幻想博打録カイジ 作:名もない石
本当は前話と同じ日に投稿したかったのですが、修正する場所があったので結局次の日に…
しかし今回はやっとカイジが光る場面が…!?
どうぞお楽しみください!
……あともし良ければ感想や評価お願いします!
今後のモチベにも繋がります!
カイジが霊夢の後について居間に足を踏み入れると、そこには昨日と全く同じ光景が広がっていた。古びたちゃぶ台、色褪せた畳、そして静寂。
……いや、一つだけ決定的に違うものがあった。
ちゃぶ台の向こう側、昨日霊夢が座っていた場所に見慣れない先客がいたのだ。
それはまるで西洋の絵本からそのまま飛び出してきたかのような典型的な「魔女」の格好をした少女だった。歳は霊夢と同じくらいだろうか。少し癖のある眩しいほどの金髪を長く伸ばし、頭には先の尖った巨大な黒い帽子を被っている。
服装も黒を基調としたシンプルなワンピースだが、白いブラウスを着込み、腰には白いエプロンを巻いていた。
全体的に黒と白で統一されたその姿はこの古風な日本家屋の中では異様と言えるほど浮いている。
しかし、何故かその少女自身は自分の家のようにくつろいで茶をすすっていた。
カイジの存在に気づくと、少女は手にしていた湯呑みをちゃぶ台にカタンと置き目を輝かせた。
「お、来たな! こいつが霊夢の言ってた外来人か!」
言うが早いか、少女は座布団から飛び降りるように立ち上がり興味津々といった様子でカイジにずんずんと近づいてくる。
その動きには霊夢のような静けさとは対極の快活でエネルギッシュな何かが満ちていた。
そしてカイジの目の前でぴたりと止まると、ビシッとわざとらしいほど格好をつけ親指で自分を指し示した。
「よお! 私の名前は
太陽のような屈託のない笑顔。そのあまりの眩しさにカイジは思わず目を細める。
(なんだコイツは。霊夢とは全く違うタイプの嵐のような人間だ……)
カイジがどう返したものか戸惑っていると、ひょいと霊夢がお盆に料理を乗せて現れた。
「友人というかただの迷惑な客だけどね。それにライバルって言っても実力は私には到底及ばないし」
霊夢はこともなげにそう言って朝食をちゃぶ台に並べ始める。その言葉に魔理沙が即座に噛みついた。
「な、なにをーっ! だったら今日こそお前に一泡吹かせてやるぜ! うがーっ!」
まるで猫が威嚇するように魔理沙は両手を広げて霊夢に詰め寄る。しかし霊夢はそんな彼女を柳に風と受け流し、さっさと座ってしまった。
(なんなんだこいつら……)
カイジは目の前で繰り広げられるコントのようなやり取りを完全に置いてきぼりになって眺めていた。とりあえず自己紹介をしなければならないらしい。
「伊藤開司……カイジだ。よろしく……」
覇気のない声でそう名乗ると、霊夢に威嚇していた魔理沙が、んっ、とカイジの方に向き直った。そしてにっと笑って右手を差し出してくる。
「おう、カイジだな! 改めてよろしくな!」
その手は華奢な見た目に反して少し硬く、豆ができているのが分かった。魔法使いと名乗っていたが相当な努力家なのかもしれない。
カイジがぼんやりとそんなことを考えながら差し出された手を握ると、魔理沙は「にししっ」と、悪戯が成功した子供のように笑った。
その瞬間、カイジはまたしても不覚にもドキッとしてしまった。昨日見た霊夢の不意の笑顔とは違う、もっとストレートで人の警戒心をいともたやすく解いてしまうような破壊力のある笑顔だった。
(……なんなんだよ本当に……)
絶望からカイジを救い上げた人喰い妖怪ルーミア。
人里で出会った知的で物腰の柔らかい教師の慧音。
不愛想だがふとした瞬間に息を呑むほど綺麗な巫女の霊夢。
そして今目の前にいる太陽のように明るく笑う魔法使い。
(この幻想郷ってとこは……やけに綺麗な女が多いな……)
