ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE! 作:ケガレモ
「ふぅん」
着いた自習室の中、ルルは椅子に腰掛け、目の前に置いてある机には裏返しに敷かれた一枚のプリントがある。表面をめくって、覗き見たいところなのだが、先生からステイを受けているので触ることはできない。
暇になったので、ルルは机の上で頬杖をつきながらペンを超絶技巧で回していると、先生は後方で「よしっ」と声を上げた。
「準備はできたかな?」
「何のだ?」
振り返りながらそう問い返すと、先生は笑みを深める。──どこか性悪に。 その顔に、ルルはとてつもなく嫌な予感をビリビリと肌に感じた。
「今から君にはテストを受けてもらうから、その準備だよ。スタートって言ったら紙を裏返してね」
「え? ち、ちょっと待ってくれ。それは一体ど──」
「あっ、ちなみに不合格だと助手になれないからそこはよろしく。じゃっ、スタートっ!!」
話の展開の早さに目を白黒させたルルの疑問──その声を先生は更に言葉を重ねて遮り、あろう事かその遮った言葉にとんでもない爆弾を残して、部屋から出ていった。それはもう猛スピードで。
紙を裏返すと、書かれていたのは問題の数々。これはテスト用紙だったのかと思ったのも束の間、時間がどのくらいあるかも分からない状況にルルは至急ペンを持ち直し、電光石火の如く動かしていく。
嫌な予感は見事に的中したのか。そう一瞬思ったのだが、不思議な違和感を感じ、ペンを置いた。 いや、正しくはそうではなく。これは──、
「あれ、もう終わりなのか?」
解答欄はすべて埋め尽くされ、それは終わりを示していた。
──呆気ない。そう思わずにいられなかった。
問題数は全部で十問。それらの問題は主に計算や、あとは証明だったりが含まれていた。 恐らく、思考能力測定テストのような物だったのだろうか。
論理的思考や証明、それに必要な柔軟な発想──それらは簡単に言えば「賢さ」を測る指標の一部だ。
なるほどな、と思う。これは連邦生徒会に入るための入社試験のようなものだったのだろう。そう考えると、抜き打ちでテストをした事が理解できる。
ただ、簡単過ぎた。それが問題なのだ。ここは連邦生徒会、仮にもキヴォトスの中枢を担うここがそんな簡単な問題を出すだろうか。いや、出さないだろう。
「────」
もう一度問題文を睨む。本当にこの答えであっているのかと懐疑的な感情を抱きながら。 もしかしたら、何か見落としていることがあるかも知れないと思っての行動だったが、やはり何も見落としはない。
腕を組んで考え込んでいると、右の方──ドアを跨いだ通路の方から音が聞こえた。それが先生の足音なのだと気付くまでに、そう時間は掛からなかった。
ドアを開け、ルルの傍に来た先生は、ルルがペンを置いている様子を見て、問い掛ける。
「⋯⋯分からなかったかな?」
「いや、そう訳じゃないんだ」
そう告げて、ルルは問題用紙に人差し指を向ける。
「もう、終わっちまったんだ」
「⋯⋯え?」
数秒の沈黙の後、先生はルルに許可を取り、問題用紙を手に持った。彼の顔を見ると、瞳が上から下へと動いていて、その動きが止まったと思った直後、先生はルルに問いかけた。
「ねぇ、ルル。この抜き打ちテスト、ぶっちゃけるとどうだった?」
「そうだな。ぶっちゃけると、滅茶苦茶簡単だったよ」
そのルルの
「あはははは──っ!!!」
腹を抱えて大爆笑。 抱腹絶倒というのがまさにだ。
床で笑いながら転がる大人の姿を静かに、憐みを宿した瞳で眺めていると、先生はスンと突然起き上がり、ルルに向き合った。
──この大人は、一体何なんだ?
