ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE!   作:ケガレモ

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誤字脱字報告、マジ感謝です。


『焦燥を燃料に、少女は躍動を開始する』

 

「⋯⋯ん、うーん⋯⋯」

 

カーテンの隙間から差しているであろう陽光が、(まぶた)に当たり、ルルは強制起床を促された。

さっきまでケチャップ風呂に浸かるという夢のような体験を堪能していたので、とても残念だ。いや、夢ではあるのだが、その為、今の機嫌は少し斜め下方向であった。

 

眩しい光で目を開けることを躊躇(ちゅうちょ)しつつ、名残惜しさを感じつつ、布団を振り払ってゆっくりと上体を上げる。

それによって、さっきまで顔に照りつけていた日差しは消え、それを瞼に伝わる熱で確認し、ルルは目を(こす)り、ぼやける視界が目の前に広がった。

 

──その景色は、どこか幻想的であった。

小さな精霊のような物体がフワフワと不規則なワルツを踊っている。それは陽光を背に浴びることで輪郭をはっきりと映し上げ、その様子を鮮明にして──、

 

「いやこれ、部屋に浮いてる塵埃じゃねぇか。──まぁ、いいか」

 

腕を頭を後ろで組み上げて、気持ちよく体を伸ばす。

これだけでさっきまで感じていた不満は消え去り、代わりに一日の始まりを感じさせる爽やかな気分に変わった。

 

現在、ルルはミレニアムの寮で生活している。

みなさんはなぜ、ルルが金欠になってから今日に至るまで生き延びられたのか気になっていることだろう。

 

それは、ルルがミレニアムに入ったのが理由の一つに挙がる。

驚くべきことに、ミレニアムの生徒はミレニアムに広がる寮の一室を実質ただで借りれるのだ。

 

ロアの情報を得る為だけの理由で、ミレニアムに入ったルルからすると棚からぼた餅が数十個降ってきた感じだ。 電気代、水道代も無料。食事代は自費だが、それを差し抜いても非常な好待遇と言える。

 

ミレニアムはどんな人でも年齢さえ合えば入学でき、面接さえ受ければ良いのである。 だが、このミレニアムはキヴォトス三大学園と言われるだけあり、超高成績者を数百年に渡り、排出し続けている。

 

その理由の一つだが、この学校で赤点を取ったものは有無を言わせず退学になるのだ。一応、救済措置として一回だけ復活チャンスがあるものの、だいぶ厳しい校則だろう。

 

だからみんな必死に勉強するし、この学校の設備や教育資料もすべて最高峰のもののため、意欲的な生徒は自らここに入っていくし、その素晴らしい環境により(勉強すれば)学力はどうやっても向上する。

 

それゃあ、頭良い人多いよなという話。

──モモイとか、どうなんだろうか。

 

さて、話は戻るが衣食住の「衣」と「住」だけあっても人は生きられない。ミレニアムが負担してくれない食事代はどうしていたのかだが、流石は運だけで生きていたルルのことあって、なんと先生に相談してすぐにバイト先が見つかったのだ。

 

そして今、連邦生徒会に入り、先生の助手になったことで、金に関する不安はない。やっと、脱線していた人生の路線に戻れた感じだ。

 

「よし、朝のストレッチ終わりだな。やっぱ人間の体は伸ばしたりするだけで気持ちがいいね」

 

気持ちよく吐息を吐きつつ、呟いたルルは時刻を確認すべく、ベットの横の棚に無造作に置かれた目覚まし時計に顔を向ける。

 

「ん?」

 

それを認識し、ルルは目を擦ってもう一度確認し直した。

その十二個の数字が書かれた文字盤の中心から伸びる二本の針、そのうちの短い方は「7」付近を指し、長い方は「8」を指している。

これはつまり、現在の時刻が七時四十分くらいで、ここから導かれる結論は──、

 

「遅刻ギリギリじゃないか⋯⋯ッ!?」

 

