幻想博打録カイジ   作:名もない石

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どうも名もない石です!

今回レミリアの能力に個人的な解釈や設定が入ってます。それらが苦手な方は申し訳ございません……

それでも良ければ是非お楽しみください!

また良ければモチベ向上のためにも感想や評価もお願いします!


取引

 カイジがこの世界の狂った常識を無理やり自分に叩き込んでいると、レミリアは再び霊夢の方に向き直った。

 

 その唇には先ほどよりも深い、何か底知れぬ企みを含んだような笑みが浮かんでいる。

 

「それで霊夢。私からのお誘い乗ってくれるのかしら?」

 

 その問いかけに霊夢が答えるよりも早く隣から食い気味の声が飛んだ。

 

「おう! ぜひ飲ませてくれだぜレミリア! 私も混ぜろー!」

 

 魔理沙が子犬のように目を輝かせながらレミリアに飛びつかんばかりの勢いで懇願している。

 彼女にしてみれば面倒な掃除をサボれる上に高級な紅茶にありつけるのだ。

 まさに圧倒的一石二鳥。断る理由など微塵もなかった。

 

 霊夢はそんな魔理沙の浅ましさにやれやれと肩をすくめ、少しだけ考える素振りを見せた。

 そしてまるで仕方がないとでも言うように小さく息を吐く。

 

「……まあ、どうせ暇だしいいわよ。せっかく持ってきてくれたんだからいただいてあげるわ」

 

 その言葉にレミリアは満足げに微笑むと、今度はその真紅の視線をカイジに向けた。

 

「よろしければカイジさんもいかがかしら? あなたにも、『本物の紅茶の味』というものを教えて差し上げたいのだけれど」

 

 その誘いは一見すれば貴族らしい親切なものに聞こえる。

 

 だが、カイジはその裏にどす黒い何かを感じ取っていた。

 

(……なんだ……? こいつ、何か企んでやがるな……)

 

 確証はない。ただの博徒としての勘だ。

 だが、この吸血鬼という少女の瞳の奥にはただの茶会への誘いだけではない、別の目的が隠されている。獲物を罠に誘い込むクモの糸のような甘く危険な匂いがしてならなかった。

 

(クソっ……オレにもあの博麗みてえな全てを見通す『超常の勘』があれば……!)

 

 一瞬そんな甘い考えが頭をよぎるが、カイジはすぐに「何甘えてんだオレは!」と、そのふざけた思考を叩き斬った。他人の能力を羨んでも何も始まらない。

 

(……面白い。正体が分からねえなら懐に飛び込んで探ってやるのが一番だ……!)

 

 カイジは勝負師としての本能に従うことにした。

 

「ああ、ありがたくいただくぜ」

 

 カイジがそう答えると、レミリアは「それじゃあ決まりね」と、心底楽しそうに手を叩いた。そして隣に控えるメイドの咲夜にちらりと視線を送る。

 咲夜はその視線だけで全てを察したのか、「それでは準備をいたしますので」と、感情の抜け落ちた声で静かに一礼した。

 

 次の瞬間──カイジは信じられない光景を目の当たりにした。

 

 咲夜がまるでそこに最初からあったかのように何もない虚空から豪奢なテーブルと人数分の椅子を『取り出した』のだ。

 いや、取り出したという表現すら生ぬるい。比喩でも手品でもない。本当に一瞬で、目の前の空間を切り裂くようにそれらが出現したのだ。

 

「なっ……!?」

 

 カイジはあまりの超常現象に声も出せずに固まった。

 

 一体いつ用意した? 魔法で用意したのか? オレの頭がとうとうおかしくなったのか? 

