ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE!   作:ケガレモ

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一章──怠惰なショウジョ、何を願いて
『築かれ行く日常』


 

──やばい、もう頑張れなさそうだ。

 

雲一つない青空を背に、ルルはそんな事を考えていた。今日は連邦生徒会の一室で書類仕事に励んでいた。正午から今の四時までひたすらに、珍しくサボったりせず。  

 

だが、そんな忙しなく動いていた手も、今は動くことを忘れたように微動だにしない。面倒臭くなったのも理由の一つに挙がる。しかしながら、そんなものではない。──ルルは絶望しているのだ、目の前の光景に。 

 

デスクの上、(かろ)うじて確保できた書くスペース以外、そのすべての空間を占領するのは、山のように積み重なった書類の束だ。それはデスクの上にも留まらず、床にすら置かれている。

 

納得はしている。ここは連邦生徒会、キヴォトスの政治を担い、管理する中央機関だ。だから、入ってくる仕事は多いのだろう。ただ、これだけは思わずにはいられないのだ。

 

「その膨大な量の仕事を一人に任せる労働環境って結構やばくないか? よくこの人手不足で今まで仕事回ってたよな、連邦生徒会⋯⋯」

 

「ふふ、確かにルルの言う通りやばい仕事量だよね。やる気が出ないのも仕方がないくらいにさ」

 

漠然というには明確なルルの疑念を込めた独り言に、共感する声が一つ。その声が聞こえてきた方を見れば、ルルの正面、部屋の奥に(しつら)えたソファに寝転び、大きなドラゴンのような尻尾をだらしなく揺らしている、桃髪の少女がそこにいた。

 

右手に持ったスマホを上に構え、明太子味のポテチをソファーの横にあるミニテーブルに、いつでもすぐ食べれるように設置し、その他にも必要なすべての物を近くに配置した彼女は、怠けることに余念がない。

 

だが、彼女が我が物顔で居座っているこの部屋は、ルルが貰ったものだ。侵入禁止の看板を立てたはずなのだが、なぜルル以外の人がいるのだろう。というか、彼女はいつからいたのだろう。

 

「⋯⋯おかしいな。ここ、オイラが貰った部屋のはずなんだけど、なんでアンタがいるんだ? 早く出てってくれよ」

 

「は? 嫌に決まってるんだけど。だって外に出たら、リンに見つかるじゃん?」

 

分かり易く嫌そうな顔をする少女に、ルルも呆れる他ない。彼女がリンに見つかることを嫌う理由は、自分が今サボっているところを見られ、叱られることを酷く恐れているためだ。だったら、仕事サボんなよとルルは思うのだが。

 

「⋯⋯そっか。まぁ、それならオイラから言うことはない。別に、アンタがいたってそこまで邪魔って訳じゃないしな」

 

「おお、流石はルル。リンと違って太っ腹だね。ま、私はそう言ってくれるって思ってたけど」

 

部屋の主から許可を貰い、笑みを浮かべる侵入者。その図々しい様にルルは自分で解決することを諦め、モモカから見えないようにデスクの下でスマホを操作した。

 

書類仕事と先程まで格闘していたルルに対し、ぐうたらと怠惰を謳歌するこの少女の名前は、モモカと言う。ルルはまだ、モモカが働いているのを見たことがない。

 

現在のルルの格好だが、連邦生徒会の白を基調とした制服の上に青パーカーという服装をしている。先生の助手になったことで、ルルの所属は連邦生徒会になったため、制服を支給されたのだ。そして、その制服を今もポテチを口に頬張り、怠けているモモカも着用している。

 

そう、モモカもルルと同じく連邦生徒会のメンバーの一人なのだ。そして彼女は生徒でありながら、先生の上司であり、中間管理職である彼の助手のルルの上司でもある。だが、ルルはその立場を気にせずぞんざいに扱っていて、モモカもまたそれを気にせず自由に振る舞っているので、関係はそこまで悪くない。

 

「ところでモモカ、これはオイラからのちょっとした善意の忠告だ。そろそろこの部屋から出た方が良いぜ、最悪な目に遭いたくなければな」

 