そんな場違いな感想を抱きながらカイジは奇妙な三人での朝食の席についた。
改めてちゃぶ台の上に並べられた朝食に目を向けたカイジは思わず目を見張る。
そこには質素ではあるものの、日本の朝食として完璧としか言いようのない和食が整然と並んでいた。
湯気が立ち上る炊き立ての白米。豆腐とわかめの入った本物の味噌汁。大皿には塩加減が絶妙であろう焼き鮭が鎮座し、その横には黄金色に輝くだし巻き卵。小鉢にはほうれん草のおひたし。
昨日の「圧倒的虚無」が嘘のような夢のような光景だ。
(やればできんじゃねえか、この巫女……)
カイジは素直に感心すると同時に当然の疑問が湧き上がった。
「おい、この食材どうしたんだよ。冷蔵庫はすっからかんだったじゃねえか」
カイジが尋ねると、霊夢が答えるより早く魔理沙が勢いよく手を挙げた。
「それはな、カイジ! この優しい魔理沙様が霊夢に買ってやったんだぜ!」
魔理沙は胸を張り得意満面に語り始める。
どうやら開発していた新しい魔法薬が人里で思いのほか高く売れたらしい。懐が温かくなったところで今朝たまたま霊夢と鉢合わせし、あまりに貧相な顔をしていたので見かねて食材一式を買い与えたのだという。
「まあこいつはいつも金欠だからな! 私がたまにこうして恵んでやらないとすぐに餓死しちまうんだぜ!」
「誰が餓死ですって?」
隣から地を這うような低い声がした。霊夢が冷たい視線で魔理沙を睨みつけている。
「そもそも、あんたの怪しい魔法薬が成功するなんて明日あたり天変地異でも起こるんじゃないかしら」
「なっ……! 怪しいとはなんだ! 長年の研究の成果なんだぜ!」
「はいはいそうね」
再び威嚇する魔理沙を無視し、霊夢はふいと顔をそむけた。そして丁度隣にいるカイジにしか聞こえないような本当に小さな声でぽつりと呟く。
「……感謝はしてるわよ」
その言葉に魔理沙は「なんだー! 悪口かー!」と声を荒げカイジは思わず半眼になった。
(……素直じゃねえ奴だな、本当に)
霊夢はこれ以上話がややこしくなるのを断ち切るように、パン、パン、と柏手を打った。
「はいはい、この話はおしまい。あんたたちに構ってたらご飯が冷めちゃうわ」
そう一方的に宣言すると霊夢は他の二人を待たずに「いただきます」と呟き、黙々と白米を口に運び始めた。
抗議するのに疲れたのか、魔理沙も「ぐぬぬ……」と唸りながらご飯を食べ始めた。
ほかほかの白米、程よい塩気の焼き鮭、そして出汁の効いた卵焼き。まともな和食にありつくのがどれだけありがたいか。カイジは夢中で箸を動かした。
あっという間に食事が終わると、魔理沙が「ぷはーっ、満足だぜ!」と言いながら威勢よく立ち上がり、にやりと笑ってカイジを見た。
「カイジ! 食った後は腹ごなしの運動だよな!」
「あ? 運動?」
「おうよ! ところでお前、霊夢から『弾幕ごっこ』のことはもう聞いたか?」
カイジが初耳だと答えると魔理沙は熱っぽく説明を始めた。
この幻想郷では揉め事があった時は殺し合いではなく、『スペルカードルール』に則って弾幕ごっこで決着をつけるのがお約束なのだという。
(……まあ、要するにオレたちの世界でいう対戦ゲームみたいなもんか……)
カイジが適当に頷くと、魔理沙は霊夢にビシッと指を突きつけた。
「──というわけだ、霊夢! 私の新しいスペルカードの実験台になってもらうぜ! 勝負だ!」
しかし、霊夢は湯呑みから口を離すこともなく一言、冷たく言い放った。
「嫌よ。めんどくさい」
「なっ……なんでだよーっ!」
魔理沙は駄々をこねるように霊夢に詰め寄るが、霊夢は完全に無視を決め込む。万策尽きた魔理沙は困り果てた顔でカイジに助けを求めるような上目遣いを向けた。
(クソっ……! このアマ……自分の武器を分かってやがる……!)