その瞬間、ルルの体は宙に浮いた。それは布団から疾風の如く飛び出したからだ。グチャグチャになっている寝具のベッドメイキングは後回し、ルルは可及的速やかに行動を開始する。

 

顔に水をぶちまけ、歯ブラシを片手に寝巻きをベットにポイ捨てし、代わりに先生が用意した半袖の連邦生徒会の制服に袖を通す。

蛇口から滝のようにでる水道水を口腔に乱暴に出迎え、そして衝撃と共に洗面台中心に向かい、吐き出した。いつもの青パーカーをひとまず羽織るだけにし、部屋の隅にある冷蔵庫から水が入ったペットボトルと、

 

「これだけは外せないよな」

 

ケチャップボトルを一つまみ。そうして、靴を履いたルルは虚空に向かい、こう呟いた。

 

「『ショートカット』」

 

散らかった寮の一室から一人の少女の姿が、そこから蜃気楼のように掻き消えた。

 

 

*

 

 

「あっ、今日は早いのね、先生」

 

ドアが開き、教室に入って来た黒髪黒目の大人、見方を変えれば好青年にも見えなくもない男性に向かって、彼女はそう話しかける。

 

「あはは⋯⋯前は散々だったからね。ま、あれはクッソ広いアビドスのせいだから、仕方ないよね」

 

若干皮肉の込められた言葉だが、言い訳する大人──先生の表情は微笑んで変わらない。そんな彼の相変わらずの態度に、呆れたように彼女は吐息を溢す。

 

「言い訳もここまでくれば賞賛ものよね。それで、いつ突っ込むか迷ったんだけど、良いわよね?」

 

「ん? 何か気になることでもあった?」

 

頬に少しばかりの朱を差し、少し躊躇(ためら)う感じに問いかける彼女に、先生はこれまた表情を変えずに、いやどこか愉しげにそう返答する。

 

そんな先生の態度と表情に、残っていた躊躇いを捨てた彼女は、口の端から空気を大きく吸い込んで、

 

「なんで、シロコ先輩の耳をさっきからモフってるのよっ!!」

 

容赦なく、そう声を張り上げた。

さっきまで見えた呆れのような色から一転し、今の彼女の瞳には変態でも見るような少しの軽蔑の色が含まれている。

 

「ん、気付いたらモフられてた。気配も感じなかったし、一瞬で間合いを取られた。恐ろしい」

 

そんな彼女の張り上げる声に、狼耳をピクリと動かし反応したのは、彼女がさっき口に出した人物──シロコだ。

 

淡白とした感じに、それでいてなんでもないように彼女は語る。

銀光煌めく、灰色に近い配色の髪。そのフワリとした立地から二つほど生え聳えているのは、髪と同色の狼耳だ。

 

先生はこの教室に入ったその刹那、入り口の傍にシロコが立っていることに気付き、それからするりと移動し、彼女の耳をモフり始めていたのだ。しかも平然と、まるで当然のように。

 

だからこそ、彼女は突っ込まずにはいられなかったのだ。

 

「そういうことじゃないんだけど⋯⋯本当に、先生って何者なのよ⋯⋯」

 

今だにモフることを止めない先生と、モフられることにやぶさかではないシロコに、もはや諦観してそう呟いたのは、艷やかな黒髪を揺らし、猫耳を携えた少女──セリカだ。

 

双眸は情熱の赤に彩られ、彼女の激情的な一面がそこに表れている。ツンツンとした検のある物言いだが、彼女の本質は優しく、それでいて純正なツンデレ属性である。

なので、それを知っている先生は、彼女のことを生暖かい目で見ている。

 

「私が何者かって? 日本育ち、日本生まれの極々一般的なナイスガイティーチャーだけど?」

 

自称ナイスガイティーチャーな先生は、彼女の疑問にそう応える。

 

「ニホン? 聞いたことない場所ね」

 