「どうしてそんな目に遭う訳? ここから動きたくないんだけど、理由を教えてくんない?」

 

相変わらず、上から目線でふてぶてしいモモカ。そんな態度の彼女に、今更何か言う気は起きないが、来たる災禍に忠告してやるくらいは良かっただろう。それ以上のことについては教えてやらないが。

 

「後で分かるよ。オイラはちゃんと忠告したぜ? 後で文句はなしだ」

 

「ふーん? なら良いや。あと一時間くらいしたら部屋から出るつもりだから、もう少しくらい良いよね」

 

良いよね、と断言するモモカ。それはルルが何を言ってもここから出るつもりがないという意思表示であり、来たる災禍からの逃走チャンスを無為にしたことを意味する。──そろそろだ。

 

その数秒後、バタンッと部屋の狭い空間に鋭く音が木霊した。その音にギョッと反応する者が一人、ニヤリと笑う者一人。その音の発生源はルルの部屋の入り口──つまりドアからで、雑に開かれた扉の中から整然と一人の少女が姿を現した。

 

少し蒼みがかる、腰まで伸びた艶めいた黒髪。前髪の間から覗くのは、青空を写したような透き通る美しさを持つ双眸だ。その女性的な起伏に富んだ肢体を、皺のない連邦生徒会の制服に包んでいる。その怜悧(れいり)な輪郭を持つ彼女は、連邦生徒会でルルとモモカも良く知る人物だ。その人物の名は──、

 

「リンっ!?」

 

「はい。リンです」

 

笑顔を浮かべるリン。しかしながら目は笑っていないし、なにより額には青筋が浮かんでいる。そしてその空色の瞳には、モモカだけが映っている。それを認識した──否、リンがこの場に現れてから、モモカの表情は冷や汗が顔の面積の大半を彩っている。

 

「えー、いやーその⋯⋯何て言うかさ?」

 

焦り上戸、とでも言うべきか。リンの出現に弾かれたように上体を起こしたモモカは、まだリンに何も言われていないのに、焦る口調で言い訳のような、それでいて全く意味を感じない言葉を並べる。この期に及んで、まだ謝罪ではなく言い逃れを選択したモモカに、リンは大きく溜め息を吐く。

 

「ルルさん」

 

それからルルに振り向き、リンは名前を呼んだ。どうして名前を呼んだのか、その理由をしっかりと察して、ルルはリンに分かっているとばかりに「ああ」と頷いた。

 

「分かってるよ。後はリンのご自由にどーぞ」

 

「ふふっ、ご配慮ありがとう御座います」

 

ルルの了承を得て、リンが笑顔を浮かべる。そのやりとりを見たモモカは、そこで勘付いたようにはっとした。

 

「もしかして私、終わった感じ?」

 

その質問に、ルルはどこか愉しそうにモモカに微笑む。

 

「ん? ちゃんと忠告はしたはずだぜ」

 

──それからのことは、あまり憶えていない。

 

絶望に顔を染め上げたモモカをリンは、その襟元を万力で握りしめ、通路を引きずって行く様子をルルは見届けた。その数分後、どこからか誰かの絶叫が響いた事。それ以外は憶えていない。

 

モモカは反面教師として、ルルに少なくない影響を与えた。ルルはこの光景を初日にも見ている。そこから感じ取ったのは、身の毛のよだつ恐怖であり、ルルの体は怖気に鞭叩かれ、勝手に書類に向かっていた。

 

リンのあの怒気が自分に向くことを危惧すると、さしものルルも仕事に勤勉にならざるを得なかったのだ。ちなみに、リンがこの部屋にモモカが居ると分かったのは、ルルがスマホでリンに伝えたからだ。

 

「モモカには少し反省して貰おう。ま、奴はいくら叱られても反省するとは思えないけどな」

 

そう呟き、モモカが消えた部屋の中には、再び沈黙が訪れた。ルルの傍にあるのは、山のように積み重なった書類。そして書類の傍にいるのは、沈黙を溜め息で染めたルルだ。

 