 

「ほら、カイジさんも座って。いつまで突っ立っているつもり?」

 

 レミリアの声でカイジはハッと我に返った。

 

 見ればいつの間にか霊夢と魔理沙は何事もなかったかのように用意された椅子に当然といった顔で座っている。

 カイジはまだ混乱する頭のまま、まるで操り人形のように促されるがままに空いている席へと着くしかなかった。

 

 カイジが席に着くと、咲夜はテーブルの上にこれまたどこからともなく取り出した銀製のティーセットを静かに並べ始めた。

 

 小さな銀のキャニスターを開けるとふわりと極上の香りが辺りに漂う。

 咲夜は完璧な所作でその茶葉をティーポットに入れ、沸かしたお湯を寸分の狂いもない高さから注ぎ込んでいく。

 その一連の動きには一切の無駄も迷いもない。まるで何万回と繰り返してきたかのような洗練され尽くした芸術の域に達していた。

 

 指先の角度、手首の返し、ポットを傾ける速度。

 

 その全てがまるで精密な機械のように計算され尽くしている。それは熟練のディーラーがカードを配る様にも似ていたが、もっと静かで神聖な儀式のようでもあった。

 

 やがて、完璧なタイミングで蒸らされた紅茶が咲夜の手によって純白のティーカップへと注がれていく。琥珀色に透き通った液体が優雅な音を立ててカップを満たしていく。

 最後にカイジの前にもソーサーに乗せられた一杯がそっと置かれた。

 

 目の前に置かれた極上の一杯。カイジは試しにカップに顔を近づけ、その香りを嗅いでみた。

 

(なんだこの匂いは……!?)

 

 カイジが知っている自販機で売っている甘ったるいペットボトルの紅茶などとは次元が違った。

 

 芳醇で、華やかで、それでいてどこか落ち着く深く複雑な香り。ささくれだった心を優しく解きほぐしていくかのようだ。思わずごくりと喉が鳴る。

 

 その時、隣から待ちきれないといった声が上がった。

 

「おーっ! すっごく良い匂いだぜ! じゃあお先にいただきまーす!」

 

 魔理沙が行儀も作法も完全に無視して目の前のティーカップにガッと手を伸ばし、一気に煽るようにして紅茶を飲もうとする。

 

「おいバカ! 霧雨……!」

 

 カイジは思わず制止の声をかけた。

 

 いくら社会の底辺を這いずり回ってきたクズとはいえ、奢ってくれる相手が「どうぞ」と言う前に口をつけるのがどれだけ無礼なことかそれくらいの常識はある。

 だが間に合わず、魔理沙はすでにカップの中身を半分ほどごくごくと喉に流し込んでしまっていた。

 

(やっちまった……!)

 

 カイジはレミリアがどう反応するかと冷や汗をかいた。激怒し、この場が血の海に凍りついてもおかしくない。

 

 しかし、レミリアはそんな魔理沙の無作法を気にした様子もなくただ優雅に微笑んでいるだけだった。

 レミリア自身もティーカップを手に取ると静かに一口、口に含んだ。霊夢も無言で続く。

 カイジは安堵のため息を隠しながら自分もカップを手に取り、琥珀色の液体をそっと口に流し込む。

 

 その瞬間──カイジの脳天を雷に打たれたかのような衝撃が貫いた。

 

(う、うまっ……! なんだこれは……!? 悪魔的美味っ……!)

 

 最初に感じたのは花のような華やかな香り。それが鼻腔を駆け抜けたかと思うと次に果実を思わせるしっかりとした、しかし上品な甘みとコクが舌の上に広がる。渋みや苦みは一切ない。

 ただ、どこまでも滑らかで芳醇な味わいだけが喉を通り過ぎていく。

 砂糖と香料の塊のような安物の液体とは完全に別次元。極上のワインか年代物のブランデーのようだ。

 

 一杯の紅茶がこれほどの幸福感を与えるものなのか。カイジはその衝撃にしばらく言葉を失っていた。

 

「うっめえ! なんだこれ、すっごく美味しいぜ!」

 

「……確かに美味しいわね。香りも味も文句のつけようがないわ」

 

 魔理沙と霊夢の賞賛を聞き、カイジもぽつりと呟いた。

 

「……ああ、うめえな。本当に……」

 

 三者三様の賞賛にレミリアは「ふふっ」と心底満足げに微笑んだ。

 

「それは良かったわ。あなた達にもこの良さが分かるとは思わなかったけれど」

 

