ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE! 作:ケガレモ
──そこで、そのときに得た感情のことは、今でも
見慣れた景色が黒を纏った赤い光に包まれて、無惨に朽ちていき、見知った人々が存在したという事実を裏付けるだけの
ただただ世界は厳しい。運命は馴れ馴れしく肩を組み、理不尽を哄笑しながら振り撒いておきながら、それを必死に乗り越えたとしても、報われるなどと思えば甘えだと次は不条理を叩き付けてくる。
──何度も、幾度も、繰り返す。
手を伸ばして、指を動かし、唇を震わし、なおも懇願し続ける。そんな救いようのない世界だとしても、自分にとってはそこだけが愛した故郷なのだから。
今もそう、終わりに向かってまた始まりへと向かう時だってその気持ちは、意志は、『決意』は変わることはない。
ゆっくりとすべてが静かになっていく様を見届けて、眩しい絶望に目を細めて、肌を焼き焦がしていく熱と色を。焦げついていく肉の臭いと色を。そして彼女との友情をもう一度、その昏く、明るい視界に刻みつけて──、
もうすぐ始まってしまう世界の中で私は考える。
──そうだ。彼に⋯⋯いや君に
そこで、そのときに得た感情のことは、今でも
*
「はあぁー⋯⋯疲れたぁ⋯⋯」
セリカはガンラックに愛銃を立て掛け、フラフラと部室にある椅子に向かい、座り込むと、疲労感を一切隠す素振りもなくテーブルにだらしなく突っ伏した。
──戦闘は、アビドス側の完全勝利で幕を下ろした。
シロコによるドローンの爆撃によって、後方は浮き足立ちになり、その頃には既に、不良側の戦力の半分以上が沈黙。後の掃討戦は本当に呆気ないもので、不良側は特に纏まった抵抗などもなく数分で終了した。
もはや最後の辺りは敵ながら同情するほどの一方的な暴力で、先生もその様子には苦笑を
アビドスの面々は戦闘の後始末を終え、部室に戻ってきていた。それぞれ愛銃をガンラックに掛け、一番に入ったセリカに続き、椅子にかける。
「いやぁー、まさか勝っちゃうとは思わなかったねぇ」
「まさか勝っちゃうなんて、じゃありませんよホシノ先輩……勝たないと学校が不良のアジトになっちゃうじゃないですか」
ホシノは相変わらずのんびりとした口調でそう言うと、セリカの隣の席で同じようにテーブルに脱力して突っ伏した。そんなホシノの呑気な発言に、アヤネは軽く苦笑する。
「ん、これも先生の指揮のおかげ。本当にありがとう、先生」
「はい☆本当にすごいサポートでした」
「⋯⋯そうですね、本当にありがとうございます。先生」
シロコがこくりと頷き、ノノミは両手を合わせて、アヤネは安堵に笑顔を浮かべ、順に先生のサポートを絶賛し、同時に感謝の言葉を贈った。
「まぁ、私にはこれくらいしかできないからね」
先生は、笑顔を取り繕ってそう応える。だが、アビドスの面々はその言葉を彼の謙遜と受け取ったらしく、そのことを察した先生の渋い笑みは更に深まる。
そんなやりとりの後、シロコ達も各々休憩に入った。戦闘時間は数十分程で、あまり長いと言えるものではなかったのだが、神経擦り減らす戦であることは変わりなく、疲労は大きいものなのだろう。
「──それで、ルルは何か感想とかあるかな?」
タイミングを見計らって、ちらと先生は目線を斜め横へと向けた。その黒き瞳の中心に映るのは指揮をしている間、己の後ろで観戦していたであろう少女──ルルだ。
ルルは部室の中央に置いてあるテーブルを囲い、楽しそうに話し始めたアビドスの少女達を見た後、ニコリと喜色に口角を上げる先生に振り向く。
「ありきたりな言い方で悪いけど、凄かったとしかオイラは言えないよ」
