幻想博打録カイジ 作:名もない石
また投稿までかなりの期間が空いてしまい、申し訳ありません!
現在はモチベーションも戻ってきたので、これからはまた投稿を続けていけると思います!
また、現在1話~9話までの内容を大幅に修正しております。
本筋となるストーリー自体は変わっていませんが、言い回しの改善や、不要な改行・空白の削除、表現のさらなるブラッシュアップなどを行っています。
以前よりも読みやすく、作品の雰囲気を楽しんでいただけるようになっていると思いますので、以前読んでくださった方も、よければ改めて読んでいただけると嬉しいです!
今後ともよろしくお願いします!
そして是非感想や評価もお願いします!泣いて喜びます!!!
カイジは再び咲夜の背中を追って複雑に入り組んだ赤い廊下を歩いていた。
どこもかしこも同じような景色。一人では確実に迷子になるだろう。
やがて咲夜は数ある扉の一つ、特に装飾もないシンプルな木製の扉の前でぴたりと足を止めた。
「ここよ」
彼女がそう言って扉を開けると、その先にはカイジの予想を良い意味で裏切る光景が広がっていた。
そこは博麗神社のあの物置同然の部屋とは比べ物にならないほど清潔で、そして広々とした個室だった。
人一人が過ごすには十分すぎるほどの広さ。部屋の奥にはふかふかしてそうな大きなベッドが置かれ、その横には小さな書き物机とクローゼットまで備え付けられている。
床にはもちろん深紅の絨毯。壁紙も落ち着いた深みのある赤色で統一されている。豪華絢爛というわけではないが、それでもカイジが今まで住んできたどんな部屋よりも遥かに上等な空間だった。
「ここが今日からあなたの部屋になる場所よ」
咲夜は部屋の入り口に立ったまま淡々と告げる。
「最低限の日用品は机の引き出しに。着替えはクローゼットの中に入っているわ。もし服のサイズが合わなければ後で言いなさい、すぐに仕立て直させるから」
そのあまりにも至れり尽くせりな待遇にカイジは素直に満足感を覚えていた。博麗神社でのあの劣悪な環境に比べればここはまさに天国だ。
カイジがその快適そうな部屋を感心したように見回していると、咲夜がパン、と手を一つ叩いた。
「それじゃあ感心しているところ悪いけど説明を始めるわ。そこの椅子に座りなさい」
その声でカイジははっと我に返った。そうだ、まだ仕事は始まってもいないのだ。
カイジが言われた通りに書き物机の椅子に座ると、咲夜はどこからともなく小さなメモ帳と一本のペンを取り出しカイジの前に置いた。
「今からこの館のルールとあなたの仕事について説明するわ。重要なことが多いから忘れないようにちゃんとメモを取りなさい」
そして咲夜による長く、細かく、一切の無駄がない『完璧なルール説明』が始まった。
「まず第一に、この館の主はレミリア・スカーレットお嬢様。あなたの絶対的な雇用主よ。お嬢様の命令は絶対。何があっても逆らってはならない。いいわね?」
「第二に、あなたの仕事は主にこの館の清掃、雑務、そして私や他のメイドたちの補助。具体的な指示はその都度私が直接出すわ。私の指示にも絶対に従うこと」
「第三に、勤務時間。朝は日の出と共に起床。夜は日没後全ての業務が終了次第、自由時間とする。ただし、緊急の呼び出しがあればいつでも対応できるようにしておくこと」
「第四に、立ち入り禁止区域について。お嬢様の部屋、地下室、そして大図書館。これらの場所には特別な許可なく絶対に立ち入ってはならない。特に大図書館の主であるパチュリー様は非常に気難しい方だから無闇に近づかないこと」
「第五に、食事。一日三食、従業員用の食堂で支給されるわ。時間は朝が七時、昼が十二時、夜が十九時。時間に遅れた場合、食事は出ないものと心得なさい」
「第六に、他の住人について。この館にはお嬢様と私の他に、門番の美鈴、図書館のパチュリー様、そして……」
咲夜はそこでほんの一瞬だけ言葉を区切った。
「……お嬢様の妹君である『フランドール・スカーレット様』がいるわ。特に妹様には──