 相変わらず棘のある言葉だが、それからは特に会話もなくただ優雅な時間が流れた。

 

 しかし、その静寂は唐突に破られた。

 

 紅茶を飲み終えた霊夢がカタン、と静かに、しかし明確な意志を持ってカップを置いたのだ。そしてその鋭い視線を真っ直ぐにレミリアへと向ける。

 

「……それで? 紅茶の味見はもう済んだわ。さっさと『本当の目的』を話しなさいよ」

 

 その声は和やかな雰囲気を一瞬にして切り裂く氷のような響きを持っていた。その場の空気が再びピリリと張り詰める。

 しかし、霊夢の射抜くような視線を受けてもレミリアは少しも動じない。ニコニコと愛らしい笑みを浮かべたままわざとらしく小首を傾げる。

 

「あら、何のことかしら? 私はただ美味しい紅茶をあなたにご馳走しに来ただけなのだけれど」

 

 そのあまりにも白々しいとぼけ方にカイジは確信した。やはり自分の勘は当たっていたのだ。

 この優雅なお茶会は本題を切り出すためのただの口実に過ぎない。

 

 二人の探るような敵意すら含んだ視線の交錯。息の詰まる沈黙が数分続いた。

 

 やがて、その沈黙を破ったのはレミリアだった。彼女はまるで芝居がかったため息をつくと、「やれやれ、参ったわ」と大げさに肩をすくめてみせた。

 

「……流石は博麗の巫女ね。どうやら私の下手な嘘は最初からお見通しだったみたいだわ」

 

 その言葉と共にレミリアの顔から先ほどまでの愛らしい笑みがすっと消え失せた。

 代わりに現れたのは、冷徹で、有無を言わさぬ『絶対的な支配者』の表情。その幼い容姿からは到底想像もつかないほどの強烈な威圧感がテーブルを囲む空間全体を支配していく。

 

 そして彼女はその真紅の瞳でカイジを真っ直ぐに射抜き、静かに、しかしはっきりと告げた。

 

「カイジさん……いいえ、カイジ。あなたを私の『従者(どれい)』として雇わせてもらうわ」

 

「…は、はぁ?」

 

 意味が分からない。この少女とは今日会ったばかりだ。なのになぜ。

 

 カイジが混乱している間に隣から氷のように冷たい声がした。

 

「断るわ」

 

 霊夢が即答した。

 

「こいつは今、私のところで働いてもらってるの。あんたの気まぐれで勝手に連れて行かれてもらっては困るわ」

 

 しかし、レミリアは霊夢の剣幕を嘲笑で受け流す。

 

「あら、働いてもらってる……なんて、随分と優しい言い方をするのね。まともな賃金も払わずに食事も寝床も最低限。それこそまるで『奴隷』のようにね」

 

 その言葉は鋭い刃となって霊夢に突き刺さった。

 霊夢の纏う空気が純粋な殺気へと変わる。レミリアから発せられる威圧と激突し、空間が軋む。

 

「ちょ、ちょっと待て待て! 大体レミリア! お前なんで急にカイジなんかを欲しがるんだよ! こいつに何ができるって言うんだ!」

 

 魔理沙が慌てて割って入り根本的な疑問をぶつけた。

 

 なぜこの吸血鬼は博打以外に何の取り柄もないただのクズ男をわざわざ欲しがるのか。

 レミリアはくすくすと心底楽しそうに喉を鳴らして笑った。

 

「決まっているじゃない、面白そうだからよ。……この男の『運命』は私にも見えないの」

 

 レミリアはまるで極上の玩具を見つけたかのようにその真紅の瞳を輝かせた。

 

「普通、人間や妖怪にはその者が辿るであろう『運命の糸』が見えるものなのだけれど……この男の糸はまるでぐちゃぐちゃに絡まった毛糸玉。どこに繋がっているのか全く見えない。だからこそ面白い。この男を私の近くに置いてこの先どんな数奇な運命を辿るのか……この目で見届けてみたいのよ」

 

 ──運命が見えない。

 

 その物言い、その眼差し。それは対等な人間に対するものではない。まるで珍しい昆虫や血統書付きのペットを欲しがる時のそれと同じだった。

 

(ふざけるな……! このガキ、オレの人生をただの『見世物』として弄ぼうとしてやがる……!)