この大人は本当に意味が分からない。行動も考えていることも。行動は口よりも雄弁という言葉があるが、どっちも得られるのは彼の『変さ』の再確認なのだ。
「合格だよ、ルル。おめでとう、これで君は正式な私の助手だよ」
答案用紙を受け取った先生は、ニコリと笑みを浮かべてルルに合格通知をする。これに関しては、彼の素の笑顔なのだと分かった。 なのになぜ、こんなにも胡散臭さを感じるのかは分からないものだ。
「それは良かった。正直、本気でビビったぜ? まさか抜き打ちテストされるとは思わなかったからさ」
サムズアップする先生をスルーせず、今回は笑顔でルルは応じる。抜き打ちテストに関して文句を言いたい事はいくつもあるが、合格出来たのだから、いちゃもんをつける必要もないだろう。──不合格なら先生の態度に対してつめたものだが。
「んまぁ、だからやってるんだけどね。にしても、いやーこれは、本当にすごいなぁ」
ニコニコの「コ」文字が「ヤ」に変わり、言葉を濁す先生にルルは眉を寄せる。
「何だ?」
「別に?」
どうにも胡散臭さが拭えないが、その抜き打ちテストとやらは合格みたいだし、ひとまず喜ぼうじゃないか。 そう思い、ルルは心でガッツポーズを軽く取る。
「いや、別に助手になりたかった訳ではなかったな。⋯⋯まぁ、いいか」
「さて、これで君は正式に助手になれた訳だけど⋯⋯どう? なんか抱負とかある?」
「抱負って⋯⋯まぁ、そうだな」
思えば、ルルは何かしらの目標を持ったことなどなかった。ロアを殺した奴を見つける──。それが今の第一目標なのかも知れない。ならば、そこまでの過程に何をすればいいのだろうか。
いや、これを考えるのはまだ先でいい。自責の念に押し潰されるだけだ。だから、これを今のルルの『やりたいこと』としよう。陳腐でありきたりなものだが、今はこれでいい。
「友達を作るとするよ。そのために色んな場所に行って、ギャグで親交を深めるとするかな」
ルルはこの世界で生きていく事を決めた。だからこそ、復讐だ何だで、人生を楽しむことを捨てるのは勿体ないと思った。──それが、『神楽ルル』から身体を奪い、彼女の妹であるロアを守れなかったルルに許されたことではないと、そうも思ってはいるけれど。
「うーん、なんかズレてる気もするけど⋯⋯良いんじゃないかな? これから先、私の助手でいるなら沢山の人に出会える。それに、友達は幾らいても困らないからね」
そこまで言うと、先生はまたニコリと笑みを浮かべて見せた。 そんな彼に、ルルは「ああ」と首肯する。
「じゃ、改めてこれからもよろしく頼むぜ? 先生」
そこでルルは先生にさりげなく顔を近付け、可愛らしくウインクして見せた。前世の自分ならスルーされるか、ウザがられるのがオチだろうが、今は違う。
『神楽ルル』は誇張抜きの、ガチの美少女だ。そんな美少女に可愛らしくウインクされたら流石の先生も照れるのではないか、と思い行動した次第だ。中身はご愁傷様を真に受けるくされ野郎だが、それは今は関係のない話。
ここ最近、ミレニアムに
「うん。よろしくね、ルル」
だが、予想に反し、先生の表情は微塵も変化しない。なるほど、腐っても『先生』ということなのだろう。悔しいが、これはルルの負けだ。
──最後に、目の前の大人に敬意を以て握手させて頂こう。
そう考え、ルルは右手を先生の前に突き出し、
「なぁ、先生。せっかくだし、お互い頑張ろうってことでよ。握手しないか?」
「いいね。じゃあ、改めてよろしくね」
その提案に快く応じた先生は右手を差し出し、ルルの手を握った。
「え?」
──瞬間、爆音がその場に轟いた。そこに混じった先生の間の抜けるような声は、瞬時に掻き消されるに至る。驚愕に包まれ、先生の表情は目を見開いたままで硬直する。その唖然と口を開けた彼の様子に、ルルは内心で勝利を確信し、ほくそ笑んだ。
そう、負けたなんて冗談だ。このキヴォトスには、美少女が多い。だからこそ、日々日頃から生徒と関わる先生である彼に、美少女に耐性があっても特に不思議はない。ならば、効かないことを予想して次手を用意しておくのは仕掛け人として無論だろう。
「これは⋯⋯」
少し落ち着いた先生は手を離し、自分が握った方のルルの手の中を覗き込む。そこで見えたのは小さい袋のような物──小型のブーブークッションであった。
その事実を確認し、先生はルルに振り向き、そこでなんとも言えぬニヤついた表情をルルが浮かべているのを見た。
「へへ、そうだよ。見ての通り、これはオイラが作った多層圧縮型ブーブークッションだ。お約束のギャグってやつさ」
ルルは先生が手を握るその瞬間、『ショートカット』の能力を使い、パーカーに仕込んでいたブーブークッションを手の間に飛ばした。