咲夜は一切のよどみなく、まるでプログラムされた機械のように次々とルールを列挙していく。その声は冷たく一切の感情がこもっていない。
カイジはその圧倒的な情報量に眩暈を覚えながらも必死にその言葉をメモ帳に書き留めていくのだった。
だが、その中で一つ。ひどくカイジの心に引っかかる言葉があった。
「……なあ、ちょっといいか」
カイジは咲夜の言葉を遮るようにおずおずと問いかけた。咲夜は少し不機嫌そうに眉をひそめたが、「何かしら?」と先を促す。
「その……レミリアの妹っていうフランドール……。なんでそいつには『絶対に』接触しちゃダメなんだ? そんなにやべえ奴なのか?」
その名前を口にした瞬間、咲夜の纏う空気が明らかに変わった。
先ほどまでの冷徹な事務的な表情が消え、その顔に深い、そしてどこか苦悩の色を浮かべた険しい表情が浮かぶ。
彼女はすぐには答えなかった。
まるで言葉を一つ一つ慎重に選びながら何をどこまで話すべきか迷っているかのように。
やがて数秒の沈黙の後、咲夜は重々しく、そして静かにその口を開いた。
「……フランドールお嬢様は……そうね。少し、精神が不安定な方なの」
その言い方はひどく歯切れが悪かった。
「彼女はあまりにも強すぎる力を持って生まれてきてしまった。その力はありとあらゆるものを無差別に『破壊』する力。そしてご本人にもその力を完全にコントロールすることができないのよ」
咲夜は一度言葉を切ると、カイジの目を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には強烈な警告と、そしてどこか憐れむような複雑な色が浮かんでいた。
「だから私たちはフランドールお嬢様を、そして他の全ての人々を彼女のその力から守るために普段地下室で静かに過ごしていただいているの」
「……地下室に……『閉じ込めてる』ってことか……?」
「……言葉を選びなさい。これは監禁ではないわ、あくまで保護よ」
咲夜はカイジの言葉を鋭く訂正した。
「いいこと、カイジ。これは忠告じゃなくて命令よ。フランドールお嬢様には絶対に興味本位で近づかないこと。もし、あなたがその禁忌を破った時……」
彼女はそこで再び言葉を切った。
そして、その後に続く言葉はカイジの背筋を凍りつかせるのに十分すぎるほどの絶対零度の冷たさを帯びていた。
「──あなたに、『明日』はないと思いなさい」
ざわ… ざわ…
ざわ…
ざわ…
ざわ…
ざわ… ざわ…
ざわ… ざわ…
その言葉はもはやただの脅しではなかった。
帝愛の黒服たちが放つような凄み。それはこの館で働く上での絶対的な、そして命に関わる『鉄の掟』。
逆らえば、即ち死。
カイジはゴクリ、と乾いた喉を鳴らし、ただ黙って首を縦に振ることしかできなかった。
それからも咲夜による細々とした、しかしどれも重要そうなルールや仕事内容の説明は延々と続いた。
食堂での作法、ゴミの分別方法、廊下を歩く速度、他のメイドたちとの接し方……。
カイジはもはやその内容を理解することを諦め、ただ言われた言葉を機械のように必死にメモ帳へと書き留めていく。ハッキリ言って書くことに必死でその内容はほとんど頭に入っていなかった。後でこの地獄のメモをもう一度読み返すしかない。
やがて永遠にも感じられた説明がようやく終わりを告げた時、カイジはただメモを取っていただけだというのにまるで一日中肉体労働をしたかのような凄まじい精神的疲労感に襲われていた。
しかし、咲夜はそんなカイジの疲労などお構いなしだった。
「はい、説明は以上よ。それじゃあ次の段階に移るわ。あなたがここで働く上での『制服』を仕立てるからそこに立ちなさい」
「はぁ……? まだあんのかよ……」
カイジは心底うんざりしながらも言われた通りに渋々椅子から立ち上がった。
すると、咲夜はいつの間にかその手に銀色のメジャーを握っていた。
彼女はカイジの周りをプロの仕立て屋のように素早く、そして正確に動き回りながら肩幅、腕の長さ、股下と、次々と寸法を測っていく。その手つきには一切の無駄も躊躇もなかった。