モモカがいなくなり、仕事に集中しやすい状況になったとはいえ、この仕事量を見てやる気を出せるかと聞かれれば、多くの人は「殺しますよ?」と返答するのではないだろうか。いや、そこまで物騒な言葉ではないと思うが、馬鹿げた仕事量を課してきた相手に抱く思いなど、殺意と似たようなモノだろう。

 

だが、仕事量が多いのはルルも含めて全員同じことだ。連邦生徒会の深刻なまでの人手不足は、誰が悪いという訳ではない。なので、この感情の矛先を向ける相手などいないのだ。強いて言うなら、社会に向けるべきか。

 

「──さて、気分転換にコンビニでも行くとするかな」 

 

仕事が多くても、やらなくてはいけないことなのだから、仕方ない。もう一度仕事に集中して頑張る前に、少し気分を改めようと思い、席を立ったところで再びドアが開く音がして、ルルは「ん?」と眉を立てる。

 

「やっ、ルル。調子はどうかな?」

 

ドアの隙間から半身を覗かせ、気楽な口調で問いかけるのは、あの調子の良い性格の大人──即ち先生だ。彼はそのまま部屋の中に入り、ソファに腰掛けると、懐から取り出した新品の缶コーヒーを前に設置されているミニテーブルに置いた。そのテーブルはさっきまでモモカが使っていたため、ポテチの破片が散らばっているが、彼は気にしていない。

 

「調子はまぁまぁって感じだな。──あっ、そうだ。後で先生に聞こうと思ってたんだけど、自分から来てくれたんだから丁度良い。なんでオイラにだけ専用の仕事部屋が宛がわれてるんだ?」

 

ルルが今いる場所は『先生特別補佐・専用執務室』と書かれた看板が付けられた一室だ。名前にある通り、先生の特別補佐──即ち助手を務めるルル一人のために容易された部屋な訳だが。 

 

「一般の職員はこういう専用の部屋なんて持ってないから、執務室で固まって仕事してるだろ? だから、オイラが特別待遇を受けているってことは分かってるんだけど──」

 

「なんで、自分が特別待遇を受けいるのか分からないって訳か」

 

ルルが続けようとした言葉を一言一句違わず言った先生に、少女はそうだと頷く。記憶を思い返しても、ルルはこんな好待遇を受けるようなことをした覚えはない。

 

そもそも、ルルがこの部屋を貰ったタイミングは、先生の助手に正式になって、その翌週の初出勤の時なので、できたことは他の職員への挨拶だけだ。まさか、ルルの挨拶がそれはもう素晴らしいものだったので待遇を良くしようした──訳ではあるまい。

 

「そう言えば、まだ話してなかったね」 

 

先程テーブルに置いた缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲んだ先生は、湿らせた舌で話し出した。

 

「まず最初に、君は確かに連邦生徒会内で優遇されている。でも、君はその待遇に見合った大変な仕事をしてるんだから、気にする必要はないよ」

 

「確かに、あそこにある書類の山を片付けろってオイラは言われてる。けどさ、それは他のみんなも同じことだろ?」

 

大変な仕事なのは大いに同意するが、それは他の職員も同じことだ。条件は変わらないため、優遇される理由にはならない。

 

「いや、そんなことはないよ。だって、君がいつもやってる仕事量って普通の職員の倍あるし」

 

「⋯⋯それ、マジで言ってんの?」

 

「うん、私は嘘はつかないよ。偶にしかね」

 

「嘘はつかないって断言しないとこに好感は持てるけど⋯⋯今は言う必要ないんじゃないか?」

 

余計な一言を足したせいで、発言の信憑性が一気に損なわれたが、確かに彼は余り嘘をつくような人には見えない。なのでルルはこの一週間、普通の職員の倍のノルマを課されていたが、それが普通なのだと勘違いしていた訳らしい。それでも、しっかり定時で仕事を終わらせられていた自分には、称賛の言葉をかけるべきだろうか。

 

「何で君が一週間も気付かなかったか分からないけど、実際そうなんだ。私の助手を務める役職である『先生特別補佐』はとにかく、仕事量が多くてさ。だから、給料が高くても助手になってくれる人が中々現れなくてね」

 

「あー⋯⋯なるほど、それで専用の仕事部屋を特典として用意したんだな」

 