座標も時間も一ミリのズレもなく飛ばす。これは長年、己の力と向き合ってきた『サンズ』だからこそ、できたことだった。
まさに、神の所業。まさに、能力の無駄使い。無駄に洗練された無駄のない無駄な行為とは、まさにこのことを言うのだろう。
しかしながら、ルルにとって人の驚いた表情を見ることが三度の飯より好きなことなので、本人は無駄な行為だと断じて思っていない。
それに、これをした事で実際先生は驚愕していたことからも、無駄では無かったな、とルルは思っている。ああ、愉しい。
「はぁ、まさかこの私がイタズラにまた引っ掛かる日が来るとはね」
「アンタ、イタズラに引っ掛からない自信でもあったのかい?」
どこか呆れたような風に、そう言う先生。そんな様子すら面白いと言わんばかりに、ルルはニヤリと笑みを崩さない。
「まぁ、ね。うちの生徒達はイタズラ好きが多いんだけどさ。私は全部回避してきたものだからさ⋯⋯本当に驚いたよ」
そんなルルを見た──否、どこか遠くを眺めているような彼の表情は、どこか不思議と嬉しそうに見えた。
しかし、その表情は数秒も経たずに彼の笑顔の裏に隠れる。それから、先生は「それじゃあ」と、服の裏から何枚か書類を取り出した。
「早速だけど、助手の仕事について分かり易く、そんでもって丁寧に説明するね」
「いきなりだな。⋯⋯ま、いいけど」
「はは、だって仕事は早く終わらせておきたいでしょ? 面倒臭いしさ」
これは多分、先生の本音なのだと思う。仕事は早く終わらせておきたい、それはルルも同意見だ。
「分かるぜ、仕事ってのはたいてい面倒臭いもんだ。じゃ、そういう訳だから、手短に説明よろしくお願いするぜ」
「うん、了解」
端的に先生はそう言って、これからルルが勤めることになる助手の仕事についての説明を始めた。席に座り直したルルはその説明を耳に入れつつ、机に置かれた書類を手に取り、視線を落とした。
書類の表紙の一番上、タイトルらしき文には「バチカス簡単に分かる! 助手の仕事について!」と、謎に凝ったデザインで書かれていた。「簡単の副詞、バチカスでいいのか?」と疑問に思いつつ、下へと視線を進めていると、一つ気になる事が書類に書き
「なぁ、先生。この『護衛』ってのは何だ?」
「言葉通りの意味だけど? どうかしたの?」
「オイラ、弱いんだけど」
不思議そうに首を傾げる先生に、ルルは淡々と答える。
「嘘だぁ〜」
「嘘は、ついてないんだけどな」
そんな返しの後、先生は続きを話し始めた。
聞くのと並行して、読んでいた書類の続きがないことに気付き、一息つく。そして、思った。これは本当に助手という職であっているのかと。
ルルの仕事の内容は簡単に言うと、先生の指示に従うというモノ。つまりは、先生がすることを手伝うということだ。そのため、仕事中は先生にほぼほぼ付き添う形になるのだが。
「⋯⋯これは、言うなれば体裁の整ったパシリだな」
そう、助手という冠こそ被ってはいるが、仕事内容からして、これはパシリと何も変わらないのだ。別に文句がある訳ではないが、嫌な予感が背筋を這い上がって来ているような気がするのは、なぜだろうか。
そして、付き添いに付随する形で護衛という仕事も含まれている。先生はシャーレの顧問であり、キヴォトスの実質的トップ。言うまでもなく偉い人であり、彼を狙う者は多い。だから、護衛をつけるという考えに、さして疑問はないのだが⋯⋯ルルは第一、あんまり強くないのだ。
その
彼の体には、神秘がない。だが、それがルルが知っている普通の人間なのだ。もしかすると、彼もまた別の世界から来た者なのかも知れない。今度聞いてみるとしよう。
話がずれてしまったが、つまる話、形だけでもボデイガードは居たほうがいいよね、ということらしい。
「どう? 頑張れそう?」
話が終わり、先生は少し心配そうにルルに問い掛ける。
「無論だよ」
ルルは先生に自信たっぷりに答える。だって、きっと頑張れるから。──なぜなら、
この仕事は、給料が物凄く良いのだから。
*
「なぜ、あんな事をしたのですか? 先生」
白く淡い光が、その空間を照らしている。その中心に居たのは、一人の大人と一人の少女であった。 尋ねた少女の名はリン。彼女はその大人──先生にそう問い掛けた。
「どういう意味かな?」
それを聞き、先生は持っていたコーヒーの入ったマグカップをデスクに置く。それを見たリンは話を続ける。
「テストの事です。貴方は最初から、彼女を助手にするつもりではなかったのですか?」
「あー、それね⋯⋯」
先生は少し考えるように上を向いた。そしてリンに再び目線を合わせ、話を続ける。