その答えに、セリカは首を小さく(かし)げる。

見知らぬ単語に疑問を浮かべる彼女に、先生は肩をすくめて、

 

「まぁ、別に知らなくていいよ。簡単に言うと極東にある小さな島国。そんだけさ」

 

そう告げた。語る彼の表情は、どこか寂しそうに思えた。

と、セリカがそう思ったのも束の間、先生の両手の様子を見て彼女はまた呆れた顔を見せる。

 

モフり、モフり、と擬音でも鳴りそうな感じに、先生は会話の最初から今に至るまで、そのモフる手は一度も止まっていない。

シロコの狼耳がどれほどの魅力を先生に与えているのか、その様子だけでも充分に理解できるだろう。

 

そんな最中、指先が少し奥へと耳に触れ、シロコはピクリと耳を(あか)くした。それにほんの一瞬、忙しなく動かしていた手を止めた先生だが、抵抗を見せないシロコの反応を見て、その手が再起動し始める。

 

動物は気を許したり、信頼している相手には身体の一部を触れさせることを許したりするモノ。それは高い知能を持つ人族なども例外ではない。

先生はシロコがそれなのだと再認識したことで、口の端の歪みが少し深くなり、モフる速度が指数関数的に上昇していく──、

 

「もうっ! いつまでやってるのよッ!!」

 

顔を真っ赤に染め上げて、視線を横にずらしながら提言するセリカ。それに先生は「ごめん、ごめん」と指先で(もてあそ)んでいたシロコの狼耳から離し、セリカに軽く手を振る。

 

「まぁまぁ、良いじゃないですか。生徒と先生が仲睦まじい関係を築けている証ですよ」

 

とそこで、何がとは言わないがメロンサイズなそれを持った少女──ノノミが穏やかな口調で、会話に参加する。

彼女の緑色の瞳が、賛同を求めるようにセリカから先生に移る。

それに、先生は仲間を得たとばかりに力強く頷き、

 

「そうだよ、セリカ。これは、ただのボディタッチくらいのものなんだよ。信頼関係を築く上でも、こういうことは必要なのさ。分かるかい?」

 

「ごめん、ダメな大人の言い訳にしか聞こえないのは私だけなの?」

 

そう言って、ちらとノノミに視線を送るセリカだが、返ってきたのは微笑みのみ。ならばとシロコを見たが、彼女は先生に、またも狼耳を抵抗もせずにモフられ始めていた。味方はいない。

そうなってしまえば、もはやセリカは口を閉じるしか選択肢は残されていなかった。

 

そんなセリカの発言の最中、一瞬にも満たない時間であるが、先生の目線がノノミの双丘に目移りする。が、先生は叩き上げた鋼の意思でその欲求をねじ伏せ、視線を他に移した。

 

情欲に溺れない、実に紳士的な神経を持ち合わせる先生だが、シロコの狼耳をモフりたい欲求は抑えられないのだから、不思議なものだ。

いや、彼について理解しているならそれは間違った評価だろう。

 

先生、彼は生粋のケモナーである。

彼という人間を語る上でこれだけは外せない。

元々、ただの動物好きであった彼が、なぜ性癖へと変じたのはやはり環境が原因の一つと言える。

 

太陽系、第三惑星「地球」その中にある国々の一つ──日本は、彼が生まれ、心身と共に性癖を育んだ場所だ。

 

日本という国はいわゆる創作活動というモノが盛んであり、それらは他の国々にも高い評価を得ている。

そして漫画、アニメ、ラノベなど、その中で紡がれる物語の中、特に異世界系とも称される題材では、度々見かける者達がいる。

 

頭部に動物の耳を携え、尻尾を揺らし、身体の一部がその動物の特徴を模した構造になっている人のような見た目の種族。

それらは作品によって名称は異なるものの、それらは主に「獣人」や「亜人」などと言われ、その特徴は殆ど同じだ。

 