 

 カイジの中でじりじりと怒りの炎が燃え広がり始めたその時、霊夢が氷の声で一刀両断した。

 

「断る、と言ったはずよ。あんたのそんなバカげた気色の悪い娯楽のためにこいつを差し出す義理はないわ」

 

 その侮辱の色を隠そうともしない言葉。

 

 瞬間、レミリアの背後に影のように控えていた咲夜の纏う空気が劇的に変わった。

 

「……いくら博麗の巫女といえど今の言葉は聞き捨てなりません。お嬢様に対してあまりに無礼です。言葉を慎んでいただきたい」

 

 咲夜の瞳はもはや霊夢をただの巫女としてではなく、『主人の敵(排除対象)』として冷徹に捉えていた。

 

 しかし霊夢は一歩も譲るつもりはない。

 

「はぁ……」

 

 レミリアは心底面倒くさそうにため息を吐くと、再びカイジの方へと向き直った。

 

「……分かったわ。ただで寄越せ……とは言わない。勿論カイジには十分な給金、完璧な衣食住の保証、週休二日制。そして……」

 

 彼女はカイジの目を真っ直ぐに見据え、悪魔のような笑みを浮かべて告げる。

 

「特別にあなたをこの世界に連れ込んだ張本人……『八雲紫に会わせる』ことを約束してあげるわ」

 

「……なんだとっ!?」

 

 カイジは思わず椅子から立ち上がりそうになった。

 

 元の世界に帰るための唯一の糸口。その提案はカイジにとって抗うことのできないあまりにも甘美な劇薬だった。心がもはや完全に紅魔館の主へと傾きかける。

 

「──待ちなさい」

 

 霊夢の静かな声がその甘い空気を切り裂いた。

 

「あんた、本気でその話を信じるつもり? 仮に八雲紫に会えたとして……この吸血鬼が素直にあんたを手放してくれるとでも思うの? こいつの目的はあんたの『運命の観察』よ。話が矛盾しているじゃない」

 

「……っ!」

 

 カイジはハッと我に返った。

 

 そうだ、危なかった。好待遇と帰還のチャンスという餌に釣られまたしても目先の欲望で本質を見失うところだった。この吸血鬼は絶対に自分を手放す気などない。

 

 レミリアは小さく舌打ちし、不機嫌そうに答える。

 

「そこは『要相談』よ。もし元の世界に帰るというのなら、それもまた運命。私はその結末を見届けたいだけ」

 

 もっともらしいが、最終的な判断は全て自分が行うという傲慢な響きが隠されている。

 このまま相手の土俵で踊らされていては結局搾取されるだけ。地下の強制労働施設の二の舞だ。

 

 ならば、やることは一つ。

 

「……いいだろう」

 

 カイジは椅子に深く座り直し、ポーカーテーブルで相手と対峙するかのようにレミリアを真っ直ぐに見据えた。

 

「オレが今から言う『三つの条件』をあんたが全て飲めるって言うなら……紅魔館で働いてやってもいい」

 

「はぁ!? ちょっと、あんた何勝手なこと言ってんのよ!」

 

 霊夢の怒声を完全に無視し、カイジは帝愛との数々の死闘で研ぎ澄まされた博徒としての交渉術を今、この場で解き放つ。

 

「まず一つ。オレは奴隷じゃねえ、対等な『従業員』だ。

 二つ。給金は『半年分の前払い』だ。オレが逃げ出さないための、そしてあんたがオレを切り捨てないための担保だ。

 三つ。紫との交渉にあんたは一切口出ししない。そして帰還が決まった場合、あんたは無条件で契約を破棄し、オレを解放する。

 ──この全てを飲めるならあんたの『娯楽』に付き合ってやる」

 

 カイジが全ての条件を言い終えた瞬間。テーブルを囲む空気が絶対零度まで凍りついた。

 レミリアの顔から完全に表情が消えていた。

 