カイジは内心で悪態をつきながらもその視線に抗うことができなかった。
それにこのまま黙って見ているのも癪だ。昨日からこき使われ、悪夢にうなされ、頭を二度も殴られた。この不愛想な巫女に一泡吹かせてやりたい。
カイジの奥底で眠っていた『博徒の血』が静かに、しかし確実に沸騰し始めていた。
「……おい、博麗」
カイジはニヤリと口の端を吊り上げた。
「こいつの勝負に乗ってやるのがそんなに嫌なら、オレと勝負しねえか?」
「は? あんたと?」
霊夢が初めて、心底意外そうな顔でカイジを見た。
「ああ。賭けようじゃねえか。オレが勝ったらあんたは魔理沙の勝負を受ける。あんたが勝ったら……そうだな、今日の午後の仕事を倍やってやるよ」
カイジはちゃぶ台の上にあった湯呑みを二つ手に取ると、そのうちの一つを逆さに伏せた。そして懐から昨日霊夢に貰ったお守りの札を取り出し小さく折りたたんでその湯呑みの下に隠す。
「簡単な賭けだ。この札がこの二つの湯呑みのどちらの下にあるか。それをあんたが当てる。確率は二分の一。どうだ? やるか?」
カイジの目にはヒリつくような狂気を孕んだ『博徒の光』が宿っていた。
幻想郷に来て初めてのあまりにもささやかな、しかし紛れもない「賭け」の始まりだ。
提案を聞いた霊夢はやれやれといった様子で腕を組んだ。
「……なるほどね。でもメリットが薄いわ。どう考えても割に合わないし、単純にめんどくさい」
予想通り霊夢はにべもなく断った。カイジにとって完全に織り込み済みだ。
この巫女は合理性で動く。ならばその土俵から引きずり下ろし、感情で動かすしかない。
カイジはわざとらしく肩をすくめ、魔理沙に向かって言い放った。
「……だってよ、霧雨。どうやらこの巫女様は妖怪退治は得意でもこういう単純な賭け事には自信が無いみたいだな。負けるのが怖いのかもな」
「えっ?」
魔理沙は一瞬戸惑ったが、カイジの挑発的な笑みを見て意図を理解した。ニヤリと笑い全力で乗っかる。
「ああ、そうかもな、カイジ! 霊夢はこういう頭脳戦は苦手だからな! 繊細な駆け引きなんてできたことないもんなー! きっと負けるのが怖くて逃げてるんだぜ、だっせーの!」
「…………」ピキッ。
魔理沙の追い打ちが決定打となった。霊夢の額に青筋が浮かび、ちゃぶ台を挟んだ空気が急激に冷え込んでいく。
「……そこまで言うならいいわよ。乗ってやるわ、その勝負」
地獄の底から響くような低い声。
(よし、食いついた……!)
カイジは内心でほくそ笑んだ。作戦通りだ。
「よし。じゃあ改めてルールを説明するぜ」
カイジは二つの湯呑みを並べ直し場の空気を支配するように語り始めた。
「勝負は最大五回。オレとあんたで交互に親と子をやる。親は一度相手に見えない様に札を隠し、目の前でシャッフルをしたのちに子は二つのうちどちらに札があるかを当てる。もし、どちらかが子として『三回連続で当てたら』その時点でそいつの勝ちだ。いいな?」
そのルールを聞いて霊夢は眉をひそめた。
「……ちょっと待ちなさいよ。それじゃあただの運頼みじゃない。あんたが仕掛けた勝負なのに何の技術も介入してない保証は出来るのかしら?」
「おっと、怖くなったか? 博打ってのはそもそも運を引き寄せる勝負だろ? それとも、あんたにはその『運』がないとでも言うのか?」
カイジがさらに煽ると、霊夢の背後に何か黒いオーラが見えるほど威圧感が増した。
「……いいわよ。調子に乗ってられるのも今のうちよ。そのルール、飲んでやるわ」
「ククク……決まりだな」
カイジは心の中で悪魔のように笑った。
(そうだ、この勝負、一見すればただの運否天賦。だがその実、このルールにはオレだけが気づいている必勝の『落とし穴』が存在する……!)