そんな彼らとの最初の出会いは、一つのアニメだった。

それはもう劇的で、運命のように感じたと、今の先生は語る。

昔、友人の家に訪問した時、それは彼の瞳に映り、そして焼き付くに至った。

 

まず目についたのは、大きなうさぎのような耳。

外見は太い尾と水平でヤギのような瞳孔を持ち、白い髪の毛がフワリとそこに存在している。薄い体毛は全身を覆い、頬には薄い色の毛が二か所有り、その間から二本ずつ生えた太い猫のような髭が、少女の愛くるしさを加算している。

 

「んなぁー」と特徴的な鳴き声のような語彙を使う、その獣と人間のハーフのような見た目をした彼女に、先生は思わず見惚れ、そして感銘を受けたのだ。

 

そこからは語るまでもない。

それが、彼のケモナーへの一歩を踏み出したきっかけであった。

 

そんな彼はキヴォトスに来て、それはもう歓喜した。

窓を覗くと、その眼下に歩いていたのだ。まさしく二次元の中にしか存在しなかったそれが。そうして、今の彼があるのだ。

 

「あれ、そういえばホシノは? 屋上で昼寝でもしてるのかな」

 

ふと思い出したように、先生は「アビドス廃校対策委員会」の教室を見渡し、一人の生徒の姿が見えないことに気付く。

 

「ホシノ先輩はまだ来ていません、珍しいですよね」

 

教室の中央においてある大きなテーブルを跨いだ先で、その問いかけに礼儀正しく応えたのは黒髪に、赤い眼鏡を掛けた少女──アヤネだ。

心配などまるでないように微笑む彼女を見れば、己の先輩にどれほどの信頼を寄せているのか、よく分かる。

 

「本当にね。いつも誰よりも最初にいるんでしょ? ホシノって」

 

「はい、何かトラブルにでも巻き込まれていないといいのですが⋯⋯」

 

「そうだね。──あっ、そういえば⋯⋯」

 

そう言いかけて、先生は思い出したように手を叩いた。

その小さな破裂音に反応し、部屋にいた者達の視線が彼に集まる。それを確認して、咳払いをした先生はさっきの言葉に付け加えるように話し始めた。

 

「今日は、私の助手兼、秘書兼、護衛兼、右腕(するつもり)が来る予定だから、よろしくお願いね」

 

「どんだけ兼ねてるのよ⋯⋯」

 

「ん、護衛って言った。その人、強いの?」

 

セリカの呟きは他所に、シロコは興味本位にそう問いかける。

相変わらず、戦闘狂的な考えがまず出てくることに先生は苦笑いを浮かべて、

 

「彼女は自分のことを弱いって言ってたよ。まぁ、私もまだまだ彼女と知り合ってから長くないし、その辺はあんまり分からないけどね」

 

「それは、残念⋯⋯」

 

両手を挙げて、分からないと言うことをポージングでアピール。

それを聞いて、少しがっかりしたようにシロコは目を伏せる。

 

「先生の助手、ですか。どんな人か、会うのが楽しみですね」

 

「そうですね」

 

もうすぐ会うことになる先生の助手を想像し、ノノミとアヤネは笑みを交換する。しかし、きっと思い描いた人物像は的外れなモノになるだろう。 

なぜなら、神楽ルルという少女の溢れんばかりの胡散臭さは、文字通り想像を絶するのだから。

 

「道に迷ってたりしないといいんだけど、まぁ、明敏(めいびん)な彼女のことだし、大丈夫だと思うけど」

 

「もしかしたら、ホシノ先輩と一緒に来たりするかも知れないわね」

 

「ははは、そうだったら面白いね」

 

セリカの予想に、楽しそうに笑った先生は窓へと視線を向ける。

眼下、砂が舞い散る校庭の様子とその更に先にある校門を眺めた。それから先生は口の端を少し開いて、

 

「⋯⋯やっぱり、似てるなぁ」

 