やがて全ての寸法を測り終えると、咲夜は満足げに頷いた。
「なあ、その制服ってのはいつ頃出来そうなんだ?」
カイジは気になったことを何気なく尋ねた。普通の服屋なら早くても数日、下手をすれば数週間はかかるだろう。
しかし咲夜の答えはカイジの常識をまたしても粉々に打ち砕いた。
「何言ってるの? 今から作るからすぐにここで着替えるのよ」
「はぁ!? いや、いくらなんでも時間がかかるだろ! 生地を裁断して縫い合わせて……」
カイジがそう言いかけた次の瞬間。目の前に立っていた咲夜の手の中に先ほどまで影も形もなかったはずの『一着の衣服』が忽然と出現していた。
それは黒を基調としたクラシックなデザインの男物の『執事服』だった。
(……ああ、そういや……こいつは『時を止められる』んだったな……)
カイジはそのあまりにも非現実的な光景を前にもはや驚く気力もツッコむ気力も残っていなかった。
「はは……ははは……」
カイジの口から乾いた、そしてどこか諦めに満ちた笑い声だけが虚しくその部屋に響き渡るのだった。
「それじゃあ私は外で待っているからさっさと着替えなさい」
咲夜はそう言って出来立ての執事服をカイジに無造作に手渡した。カイジはそれを受け取ると、とりあえずその場で広げて確認してみる。
黒いジャケット、白いシャツ、ベスト、そしてスラックス。生地はカイジが今まで触ったこともないような滑らかさで明らかに特注の高級品だった。
やがて咲夜が静かに部屋を出て行き扉が閉まる。一人部屋に残されたカイジは改めてその執事服と向き合った。
そして、冷静になって思う。
(……これ、どうやって着るんだ……?)
カイジは生まれてこのかた、執事服などという高尚な衣服に袖を通したことなど一度もない。それどころかただのスーツでさえ冠婚葬祭など片手で数えられるほどしか着た記憶がなかった。
(まあシャツとズボンはいつも通りでいいとして……問題はこのベストと……なんだ、このヒラヒラした布は……?)
カイジは恐らく首元につけるのであろうネクタイらしきものを手に取り、首に巻いてみたり、ネクタイのように結ぼうとしてみたりするがどうにも様にならない。
「クソッ……! なんだってんだこれは……!」
一旦これは諦め別の物から着ることにする。そして第一の関門は『カフスボタン』だった。
シャツの袖口にある小さな穴。ここに付属の小さな銀のボタンを通すらしいのだが、これがなかなか上手くはまらない。
「は、入んねえ……! なんだこの悪魔的な構造は……! 穴が小さすぎる! 針の穴に糸を通すような精密作業……オレに対する嫌がらせかっ……!」
カイジは小さなボタンと小さな穴を相手にまるで爆弾の導線を切るかのように汗だくで悪戦苦闘する。
ようやくカフスボタンとの死闘を終え、次にベストに手を伸ばす。ボタンの数がやたらと多い。一つ一つ留めていくが、一番下のボタンを留め終えた時どこか致命的な窮屈さを感じる。
(……あれ? なんかパツパツだな……)
鏡で確認すると、ボタンを一つ掛け違えていた。
「チっ……! めんどくせぇ!」
カイジは悪態をつきながらもう一度ボタンを留め直す。
そして最大の難関があのヒラヒラした布──『クラバット*1』だった。
首に巻き付け適当に結んでみるが、まるで包帯を巻いた怪我人のように不格好なだけだ。きつく締めすぎれば首が絞まる。緩めればだらしなく垂れ下がる。
「だあああ! もうどうすりゃいいんだよこれは! ただの布きれの分際でオレをここまで翻弄するとは……!」
カイジはもはや半ばヤケクソになっていた。執事服というただの『服』を相手にこれほどまでに苦戦を強いられるとは夢にも思っていなかった。
カイジは汗だくになりながら鏡の前で一人格闘を続けるのだった。
執事服という名の難解なパズルと格闘を始めてから数分。
最初はガチャガチャと悪戦苦闘する物音が扉の外まで聞こえていたが、やがてそれもぴたりと止んだ。