「うん。まぁ、それでも仕事量の多さに立候補者はでなかったから、この部屋は放置されてた。でも、君が私の助手になったことでここが使われるようになったって訳」

 

「そういう事情があったんだな。アンタの説明のおかげで、オイラが特別待遇を受けている訳が分かって、納得できたよ。サンキューな」

 

説明を終えた彼に、ルルは片目を瞑って感謝した。先生の説明のおかげでルルの受けている待遇に納得できた。だが、これからもルルは山のような書類を捌いていかなければならない訳で。

 

連邦生徒会の上層部は、労働環境の改善に更に尽力して欲しいものだ。なんなら、ルルが連邦生徒会の職員の意見や要望を集めて、改善案を作成して上に提出しようか。

 

「でも、一つ気になる点が残るんだ。もしオイラがその凄い仕事量に適用できなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

ルルが仕事内容の話をされたのは、正式に助手になると話が決まった後のことだ。だからルルが、こんな量の仕事は無理だと言い出す可能性もあった筈だ。

 

「いや、それはありえなかったと思うなぁ、私は」

 

「⋯⋯どうして、そう言い切れるんだ?」

 

「根拠はそうだね、私の勘かな」

 

「────」

 

あっけらかんとした口調でとんでも発言をした先生に、ルルは唖然として言葉を失う。この大人は勘などいう不確かなものを、信じて疑っていないらしい。現実主義者であるルルにとって、それは信じ難い事実であった。──だが、

 

「ほーん。中々凄いもんをアンタは持ってるんだな」

 

ただ、同時に面白いなと思った。この世は時に、己を理屈では測れない物事と邂逅させる。そうした事態が起きた時、常人は為す術を持たない。だが、才ある者は違う。

 

無数に浮かび上がる選択肢の中からふと選んだそれが、いつも正解の道に繋がっている。それはなぜなのか、ちっとも分からない。しかし、だからこそルルは惹かれる、その未知や神秘に。

 

「⋯⋯正直、驚いたよ。君のその言葉に私を馬鹿にしてるような感じは一切ない。本気で、そう思ってるんだね」

 

「まぁな」

 

驚きを隠せない様子の先生に、気にせずルルはそう軽く返した。どうやら、彼は自分の勘という直感を疑ってこそいないが、それをあてにした行動が変に思われる自覚はあったらしい。それから彼はテーブルに置いていた缶コーヒーを手に取り、中身に残るそれを全て飲み干した。

 

「ねぇ、ルル。今から一緒にコンビニ行かない? 缶コーヒーの追加を買おうと思ってさ」

 

先程見せたどこか影のある表情を一転させ、笑顔を浮かべた先生はソファから立ち上がって提案する。

 

「おお、良いねぇ。先生が部屋に来る直前、オイラもそうしようと思ってたんだ」

 

その提案に快く了承したルルは、座っていたデスクから部屋の出口まで移動する。そこで、同じく部屋のドアの前に移動していた先生が、ルルに向かって手を差し出してきた。

 

「さっ、行きましょうか。お嬢さん?」

 

爽やかな笑みを浮かべた先生。その紳士的な彼の態度に、青髪の少女は「そうだな」と頷き、差し出された彼の右手に、

 

「⋯⋯え?」

 

「ん? コンビニ行くついでに捨ててくれるってことだろ?」

 

少し前に飲んで空になったケチャップボトルを置いた。凝然(ぎょうぜん)と目を見張る先生に、ルルは素知らぬ顔だ。

 

「あっ、うん。じゃあ、それで良いよ⋯⋯」

 

「ちぇっ」と悪態をつく先生だが、ルルはそれに微塵(みじん)も反応を示さない。ここ数日で、この大人の対応の仕方の感覚を掴めてきた気がする。簡単な話、毎度発生する予想外なイベントに、こちらも予想外で返してやればいいのだ。

 

そうして通路に足を進めた先生は、行く途中でも頬を膨らませ、不服顔をしたりしていたが、結局最後はどこか楽しそうに笑った。

 

──この大人は、本当に人生楽しそうだな。

 

ルルは彼のそんな様子に、そう心で呟いた。

 

