「せいじょのおはなし」「エルミナの日記」『救世の聖女と奉仕の少女』   作:白夜(つくも よる)

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色々構想を練ってる時が1番楽しいんですよね。
それを形にするのが難しいんですけど。


5話『少女と聖女』

 誰かが来る。その確信は、胸にある火種が教えてくれる。声ではなく、雰囲気で。「来る」としか言えない確信だ。何度深呼吸しても、手の震えは消えなかったが、それでも震えは怖さではなく、期待に変わっていった。

 

 足音が近づく。土の匂いが変わり、樹の間に人影が揺れる。木の葉が一度だけざわめいて静まると、朧げな朝もやの中に、一人の少女の輪郭が現れた。

 

 銀の髪。半分は上げられ、残りは肩と背に流れている。朝露が糸のようにその髪に光る。姿は小柄で、歩き方は慎重だが迷いがない。薄い外套の端が光を受けて、淡い銀色の縁取りを見せる。近づいてくるその人は、聞きしに勝る印象を持っていた──どこか遠いものを背負っているような、静かな重さ。

 

 サーミアは立ち上がり、足の下の石の冷たさを受け止めながら、まっすぐにその少女を見つめた。気負いはない。けれど、心の中は決然としている。

 

 少女が一歩、社の前に出ると、そっと頭を下げた。動きは丁寧で、儀礼を踏むような所作だ。声は小さいが、澄んで通る。

 

「おはようございます。祠に導かれて参りました」

 

 言葉は敬語の調べになって溶け出す。サーミアは、自然と肩の力を抜いた。

 

「おはよう。待ってた」

 

 サーミアの声は飾り気のない平静そのもので、相手の年齢や地位にかかわらず本質を捉える直接的な言葉だった。それを聞いて、少女はふっと少しだけ笑みを漏らす。笑顔の端は、若いがどこか遠慮深い。

 

「あなたが、その……」

 

 少女がそっと続けようとした。言葉の切り出し方に躊躇がある。祠の空気が二人の間に一瞬で広がる。

 

「サーミアだよ。あなたは?」

 

 サーミアが名を告げる。簡潔に淡々と平易で事実として名前を置く。

 

「サーミアさん……はじめまして。私は、エルミナ・ヴァレンシアと申します」

 少女は一度深く礼をした。名前はゆったりとした調子で告げられ、貴族の名らしい響きを含んでいた。サーミアは小さな驚きを見せたが、言葉には出さない。

 

(ヴァレンシア……?)

 

 サーミアは家の名を知らない。だが、名の語感に特別な重さがあることはわかった。村の誰かが後で聞けば、「貴族の名だ」と噂するだろう。それが今の彼女にはどうでもよかった。目の前の人間がどれほどの血を引くかよりも、その人がここに立っているという事実が重要だった。

 

「祠に来るようにと、聞きまして」

 

 エルミナは視線を落とし、慎ましく続ける。

 

「理由までは告げられませんでしたが、こちらへ導かれましたので……。祠の前に、すでにお待ちの方がいると聞きました」

 

 丁寧な言い回し。物腰の柔らかさ。だが、その声の中に小さな揺れがある。それは、聖職者や貴族が知らずのうちに抱える責務の重さのように感じられた。

 

「ここはよく誰でも来るし、祠は静かでいい場所だよ」

 

 言い方は子どもっぽく、余計な気遣いはしない。まっすぐな物言いが、エルミナの緊張を少しだけ解いていく。

 

 エルミナは小さく笑い、布の包みをそっと脇に置く。旅装は質が良さそうだが、長旅の埃がうっすらと付いている。高貴な衣服はあえて飾りを抑え、動きやすく整えられていた。旅路の理由が「神の導き」であることが、服の端々にも滲んで見える。

 

「お待ちいただいて、ありがとうございます」

 

 エルミナは湯を差し出す手を少し遠慮がちに伸ばした。敬語は口癖のように柔らかく、しかし決してよそよそしくはない。

 

「お飲みになりますか?」

 

「うん」

 

 サーミアは水筒を受け取ると、一口飲み、もう一度差し出した。手渡す動作は無造作だが確かだ。エルミナはそれを受け、丁寧に口をつけてから「ありがとうございます」と言った。礼儀が自然に成立する光景に、祠の朝は穏やかさを取り戻す。

 

 二人は向かい合って座る。沈黙に思索を預ける時間が流れる。サーミアは時折、エルミナの顔を覗き込むように見つめる。その視線にエルミナは一度戸惑い、しかし決して身を引かなかった。まるで誰かを観察する子どもの眼差しだが、その中に敵意はない。好奇が、素直な関心に近い。

 

「その……なぜ、ここだったの?」

 

 と、エルミナがたずねる。問いは柔らかく、しかし慎重だ。神が伝えたのは「祠へ行け」だけだったと、彼女自身が先刻気づいているらしい。

 

「夢で、聖女さまに仕えるようにって。だから待ってた」

 

 言葉は子どもらしく単純だが、嘘はない。エルミナはうなずき、視線を遠くの森の端に向ける。「神の導きは、時に──」と、一度言葉を探すように止まり、やがて「──確かなもののはずですね」と締めくくった。

 

 話はゆっくりと続いた。エルミナは自己紹介の言葉を重ね、サーミアは家でのささやかな仕事を話す。村の暮らし、婆さまの言った昔話、母が縫ってくれた膝掛けのこと──日常の細部を交換するうちに、二人の間の距離は確実に縮まっていった。

 

 やがてエルミナは、ふっと眼差しを柔らかくして、しかし少しだけ遠くを見るように言った。

 

「私は、これから多くの人に会わなくてはなりません。けれど、まず最初に、ここで会えたことをうれしく思います。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 エルミナがそう告げる。サーミアは小さく笑い、肩をすくめた。

 

「よろしく。聖女さま」

 

 言い方はあっさりしているが、その言葉には揺るぎない覚悟が含まれていた。エルミナは目を閉じ、短く息を吐いた。朝の光が、二人の影を祠の前に伸ばす。

 

「今の私は聖女なんて大層なものじゃないです。エルミナでいいですよ」

 

「うん、わかった」

 

 祠の鈴は、風の手でまた一度かすかに鳴る。来るべき日々の最初の、静かな合図だった。




これにて第1章は終わりとなります。

次回、第二章!
またお会いしましょうねー!


評価、感想いただけると幸いです。

P.S.ちなみにエルミナは15歳の設定です。
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