幻想博打録カイジ   作:名もない石

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投稿期間が約5か月間も空いてしまいすみませんでした!!!

完全にモチベが下がっており、全く手が付かない状態でした手…

しかし、今は徐々にモチベが上がってきているので、不定期投稿にはなると思いますが、今後も投稿は続けていきます!

こんな至らない作者ですが、どうか許してください!

またモチベ向上のためにも評価や感想お待ちしております!


鎧袖一触

(……勘、か……)

 

 

 理屈も、確率も、心理戦すらも超越する絶対的な「力」。

 

 

 カイジは、自分が足を踏み入れたこの幻想郷という場所が、自分の常識が一切通用しない、とんでもない世界であることを、改めて骨の髄まで理解させられた。

 

 

 そして同時に、その底知れなさに、ほんの少しだけ、心が沸き立つような感覚を覚えるのだった。

 

 

 カイジは、まるで磁石に引かれるようにふらふらと立ち上がり、二人が向かった神社の境内へと続く縁側へと歩を進めた。障子を開け放つと、ひんやりとした朝の空気が火照った頬を撫でる。

 

 

 がらんとした広い境内。掃き清められてはいるが参拝客の姿はなく、どこか寂寥感が漂っている。その空間を挟んで霊夢と魔理沙が、まるで決闘前のガンマンのように数十メートルほどの距離を置いて対峙していた。

 

 

「準備はいいわね、魔理沙」

 

 

「おうよ! いつでも来い霊夢!」

 

 

 そのやり取りは先ほどまでのじゃれ合いとは明らかに違う、研ぎ澄まされた緊張感を孕んでいた。

 

 

(……本当にやるのかよ。弾幕ごっこ……だっけか)

 

 

 先ほど霊夢に負けたという事もあり、カイジはまだどこかこの状況を冷めた目で見ていた。

 

 

 弾幕ごっこ。所詮は「ごっこ遊び」だろう。派手な光を飛ばし合ってキャッキャウフフと戯れる女子供の遊び。そんな侮りが心の片隅にあった。

 

 

 だが次の瞬間、その侮りは木っ端微塵に粉砕される。

 

 

「じゃあいくぜ! 恋符『マスタースパーク』!!」

 

 

 魔理沙が手に持ったミニ八卦炉と呼ばれる小さな魔法炉を構えた瞬間、凄まじい魔力が渦を巻き、空気がビリビリと震えるのがカイジにも分かった。そして、放たれたのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極光。

 

 

 

 

 あまりにも巨大で、暴力的な純粋な熱量の奔流。神社の境内を端から端まで薙ぎ払うほどの極太のレーザービーム。それはもはや「弾幕」などという生易しいものではなく、戦略兵器と呼ぶにふさわしい絶対的な破壊の光だった。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 カイジはその圧倒的な光景に声も出せずに目を見開いた。地面が揺れ、空気が焦げる匂いが鼻をつく。直撃すれば人間など骨の一片も残らないだろう。

 

 

 しかし霊夢はその絶望的な破壊を前にしても表情一つ変えなかった。

 

 

「はぁ…あんたは相変わらず甘いわね」

 

 

 彼女はただ一言そう呟くと、まるで舞いを舞うかのようにひらりと宙を舞った。その動きは物理法則を完全に無視している。マスタースパークの極光が彼女の着物の裾を掠めるが、決してその身に届くことはない。

 

 

 そして霊夢が指先で符を弾く。

 

 

「最初から終わらすつもりで行くわよ……霊符『夢想封印』」

 

 

 その瞬間、霊夢の周囲に七色に輝く無数の光の球体が出現した。それらはまるで意思を持っているかのようにホーミングミサイルのごとく魔理沙へと殺到していく。

 

 

「うおっと! いきなりかよ!」

 

 

 魔理沙は箒にまたがって空を飛び、その猛烈な追撃を紙一重で躱していく。境内は一瞬にして赤、青、黄、緑……色とりどりの光弾が乱れ飛ぶ美しくも殺人的な戦場へと変貌した。

 

 

 カイジはその光景にただただ圧倒されていた。これは遊びじゃない。ごっこなんかじゃない。

 

 

(死んでる……! 何度も、何度も……!)