その落とし穴とは、「親は子が選ばなかった方の湯呑みに必ずしも札を入れておく必要はない」というルールの盲点。
子は二つのうちどちらに「あるか」を当てる。
しかし、親は札を隠した後、子が選ばなかった方の湯呑みの中身を『見せる義務』はない。
つまり、親であるカイジは最初から二つの湯呑みの『どれにも札を入れず』空の状態で勝負を始めることができるのだ。
霊夢がどちらを選ぼうと、カイジは「残念、そっちじゃなかったな」と言って、もう一方の湯呑みも開けずに片付ければいい。
(子がハズレを引いた後、「じゃあもう片方に入っているんだな、見せろ」と確認する取り決めはどこにもない。このルールの欠陥に気づかず、事前に指摘しなかったお前の落ち度……完全なる自己責任っ……!
勝負の世界において見抜けなかったイカサマは正当な戦術。ルールの穴を突かれた時点でお人好しで無警戒だったお前の負けなんだよ……!)
これを繰り返せば霊夢が当てる確率はゼロ。未来永劫不可能。
しかしカイジには三回連続で当てるチャンスがある。この圧倒的有利。カイジは自分の仕掛けた見えざる罠に霊夢が完全に嵌ったことを確信した。
「よし、決まりだな。じゃあ、公平を期すために、霧雨にはオレたちの手元をしっかり見張る監視役を頼むぜ」
カイジはそう言って魔理沙に目を配る。
一見すれば勝負の透明性を確保するための至極まっとうな提案。霊夢も当然といった顔で頷いた。
──だが、これもまたカイジが仕掛けた二重三重の罠の一つだった。
(監視役、ね……。この魔理沙というアマは自分の欲望に忠実だ。今、彼女の最大の目的は『霊夢と弾幕ごっこをすること』。そのためにはこの賭けでオレが勝つ必要がある……!)
つまり、魔理沙はカイジにとって最高の『共犯者』になり得るのだ。
たとえ彼女がカイジの「そもそも札を入れない」というイカサマに気づいたとしても、指摘するはずがない。指摘すれば弾幕ごっこが流れてしまうのだから。
魔理沙を監視役に据えることはカイジにとって最大の保険。そして霊夢を煽って怒らせたのも視野を狭めさせ、この反則に近いルールの穴に気づかせないためだ。
全てはカイジの掌の上。絶対的勝利の方程式。
「じゃあ始めようぜ。最初はオレが親だ。あんたが当てる番だな」
カイジは二つの湯呑みを手に取ると両手で巧みにシャッフルし、ちゃぶ台の上に伏せた。その動きはまるで手慣れたディーラーのようだ。
しかし、その手の中は空。お守りの札はとうの昔に懐に隠している。
「さあ、どっちだ? この二つのうちどっちに札が入ってる?」
カイジは挑戦的に霊夢を見つめる。
霊夢はまだ怒りの表情を隠さず鋭い目で湯呑みを睨みつけている。魔理沙はわくわくした表情で身を乗り出していた。
静まり返った博麗神社の居間。
カイジが仕掛けた見えざるイカサマが支配する最初の勝負の幕が静かに上がった。
絶対に負けるものか。その強い意志と煽られたことへの怒りが混じり合った鋭い眼光で霊夢は目の前に並べられた二つの湯呑みを睨みつけていた。
カイジの挑戦的な笑み。魔理沙の期待に満ちた眼差し。
誰も喋ることはない。ちゃぶ台を囲む三人の間には博打場特有の張り詰めたヒリつくような緊張感が漂っていた。
霊夢はカイジの目の動き、指先の癖、呼吸のリズム、その全てから答えを導き出そうと全神経を集中させる。
やがて数秒が永遠にも感じられる沈黙の後、霊夢は決断した。
「……右よ」
短く、しかし確信を込めて彼女は答える。その言葉を聞いてカイジは口の端に浮かべた笑みをさらに深くした。
「残念だったな、博麗の巫女さんよ」
カイジはゆっくりと右の湯呑みを持ち上げる。
その下には当然ながら何もない。ただ色褪せたちゃぶ台が見えるだけだ。そもそもどちらにも入れていないのだから当たり前である。
「おーっ! 霊夢、いきなり外したな!」
魔理沙が興奮したように声を上げる。霊夢は「チッ」と小さく舌打ちし、悔しさを隠そうともしない。カイジの思う壺だった。
「一回戦はオレの勝ち。次はあんたが親だぜ」
カイジは淡々とそう言うと二つの湯呑みを一度手元に引き寄せた。
そしてそれらを再びシャッフルするふりをしながら、懐に隠していたお守りの札を左の湯呑みの下に滑り込ませる。その動きは一瞬。常人ならば決して見抜けない手際だった。
(見られたか……!?)