「……ほぉ」

 

 彼女の唇から冷たい吐息のような声が漏れる。

 

「……よくも……ただの人間の分際でこの私にそのような口が利けたものだな」

 

 次の瞬間、レミリアから放たれたのはもはや威圧などという生易しいものではなかった。純粋な、極限まで凝縮された『死』そのもの。

 

 カイジの全身の細胞がその圧倒的なプレッシャーに悲鳴を上げ、本能が「逃げろ」と警鐘を乱れ打つ。

 目の前の少女が指一本動かすだけで自分など塵芥のように消し去ることができる。絶対的な捕食者であることを魂の底から理解させられる。

 

 だが、ここで引いては負けだ。ここで臆すれば一生誰かの奴隷のままだ。

 博徒として数々の死線を潜り抜けてきた男として、ここで引くことだけは己の誇りが許さない。

 

 カイジは震える膝を必死に押さえつけ、奥歯を砕けんばかりに噛み締めその殺意の奔流にただひたすらに耐えた。

 その瞳だけは決して目の前の吸血鬼から逸らさなかった。

 

 

 

 

 

ざわ…                                    ざわ… 

                      ざわ…

       

                          ざわ…

 

 ざわ… 

        ざわ…      ざわ…

 

                ざわ…          ざわ…

 

 

 

 

 

 ……どれほどの時間が経っただろうか。数秒か、あるいは数分か。

 

 やがてレミリアはふっと、その息が詰まるようなプレッシャーを霧が晴れるように消し去った。

 

 カイジの全身から一気に力が抜ける。全身が汗でぐっしょりと濡れていた。

 

 レミリアは一歩も引く様子のないカイジのその胆力に、これ以上の脅しは無意味だと悟ったのか指先を自身の唇に当て考える素振りを見せ始めた。

 その目はもはやカイジをただの人間としてではなく、交渉に値する「玩具」として冷静に分析しているようだった。

 

 再び静寂が場を支配する。

 

 やがてレミリアはまるでチェスの次の一手を決めたかのようにその唇を開いた。

 

「……いいわ、面白い。あなたのその度胸買ってあげる。ただし、その条件……一部修正させてもらうわ。その内容でよければ飲んであげましょう」

 

「……修正内容を聞こうか」

 

 カイジはまだ痺れの残る身体に鞭打ち、なんとか声を絞り出した。

 レミリアはまるでゲームを楽しむかのようにその修正案を一つ一つ丁寧に告げ始めた。

 

「まず一つ目。『対等な契約関係』、これは認めましょう。ただしあなたは紅(・)魔(・)館(・)の(・)ル(・)ー(・)ル(・)に(・)絶(・)対(・)に(・)従(・)う(・)こと。私の命令は業務命令として原則拒否権はないものとする。これは従業員として当然の義務よ」

 

「……まあいいだろう」

 

(実質奴隷と変わらねえ気もするが……今は突っ込まねえ)

 

「二つ目、『給金の前払い』。これはあまりに信用がないわね、なのでこうしましょう。契約時にまず一ヶ月分を前払いする。その後は毎月月末にきっちり支払う。これならあなたも当面の生活には困らないし、私もあなたの働きぶりを評価する時間ができる。お互いにとってフェアな条件でしょう?」

 

「ぐっ……」

 

 カイジは言葉に詰まる。確かに正論だ。半年分の一括払いはあまりに虫が良すぎたかもしれない。退路を絶たれた気がしたが反論できない。

 

 そしてレミリアは最も重要な三つ目の条件について、その真紅の瞳を細めて告げた。

 

「そして三つ目、『八雲紫との交渉』。私がその場をセッティングし、交渉に一切口出しをしないというところまでは約束しましょう。ただし、『もし交渉に成功した場合、無条件で契約を破棄する』……これは認められないわ」

 

 レミリアはカイジの心を弄ぶかのように一度言葉を切った。

 

「交渉がどうなろうとあなたとの契約期間は『最低でも一年』。その一年間は何があってもあなたは私の下で働いてもらう。その代わり……もし一年後、あなたがまだ元の世界に帰ることを望むのならその時は私もあなたの解放を前向きに検討してあげる。どうかしら? これが私の最大限の譲歩よ」

 

(こいつっ……!)