 

 

 カイジの脳が常人には見えないはずの『死線』を幻視する。もし自分があの場所に立っていたら一秒の間に、何十回、何百回と死んでいる。

 

 

 弾幕の密度、速度、軌道、その全てが常人の認識能力を遥かに超えていた。

 

 

 だが、カイジの博徒としての本能がその混沌とした光景の中に、確かな『ルール』と『駆け引き』を見出し始めていた。

 

 

(違う……! デタラメに撃ち合ってるわけじゃねえ……! あの巫女は魔法使いの動きを読んで弾幕で逃げ道を塞いでいる……! 魔法使いはその塞がれた壁のほんの一瞬生まれる『隙間』を読んで突っ切ってやがる……!)

 

 

 それは極限の集中力とコンマ一秒先の未来を読む予測能力がなければ決して成り立たない、神業の応酬。美しい弾の軌跡は、相手を追い詰めるための罠。派手なスペルカードの応酬は、相手の集中力を削ぐための布石。

 

 

 全てが、計算され尽くしている。

 

 

「これは……博打だ……! 相手の思考を読み、自分の全てを賭けてたった一つの『勝ち筋』を手繰り寄せる……! 紛れもねえ命を賭けた博打だ……ッ!」

 

 

 カイジはいつの間にか縁側の柱を強く握りしめていた。指の関節が白くなるほど、力がこもっている。

 

 

 恐怖ではない。興奮だ。自分が今まで経験してきたどんな修羅場よりも濃密で、純粋な『勝負』が今、目の前で繰り広げられている。

 

 

 その光景はカイジの魂を根源から揺さぶっていた。

 

 

「チっ…今の避ける位には成長したようね。……夢符『封魔陣』!」

 

 

 霊夢が両腕を広げると、彼女を中心とした巨大な魔法陣が境内の地面に展開される。その魔法陣から無数の色とりどりの光弾がまるで噴水のように吹き上がり、魔理沙の退路を完全に遮断した。

 

 

 全方位からの回避不能に見える包囲網。

 

 

「そんなもんこじ開けてやるぜ! 魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 

 魔理沙は箒を駆り、高速で回転しながら星屑のような白い小弾を自身の周囲にばら撒く。それらの小弾が霊夢の放った光弾と衝突し、パチパチと火花を散らして相殺し合う。その一瞬の隙間を魔理沙は戦闘機のような機動で縫うようにして突破していく。

 

 

「遅いぜ、霊夢!」

 

 

 魔理沙は霊夢の頭上を取り、ミニ八卦炉を真下に向ける。

 

 

「星符『ポラリスユニーク』!」

 

 

 八卦炉から放たれたのは一本の極太レーザー。しかしそれはマスタースパークのような直線的な破壊光線ではない。まるで生きている大蛇のように不規則にうねりながら霊夢を追尾する回避困難な光の鞭だった。

 

 

「小賢しい…ッ!」

 

 

 霊夢は迫りくる光の鞭を最小限の動きで見切り、紙一重で躱し続ける。その姿はまるで猛獣をいなす熟練の闘牛士のようだ。そして、回避の最中彼女は懐から数枚のお札を取り出し宙に放った。

 

 

「神技『八方鬼縛陣』!」

 

 

 お札は魔理沙を取り囲むように八方向へと散り、それぞれが結界の杭となって空間に固定される。そして、杭と杭の間を目に見えない障壁が瞬時に形成し、魔理沙を鳥籠のような結界の中に閉じ込めた。

 

 

「しまっ……!?」

 

 

「終わりよ。宝具『陰陽鬼神玉』」

 

 

 霊夢が静かに告げると、結界の中心に禍々しいほどの霊力を凝縮した巨大な陰陽玉が出現した。それはゆっくりと、しかし確実に身動きの取れない魔理沙へと迫っていく。逃げ場はない。絶体絶命。

 

 

(終わりだ……! 霧雨は完全に詰んだ……!)