一瞬、霊夢の反応を窺うが、彼女は予想通り怒りで我を忘れている。カイジの巧妙な仕込みに気づく様子は微塵もない。彼女は「貸しなさい!」とでも言うようにカイジの手から乱暴に湯呑みを奪い取った。
(よし、第一段階は成功だ……)
カイジは安堵し、次に監視役である魔理沙の方にちらりと視線を送った。
すると、魔理沙は目をまん丸にして驚いたようにカイジのことを見ていた。どうやら冷静に場を観察していた彼女はカイジが懐から札を取り出した瞬間を見逃さなかったらしい。
彼女の瞳が激しく揺れ動いている。
『イカサマだ!』という正義感と、『でも、これを言ったら霊夢と勝負できない……』という強烈な欲望。
そして数秒の葛藤の末、魔理沙はゆっくりと口を閉じ何事もなかったかのようにすっと視線を逸らした。どうやら彼女の中で勝利したのは自身の身勝手で純粋な欲望だったらしい。
(これで完全にオレの勝ちだ……! 監視役は機能せず……無法地帯っ……!)
カイジは最後の駒が盤上に完璧に配置されたことを確信した。
その時、ドンッ! と、ちゃぶ台が割れんばかりの勢いで湯呑が二つ置かれた。
怒りに燃える瞳でカイジを睨みつけながら霊夢が吐き捨てるように言った。
「……ほら、早く決めなさいよ。今度はあんたが当てる番でしょ?」
その焦りと怒りがカイジにとっては勝利への追い風でしかなかった。
霊夢の放つ凄まじい威圧が重力となってのしかかるがカイジは怯まない。博打打ちとしての血が体中を駆け巡り、思考を極限まで研ぎ澄ませていく。
(いい殺気だ。だが怒りは博打じゃ命取りだぜ……。オレはあんたの心理を骨の髄まで丸裸にしてやる……!)
カイジは思考の深層へと潜る。
先ほどの勝負、霊夢は『右』を選んで外した。人間は直前の失敗を無意識に避けようとする。となれば彼女はカイジが『左』を選ぶだろうと心のどこかで予測している可能性が高い。
(普通の人間ならオレが『左』を選ぶと読んで裏をかいて『右』に隠す……。だが、こいつは違う。プライドが高く負けず嫌いなこの女は小細工には屈しない。オレが『右』と読むことまで読んであえてセオリー通り『左』に置くことでオレの思考の上を行ってやろうと考えるはずだ……!)
カイジはわざと数秒間うんうんと唸りながら悩むふりをした。そしてハッと顔を上げる。
「……普通に考えればあんたはオレの裏をかいて『右』に置く。だがあんたほどの人間がそんな単純な手は打たねえ。あんたはオレがそう読むことまで読んであえて……『左』に置いた! どうだ!」
カイジがビシッと左の湯呑みを指さす。
「なっ……!?」
その瞬間、霊夢の瞳が驚きに見開かれた。カイジの言葉が彼女の思考そのものを完璧に言い当てていたからだ。
カイジはニヤリと笑い、左の湯呑みを持ち上げた。そこにはお守りの札が静かに鎮座していた。
「……どうやらオレの勝ちが一歩見えてきたようだな」
これで一対零だが、親番でのイカサマの権利を残しているカイジにとってスコアは実質「二対零」だ。場の空気は完全にカイジが支配していた。
霊夢は「ぐっ……」と、奥歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど悔しげな表情を浮かべる。自分の思考が完全に見透かされた事実が彼女のプライドを深く傷つけたのだ。
霊夢は無言のまま湯呑みをカイジに押し返した。再びカイジの親番だ。
「さあ、次はどうかな……」
カイジはゆっくりと湯呑みをシャッフルし始める。優雅な動きの裏で彼は冷徹な作業を遂行した。霊夢からはちょうど死角になる位置で一瞬の隙をついて湯呑みから札を抜き取り懐へと戻す。
魔理沙の「あ……」という小さな息を呑む音。しかし彼女はやはり何も言わない。完全に共犯者だ。
「さあ、どっちだ? 今度は当てられるかな? 博麗の巫女さんよ」
カイジはニヤニヤと笑いながら霊夢を見つめる。
霊夢は苛立ちを隠せないまま再び思考の海に沈んでいった。
(チッ……! さっきは完全に読まれた……。こいつは私がどう思考するかを思考してる……)
霊夢の思考が迷路に迷い込んでいく。
(そうだ、深く考えれば考えるほど相手の思う壺よ。ならばここは直感。最初のインスピレーションで決める……!)