 

 それはカイジの提示した条件の最も核心的な部分を巧みに無力化する悪魔的な修正案だった。

 八雲紫と会える。交渉もできる。だがその結果がどうであれ最低一年間はこの吸血鬼の支配下からは逃れられない。

 

 カイジがレミリアから提示された悪魔的な修正案を前に必死に思考を巡らせていたその時だった。

 

 

 バンッ!! 

 

 

 テーブルが割れるのではないかというほどの凄まじい音が響き渡った。

 音の主は霊夢だった。彼女はテーブルに両手をついて立ち上がり、その瞳は純粋な怒りの炎で燃え上がっていた。

 

「あんたたちさっきから聞いてれば……何勝手に話を進めてんのよッ!!」

 

 その怒声は今までで一番感情が剥き出しになっていた。

 

「そもそも大前提がおかしいじゃない! こいつをどこで雇うだの条件がどうだの……。こいつは今、私のところで私の奴隷として働いてもらってるの! あんたたちに処遇を決める権利なんて微塵もないのよ!」

 

 霊夢のその主張にレミリアはまるで癇癪を起こす子供を見るかのように冷ややかに、そして面白そうに問い返した。

 

「それはあなたが一方的にそう思っているだけでしょう? 彼が本当にあなたの『奴隷』であるという法的な根拠はどこにあるのかしら?」

 

「根拠ならあるわよ! こいつとはちゃんと契約を交わしてるわ!」

 

 霊夢は自信満々にそう言い放った。しかしレミリアはその言葉を待っていたかのようにさらに畳み掛ける。

 

「契約、ね。面白いことを言うわね。じゃあその契約にちゃんとした『期限』は定められているのかしら? そもそもその契約内容を記した『契約書』は存在するの?」

 

「……ッ!」

 

 レミリアの的確な追及に霊夢の言葉が一瞬詰まった。

 

「……そんなもの、あるわけないでしょ。無くても十分よ」

 

 その苦し紛れにも聞こえる答えを聞いて、レミリアは勝利を確信したようにくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「あらあら、それじゃあただの口約束じゃない。そんなものは契約とは言わないわね。法的な拘束力など何もないただの子供の約束事よ」

 

 そのあまりにも正論で徹底的に霊夢の主張を否定する言葉。

 

「……あ゛?」

 

 霊夢の額にくっきりと青筋が浮かび上がった。彼女の纏う空気が殺気からもはや純粋な破壊の衝動へと変貌していくのがカイジにも肌で感じられた。

 

 霊夢の怒りが沸点に達し、この場の全てが破壊されかねない。そのあまりにも危険な空気をレミリアはまるで楽しむかのようにふっと、その表情を和らげた。

 

「しかしまあ、このままではあまりにあなたが哀れだわ。一方的に大事な(?)労働力を奪われるだけでは博麗の巫女としての面子も立たないでしょう」

 

 レミリアは一度言葉を切ると、まるで慈悲を施す女王のような口調で霊夢に語りかけた。

 

「だから特別に、もしあなたが素直にカイジを私に差し出すというのなら……一つ、あなたにとっても非常に『美味しい取引』をしてあげてもいいわよ」

 

 その言葉に霊夢は何も答えない。しかしその目は「話してみろ」と雄弁に語っていた。

 レミリアはその反応を見て満足げに微笑むと、霊夢の最も弱い部分を的確に突く提案を口にした。

 

「私の館、紅魔館にはね、長年仕えている優秀な妖精メイドたちが大勢いるの。けれど最近は少し妖精が余っていて困っていたところなのよ。

 そこでどうかしら? カイジ一人を私に譲ってくれるなら、その代わりに我が紅魔館の妖精メイドを『三人』、この神社に『一年間無償で』派遣してあげるわ」

 

「……なんですって?」

 

 霊夢が初めて怪訝な声を上げた。

 レミリアはその反応を楽しみながらさらに言葉を続ける。

 