 

 

 カイジの脳が敗北の二文字を弾き出す。しかし、魔理沙はその絶望的な状況ですら不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「待ってました、だぜ! この瞬間をな!」

 

 

 彼女はミニ八卦炉を天に掲げ、ありったけの魔力を注ぎ込む。その魔力はもはや彼女一人のものではない。周囲の星の光、空気中のマナ、その全てを貪欲に吸い上げていく。

 

 

「見せてやるぜ、私の新しい力! 私だけのオリジナル! その名も……!」

 

 

 魔理沙の金色の髪が膨大な魔力によって逆立つ。彼女の瞳が博徒が最後の大勝負に出る時のような狂気と歓喜の光を宿していた。

 

 

「彗星『ブレイジングハート・ギャンブル』!!」

 

 

 その名が叫ばれた瞬間、魔理沙の身体そのものが眩い光を放つ一個の彗星と化した。そして、霊夢の張った結界を内側から破壊しながら回避不能の超高速で突撃する。

 

 

 それはもはや弾幕ではない。魔理沙自身の命と魔力の全てを燃焼させて放つ一発限りの捨て身の突撃。

 

 

 その軌道は予測不能。まるでルーレット盤の上を狂ったように跳ね回る鉄球。どこに飛ぶかは撃った魔理沙自身にすら分からない。ただ、相手を撃ち抜くまで止まらないという純粋な破壊の意志だけがそこにあった。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 さすがの霊夢も、その常軌を逸した一撃には一瞬反応が遅れた。彼女の『勘』ですら、そのあまりにも無軌道な「博打」の軌跡を完全には読み切れなかったのだ。

 

 

 霊夢は咄嗟に防御結界を張るが、彗星と化した魔理沙の突撃はその薄い壁を紙のように突き破り──

 

 

 ドォォォォンッ!! 

 

 

 境内を揺るがす凄まじい爆発音。その衝撃波がカイジの立っている縁側まで届き、障子をガタガタと激しく揺さぶった。爆心地から巻き上げられた大量の土煙が一瞬にして境内全体を覆い隠し、勝負の行方を視界から奪う。

 

 

(やったのか……!? あの魔法使い、本当に一泡吹かせやがったのか……!?)

 

 

 カイジは煙の向こう側を息を詰めて凝視した。あの巫女の初めて見る焦りの表情。そして、魔理沙の全てを賭けた狂気の突撃。勝負の天秤は間違いなく魔理沙に傾いたはずだ。

 

 

 やがてざあっと風が吹き抜け、ゆっくりと土煙が晴れていく。そして、その爆心地の光景が徐々に明らかになっていった。

 

 

 まず目に入ったのは、静かに佇む霊夢の姿だった。

 

 

 彼女の紅白の巫女服の袖はところどころが焼け焦げ、頬には一筋の切り傷が走り、そこから僅かに血が滲んでいる。明らかにただの無傷では済んでいない。ダメージを負っているのは誰の目にも明らかだった。

 

 

 しかし、彼女の表情はまるで何もなかったかのようにどこまでも澄ましきっていた。その瞳には、焦りも、怒りも、痛みすらも浮かんでいない。ただ、静かに目の前の結果を見つめているだけだった。

 

 

 そして、その霊夢の足元──

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぇ……。目が……目が回るんだぜ……」

 

 

 肝心の魔理沙は境内の地面に大の字になって倒れていた。その身体はボロボロで、トレードマークの黒い帽子はどこかへ吹き飛んでしまっている。彼女の瞳はぐるぐると渦を巻いており、完全に焦点を失っていた。

 

 

 自らの全霊を賭けた博打技は確かに霊夢に一撃を与えた。だが、その無軌道な突撃の反動は術者である魔理沙自身にも同等以上のダメージを与えていたのだ。完全に自爆である。

 

 