廊下で待っていた咲夜はその静寂を着替えが終わった合図だと判断した。
「……入るわよ」
彼女は短くそう告げると静かに、しかし躊躇なくその扉を開けた。
そして咲夜は部屋の中に広がっていたあまりにも悲惨な光景を目の当たりにする。
そこにいたのは鏡の前で完全に燃え尽きたように真っ白になっているカイジの姿だった。
シャツのボタンは上から三番目まで見事に掛け違えられ、襟はだらしなく片方だけがひっくり返っている。
ベストはなんとか着られているものの、その下からシャツの裾が無様にはみ出している。
そして極めつけは首元だ。クラバットはもはや結ばれているとは言えない。ただ首にぐちゃぐちゃに巻き付けられているだけで、まるで首吊りに失敗した男のようだった。
そのあまりにもみすぼらしく、そして滑稽な姿。咲夜はその光景を一瞥すると今日何度目か分からない深いため息をその口から吐き出した。
「……はぁ。あなた、もしかして服も一人で着られないの?」
その声は呆れを通り越してもはや憐れみさえ含んでいた。
「う、うるせえ! こんなややこしい服着たことねえんだよ! 仕方ねえだろ!」
カイジは顔を真っ赤にしてそう反論する。だがその言葉にはもはや何の説得力もなかった。
咲夜はやれやれと首を振ると、カイジの前にずかずかと歩み寄った。
「……貸しなさい。じっとしてて」
彼女はそう言うと、まるで出来の悪い子供の世話を焼く母親のようにカイジのシャツのボタンを一つ一つ外していく。そして正しい位置で留め直し、はみ出したシャツの裾をズボンの中にきちんと仕舞い込んだ。
その手つきは紅茶を淹れていた時と同じようにどこまでも滑らかで、そして完璧だった。
カイジはされるがままになりながら間近で見る咲夜の整った顔立ちと、彼女からふわりと香る清潔な石鹸のような匂いに不覚にも心臓が少しだけ速くなるのを感じていた。
やがて咲夜はあのカイジを絶望させたクラバットを手に取ると、慣れた手つきであっという間に美しい立体的な結び目を作り上げていく。
「……ほら、これでいいわ」
鏡の前に立っていたのは先ほどまでのみすぼらしい男とはまるで別人のような、一端の執事の姿に身を包んだカイジだった。
「お、おお……」
カイジは鏡に映る自分の姿を見て思わず感嘆の声を漏らす。それは自分ではない、誰か別の立派な人間にでもなったかのような不思議な感覚だった。
咲夜はそんなカイジの様子を腕を組みながら値踏みするようにじっと見つめていた。
「……まあ、見た目だけはなんとか人並みにはなったみたいね」
その相変わらず辛辣な言葉とは裏腹に、彼女の口元にはほんの少しだけ満足げな笑みが浮かんでいるようにカイジには見えた。
「その服は後からもう何着か同じものを用意するわ。決して安いものではないから汚したり破いたりしないように大切に扱いなさい。いいわね?」
「お、おう……」
咲夜はそう言ってカイジの服装の最終チェックを終えると事務的な口調に戻った。
「さて、それじゃあ本当はこれから私がこの屋敷の中を一通り案内して回るところなのだけれど……」
咲夜は一度言葉を切ると、やれやれといった様子で小さくため息をついた。
「あいにく、私はこれから屋敷中の掃除に洗濯、夕食の準備とやることが山積みでとてもあなた一人のために時間を割いていられないの」
その言葉からは、「これもあなたが来たせいで仕事が増えたのよ」という棘のあるニュアンスがひしひしと伝わってくる。
「だから特別に他の妖精メイドの一人に館の案内をさせるわ。今から呼んでくるからここでおとなしく待ってなさい」
咲夜はそう一方的に告げると次の瞬間、カイジの目の前からふっとその姿を消した。
何の予兆もなく、まるでテレビの電源が切れるかのように唐突に。
「……またか」
カイジはもはやその光景に大して驚きもしなかった。
この世界に来てからまだ数日。しかし、カイジの常識は既に良い意味でも悪い意味でも完全に麻痺し始めていた。
(……本当に人間離れした連中ばっかりだなここは……)