「彼女たちは掃除、洗濯、料理、その他ありとあらゆる家事を完璧にこなすプロフェッショナルよ。この広くて古くて手入れの行き届いていない神社を毎日ピカピカに保ってくれるでしょうね。もちろん食事の心配も一切なくなるわ。あなたは指一本動かすことなく毎日三食昼寝付きの優雅な生活が送れるようになる」

 

 その提案はあまりにも魅力的だった。カイジという扱いにくく文句ばかり言う素人の男一人。それと引き換えに家事のエキスパートであるメイドが三人、一年間も無償で手に入る。

 常に人手不足と財政難に喘いでいるこの博麗神社にとって、まさに起死回生の一手。

 

「どうかしら、博麗の巫女。 口先だけで働きも中途半端な男一人と完璧な家事をこなすメイド三人。どちらがあなたにとって『価値』があるか……。賢いあなたならすぐに分かるでしょう?」

 

 霊夢はその提案を聞くとほんの数秒、まるで頭の中でソロバンを弾くかのようにその黒い瞳を動かして損得勘定をしていた。

 

 そして、次の瞬間。

 

「……いいわ。その取引乗った」

 

 彼女はあまりにもあっさりとその条件を飲んだ。それどころかその口元には今日初めて見せるほんのりとした、しかし確かな満足の笑みさえ浮かんでいる。カイジ一人を差し出すことで得られるあまりにも大きな利益を前に彼女のプライドや意地など何の価値も持たなかったのだ。

 

 そのあまりにもドライで即物的な決断。圧倒的な裏切り。カイジはその様子を見て胸の奥がずきりと痛むのを感じた。

 

(……なんだよ、結局……)

 

 奴隷だの私のものだのと言いながらも、心のどこかでほんの少しだけ期待していたのかもしれない。この巫女が自分のことをただの労働力としてではなく少しは仲間として手放すのを惜しんでくれるのではないか、と。

 

 だが、それは完全なる思い過ごしだった。

 

 彼女にとってカイジはただの雑用係。メイド三人と天秤にかけられれば文字通り秒速で切り捨てられる程度の存在でしかなかったのだ。

 カイジがその複雑な心境を噛み殺していると、レミリアは勝負の決着がついたとばかりに再びカイジの方へと向き直った。

 

「まあ私と霊夢の間で話がまとまっても結局、あなたがこの条件を飲まなければ意味がないのだけれどね」

 

 その言葉は一見、カイジの意思を尊重しているかのように聞こえる。だが、その瞳は「あなたに断るという選択肢はないでしょう?」と、雄弁に語っていた。

 

(クソアマが……!)

 

 カイジは内心で毒づいた。

 

 そうだ、その通りだ。条件を飲むか飲まないかではない。カイジにはもはや『飲む』という選択肢しか残されていないのだ。

 レミリアが修正したあの悪魔的な条件にこれ以上抗議する余地などない。もしここでさらにごねようものなら今度こそ本気で殺されるかもしれない。

 

 そして何より今のこの霊夢の状態だ。彼女はもはやカイジの味方ではない。むしろ、カイジがこの条件を断れば、「あんた、さっさと条件を飲みなさいよ。私のメイド三人がかかってるんだから」と、平然と言い放つだろう。

 

 どのみち、もう道は断たれた。四方八方を完璧に塞がれている。

 

(この女、レミリア・スカーレット。交渉があまりにも上手すぎる……!)