 霊夢は地面で伸びている魔理沙を一瞥すると、はぁ、と今日何度目か分からない深いため息をついた。そして、自身の袖についた土埃をパンパンと面倒くさそうに払いながら静かに告げた。

 

 

「……威力だけは認めてあげるわ。でも、自分も戦闘不能になるような技、実戦じゃ何の役にも立たないわね。やり直し」

 

 

 その言葉は勝者の宣告であり、同時に出来の悪い弟子に対する冷徹な評価でもあった。

 

 

「そ、そんなぁ………」

 

 

 魔理沙がか細い声で抗議するが、もはや彼女に立ち上がる力は残っていない。

 

 

 勝負は決した。カイジはそのあっけない幕切れにしばらく呆然としていた。そして、やがてじわじわと込み上げてくるある感情に気づく。

 

 

(……強い)

 

 

 ただ、純粋にそう思った。

 

 

 イカサマを見抜く、超常的な「勘」。そして、自らは傷を負いながらも決して揺らぐことのないその鉄のような精神力。

 

 

 カイジは博麗霊夢という巫女の本当の強さの片鱗を、今、改めてまざまざと見せつけられた気がした。それは自分がこれまで対峙してきたどんな敵とも違う、異質で底知れない強さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間後。

 

 

 博麗神社の境内には竹箒で地面を掃くサッサッという乾いた音だけが虚しく響いていた。

 

 

 先ほどの弾幕ごっこでクレーターのように抉れた地面は霊夢が何やら不思議な力で元通りに直してしまったが、爆風で散らかった落ち葉や小石、そして焼け焦げた地面の煤までは直してくれなかったらしい。

 

 

 その掃除をさせられているのがカイジと、先ほどまで地面に伸びていた魔理沙だった。

 

 

「うぅ……なんで私がこんなことしなきゃいけないんだぜ……」

 

 

 魔理沙は竹箒に全体重を預けるようにして寄りかかりながら、縁側でお茶をすすいでいる霊夢に向かって恨めしそうに抗議の声を上げた。その顔にはまだ疲労の色が濃く残っている。

 

 

 しかし、霊夢はそんな魔理沙のぼやきを湯呑みから口を離すこともなく冷たく一蹴した。

 

 

「当たり前でしょ。そもそもあんたが境内を派手に破壊したからこうなったんじゃない。自分の尻拭いは自分でしなさい」

 

 

「ぐぬぬ……正論すぎて何も言い返せないんだぜ……」

 

 

 魔理沙は悔しそうに唇を噛む。その隣でカイジは魔理沙以上に納得がいかない、という表情で声を荒げた。

 

 

「おい! こいつは自業自得だとしても俺は関係ねえだろ! なんで俺までこんな罰ゲームみたいなことさせられてんだ! 俺はただ見てただけじゃねえか!」

 

 

 カイジの抗議に、霊夢はゆっくりと湯呑みを置いた。そしてその冷え切った視線をカイジに向ける。

 

 

「……あら。あんた自分が仕掛けたセコいイカサマのこと、もう忘れたわけじゃないわよね?」

 

 

 その声は静かだが、有無を言わさぬ凄みがあった。背後にゴゴゴ…という効果音が見えるようだ。

 

 

「うっ……!」

 

 

 カイジはその一言で言葉に詰まった。

 

 

 実際その通りで、自分はこの巫女相手に博打でイカサマを仕掛け、そして完膚なきまでに叩きのめされたのだ。その罰としてこの強制労働に従事させられている。

 

 

 霊夢は黙り込んだカイジを鼻で笑うと、再びお茶をすすり始めた。その悠然とした態度はまるで奴隷の働きぶりを監視する女王のようだ。

 

 

 カイジは「クソッ……!」と小声で悪態をつきながら、やけくそ気味に竹箒を動かすしかなかった。この幻想郷(主に博麗神社)に来てからというもの、自分は家事といい掃除といい、雑用ばかりさせられている気がする。

 

 

(やってらんねえ……!)