そう、静かに呟いた。

 

「何か言いましたか?」

 

その先生の呟きを聞きつけ、アヤネが先生に振り向く。

しかし、それに先生は手を横に振って否定する。

 

「いや、別に何でもないよ。黄昏た大人の独り言さ。じゃ、二人が来るまでゆっくり待とうか」

 

その言葉に各々は頷く、それを確認して先生もコクリと頷いた。

 

 

*

 

 

吹き荒れる風に巻き込まれ、太陽光を反射して黄色く輝く砂が、風景に幻想的な要素を付け足している。それに加え、ボロボロに廃れたビルや、機能を失い捨てられたであろう廃車などが過去の栄光を語っていた。

 

そんな中、青いパーカーを腰に巻き、額にこびり着き、照りつける陽光に煌めく汗を暑そうに拭う少女がいた。ルルである。

 

手足は鉛のように重く、一歩一歩地面を踏みしめた時に感じる重力が疲れを加速させる。地平線の先まで続く、砂が織り成す景色にルルは疲れを隠さずに溜息を粗く吐いた。

 

「はぁ、どこだよ、ここ⋯⋯」

 

そう呟いて、ペットボトルの口を唇へと傾ける。

グビグビと喉が小気味良い音を鳴らし、流れ込む冷たい感覚で一瞬の疲労感の消失を味わい、そして数歩歩いた先で、また疲労感が舞い戻ってくる。それを何度繰り返しただろうか。

 

それから、ルルは右手に持っていた透明な容器を上に翳し、中身を確認する。

 

「あー、やばいなこれ。もう水もなくなっちまった」

 

現在、神楽ルルは絶賛迷子である。

言い方を変えれば遭難だが、それは事が重大になった感がでて気が滅入るので、迷子という事にする。

 

砂が絡まりガサガサになった髪の毛を鬱陶しく思いながら、ルルは瞑目し、どうするべきか考えていた。

まず最初に『ショートカット』の能力を使い、柴石に近くにある人気の無い薄暗い小路に瞬間移動したところまでは良かった。

 

この力『ショートカット』の能力の真骨頂は長距離移動にある。

一度行った場所なら、時空の壁を跨がない場所ならどこでも行けるのだ。

とはいえ、距離が遠すぎると消費される神秘の量はとてつもなく倍増するので、あまり使いたくない代物だ。

 

それに、そう思う理由はもう一つある。

前にも言ったが、この能力を自分が持っていると知られるのは色々と面倒なのだ。それに一度クソみたいなミスも犯してるので、使うかは大分躊躇った。

 

だが、出張初日から遅刻するのは流石に自分──もとい『神楽ルル』の沽券に関わる問題のために仕方なく、そう仕方なく使ったのだ。面倒臭いからでは断じてない。

 

前世はこの能力を使い、地下世界で自由に移動していた。

地下にいる奴はほぼ全員知人だし、例えバレても頼れる仲間がいたからそんな事が出来ていた。

 

それが、どこほど恵まれた環境だったのかと、今は思う。

そんな故郷に向けて、この能力を試しに使ったことがあるが、ルルが元いた地下世界に戻ることは出来なかった。

それはつまり、やはりここは異次元にある世界──異世界とか言われる場所なのだと思う。

 

まぁ、そんなことはどうでも良いとして、今はこの直面した問題について考えるべきだ。

 

「まぁ、それもさておき、本当に人の気配がないな、アビドス⋯⋯」

 

まだ数十分程しか進んでいないが、その間一度も止まってはいないし、それに前提としてルルは神秘を持つギヴォトス人だ。

最初の五分は逸る焦燥感で疾走し、体感二十kmはそこで進んでいたと思う。なのにそれで一度も人に会わず、そもそも人が生活している痕跡すら見当たらないのだから、現在のアビドスの廃れ具合には憐憫(れんびん)の情を抱かされる。

 

