「せいじょのおはなし」「エルミナの日記」『救世の聖女と奉仕の少女』   作:白夜(つくも よる)

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今回もキリが良いところで止めた結果文字数が少なくなりました。


2話『少女の定め』

その日は、何かが違っていた。

 

 朝から風が止まらず、空は晴れているのに空気がざらついているようだった。野に出ていた羊たちが落ち着かず、村の犬がやたらと吠える。母は「今日は天気が崩れるかもしれない」と言っていたが、サーミアの胸には、もっと違う予感があった。

 

 午後、サーミアは水車小屋の裏で、いつものように小川の掃除をしていた。膝をつき、水草をどけ、澱んだ泥をかき出す作業は地味だが、彼女にとっては大切な日課だった。

 

 日課を終え、家に帰ろうと立ち上がった途端、異変は起きた。

 

 頭の奥が、ずん、と重くなった。

 

「……あれ?」

 

 立ち上がろうとした瞬間、世界がぐらりと傾いた。視界が白くかすみ、膝が砕けるように崩れた。

 

 次の瞬間、彼女は倒れていた。小川のほとりに。

 

 水の音が遠のき、風の匂いが薄れていく。まぶたの裏に、まばゆい光が差し込んだ。

 

 

 

 _/_/_/_/_/

 

 

 

 目を開けると、そこには見たことのない風景が広がっていた。

 

 空も地もない。上下も左右もない、ただ光と静寂だけの空間。けれどそこは、恐ろしくなかった。しかし、どこか安心感はあった。

 

 そして──声が聞こえる。

 

 

 

 ──「サーミアよ」 

 

 

 

 それは、男でも女でもない、年老いた者でも幼き者でもない、不思議な響きだった。声というより、心の奥底に直接届くような、澄んだ音。

 

「……誰、?」

 

 彼女は口にした。だが声は出なかった。それでも、意思は伝わっているとわかった。

 

 

 

 ──「我はザリオス。契りを結びし神なり」 

 

 

 

 その名を、彼女は知っていた。村の祠で毎晩祈ってきた神。その本当の姿など、誰も知らない。けれど今、目の前に存在していた。

 

 サーミアは、ただ、そこに立ち尽くした。

 

 

 

 ──「災いが近づいている。この国の行く末は、今まさに分かれ目にある」

 ──「一人の娘が、世界の運命を握っている」

 ──「汝、その娘に仕えよ」 

 

 

 

「……その娘、って……」

 

 

 

 ──「彼の者は聖女となる定め。汝は影として寄り添い、彼女の心と命を守れ」 

 

 

 

 世界の運命。聖女。仕える。

 

 言葉の重さが、幼い心にゆっくりと沈んでいく。

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 自分でも驚くほど、声ははっきりしていた。恐れも、戸惑いも、なかった。

 

 ただそのとき、サーミアの中にあったのは「誰かのために役立ちたい」という、いつも通りの思いだった。

 

 すると、ふたたび光が揺れた。空気が震え、何かが身体の内側に流れ込んできた。

 

 

 

 ──「汝に、神聖なる魔法を与えん」 

 

 

 

 柔らかな光が、胸の奥に灯る。冷たくも熱くもなく、ただ静かに、確かな力が宿る感覚。

 

 

 

 ──「汝の魔法は──忘却」

 ──「癒しを受けた者の記憶を、消す術なり」 

 

 

 神の意思は汲みとれるわけもなく、サーミアはただ聞いているしかない。

 けれどサーミアは、その運命と、その恵贈を自然と受け入れていた。

 

 

 

 ──「代償は遠≠†∴記憶∞§‡始ま∋†≠。人〆‡∞記憶≠†§消∋ご〻に、己〻§‡過去≠∞†ま〻薄──

 

(代、償……?)

 

 サーミアの眠気がだんだんと強くなり、神の声が途中でぼやけていく。そのまま意識を手放した。

 

 

 

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 頬の冷たさで、サーミアははっと息を吸った。浅瀬の水が陽を弾いて揺れ、濡れた袖口が重い。まばたきをすると、目尻に溜まっていた光がゆっくり形を解き、川音と風の匂いが戻ってくる。

 

「……帰らなきゃ」

 

 立ち上がると、膝が少し笑った。手のひらを見つめる。さっき胸の奥に落ちてきた、言葉にならない温もりはまだそこにいる。確かなものなのに、触れれば消えてしまいそうな、火種のような感じ。

 

 土手を上がったところで、近所の子どもが見つけて走ってきた。

 

「サーミア姉ちゃん! こけたの?」

 

「ううん、ちょっと……転んだだけ。平気」

 

 サーミアが笑ってみせると、子どもは安心したように頷き、村の方へ先に駆けていった。足を引きずるほどではない。けれど、胸の鼓動はいつもと違う拍を打つ。早くても、苦しくはない。むしろ落ち着くための合図みたいだった。




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