 

 

 カイジが心の中で毒づきながら、隣で同じように不貞腐れている魔法使いの少女と奇妙な連帯感を覚え始めていたその時だった。

 

 

 コツ…、コツ…、コツ…。

 

 

 静まり返った境内に、不意に石段を登ってくる硬質な足音が響いた。一人分ではない。規則正しく落ち着いた足音と、それに合わせるように聞こえる少し軽やかな足音。石を打つような音だ。

 

 

 参拝客などカイジがここに来てから一度も見たことがない。霊夢も魔理沙も、その予期せぬ来訪者の気配にピタリと動きを止めた。

 

 

 やがて、長い石段の最後の段を登り切り二人の人影が姿を現す。

 

 

 一人は幼い少女だった。歳は霊夢や魔理沙よりもさらに下に見える。

 

 

 夕暮れの空のような淡いピンク色のドレスを身にまとい、頭には可愛らしいリボン付きの帽子を被っている。

 

 

 その姿はまるで西洋のアンティークドールのようだ。しかし、その幼い見た目とは裏腹に、彼女の佇まいには人を寄せ付けない威厳と、全てを見下しているかのような絶対的な自信が満ち溢れていた。

 

 

 そして何よりカイジの目を引いたのは、その少女の背中から生えている一対の黒い翼だった。

 

 

 それは鳥の羽のように柔らかいものではない。まるで、夜の闇そのものを切り取って貼り付けたかのような禍々しくも美しい、コウモリの羽。

 

 

 その非現実的な器官が彼女がただの人間ではないことを雄弁に物語っていた。

 

 

 その少女の隣には銀髪を三つ編みにしたメイド服姿の女性が寄り添っていた。彼女はその手に持った豪奢な日傘を少女の頭上に恭しく差し掛けている。

 

 

 その表情は能面のように無表情で、感情の起伏が一切読み取れない。だが、その立ち姿には一分の隙もなく、まるで精密機械のような洗練された雰囲気があった。

 

 

(なんだ……? 今度は、背中に羽が生えたコスプレか……?)

 

 

 その異様な二人組の姿を見て、カイジはこの世界に来てから何度目になるか分からない場違いな感想を抱いた。

 

 

 しかし、隣にいた魔理沙はその二人を見るなりパッと顔を輝かせた。

 

 

「おー! レミリアに咲夜じゃないか! 久しぶりだな、お前ら!」

 

 

 魔理沙はこれ幸いとばかりに持っていた竹箒をその場にポイと放り出すと、掃除を完全に放棄して二人の元へと駆け寄っていく。その足取りは先ほどまでの億劫さが嘘のように軽やかだった。

 

 

 一方、縁側で茶をすすいでいた霊夢はその来訪者たちを一瞥するとあからさまに「……また面倒くさいのが来たわね」と顔に書いて深いため息をついた。

 

 

 その表情は厄介な集金人が現れた時のそれとよく似ていた。

 

 

 魔理沙が駆け寄っていくと、日傘の下に立つ幼い少女──レミリアは、ふふん、とどこか得意げにしかし優雅に微笑んでみせた。

 

 

「久しぶりね、魔理沙。今日はその貧乏神社の掃除人として働いているのね」

 

 

「誰が掃除人だ! これは罰ゲームみたいなもんだぜ! それより、お前こそこんな何もない場所に何の用なんだ?」

 

 

 魔理沙がつい本音でそう問い返した瞬間、縁側から冷たい声が飛んできた。

 

 

「……ちょっと魔理沙、こんな場所って何よ」

 

 

 霊夢が心底不愉快そうな顔で二人を睨んでいる。魔理沙は「あっ」という顔をして口をつぐんだ。

 

 

 すると、レミリアの隣に控えていたメイド姿の女性──咲夜が主人の代わりに表情一つ変えずに口を開いた。その声はまるで磨き上げられた銀食器のように冷たく、そして滑らかだった。

 

 

「お久しぶりです、魔理沙さん。博麗の巫女。本日はお嬢様が新しい紅茶の茶葉を手に入れられまして。せっかくなので、この神社の巫女にも味見をさせてやろうとわざわざ足を運んでくださったのです」