 

*

 

──コンビニ。

 

正式名称はコンビニエンスストアであり、直訳で「便利な店」。この世界の至る所に存在し、何でも置いてある魔法の店だ。

飲み物やお弁当などの飲食物から、日常雑貨にグレネード弾まで。偶に靴とかも売ってるもんだから、過言抜きで何でもある。

 

恐らくとつけるまでもなく、ルルがこの世界に来てから最も利用した施設だ。深夜にカップ麺を買いに行くあの背徳感は、他に変えられないものがある。

 

そんなコンビニだが、ここ、連邦生徒会のシャーレにも存在する。『エンジェル24』──それがシャーレに併設されたコンビニの店名だ。

 

しかしながら、あんまり人は来ない。連邦生徒会のメンバーの多くは、だいたい通販などで飲食物を買い求めるらしく、注文すればドローンが室内まで入って届けに来てくれるみたいだ。確かに、それなら態々(わざわざ)コンビニまで行って買ってきたいと思う理由はない。

 

そんな技術の進歩のせいで悲しいかな、コンビニの「いつでも、どこでも、何でも。近くで便利な働き屋さん」の(うた)い文句は優位性を失ってしまった。

 

そんなコンビニを哀れに思った訳ではないが、ルルはここを贔屓(ひいき)にしている。距離的に、ここはちょっとした運動を兼ねた気分転換にも丁度良いし、やはり人がいる方が安心感があるというのが、ここを利用してる主な理由だ。

 

「よう、ソラ。久しぶりだな」

 

入り口から二歩ほど進んだ後、ルルはそこにいる店員であろう人物に声をかけた。その声に振り向いたのは『エンジェル24』と書かれたエプロンを着用した小柄な金髪の少女だ。

 

ルルより一回り小さな背丈の彼女は、明るい空色の綺麗で大きな瞳を持っている。愛嬌のある顔立ちとイタズラに見える八重歯は、可愛らしいというより愛らしいという評価が相応しい。

 

「え? 久しぶりって⋯⋯三十分前、来てましたよね?」

 

少しの困惑が、金髪の少女──ソラの声に表れている。それを気にする素振りもなく、ルルは飄々とした調子で話す。

 

「オイラにとっては久しぶり、なんだぜ。そんで、アンタは相変わらず忙しそうだな。──ちゃんと休憩してる?」

 

「そ、そうなんですっ! 店長も酷いんですよ、ちょっと予定入ったって言ったきりで⋯⋯もう、四時間も帰ってきてないんですよ? おかしいと思いませんか? はぁ⋯⋯」

 

表情には怒りが込められ、最後に吐かれた溜め息には疲れが見える。これに関してはドンマイと言う他ないだろう。そんなソラにルルができることは労いと応援だけだ。

 

「無責任な言葉だって思うけど⋯⋯頑張ってくれ。少なくともオイラは、アンタのこと応援してるからさ」

 

「⋯⋯まぁ、そうですね。ありがとう御座います。もう少し頑張ろうって思えました。⋯⋯えへへ」

 

「そりゃどうも」

 

少し照れたようにはにかむソラに、ルルは励ました甲斐があったと目を伏せる。

 

「──あっ、いたいた。ルル、先行かないでよ。ルルって目を離したらすぐに姿が消えるよね。ほんとに」

 

とそこで、コンビニ特有の甲高く、中毒性の高いメロディーが店内に響き渡る。開いた自動ドアからそう話すのは、お察しの通り先生だ。彼の発言に、ルルは閉じていた片目を開ける。

 

「なに親御さんみたいなこと言ってんだ? オイラはアンタの可愛い娘じゃないんだぜ」

 

「え〜? 違うのー?」

 

「違うぜ、絶対な。逆にどうしてそう思ったのか不思議だな」

 

相変わらずの先生の態度に、ルルはもはや特に何も感じなくなってきたものだ。慣れとは末恐ろしいものだと思いつつ、視線を再びソラに向ける。

 

「先生もいらしたんですね。いらっしゃいませ」

 

タイミングを見計らい、先生の来店に対して遅れて挨拶したソラに、先生は「うん」と頷く。そのやりとりを見たルルは、ここに来た目的を果たすため、またソラに顔を向ける。

 