霊夢は深く息を吸い、迷いを断ち切るように一つの湯呑みを指さした。
「……左よ!」
失敗した記憶に囚われずあえて同じ選択をすることで思考のループから抜け出そうという彼女なりの答え。
しかしカイジは待ってましたとばかりに笑みを深くした。
「残念。博麗の巫女も奇跡は起こせないらしいな」
左の湯呑みを持ち上げる。そこにはやはり何もなかった。
「なっ……!?」
「……ほら、次はあんたが親番だぜ」
カイジは放心している隙を盗み、軽くシャッフルするふりをして湯呑みの中に札を戻し霊夢の前に押しやった。
自分の思考がまるで通用しない屈辱。霊夢の中で何かがプツリと切れる音がした。
バンッ!
霊夢はちゃぶ台が悲鳴を上げるほどの勢いで両手をついて立ち上がった。その瞳は純粋な殺意に近い光を宿している。
「あんた……何かイカサマしてるんじゃないでしょうね!」
静かだが、部屋中の空気を震わせるほどの凄み。普通の人間ならば失禁していてもおかしくない。だがカイジは涼しい顔で肩をすくめた。
「おいおい人聞きの悪いこと言うなよ。オレはただあんたの心理を読んでるだけだ。なあ、霧雨?」
「えっ!? あ、ああ……お、おう。特にカイジが変なことをしてる様子はなかったぜ? 霊夢、考えすぎじゃないか?」
魔理沙は動揺しながらもなんとか平静を装ってそう答えた。
証拠はない。これ以上ごねてもプライドが傷つくだけだ。霊夢は燃え盛る怒りと疑念を無理やり押し込め、乱暴に座布団に座り直した。
「……いいわ。続けましょう。次であんたを黙らせてやるから」
霊夢は静かに、しかし何かを深く考え込みながら湯呑をシャッフルし始めた。
しかしカイジは一切の焦りを見せない。
(ククク……探れ探れ……。だが、あんたにオレのイカサマは見抜けねえ……)
やがて霊夢はシャッフルを終えるとカイジを射抜くような目で言った。
「……早く選びなさい」
カイジは「うーん」と悩むふりをするが心は凪いでいた。ここで当たりを引こうが外れようが関係ない。霊夢が親の番では当たりを引くことは絶対にないのだから。
カイジは無造作に右の湯呑みを指さした。
「……じゃあこっちだ。右で」
霊夢が無言で右の湯呑みを持ち上げるとお守りの札が現れる。
「おおっ! 当たりじゃねえか! これで二連勝だな!」
カイジは素直に喜びの声を上げた。これで王手だ。
しかし、霊夢の反応は全く違っていた。彼女は「ふぅ……」と静かに息を吐くと、表情一つ変えずに湯呑みをカイジの前に押しやった。
先ほどまでの怒りや焦りが嘘のように消え失せている。カイジはその不気味なほどの静けさにぞわりと背筋が粟立つのを感じた。
──ざわ……。
(なんだ? この落ち着きは……。まさかオレのイカサマのカラクリがバレたのか……!?)
いや、あり得ない。監視役の魔理沙も裏切っていない。
カイジは湧き上がる疑念を押し殺し、平静を装って湯呑みを受け取った。
しかしその手元に注がれる霊夢の視線がコンマ一ミリ単位で見定めようとするかのように鋭く冷徹になっている。
(……やはり何かを掴んでいる……! ここで札を抜くのは危険だ……!)