 

 

 その言葉はどこまでも丁寧。しかし、その裏には「あなたたちの普段飲んでいるような安物のお茶とは違う、本物の味を教えてあげる」という明確な優越感と皮肉が込められているのをカイジは感じ取った。

 

 

「へえ、紅茶ねえ。そりゃあご丁寧にどうも」

 

 

 霊夢はその皮肉を真正面から受け止めながらも全く動じることなく、むしろ面白がるかのように口の端を吊り上げた。

 

 

 カイジはその一触即発の空気の中で、ただ一人状況が全く飲み込めずにいた。紅茶? わざわざこんな場所まで紅茶を飲ませるためだけに来たというのか? 

 

 

(……金持ちの道楽か何かか……? 全然話が見えねえ……)

 

 

 カイジが次から次へと現れる常識の通じない住人たちに眩暈を覚え、ただ呆然と立ち尽くしていると、不意にその場の全ての視線が自分に集まるのを感じた。

 

 

 視線の主は日傘の下に立つ少女──レミリアだった。彼女はまるで今までそこに存在しないものとして扱っていたかのように、今初めてカイジの存在に気づいたという表情で小首を傾げた。

 

 

「あら? そちらの方見ない顔ね。もしかして参拝客かしら? この神社に参拝客だなんて珍しいこともあるものね」

 

 

 その言葉には純粋な疑問と共に、この神社の寂れ具合を揶揄する悪意のない、しかしそれ故に残酷な響きがあった。その言葉に縁側に座る霊夢の眉がぴくりと動く。

 

 

「生憎だけど、そいつは参拝客なんかじゃないわ。私の奴隷よ」

 

 

「誰が奴隷だッ!!」

 

 

 霊夢のあまりにもあんまりな紹介にカイジは反射的に叫んだ。しかし霊夢はそんなカイジの抗議など意にも介さずふいと顔をそむけている。

 

 

 カイジはこのままでは本当に「奴隷」として認識されてしまうと焦り、咳払いをして改めて二人に向き直った。

 

 

「……伊藤開司です。カイジでいい。まあ色々あって、ここの厄介になってる」

 

 

 我ながらなんとも情けない自己紹介だ。カイジがそう名乗ると、レミリアは「カイジ、ね」と、まるで品定めでもするかのように呟き、優雅に一礼してみせた。

 

 

「これはご丁寧にどうも。私はレミリア・スカーレット。この先の湖のほとりにある紅魔館という館の主よ。そして見ての通り、夜を統べる吸血鬼。あなたもレミリアと呼んでくれて構わないわ」

 

 

「……私は十六夜咲夜と申します。レミリアお嬢様に仕えるただのメイドですので、お見知りおきを」

 

 

 レミリアに続き、隣に控えていたメイドの咲夜も無表情のまま、しかし完璧な所作で一礼した。

 

 

 吸血鬼。メイド。紅魔館。

 

 

 カイジの頭の中にまたしても理解不能な情報が洪水のように流れ込んでくる。妖怪の次は吸血鬼。もはや何が出てきても驚かないと自分に言い聞かせようとするが、それでも脳の処理が追いつかない。

 

 

(吸血鬼……だと……? じゃあ、あの羽は本物か……。クソッ、もう何が何だか……)

 

 

 カイジはくらくらする頭を必死に押さえつけ、自分に言い聞かせた。そうだ、ここはそういう世界なのだ。妖怪がいて、魔法使いがいて、吸血鬼がいる。それがこの「幻想郷」の常識なのだと。無理やりにでもそう思うことでカイジはかろうじて正気を保っていた。




お読みいただきありがとうございました!

遂に登場しましたレミリア様と咲夜!

彼女らは紅茶を飲ませるためにわざわざこんな場所まで……

さて、次回は平穏で住むのでしょうか…?

※鎧袖一触とは、


圧倒的な力の差や、一方的に打ち負かされる様子を表す。鎧の袖が少し触れただけで敵が倒れるほどの、力の差が歴然としている状況を指す。
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