「ていうか、五分で二十kmって、約時速250kmで走ってたんだな。これじゃ、ヒナのこと言えないな」

 

前の自分の身体では考えられない埒外(らちがい)の己の身体能力に、ルルはそう呟いて苦笑を禁じ得なかった。

 

──アビドス自治区。

 

それは砂に愛され、砂に呪われた場所。先生の話によると、ここは昔キヴォトス三大学園に劣らないほどの規模と経済的繁栄をその手にしていたらしい。

だが、それは過去の話。突如アビドス自治区内で発生した度重なる砂嵐によって自治区は半崩壊し、今や砂に包まれた、廃れた場所になってしまっている。

 

しかしそれでも、吹き荒れる砂塵に叩かれ、一度は枯れてしまった栄光を再び綺麗に咲き誇らせようと、この場所を救いたいと、そう願い、学校の復興のために活動する者達がいた。それが今日の目的地、アビドス高等学校にいる生徒達だ。

 

そんな崇高な目標を掲げ、日々尽力している彼女達だが、ずいぶん前から危機的状況に陥っているらしく、そのため先生が問題解決を図り、出張に行くことを決めた。

なので、彼の助手であるルルが付き添いで一緒に来ることが勝手に決定され、今日がその日だったという訳だ。迷子になったけど。

 

──だから誰か、そこまで道案内してくれる人は居ませんか?

 

「まぁ、敬語とはいえ、心の中で尋ねても何も解決しないよな。──よし」

 

ルルはそう言って横に振り向き、そこにあったモノに向かい、手を差し伸ばし、

 

* おめでとう! あなたは「木の枝」を手に入れた!

  右手に装備すると使えるよ。

 

ゲームで聞こえてきそうなシステム音声を妄想に脳内で響かせながら、ルルは右手に持った棒──木の枝を地面に突き立てる。

──そして、

 

「──どうだ?」

 

手を離し、棒に掛かる重力に次のアクションを任せる。

すると、カタっと軽い枝が地面に当たる音がした。倒れた棒は、斜め右へと進むべき道を指し示していた。

 

作戦名「運に丸投げ神頼みばっちこい作戦」だ。

 

「我ながらあんまりな作戦だが⋯⋯ま、運に関しては自信があるんだよな」

 

ルルはそう笑みを浮かべて、その方向に歩みだし、

 

「ぁ──え⋯⋯?」

 

意識が暗転し、地面に無抵抗で落下した。

次に額を劈くか如く生じた痛みという名の衝撃が、意識を再び現実へと回帰させた。

 

途端に、喉の奥から込み上げてくる熱を纏った不快感を必死に抑えつつ、己を嘲笑するかのように震える膝に視線を振る。

意思を込めても屍のように動くことを知らない己の肉体に、引き攣った笑みが浮かんだ。

 

「熱中症⋯⋯」

 

この現象に思い当たることを呟いた。

暑い場所で長時間動き続け、水分不足に陥ると発症しやすい病気。数十分しか歩いていないのに、と言い訳したい気持ちは、身体に巡るひどい倦怠感と、不快感によって今は後回しだと掻き消される。

 

ただただ今の状況を鑑みて、ルルは絶望していた。

手足が動かなければ、助けを呼びに人を探すこともできない。

まだ機能している喉も、時間経過で枯れた音を出すだけのものになるだろう。

 

──こんな所で、動けなくなるとはな⋯⋯。

 

それでもまだできることはある。声を上げて、助けを呼ぶ。

逆にそれだけしかできないが、しないよりはマシだろう。

 

「──誰か、助けてくれ⋯⋯」

 

だが、もはや声は掠れ切っていた。

こんな声が、人に届くことなんてないだろう。それを今、やっと理解してルルは考えないようにしていた、一つの可能性に徐々に思考が奪われていくのを感じた。

 

──ああ、ここで終わってしまうのか。

そんな悔恨と虚無感に滲んだ不吉じみた思考に。

 






ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜

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