幻想博打録カイジ   作:名もない石

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どうも名もない石です!

投稿が遅くなってしまい申し訳ないです!

生存確認も兼ねて投稿していますので今回はストーリーが短いです!

また、評価がいつの間にか赤になっていました!

応援して下さる皆様本当にありがとうございます!
今後も皆様に面白い内容をお届けいたしますので、どうかこれからもよろしくお願いします!


契約

 舗装もされていない荒れた土の上を足音が二つだけ静かに響いていた。

 

 横に並んで歩くのは金髪の小さな少女──ルーミア。

 この狂った幻想郷に迷い込んで何かと世話になっている奇妙な、しかし心優しい同行者である。

 

「……まだ着かねぇのか?」

 

 カイジは額に滲んだ汗を手の甲で乱暴に拭った。

 太陽は容赦なくカイジを照りつけ、運動不足の体を容赦なく痛めつけ、体力をジワジワと奪っていく。慧音の家を出てからすでにかなりの時間が経っていた。

 

「んー、もうちょっとだよー。あ、ほら!」

 

 ルーミアが元気よく指さした先。深い緑の木々の合間から見えてきたのは天へと続くような長い長い石段だった。

 そしてその頂上には朱色に鮮やかに塗られた鳥居──『博麗神社』の入り口が周囲の自然を圧するような威厳を持って佇んでいる。

 

 カイジは思わず息を呑んだ。

 

「ここが、博麗神社……」

 

 圧倒的怪物・八雲紫に元の世界への帰還を直談判するため、まずは博麗霊夢という巫女に会わなければならない。慧音からもそう聞かされていた。

 だが目の前に現れた重圧感のある"現実"を前にして急に喉がひゅっと詰まったような感覚に襲われる。

 

 その時、隣を歩いていたルーミアが急にピタリと立ち止まった。

 

「……あのね、カイジ」

 

 彼女は普段の能天気さとは打って変わって、申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「私、ここまでなのだー。霊夢は……おっかないから。見つかったら、きっと退治されちゃう」

 

 カイジは驚きの表情を浮かべ思わずルーミアを見返した。

 いつも呑気で飄々としている彼女がこんなに真剣で不安そうな顔をするのは初めて見たからだ。

 

「……そっか。ここまでありがとな」

 

 カイジは心からの感謝を込めて深く頭を下げる。

 借りは借りだ。命を繋いだ恩もある。その重さを彼は十分理解していた。

 

 ルーミアは少し照れたように笑みを浮かべると、「また美味しい料理、期待してるのだー」といつもの調子に戻る。

 

 だが──次の瞬間、ふっと空気が変わった。

 

「……少しの間だけだったけど、楽しかった。……また会いたい」

 

 その声は普段の幼さよりもずっと低く大人びていて、ほんの少し切なさを帯びていた。

 

 カイジは思わず息を呑む。目の前の少女がまるで別人に見えたからだ。

 

 純真無垢な子供の皮の奥に潜む途方もない時を生きる『妖怪』としての底知れぬ本質が垣間見えたような、そんな瞬間だった。

 しかしそれもほんの一瞬のこと。すぐにルーミアはいつもの無邪気な笑みを浮かべ、両手をぶんぶんと振った。

 

「じゃあねー!」

 

 その小さな背中は木々の陰へと軽やかに消えていく。カイジは呆然としつつも慌てて大きな声を張り上げる。

 

「お、おう! ……またな!」

 

 その声が空に吸い込まれた後、深い静寂が訪れた。目の前には絶望的なまでに長い石段。そしてその頂上に博麗神社がある。

 一人になると途端に足が震え始めた。カイジは自分の手のひらを強く握りしめ、爪が食い込む痛みで必死に心を奮い立たせる。

 

「ここで引いたら終わりだろ……! オレは……帰らなきゃなんねぇんだ……!」

 

 そう自分に強烈な喝を入れると、カイジはついに意を決して石段に一歩を踏み出した。

 

 一段、また一段と運命へ向かって歩みを進める。その一段一段がまるで天へと続く試練の階段のように眼前にそびえ立っている。日差しは容赦なく照りつけ、石の表面からは陽炎が立ち上っていた。

 カイジは荒い息を吐きながら汗に濡れた額を手の甲で拭う。

 

「くそ……長ぇな……!」

 

 登っても登っても終わりが見えない段差。途中で足を止めれば弱気がすぐに首をもたげてくる。心の中の悪魔が「もう休め」「どうせ無駄だ」と囁きかけてくる。

 だが、ここで引き返せばすべてが水の泡だ。

 そしてようやく最後の段を登り切った時、肺が火を噴くように焼けていた。

 