カイジは急遽作戦を変更し、正直に札を入れてシャッフルを終えた。
「……さあ、選べ」
霊夢はすっと目を閉じ数秒の沈黙の後、静かに目を開いて一言だけ告げた。
「……右」
カイジが右の湯呑みを持ち上げるとお守りの札が静かに置かれていた。
「クソッ……! なんでだよ! 当てられた……!」
カイジは悔しそうな演技をする。
だが霊夢はただ静かに、冷ややかに彼を見つめているだけだった。その瞳はまるで『あなたのやることは全てお見通しよ』と語っているかのようだ。
ざわ… ざわ…
ざわ…
ざわ…
ざわ…
ざわ… ざわ…
ざわ… ざわ…
カイジの心臓を得体の知れない不安感が鷲掴みにする。まるで鉄骨の上で強風に煽られた時のような足元が崩れ落ちていく感覚。
(なんだ……なんなんだこの胸のざわめきは……! スコアはまだオレが有利なはずだ。なのになぜこの女はこんなにも落ち着いていられる……? まるで結末を全て知っているかのように……)
カイジの思考が暗い迷路を彷徨う。だが博徒としての本能が囁く。
(相手のペースに呑まれるな……! この勝負、オレが勝つための絶対の手段はあのイカサマだ。ここで引いたら本当の負け犬だ……!)
カイジは覚悟を決めた。
(やるしかねえ……! このターンでオレは必ず勝つ……!)
カイジはこれまでで最も滑らかに、そして大胆に湯呑みをシャッフルするふりをしながら中から札を抜き取った。空になった二つの湯呑みを畳に置く。
「さあ、博麗。これが最後の勝負になるかもしれないな。選べ」
冷徹な博徒の顔を取り戻したカイジ。
しかし霊夢はカイジの顔を一瞥した後、またしてもすっと目を閉じた。その静かな動作一つ一つがカイジの心臓を締め付ける。
ただの運否天賦のゲーム。カイジはイカサマによって絶対に負けないはずだ。
なのに、なぜだ。まるで分厚い雲が太陽を覆い隠していくように勝利への確信がどんどん薄れていく。
そしてついに、霊夢はゆっくりとその唇を開いた。
「……この中に『当たり』は無いわ」
「はっ……?」
その静かな一言がカイジの鼓膜を突き破り脳髄を直接揺さぶった。
意味が分からない。理解が追いつかない。しかし霊夢はさらに絶望的な言葉を続けた。
「その札は今、あんたの懐の中にあるんでしょ?」
ドクンッ、とカイジの心臓が大きく跳ねた。バレた。見抜かれた。なぜ。どうして。思考が完全に停止する。
霊夢は両手をそれぞれの湯呑みに伸ばし、同時に開けようとする。
「ま、待てっ……! 待った……!」
カイジは反射的に叫んだ。震える声で最後の虚勢を張る。
「……今、その湯呑みを開けてもしどちらかに『当たり』が入っていたら……あんた、どうするつもりだ……? 間違ってましたじゃ済まさねえぞっ……!」
しかし、その恫喝を霊夢はふっと鼻で笑い飛ばした。数々の激戦を潜り抜けてきた勝負師の圧など、この博麗の巫女の前ではそよ風ほどの意味もなさない。
「いいえ。私の予想は必ず当たっているわ」
神託のような絶対的な確信。霊夢は一切の迷いなく二つの湯呑みを同時に持ち上げた。
カタン、と乾いた音が二つ。その下には何もなかった。
当たりもはずれも、希望も絶望も。ただ空っぽの空間が広がっているだけだった。
その光景を見た瞬間、カイジの視界が、ぐにゃぁ〜〜〜っと激しく歪んだ。
畳の目が、ちゃぶ台の木目が、霊夢の顔が、全てがドロドロに溶け合い渦を巻いていく。
あぁ……終わった……。
カイジはその場で崩れ落ちるように畳に両手をついた。
完膚なきまでの圧倒的敗北だった。脳が理解を拒絶している。自分の仕掛けた完璧なはずの罠がいとも容易く根底から覆された。
そんなカイジと石のように固まっている魔理沙を霊夢は冷え切った視線で見下ろしていた。
「最初から札を入れず、私が絶対に当てられない状況を作る。そして私が親の番では私の心理や癖を読んで確実に当てに来る……。単純だけど効果的なイカサマね」
その言葉はカイジが脳内で練り上げた思考の設計図をそのまま読み上げたかのように正確だった。
「そして魔理沙。あんたが弾幕ごっこをしたいという欲望を天秤にかけ、この男のイカサマを黙認させる……それも計算のうちだったんでしょ?」
霊夢の視線が氷の矢となって魔理沙を射抜く。魔理沙は「ひっ……!」と引き攣った悲鳴を上げ、蛇に睨まれた蛙のように縮み上がった。
全てがドンピシャだった。
(あり得ない……! 帝愛との激戦を潜り抜けてきたオレが……たかが巫女に負けるだと……!?)