 

 結局、カイジは最初からこの女の掌の上で気持ちよく踊らされていただけだったのだ。

 カイジは全ての抵抗を諦め、まるで死刑判決を受け入れる罪人のように重々しく、そして力なく頷いた。

 

「……わかった。その修正案を……飲む」

 

 その言葉を聞いてレミリアは今日一番満足げな笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、賢明な判断だわ。──契約成立、ね」

 

 彼女はまるで勝利宣言のようにそう言うと、すっと立ち上がった。

 

「それじゃあ正式な契約書を咲夜に作らせて明日、改めてここに届けさせるわ。サインをする準備をしておきなさい」

 

 レミリアは用は済んだとばかりに踵を返す。

 

「それまではこの神社でおとなしくしていることね。……元・ご主人様によろしく」

 

 その皮肉な言葉を残し、レミリアと咲夜は来た時と同じように神社の石段を下って闇の中へと消えていった。

 

 残されたのは複雑な表情のカイジと、どこか気まずそうな魔理沙。そしてこれから始まる優雅な生活を夢見て上機嫌な霊夢だけだった。

 

 

 

 

 

 

少女祈祷中・・・

 ㅤㅤㅤㅤㅤNowLoading…

 

 

 

 

 場面は変わり、夜。

 

 あれから魔理沙も「研究の続きがあるから」と嵐のように帰っていき、博麗神社には再びいつもの静寂が戻っていた。

 カイジは霊夢と二人、ちゃぶ台に向かい合って最後の夕食を食べている。

 

 ちゃぶ台に並んでいるのは炊き立ての白米と豆腐だけが浮かんだ味噌汁、少し焦げた目玉焼きが二つ。ただ昨日と唯一違うのは、魔理沙が人里で買ってきたのであろう安いきゅうりの漬物が小鉢に添えられていることくらいだった。

 

 二人は特に言葉を交わすこともなくただ黙々とそれぞれの箸を進める。カツ、カツ、と食器の触れ合う音だけが静かな夜の空気に響いていた。

 

 しかし、その沈黙が破られたのは食事が半分ほど進んだ頃だった。

 

「……一日とほんの少しだけの時間だったけど」

 

 ふと、霊夢が目の前の味噌汁を見つめながらぽつりと呟いた。

 

「あんたは……まあ、よくやってくれたわ。薪割りも、水汲みも、掃除も。文句ばっかりだったけどね」

 

 そのあまりにも素直な労いとも取れる言葉。しかし、カイジは昼間の出来事がまだ胸につかえていた。

 

「……そうかよ」

 

 カイジはぶっきらぼうに冷たくそう返すだけだった。

 

 一見すれば二人の関係は昼間の取引を経てぎくしゃくしてしまったように見える。

 だが、不思議なことにカイジも、そしておそらく霊夢も、この多くを語らない少しだけ距離のある空気を決して不快だとは思っていなかった。むしろ、互いに干渉しすぎないこの関係性が二人にとっては最も心地の良いものだったのかもしれない。

 

 食事を終え、風呂に入り、カイジは相変わらず物置同然の埃っぽい空間に敷かれた布団で横になった。

 

 明日からのことを考える。

 レミリア・スカーレットという未知の、そして底知れない力を持つ吸血鬼。彼女が住むという紅魔館という場所。そこで自分に一体どんな出来事が待ち受けているのか。不安は鉛のように重く心を沈ませる。

 

 しかし、とカイジは思う。

 

 地下の強制労働施設、死の鉄骨渡り、人喰い沼パチンコ『沼』……。これまで数々の絶望的な状況を知恵と勇気と悪運の強さで乗り越えてきた。

 それに比べればまだマシだ。給金も、寝床も、食事も保証されている。そして何より元の世界に帰るための唯一の手がかりがある。

 

「……やってやるさ」

 

 カイジは誰に言うでもなくそう呟いた。どんな逆境だろうと、どんな理不尽だろうと、食らいつき、利用し、そして必ず生き残ってやる。それが伊藤開司という男の生き様だった。

 

 カイジは覚悟を決めた。そして明日からの新たな戦いに備えるため、ゆっくりとその目を閉じるのだった。




お読みいただきありがとうございました!

霊夢さんあっさりカイジを手放すな……と思うかもしれませんが、カイジと出会ってまだ1日と数時間ほどだし当たり前だよね…

また私の中でレミリアはカリスマ(笑)の姿も好きなのですが、頭脳戦をするのならカリスマ(ガチ)の方が良いかなと思い結構原作よりにしてます!

レミリアの性格について

  • カリスマ(ガチ)
  • カリスマ(笑)
  • どちらもありうる……そんだけだ
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