 息も絶え絶えに顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは──

 

 広い境内に静かに佇む風格ある木造の神社だった。朱色の鳥居をくぐった先、瓦屋根の拝殿は古びていながらも不思議な存在感を放っている。

 柱や梁の木目は深く刻まれ、日差しに焼けた板壁が長い年月を物語っていた。

 

 慧音から聞いていた通りの神社ではあったがこうして実際に目の前にすると、どこか現実感が失われるほどの強烈な"異界の匂い"が漂っている。

 

 カイジはごくりと唾を飲み込み、鉛のように重い足を前へと進めた。

 

 やがて賽銭箱の前に辿り着いたが──境内は、不気味なほどに静まり返っている。人の気配は皆無だった。

 

「……博麗さんは……いますか?」

 

 恐る恐る声を張り上げる。だが返事は無い。鳥のさえずりすら遠のいたように感じる圧倒的沈黙が境内を包んでいる。

 

 しばらく待ってみたが、誰も出てくる素振りはない。

 

「まさか……外出してんのか?」

 

 せっかく意を決して肺を焼いてまで登ってきたというのに、この肩透かし。

 カイジの胸に重い落胆が広がった。

 

 その時──。

 

「……あんた、そこでなにしてんの? 参拝客?」

 

 背後から不意に女性の声が響いた。気だるげで、眠そうで、しかし不思議なほど輪郭のはっきりとした調子。

 

「うおっ……!?」

 

 背後に全く気配を感じなかったカイジは心臓を鷲掴みにされたように飛び上がり振り返った。

 

 そこに立っていたのは、巫女服を纏った少女だった。

 

 赤と白の鮮やかな衣装はところどころ着崩したように無造作に着られている。

 肩まで伸びた黒髪は艶やかで、涼しげな瞳は眠気を隠そうともせずにこちらを見詰めていた。

 年若く見えるが、その雰囲気はただの少女のものではない。どこか超然とした、決して常人には踏み込めない絶対的な領域を持つ人を寄せ付けない『何か』があった。

 

「あなたが博麗霊夢さん……ですか?」

 

 カイジは恐る恐る尋ねるが、少女は目を細めてじっとカイジの姿を舐めるように眺めると気だるげに答えた。

 

「……まぁ、そうだけど。それであんた見たことない顔ね。……外来人?」

 

「は、はい! そうです!」

 

 その返事を聞いた瞬間、巫女──博麗霊夢は呆れたように肩をすくめた。

 

「よく生きてここまで来れたわね」

 

 それを聞いてカイジは必死に事情を説明した。

 

 八雲紫に此処に連れてこられたこと。妖怪に食べられそうになったところをルーミアに助けられたこと。その後人里の慧音に親切にしてもらい、ここまで辿り着いたこと。

 

「ふーん」

 

 しかし霊夢は聞いておきながら実に素っ気ない。まるで他人の不幸など全く興味を持たないような、どうでもいいという冷たい態度だった。

 その冷淡な反応にカイジの胸の奥で苛立ちが膨らんでくる。

 

(なんだこの態度は……! 人が命懸けでここまで来たってのに……!)

 

 ──だが、ここは堪えなければならない。

 

 ここで感情を爆発させても何の得にもならないのだ。相手はこの世界のルール側にいる人間なのだから。

 

 カイジは深呼吸をして気持ちを整え、できるだけ落ち着いた、しかし切実な声で言った。

 

「オレは……元の世界に帰りたいんです。……お願いだ、八雲紫に会う手掛かりを教えてください……ッ!」

 

「……はぁ」

 

 霊夢はあからさまにめんどくさそうな顔をした。眉を下げ、片手で頬をかきながら、まるで面倒なセールスマンでも来たかのような表情である。

 ため息の後、彼女の口から零れた言葉は研ぎ澄まされた氷の刃のように鋭かった。

 

「あんた、死ぬわよ」

 

 

 ──ざわ……! 

 

 

「……っ!?」

 

 一瞬で全身の血の気が引いた。

 

 霊夢の言葉は脅しでも、単なる忠告でもなかった。ただの「事実の提示」。

 太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前で揺るぎない絶対的な事実としてカイジの脳髄に叩き込まれたのだ。

 胸の奥を絶対零度の恐怖が駆け抜ける。

 

 だが──ここで引けば、一生この狂った異世界で怯えながら生きるか妖怪の餌になるだけだ。

 

 カイジは奥歯を砕けんばかりに噛みしめ、心の底から思い直した。

 

(引けるか……! ここで逃げたらオレの人生は本当に……ゴミクズ同然で終わっちまうんだ……!)