博打とは無縁であろう巫女一人にこのオレが負けるはずがない。その傲慢な驕りが足元を根こそぎ掬い取っていった。
魔理沙はおずおずと震える声で霊夢に頭を下げた。
「……霊夢、その……ごめん。私、どうしてもお前と勝負したくて、つい……」
霊夢は怒声を発することもなく今日一番深いため息をついた。
「……まあいいわよ。あんたがそういう奴だってことは今に始まったことじゃないし」
その時、カイジは震える唇で最後のプライドを振り絞るように問いかけた。
「……どこで……どこでオレのイカサマに気づいたんだ……?」
霊夢はまるで「今日の天気は?」と聞かれたかのようにあっさりと答えた。
「ん? ただの『勘』よ」
「か、勘だと……?」
魔理沙が「あちゃー……」と頭を抱える。
そしてカイジの中でかろうじて繋ぎ止められていた理性の糸がついに焼き切れた。
「ふざけるなッ!! 」
カイジは畳を力任せに殴りつけ激昂した。
「勘だと!? そんな曖昧なものでオレの完璧なイカサマが見抜けるか! そんな理不尽があってたまるかッ!! 」
カイジの絶叫が虚しく響き渡る。
だが霊夢は路傍の石でも見るかのように受け流した。
「理不尽? イカサマをしておいて負けた途端に喚き散らすあんたにそんなことを言う資格はないわ。……博麗の巫女の『勘』をあんたたちの世界の常識で測らないことね。それは時としてどんな理論や確率よりも真実に近い場所に届くのよ」
その言葉はもはや博打の領域を超えていた。
それはこの幻想郷という世界で博麗の巫女だけが持ち得る一種の絶対的な『力』。カイジは自分が戦っていた相手がただの人間ではなかったことを骨の髄まで理解させられた。
霊夢は散らかった湯呑みを片付けると、すっと立ち上がった。
「賭けはあんたのイカサマで不成立。つまり私の負けじゃないから魔理沙と弾幕ごっこをする義務もないわね」
魔理沙が「そ、そんなー!」と悲痛な声を上げる。
しかし霊夢は心底面倒くさそうに、しかしどこか諦めたように言った。
「……はぁ、まあいいわ。新しいスペルカードができたんでしょ。人里あたりで暴発されても迷惑だしね。ここで一度どれほどのものか見ておいてあげるわ。これも巫女の仕事のうちよ」
「ほんとか霊夢!? やったー!」
「鬱陶しいわね、離れなさい」
霊夢はそう言いながら不意にカイジの方を向いた。
「……カイジ。あんたはそこで私たちの『本当の勝負』がどういうものかよく見ておきなさい。あんたのセコいイカサマとは格が違うんだから」
霊夢は魔理沙を連れて神社の境内へと歩いていく。
残されたカイジは自分の完膚なきまでの敗北と、この世界の底知れなさに打ちのめされながらも奇妙な感情が胸に湧き上がるのを感じていた。
(……勘、か……)
理屈も、確率も、心理戦すらも超越する絶対的な「力」。
カイジは自分が足を踏み入れた幻想郷という場所が常識が一切通用しないとんでもない世界であることを理解させられた。
そして同時に、その底知れなさにほんの少しだけ心が沸き立つような感覚を覚えるのだった。
お読みいただきありがとうございました!
なんとカイジまさかの敗北……
カイジは発想力や逆境への強さ、相手の心理を読む能力は高いですが、なんでか自身から挑んで戦うギャンブルには弱いイメージがあります…
それと完全に相手が悪かったですね…
カイジの性格は?
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今のままで大丈夫
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なに良い子ぶってんだ…お前はクズだろっ!
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もっと優しさに溢れてもいいぞ