

 

「陽太、いらっしゃい! それと蒼くん……だよね? わぁ、ホント久しぶりだね!」

 

 ワンピースを着た綺麗な女性が姿を見せた。

 体が動くたびに薄いワンピースの生地が体のラインを美しく(かたど)って、メリハリのあるボディラインが分かってしまう。

 肩まで伸びた栗色の髪がさらりと揺れ、昔の記憶よりも大きな瞳が細められて僕たちに向けられている。

 

 拓美姉ちゃん。

 

 七年前性択の儀で男の子から女の子になることを選んだ僕の従姉だ。

 信じられないくらい綺麗になってる。

 

「こんにちは、お邪魔します」

「こんにちは」

 

 僕と蒼が頭を下げて挨拶をする。

 

「外は暑いし早く上がって! 麦茶冷えてるよ」

 

 と拓美姉ちゃんが快活に笑い、僕たちはリビングへと案内された。

 

 リビングは日当たりが良くてとても綺麗に片付いていた。

 拓美姉ちゃんは、僕たちの前に冷えた麦茶とポテトチップスの入ったボウルを置き、僕たちの向かいのソファに腰を下ろした。

 

「陽太と会うの、久しぶりだね。ずいぶん大きくなった?」

「そうかな。拓美姉ちゃんこそ、なんか、すごく綺麗になった」

「あら、ありがと。お世辞でも嬉しいよ。蒼くんもちょっと聞いてたけど、すごい綺麗だね。これじゃ学校でモテモテでしょ」

 

 拓美姉ちゃんはカラカラと笑いながら気さくに話しかけてくれた。

 そのおかげで僕の緊張も少しずつほぐれていく。

 

 しばらくは学校のことや僕らの共通の親戚の噂話なんかで盛り上がった。

 でも、今日ここにやってきた本当の目的を切り出すタイミングをずっと僕は窺っていた。

 

 そんな僕の葛藤を拓美姉ちゃんは最初から見透かしていたんだろう。

 拓美姉ちゃんはポテトチップスを一枚口に運びながら、ふっと真剣な眼差しになった。

 

「……それで? 今日は、ただ遊びに来たんじゃないんでしょ。性択の儀式について聞きたいことがあるんだよね?」

 

 そのものずばりの核心を突かれた。

 僕も顔を真剣なものに変えて背筋を伸ばした。蒼も僕の隣で姿勢を正す。

 

「う、うん。その……」

 

 だけどいい言葉がすぐに出てこない。

 僕がどもりながら言葉を探していると拓美姉ちゃんはそれを優しく待ってくれている。

 

 よしっ! 

 

「拓美姉ちゃんはなんで、女の子になるって決めたの? 怖くなかった? それに、後悔とかしてないのかなって」

 

 一番聞きたかったことを一気に尋ねた。

 拓美姉ちゃんは、顎に手を当てて少し首を傾けた。

 

 ……すごく女性っぽい。

 

「そっか……そうだよね。やっぱりそこが一番気になるよね」

 

 そして拓美姉ちゃんがゆっくりと昔のことを語り始めた。

 

「まずね、陽太たちの時代と私の時代とじゃ、少しだけ空気が違ったんだ。まあ10年もたってないんだけど、やっぱり違うんだよ。今でこそ男の子が儀式で女の子になるって、全然珍しくないでしょ? Re:Birthみたいなアイドルもいるし」

「うん」

「でもね、七年前はまだ、すごく珍しかったんだよ。というか、ほとんどいなかった」

 

 拓美姉ちゃんの言葉に僕は少し驚いた。

 僕にとって性転換、性択の儀式でTSするのは男女ともに平等な選択肢だと思っていたからだ。

 

「昔から、女の子が男の子になるケースはそれなりにあったの。社会的な立場とか、生き方の自由度とか、そういうのを求めてね。昔の男尊女卑の名残みたいなものかな。でも、その逆……男の子が、わざわざ女の子になるっていうのは、『どうして、持っている有利な立場を捨てるんだ?』って、不思議な目で見られることが多かった。私の両親……陽太のおじさんたちも、最初はすごく驚いてたよ。『拓也、お前本気か?』ってね」

 

 有利な立場を捨てる。

 その言葉が僕の胸に刺さった。

 

 美少女になれば人生イージーモードなんて少し考えていた自分が恥ずかしくなる。

 

「じゃあ、なんで……それでも、拓美姉ちゃんは?」

「うん。それはね」

 

 拓美姉ちゃんが僕の目を真っ直ぐに見つめ返してくる。

 

「女の子になりたかったというよりは、男の子でいるのが、嘘をついているみたいで苦しかったからなんだ」

 

「……嘘?」

 