「私は先生だ。君も含めた連邦生徒会のメンバーの全員は、同じように試験を通過し、ここにいる。だから、彼女だけ特別扱いする訳には行かない。だって、間違いなく不公平だしさ」
「それは⋯⋯そうなのですが、先生なら他に良い方法を見つけられたのではないのですか?」
リンは無理なことを言っているという自覚があるのか、その言葉に自信はなさそうだった。そんなリンの様子を見て、先生は少し苦笑いを浮かべる。
「私だって普通の人間さ。すべてを最善の選択で、なんてできる訳ない。何度繰り返しても失敗ばかりさ。それでも、私はこれで良かったと思ってるよ。例え最善の選択ではないとしても、それが真に正しいという訳でもないしね」
先生はそう言い終えると、マグカップに再び手を伸ばした。白い容器が傾き、ほろ苦い液体が彼の喉を潤す。それに満足したのか、先生はフゥーと息ついた。
「それで、結果はどうなったのですか?」
リンは恐る恐るそう尋ねる。その質問はリンがまだ彼女がどうなったかを知らなかったからの物であった。
──連邦生徒会。
キヴォトスを中枢を担い、管理しているここには選び抜かれた優秀で、そして至高の者達が従事している。彼女達は連邦生徒会の本部からの推薦や、または自ら連邦生徒会に職員として立候補し、ここに居る。
しかし、全員がここに入れた訳ではない。連邦生徒会に入る者には例外なく『試験』を受ける事になり、合格することができれば、連邦生徒会に入ることが可能だ。
だが、その合格ラインは厳しいものだ。この試験は、連邦生徒会内では『抜き打ちテスト』とシンプルな名称で、誰もがそれを知己している。なぜ知っているかと問われたら、彼女達もそれを受け、通過してきた者達だからだ。
この試験、抜き打ちテストの難易度は言うに難しい。だが、これだけは言えるのだ。とある難関校でオール満点の首席合格者がこの試験に落ちた。それが事実として、ここに刻まれている。
テストの内容は、合計十問の計算と証明。合格ラインはその内の五十パーセントであり、つまるところ半分の五問を解くことさえできれば合格になる。言うのは簡単だ。しかし、それを受ければその難易度が賢い者ほど理解できるだろう。
──いや、理解できてしまう。
どれもシンプルでどこも変に思えぬ問題。でも、不思議なことにペンを持った瞬間、多くの者はその動きが止まるのだ。
理由は単純明確、なぜなら分からないから。それらを乗り越えた精鋭達がどれほどの者か、その時になって試験を受けた者達は真に理解に至るのだ。
では、なぜそんなモノを彼女に受けさせたのか。いや、そもそもどうして彼女を連邦生徒会に入れようと先生は動いたのか、それには深い理由があった。
彼女は最も可能性の高い被疑者として判断された。その理由の一つとして、彼女以外に妹殺しを行える者が当時に存在し得なかったからである。いわゆる、状況証拠などと言われるものだ。
ために、ヴァルキューレは彼女を犯人として調査し、逮捕しようと動いた。彼女が一度捕まってしまえば、ほぼほぼ確定した未来で彼女はその時を牢獄の中で過ごすことになる。最悪の場合、執行猶予もなく死刑になる可能性すらあった。
──だが、
それは本来あり得ないこと、暴挙とすら言えるものだった。先生は特別な許可を貰い、当時提出された調査レポートを閲覧した。そこに書かれていたことに先生は驚愕し、
「⋯⋯ふざけるなよ」
と、デスクに鉄拳をいれて激怒した。当然だ。その書面には、彼女が妹を殺したと言える証拠の一切が見られなかったのだ。内容は
──腐っていた。ヴァルキューレはもはや、信頼に置けるものではなくなっていた。
それから先生はどうにかできないかと考え、そしてすぐに思い付くに至る。それが、彼女を連邦生徒会に編入させるという方法であった。
学園都市キヴォトスで、実質的トップであった連邦生徒会長の『その人』である先生。そんな彼を後ろ盾にし、
だが、そこで一つ問題が生じた。連邦生徒会に入るためには、選入試験である『抜き打ちテスト』を通過しなくてはならなかったのだ。
先生からその話を聞いたリンは、「受けさせなくても良いのでは?」と訊いたが、それは問題提訴した先生自身にあっさりと却下された。
理由は、例えそんな背景があったしても個人を優遇することは駄目だ、と先生は考えていたからだ。
それを聞き、その時のリンは渋ることなく了承した。すべて納得した訳ではない。だが、確かに先生の言う事はもっともなことだったからだ。不当な手段で入れば彼女の立場がどんなものになるかなど、然程考える必要もなく理解できるというもの。
そして今日、彼女はそのテストを受けることになった。その時になって、リンは初めて不安を感じてしまった。