「いきなりって言うのも変だけど⋯⋯『例のもん』、約束通りしっかり仕入れてるよな?」

 

「はい、『ケチャップ』ですよね。奥の調味料の棚に並べてあります」

 

ソラはその方向を指差して、元気よくそう言った。その言葉を聞いたルルは「それは良かった」と頷き、内心で少し歓喜する。

 

「相変わらず物好きだね、ルル」

 

そう言った先生は、右手に持っていた空のケチャップボトルをゴミ箱に投げ捨て、綺麗にホールインワンを決めた。

 

「オイラにとって、ケチャップは命の次の次くらいに大切なもんさ」

 

その華麗な技術に感嘆しつつ、ルルは彼に片目を瞑って見せた。

 

 

*

 

 

血のような深紅に染まった液体状の身体は、透明な容器(ドレス)に包まれ、その素肌をあられもなく晒け出されている。その大胆な服装故に、美しさは隠れることなく前面に押し出され、見る者の情欲を掻き立てる。

 

美の探求者が生涯を費やすほどの美貌、しかし恐ろしいことに、その魅力の本領は味わってから初めて発揮されるのだ。純白に染まる(ベール)を開き上げ、甘い口付けを交わし、そのまま一口含んだ瞬間、舌の上で優しくじんわりと広がるのは、濃厚で瑞々しい甘さ。

 

それは味覚を通じて甘美な一時をルルにプレゼントし、気付くと、その姿はいつの間にか泡沫(うたかた)の夢のように消え、甘い余韻と確かな満足感だけがそこに残るのだ。それが、ルルが前世から愛し、飲み続ける『ケチャップ』という代物だ。

 

まじでうまい、本当にうまい、ずっと飲んでたい。自分でも、いつからこれを肌見放さず持つようになったのか、きっかけは覚えていないが、劇的な出会いではなかったことは覚えている。

 

そんなケチャップだが、連邦生徒会に来てから初めて『エンジェル24』に来た時、なんと店内のどこを探しても見つからなかった。この辺には他にコンビニやスーパーなどはないため、それを理解した当時、膝から崩れ落ちる妄想をしたことを覚えている。

 

そこで、ダメ元で『エンジェル24』の店員──ソラにこの辺でケチャップが買える場所を尋ねてみたところ、なんと仕入れてくれると言ってくれた。それを聞いた当時、崩れ落ちた膝が飛び跳ねた妄想をしたことを覚えている。

 

そしてケチャップが仕入れられた今日、ルルはここに買いに来た訳だ。ちなみに、今日までルルがケチャップを飲め、禁断症状を起こさずに済んだのは、ミレニアムのコンビニでケチャップを大量に買い溜めしていたためである。

 

 

*

 

「あっ、そういえば言い忘れてたけど、明日出張に行くことにしたよ、私」

 

高い棚に置いてあるケチャップボトルを取ろうと、つま先立ちで試行錯誤するルルに、先生がそんなことを急に言い出してきた。それにルルは視線だけを彼に向ける。

 

「出張に行くってことは、どっかの学園から『シャーレ』に要請が入ったんだな?」

 

「うん、そうなんだ。アビドス自治区にあるアビドス高等学校ってとこの子達から救援要請が手紙で送られてきてね」

 

確認するルルに、先生は頷く。連邦捜査部『シャーレ』の本務は、様々な学園の抱える問題の解決や救援要請などに応えること。組織の顧問である先生は、全ての学園の自治区に自由に出入りできる権限を持っている。

 

そのため、このように救援要請などが入れば出張という名目で自ら学園の問題解決に赴くのだ。ルルが助手なったことが決定された後、彼に渡された書類を交えてそう説明された。

 

「アビドスって言うと、確か『柴石ラーメン』があった自治区だったよな?」

 

ケチャップボトルを取ることを一先ず諦めたルルは、つま先立ちを止めて先生に向き直る。その少女の問いに、先生は思い出を振り返るように笑う。

 

「そうそう。前に一緒に食べ行ったよね、私の奢りで」 

 