「そう。物心ついた時からずっと違和感があった。周りがロボットやヒーローの話で盛り上がっていても、私は可愛いお人形やキラキラしたドレスの方に心惹かれてた。男の子の服を着ていると、借り物の衣装を着ているみたいで落ち着かない。鏡に映る自分の姿が、自分じゃない誰かに見えて、いつも気持ち悪かった。……それは、『拓也』という男の子の役を、私が無理やり演じさせられているような感覚だったんだ」

 

 彼女の言葉は、僕が今まで考えたこともない視点だった。

 僕は男の子の自分にも女の子の自分にも両方に魅力を感じている。

 

 でも、拓美姉ちゃんは違った。

 男の子の自分が偽りの姿だったというのだ。

 

「だからね? 私にとって儀式は何かを『選ぶ』場所じゃなかった。やっと『本当の自分』に戻れる、唯一のチャンスだったんだ。怖くなかったかって聞かれたら、もちろん怖かったよ。体の変化も周りの目も。でも、一生嘘をつきながら生きていくことの方がもっとずっと怖かった」

 

 拓美姉ちゃんが自分の胸に手を当てた。

 

「後悔はしてない。もちろん大変だったよ? 色んなことがたくさんあった。二次性徴で身体が変化していくし、周りの友達との関係も一度リセットされたような感じだった。でもね? 毎朝鏡を見てそこに映るのが『本当の私』だった。だから大変だったけど幸せだった」

 

 拓美姉ちゃんの顔が本当に幸せそうに微笑んでいた。

 その笑顔を見て僕は一つの答えにたどり着いた。

 

 儀式はどっちの性が得かとか、楽かとか、そういう損得勘定で決めるものじゃないんだ。

 自分が自分のままで、心から笑えるのはどっちか。

 

 その、たった一つの問いに答えるためのものなんだ。

 

 それに気づいた瞬間、別の問題が持ち上がった。

 問題というより本当に大切なこと。

 

 僕の『本当』って、どっちなんだろう? 

 

 

 拓美姉ちゃんの話は僕の悩みを解決したけど、結果的にもっと深い問題を僕に直視させることになった。

 その時、ずっと沈黙を保っていた蒼が不意に口を開いた。

 今日、蒼が初めて質問をした。

 

「拓美さんは……もし、すごく大切な親友がいて、その人がどっちを選ぶかどうしても分からなかったらどうしますか?」

 

 その質問はあまりにも唐突だった。

 僕は驚いて蒼の顔を見る。

 

 どう考えても僕のことを言ってる。

 

 蒼が拓美姉ちゃんを真剣な目で見つめていた。

 親友がそんな答えを欲しがってるなんて僕は全然気づかなかった。

 

 拓美姉ちゃんは驚いたようだった。

 そして蒼と僕の顔を交互に見比べると、全てを察したようにふっと優しく微笑んだ。

 

「……それは難しい問題だね、蒼くん」

 

 彼女がゆっくりと言葉を紡いだ。

 まるで諭すようだった。

 

「私だったら……そうだな。その親友がどんな選択をしても自分が後悔しない選択をするかな。そしてその選択がその親友への自分の気持ちを裏切らないものであるように、神様にお願いすると思う。自分の幸せと相手の幸せ。その二つがちゃんと繋がっている道を選べるように、ってね」

 

 蒼はその言葉を静かに聞いていた。

 そして何か答えを見つけたのか、頭を下げてお礼を言った。

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の帰り道。

 

 僕と蒼の間の空気は来た時とは全く違うものになっていた。

 

 僕はさらに深まった自分自身の問題にただただ頭を抱え黙り込んでいた。

 隣を歩く蒼も何も喋らなかった。

 

 でも蒼の沈黙は迷いから来るものではないことは僕にも雰囲気で分かる。

 多分、蒼は覚悟を決めたんだと思う。

 

 駅のホームで電車を待ちながら、つい口から出てしまった。

 

「……拓美姉ちゃんの話聞いたら、ますます分かんなくなったよ」

「そっか。俺は決まったよ」

「えっ!?」

 

 驚く僕に対して蒼の顔は穏やかだった。

 

「決まったって……どうするんだよ!?」

 

 蒼は人差し指を口に当てて悪戯っぽく笑っている。

 

 あ、だめだ。

 こいつ絶対喋らない。

 

「儀式が終わってからのお楽しみってね」

 

 ちょうどホームに滑り込んできた電車のドアが開いた。

 僕の返事を待たずに乗り込んだ蒼の背中を僕は呆然と見送ることしかできなかった。

 

 

 

 儀式の日はもうすぐそこまで迫っていた。

 

 未だにどっちにするか決めかねてる僕と、どうやら答えを得て決めてしまった親友は夕日の差し込む電車の中で二人一緒に並んで座って家へ帰るのだった。

 

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