 

「……それでもいい。オレは……帰るためにやらなきゃならねぇんだっ……!」

 

 強がるように吠えるように言い放つ。

 

 しかし霊夢は冷ややかな視線でカイジを見据えただけだった。その瞳には諦めや憐れみすら微塵もない。

 まるで自ら火の中に飛び込もうとする『救いようのない愚か者』を眺めるかのようなひたすらに乾いた眼差し。

 

 すると霊夢は無言のままゆっくりとカイジの方へ歩みを進めた。その足取りは羽毛のように軽やかなのに、一歩迫るごとに周囲の空気が鉛のように重くなっていく。

 カイジは反射的に身構えた。

 

「な、なんだ……? や、やる気か……?」

 

 喉が勝手に鳴る。冷や汗が滝のように背中を伝い落ちる。

 

 だが──霊夢は彼の横を無関心に素通りし、何事もなかったかのように拝殿の扉を開けた。

 

「なっ……おい、待てよっ!」

 

 無視された屈辱と焦りから思わず声が荒れる。敬語が吹き飛び素のカイジの言葉が漏れた。霊夢は振り返りもせずただ一言、ぽつりと呟いた。

 

「自殺願望者を相手してるほど暇じゃないのよ私は」

 

 その声音には凍りつくような『圧』が宿っていた。

 

 ──違う。

 

 森で妖怪に食べられそうになった時の恐怖とも、ルーミアの無邪気な狂気とも違う。

『格』が違う。桁が違う。

 背中を向けているだけなのにそこから放たれる圧倒的な存在感。自分の意志とは関係なく本能が「平伏せ」と叫び、膝が折れそうになるほどの暴力的なまでのオーラ。

 

 カイジは完全に臆してしまった。口を開くことすらためらわれ、金縛りに遭ったように動けなくなる。だが霊夢はその哀れな姿を肩越しに一瞥すると、ふっと視線の圧を和らげた。

 

「……まあいいわ。哀れだから中で話だけでも聞いてあげる」

 

 その言葉にカイジは呆然とする。

 

 だが──(これはチャンスだ! 蜘蛛の糸が降りてきたんだ!)と、心の奥の勝負師が叫んだ。逃すものか。

 

「……あ、ああ……!」

 

 そう言って、慌てて背中を追った。

 

 

 

 

 

 

少女祈祷中・・・ 

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 博麗神社の内部は外観の古さに違わず質素そのものだった。

 広さは大してなく、畳敷きの室内には生活の匂いが漂っている。壁際には掃除用の箒が立てかけられ、ちゃぶ台の上には茶器と干からびた煎餅が置きっぱなしになっていた。

 

 霊夢はためらうことなくちゃぶ台の前にドカッと腰を下ろした。カイジは戸口に突っ立ったままその姿を茫然と見つめる。

 

「何やってんの。あんたもさっさと座りなさいよ」

 

 鋭い声が飛んだ。

 

「は、はいっ……!」

 

 カイジは慌てて正座し、ちゃぶ台を挟んで向かい合った。

 二人の間に短い沈黙が流れる。障子の外で鳥が鳴く声だけがやけに鮮やかに響いていた。

 

 カイジは居心地の悪さを噛みしめながらようやく口を開いた。

 

「……死ぬ覚悟はあるって言ったが……死ぬ気なんかねぇ。オレは……必ず帰ってやる」

 

 霊夢は煎餅を指でつまみ、欠片を口に放り込みながら呆れ顔で答えた。

 

「だから、それは無理だって」

 

「なっ……なんでだよ! やってみなきゃ分かんねぇだろ!」

 

 カイジは声を荒げる。だが霊夢は微塵も揺るがない。冷静に、どこまでも淡々とした声で告げる。

 

「紫はね、神出鬼没なうえに何を考えてるか分からないやつよ」

 

 カイジは息を呑んだ。慧音からも似たような話を聞いたことを思い出す。

 

「……それは……上白沢さんからも聞いた。だが……」

 

 霊夢は少し黙り込み、煎餅をボリボリと噛み砕きながら続けた。

 

「でも一つだけはっきりしてることがある」

 

「……なんだ?」

 

「──紫はね、幻想郷の為ならどんな事だってするわ。例え、それがどれだけ残酷なことでもね」

 