「あー、そういやそうだったな? てことで、次も勿論奢ってくれるよな、先生?」

 

「え? 嫌だけど」

 

「おっと、急に真顔になったな。安心してくれ、今のは冗談だよ。今のオイラには働き口があって、ちゃんと働いてお金もあるからな」

 

スンと真顔になった先生に、ルルは冗談だと笑う。柴石ラーメンは、大将の人柄もあってルルのお気に入りの店だ。その店が構えられた自治区がアビドスなので、ルルが先生と一緒に出張に行くことになれば、帰りに寄ることもできるだろう。嬉しいことだ。

 

「冗談って⋯⋯そんなこと言ってるけど、あわよくば奢ってくれたりしないかなとか思ってなかった?」 

 

「うん、思ってたけど?」

 

「⋯⋯君の精神の図太さは、私も是非とも見習っていきたいものだね」

 

「見習いたいなんて、照れること言ってるくれるねぇ」

 

「皮肉言ってるんだけど!?」

 

悪びれないルルに皮肉を言った先生だが、真に受けられて仰天する。それから、彼は首裏を掻く少女に小さく溜め息する。

 

「何と言うか、ルルが相手だと何でも言って良いような安心感があるんだ。さっきの皮肉とか、他の生徒になら絶対言わないと思うし。だからと言って、先生である私が生徒である君への接し方を変えて良い理由にはならないけどさ⋯⋯君はどう思うかな?」

 

どこか真剣味を帯びた瞳でルルを真っ直ぐと見る先生に、目を伏せて逡巡してから「そうだな」と少女は彼を正面に捉える。

 

「ま、好きに接したら良いんじゃないの? 別にオイラが何言われても傷付かない無敵の精神を持ってる訳じゃないぜ。でも、アンタは人の気持ちが分かる良い奴だ」

 

「────」

 

「まだ会って数週間かそこらだけど、どんな人柄かくらい分かる。好きに接すると言っても、人が傷付くようなことアンタはしないだろ?」

 

「⋯⋯そっか。じゃあ、これからも私は君に好きなように接するとするよ。あと⋯⋯はいこれ」

 

どこか嬉しそうに微笑んだ先生はそう言って、ルルが取り損ねていたケチャップボトルをひょいと棚から取って、ルルに渡してくれた。それから先生は、声を漏らしながら伸びをしてから、

 

「アビドスの出張についての詳細な話は、部屋に戻ってからにしよう。立ち話は疲れるし、ゆっくりとコーヒーを飲みながら話したいからね」

 

「分かったぜ。ゆっくり休みながら、その方が絶対良いからな。あと、ケチャップボトル取ってくれてサンキュー」

 

そう感謝を告げるルルに、先生は「どういたしまして」と笑顔で返した。個人的に、遠くに行ったりすることは好きだ。未知に遭遇したり、または思わぬ収穫があったり。

そういう面白い出会いがあったりするからこそ、人々は日々のストレスを払拭するために旅行なんてするのだろう。

 

「⋯⋯部屋に戻ったら、このケチャップを愉しみながら話を聞くとするかな」

 

次はどんな出会いが待っているのだろうか、とロケ番組の最後とかに聞こえてきそうなセリフを脳内再生しつつ、目当てのものを手に入れたルルは、鼻歌で歌いたいような良い気分でレジに向かったのだった。

 




一話で何となく察している人もいると思いますが、この時間軸のサンズさんはリセットされても前の時間軸の記憶を有しています。つまり、サンズさんは何百回も大切な人を殺される瞬間を目撃していて、かつ自分の死も同じ数だけ経験しています。

無敵の精神とまで行かなくても、それで正気を保っているので、サンズさんのメンタルは化け物じみています。それでもロアさんが死んで涙を堪えきれなかったのは、前の世界と違い、この世界にはもしかしたらリセットがなく、また会うことができないと思ったからなのかも知れませんね。

つまり、逆説的にサンズさんが前の世界で正気を保てていたのは、リセットがあるから。また殺されてしまう場面を見ることにはなりますが、大切なみんなに会えるからなのかも。というか、本当にサンズさんは正気なんでしょうかねぇ。

ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜

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