彼女──神楽ルルにさっき初めて会った。たった数分言葉を返しただけ、それでもリンは彼女は真に善人だと感じたのだ。もし試験に落ちてしまえば、彼女は追われる身となる。無実にも関わらず罪を課され、その生涯を終える。
そんなもの、絶対に嫌だとリンは思った。だから、無理を承知の上で先生に他の方法がないのか尋ねたのだ。彼女がテストで不合格を取ってしまった時のための保険として。
ただ、それは次の先生の言葉を聞き、
「合格だったよ。それも文句なしの満点で、時間も半分以上残っている。勿論、彼女はズルなんてして無いし、すべて彼女の実力だよ」
「そう、ですか」
ほっ、と安堵したように、リンは胸を撫で下ろす。それと同時に、先生から聞こえた言葉を思い出し、耳を疑った。
「満点⋯⋯なんですね?」
「うん」
肯定の言葉、それによってリンの耳に掛かった疑いは晴れた。そして、心から驚愕した。彼女がただ合格しただけではなく、まさかの満点を勝ち取ったのだから。
いや、ただと言うのも変な話だろう。己もその難易度を経験した者。凄いなんてものではない、まさに天才だ。──そう、私が昔追っていた彼女のように。
「では、諸々準備を始めますね。ルルさんはどちらに?」
リンは速やかに行動を開始する。その動きに気負った様子はない。
「休憩室にいるよ。多分寝てるからそっとしておいて」
「分かりました。では、後ほど」
それに先生は「うん」と短く応じる。それを確認して頷くと、リンは先生が残る部屋を後にした。そうして、部屋に一人となった先生は、窓の外を見下ろし、
「本当に驚いたよ、ルル。まぁ、これからよろしく頼むよ、私の助手として。⋯⋯いや」
「──シャーレ先生特別補佐として、ね」
どこか希望に満ちた瞳を細め、微笑む。窓の向こうの
*
「はぁっ、はぁあ、はあぁ──っ!!」
少女は逃げていた。砂の舞い散る道の中、必死と言わんばかりの表情で息を切らしながらも駆けていた。空は暗闇に彩られ、雲のすき間から静かに覗き込む月光は、少女と『もう一人』を鮮明に照らしあげる。
「──あっ」
そんな中、少女は足を滑らしてしまった。怪我はない。だが、問題はそこでは無いのだ。──動きを止めてしまった。それが問題だった。
「あっ、やっと止まってくれたねぇ〜」
地面に伏す少女を見て、彼女は足を止める。その声はどこか淡く、
「違うッ!! 私は何もしていない! 何もしてないんだッ!」
少女は叫んだ。その声は恐怖に震え、その瞳には涙が表面を覆い始めていた。だが、それを前にしても彼女の表情は何も変わらない。そう、何も変わらない。
ただただ、その表情には笑顔のようなモノが張り付いていて、それはもはや少女に不気味な恐怖を与えるまでに至っていた。
「へぇ〜? そんな事言うんだ。いやぁ、困っちゃったな。君が罪を自白してくれたら楽できるんだけど。ま、それなら仕方ないよね」
そう告げると、彼女は内ポケットから何かを取り出し、それを前に差し出した。
「『これ』何か分かる?」
──それは小型の爆弾であった。
「──。知らない」
「じゃあなんで、変な間があったのかな?」
もはや放つ言葉は問いではなかった。
今の少女の返しで、彼女は確信を得ているのだ。
「いや、これは──」
「言い訳は、もうウンザリかな」
弁明しようとする少女を、彼女は面倒臭そうに遮る。
「罪を自白してたら、もっと良い結果になってたかも知れないけど、今はもう関係のないことだよね」
もはや笑みすら、彼女の表情からは消え失せていた。
作り笑いはもう不要だと、その瞳は告げている。右手に携えていたショットガンが少女の脳天に向かい、ゆっくりと浮き上がる。
「お願いしますッ! どうか、どうか次はしませんのでっ!! どうか!!」
「もう、聞き飽きたよ──」
鋭く、低い声だった。 地面に倒れた少女の額には銃弾が当たった跡がある。──死んではいない。ただ、気絶しているだけだ。
意識のない少女を道の端へと投げ捨て、彼女は一つ溜め息を吐いた。そして、彼女はまた進み始める。アビドスの暗闇の中に、大切な物を次は失うことのないように。
彼女の名前は、小鳥遊ホシノ。──アビドスを愛し、消えない呪いに縛られる者。
序章──激動の始まり、ハジマリの選択 終わり
一章──怠惰なショウジョ、何を願いて 始まり
ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜
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ワンッ!(イエス)
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バウッ!(ノー)