 その言葉にカイジは凍りついた。霊夢は表情を崩さず淡々と告げる。

 

「時々、あんたみたいな外来人を連れてくることがある。でもそれは気まぐれなんかじゃない。全部、何か理由があるのよ」

 

「……っ」

 

 霊夢の言葉が胸に深く突き刺さる。

 

 つまり──紫は何らかの目的があって自分を幻想郷に連れてきた。カイジの都合や意志など一切関係なしに。ただの駒として。

 

「ふざけるなよ……」

 

 次の瞬間、カイジは目の前のちゃぶ台をドンッ! と思い切り叩いた。

 

「ふざけるなッ!! 勝手にオレを巻き込んで……幻想郷の為にって……そんな理不尽があるかよッ!」

 

 畳が震え茶器がカタカタと音を立てる。霊夢は驚きもせずその様子をただ眺めていた。呆れとも、冷笑ともつかぬ目。

 

 だが──わずかにその視線の奥が計算高く動いたようにも見えた。

 怒りが収まらないカイジをよそに、霊夢は落ち着き払った動作で湯呑みに口をつけた。

 

 しばしの沈黙の後、ようやく口が開かれた。

 

「逆に言えば──幻想郷の為になることをすれば帰れる可能性もあるってことよ」

 

「なにっ……!」

 

 カイジの表情が一瞬で変わった。絶望の暗闇に沈んでいた脳内に一筋の強烈な光が差し込む。

 その振れ幅はまるで賭場で全財産を失う寸前、大逆転の『裏ドラ』を見出した時のようだった。脳内麻薬がドバドバと溢れ出す。

 

「本当か……? 本当に帰れる見込みがあるのか……?」

 

 震える声で問いかけるカイジに霊夢は湯呑みを膝の上に置き、淡々と頷いた。

 

「ええ。実際にそうやって紫に返してもらった外来人もいるわ」

 

 希望の光を見せられたカイジは眉間に皺を寄せ、必死に思考を巡らせる。

 

「……だが、幻想郷の為になることって一体何があるんだ……? 妖怪退治かなんかか? オレにそんな戦闘能力があるとは思えねえが……」

 

 その問いかけに霊夢は湯呑みをちゃぶ台に置くとあっさりとした口調で、しかしどこか『獲物を罠にかけるような』提案をした。

 

「とりあえず私の家事を手伝ったらどう?」

 

「……はぁ!? なんでオレが!」

 

 カイジの声が裏返る。まさかの提案に思わず素の反応が出てしまった。

 

「だってあんたが家事をやってくれたら私は妖怪退治や結界の管理に専念できるでしょ? 結果的にそれが幻想郷の為になるじゃない」

 

 霊夢の論理は一見すると筋が通っているようで実際には相当に強引で無茶苦茶だった。

 だが、その言い方には不思議な説得力があり、何より「帰還への唯一の糸口」であることは間違いない。

 

(……なるほど、そういうことか……!)

 

 カイジの脳内でギャンブラーとしての計算が猛烈なスピードで弾き出されていく。ねっとりとした思考が渦を巻く。

 

(物は言いようってやつだ……。要するにこいつは自分が楽をするためのタダ働きの下働きが欲しいだけだ……! 人の足元を見やがって……! だが……乗るしかない。今のオレにはこの蜘蛛の糸にすがるしか道はねぇ……!)

 

 カイジの目が勝負師のそれに変わる。

 

(いや、待てよ。ただ言いなりになってタダ働きさせられ最後はポイ捨て……そんな最悪の結末だけは避けなきゃならねぇ。この女は底が知れない。言うことを聞くだけの便利な奴隷だと思われたら終わりだ……! ここで『楔(くさび)』を打ち込む……! オレは奴隷じゃねぇ、対等の取引相手だと思い知らせるための強気の条件闘争……!)

 

「……分かった、いいだろう! だがタダじゃ動かねぇ! 三つ条件を飲め!」

 

 カイジは立ち上がりちゃぶ台に身を乗り出すようにして吠えた。その声には修羅場の博打場で鍛え上げられた交渉術とハッタリが滲み出ている。

 

 霊夢は眉をひそめ、わずかに面倒くさそうな表情を浮かべる。

 

「……随分と偉そうね。まあ、聞くだけ聞いてあげるわ」

 

 カイジは指を一本ずつ立てながら明確に、そして力強く突きつけた。

 

「一つ! 衣食住を完全に保証しろ! 二つ! 働いた分の金銭は必ず払え! 三つ! オレの身の安全を保証しろ!」

 

 どれも異世界での生存に関わる極めて現実的かつ重要な条件だった。カイジは本気だ。

 

(少しふっかけたがここから妥協点を引き出せばいい。少なくともどれか一つは……!)