カイジはそんなことをぼんやりと考えながら、言われた通り一人その部屋で次の案内人が現れるのを待つことにした。
カイジは一人部屋に残されると、改めてその中をぐるりと見回す。
ふかふかのベッド、しっかりとした作りの机、そして自分の身体にあつらえたようにぴったりとフィットするこの執事服。
(……博麗神社のあの物置に比べりゃまさに天国と地獄だな……)
カイジは自分の置かれたこのあまりにも恵まれた環境に思わず乾いた笑いを漏らした。
これから一年間この快適な部屋で三食昼寝付き。しかも給料まで貰える。あの吸血鬼の不気味な視線さえ我慢すればこれほどの好待遇はないだろう。
そんなことを考えていると、コンコン、と控えめなノックの音がして扉が開いた。
「入るわよ」
咲夜が部屋に入ってくると、その背後から小さな影がひょこっと顔を覗かせた。
それはカイジの腰ほどの背丈しかない小さな、小さな、少女だった。
咲夜の背中に隠れてよく見えないが、その背中からは昆虫の翅のような半透明の小さな羽が生えているのがちらりと見える。
歳は人間の子供でいえば六歳から九歳くらいだろうか。
咲夜はその小さな少女の背中を優しく、ポン、と押した。
「ほら、ユーナ。恥ずかしがってないでちゃんと挨拶しなさい」
その声は先ほどまでカイジに向けていた氷のように冷たい声とはまるで違う、姉が妹に語りかけるような温かく、そして優しい声だった。
その声に勇気づけられたのか少女はおずおずと咲夜の背後から一歩前に出た。
そしてカイジの前でぴたりと止まると、小さな身体を精一杯折り曲げて深々と頭を下げた。
「あ、あの……! わ、わたくし、こ、この紅魔館で、め、めめめメイドをさせていただいております、ユ、ユーナ・ミルテリーと、申します……! こ、これからカイジ様に、か、館内の案内をさせていただきますので、ど、どうぞ、よろしく、お願いいたします……!」
極度の恥ずかしがり屋なのか声は蚊の鳴くようでところどころ噛んでしまっている。小動物のようにぷるぷると震えるその姿。
しかし、その一つ一つの言葉からは一生懸命さがひしひしと伝わってきた。
カイジはそのあまりにも健気な姿に思わず頬が緩むのを感じた。
化け物、吸血鬼、完璧すぎるメイド……圧倒的強者ばかりのこの館で初めて出会った『自分より弱そうな』、庇護欲をそそる存在。張り詰めていた緊張の糸が少しだけ解けた。
「ああ。オレは伊藤開司だ、カイジでいい。こっちこそよろしくな、ユーナちゃん」
カイジも自然とその小さな少女に合わせて丁寧に、そしてできるだけ優しい声で挨拶を返すと、ユーナはぱっとその顔を上げた。
そして先ほどまでのおどおどした様子が嘘のように満面の笑みを浮かべた。
「はいっ!」
その子供らしい元気で大きな返事。そして屈託のない愛らしい笑顔。
カイジはそのあまりにも純粋な輝きに思わず目を細めた。この魑魅魍魎が跋扈するような館にもこんな天使のような存在がいたのかと。
咲夜はそんな二人の様子を満足げに一瞥すると、ポン、とユーナの頭を優しく撫でた。
「それじゃあユーナ、あとは頼んだわね。カイジに館の中をしっかり案内してあげるのよ」
「は、はい! お任せください、咲夜様!」
ユーナが再び元気よく返事をすると咲夜はふっとその姿を消した。
一人、カイジと二人きりになったユーナはまた恥ずかしさがぶり返してきたのか顔をほんのりと赤く染めている。
彼女はまるで壊れかけのブリキ人形のようにカクカクとしたぎこちない動きでカイジの方を振り返ると、「そ、それでは、ご、ご案内、いたしますので、つ、ついて来てください……!」と、一生懸命声を絞り出した。
そしてカイジの返事を待たずにくるりと背を向けると小さな足でとてとて、と廊下を歩き始めてしまった。
カイジはそのあまりにも微笑ましい後ろ姿にくすり、と笑みを漏らしながらその小さな案内にゆっくりと続いていくのだった。
お読みいただきありがとうございました!
ユーナちゃん可愛いよユーナちゃん。