 

 だが霊夢はしばし腕を組んで考え込むような素振りを見せた後──おそるべき冷酷さであっさりと答えた。

 

「一つ目、衣食住は無理。私も余裕ないし。神社の隅の寝床くらいは貸してあげるけど食事はあんたの働き次第ね。二つ目も同じく無理。そもそも私がお金欲しいくらいだし。そんな余裕あるわけないでしょ。ここは外の世界とは違うのよ」

 

「なッ……!」

 

(バカなッ……!? 即答っ……! 交渉の余地すら……ゼロっ……!!)

 

 カイジの顔が見る見る引きつった。

 二つの条件が即座に、しかも一片の情け容赦もなく却下されたことで優位に立っているつもりだった交渉の立場が足元からガラガラと崩れ去っていく。

 

「ふ、ふざけるな! それじゃ奴隷と変わらねえじゃねえか!」

 

 カイジの悲鳴のような抗議をよそに霊夢は構わず続けた。

 

「三つ目……人里にいる間ならある程度は保証できる。でも、外に出たら完全な保証はできないわ。ただ──」

 

 そう言って霊夢は立ち上がりゆっくりとした足取りで奥の部屋へと消えた。畳を踏む足音だけが静かに響く。

 

 カイジは固唾を呑んで待った。

 

(なんだ……? 何か持ってくるのか……?)

 

 やがて戻ってきた彼女の手には一枚の白い札が握られている。

 紙質は上質で赤い墨で何やら複雑な文字が書かれているようだが、カイジには読めない。

 

「これは私の霊力を宿した魔除けの札。低級妖怪やそこそこの妖怪程度ならこれを持っていれば近づけないはずよ」

 

 霊夢はそれをポンとちゃぶ台の上のカイジの前に放り投げた。

 札からは微かにだが確かに『得体の知れない力』が立ち上っているのが感じられる。それは温かくもあり、同時にどこか畏怖を感じさせるものだった。

 

「……」

 

 カイジは札を手に取り、指先でその質感を確かめながらじっと見つめた。脳内での最後の計算が始まる。

 

(衣食の保証はなし。金もなし。あるのは寝床とこの一枚の札だけ……。圧倒的ボッタクリ……! 悪魔の契約……! だが……)

 

 カイジは霊夢の涼しげな瞳を見返した。これ以上ゴネればこの蜘蛛の糸すら切られる。彼女は本当に「じゃあ帰れば?」と突き放す冷酷さを持っている。

 ならば、この札という『命を守る唯一のチップ』で、この博打に乗るしかない。

 

「気休めにしかならねえかもしれねえが……無いよりはマシか……」

 

 カイジは唇を強く噛みしめ、ついに決断した。

 

「……わかった。これで手を打とう」

 

 その声には深い諦めと泥臭い決意が入り混じっていた。

 望んでいた条件は得られなかったが何も得られないよりはマシだ。それに帰還の可能性がゼロではない。

 

 霊夢は薄く、しかし満足げに笑みを浮かべた。まるで、最初からすべて自分の手のひらの上だったと言わんばかりの表情である。

 

「受け取ったら契約成立よ。もう後戻りはできないわ」

 

 カイジは迷いなくその札を強く握りしめた。札の紙質が手のひらに食い込む。

 

「問題ねぇ……やってやるよ!」

 

 その言葉には博打師としての業と覚悟が込められていた。勝算が見えない絶望的な勝負でも可能性がゼロでない限り全ツッパで賭けに出る──それが伊藤開司という男の生き様だった。

 たとえそれが異世界での「家事手伝い」というおよそ自分に似つかわしくない泥に塗れた賭けであったとしても。

 

 障子の外では虫や鳥たちが無責任に鳴き続けている。

 

 カイジの過酷な新たな生活が今、博麗神社を舞台にして始まろうとしていた。




お読みいただきありがとうございました!

やっと霊夢に会う事が出来たカイジ。しかしその結末は良いものではな無かったですね…

今後カイジは霊夢に対してどのような対応を見せてゆくのか……


もし良ければ感想や評価等もお願いします!
今後のモチベ向上や小説の参考にもなりますので!

この中で好きなキャラは?(今後に何か意味があるかも…?)

  • 金は命より重い…(利根川)
  • ノーカウントなんだぁッ!(大槻)
  • これが現実..!(一条)
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