それ以外の言葉は似合わない、とルルは思う。アビドスの生徒達の戦闘のパフォーマンスの高さは目を見張るものがあった。個々人の戦闘能力の高さはさることながら、連携も上手い。
そしてルルが一番に評価するのは彼女達の意志の強さだ。三十人対五人という圧倒的な数的不利な状況下でも諦めずに戦い、それで勝ってみせた。その姿は格好いいという言葉だけでは表せない、凄さがある。きっと、彼がルルに知って欲しかったことは、そういう強さだったのだろう。
「後は⋯⋯先生、アンタの指揮は素人でも分かるくらい、的確で素晴らしいもんだなって思ったよ」
最後に先生の指揮と作戦。まさに完璧で、文句の付けようのないものだった。まるで未来でも見えているかのような予測能力と、味方と敵の動向を精確に捉え続け、ジャストなタイミングでの的確な指令。
惚れ直す、というと違うが、ルルが純粋に指揮をしていた彼を格好いいと思ったのは事実なのだ。
「あはは、あんまり褒めないで欲しいかな。真面目に私はこのくらいしかできないからさ⋯⋯」
「それは⋯⋯悪かったな」
ルルの賞賛に、右手で制服越しに胃の辺りを
「あっ、そう言えば──」
それから表情をいつも通りに戻した先生は、ふと思い出したように言いかけ、目線をちらとアヤネに送る。それに気付き、アヤネは席から立ち上がる。
「えっと、何か気になることでも⋯⋯?」
「ちょっと、ね。さっきの戦いでまた物資が減ってるでしょ? またいつ補給に来れるか分からないからさ、今のうちにね」
「ああ、なるほど。じゃあ前と同じで、隣の教室でお願いします」
「
ビシッと敬礼のような動作を決めて、やる気満々で先生はアヤネに頷く。それからまたもルルへとその顔を向けた。それに、
「何だ?」
「ちょっと、ついてきて貰えるかな?」
「ん? 良く分からないけど、良いよ」
特に断る理由もないので、渋ることもなくルルは了承する。その言葉を受け、先生は笑みを軽く浮かべると教室を後にした。
いつも通り何するか分からない先生に、ちょっとした恐怖心のようなものを抱きつつ、ルルはその背を追う。己より二回りほども大きな背丈を持つ彼は、隣の教室の前で足を止めた。
「ここで何するつもりなんだ? オイラを呼ぶってことは手伝って欲しいことでもあるんだろ?」
それを確認し、ルルは同じく足を止める。教室を前に、先生の横半身を眺めて青髪の少女は眉間に皺をよせる。
「いや、そういう訳ではなくてね。──ま、ちょっと見ててよ。君の握手爆音ドッキリよりも驚くかもよ」
握手爆音ドッキリ──。そんな騒々しげな言葉に聞き覚えはないが、思い当たる出来事はある。
「あー、多分オイラが前に仕掛けたブーブークッションのやつだ。──へへ、そいつは楽しみだな。じゃ、この翡翠の瞳に、しかとその驚きの光景とやらを焼き付ける準備をするよ」
脳裏を通り過ぎる先生の驚愕の表情に、ルルは必死に思い出し笑いを堪えつつ、右眼を閉じてルルは残った左眼の下を指で差した。
「あはは、それは重畳かな」
先生は笑ってそう告げる。その次に懐中からタブレットを取り出した。ルルはそれを見て、目を細める。先生が指揮をしている間、そのタブレットは先生の手の中で淡い水色の光を放っていた。
ただ、気になって画面を覗き見ても何も映っていないのと、それなのに何度もちらちらと確認するように画面を見る先生に、ルルはそれを謎に思っていた。──だから、
「そのタブレットは一体何なんだ?」
気になった事はすぐに質問するルルの性格は、今回もしっかり発揮された。先生はタブレットを指で操作しつつ、「まぁ、とりあいず見ててよ」と言わんばかりに、クソイケメンなウインクをルルに返す。
それなら仕方ないな、と彼の表情になぜだか少しだけ苛立った感情を押し隠しつつ、大人しくルルは次の先生のアクションを待つ。──その時だった。
「──え」
目の前で起きた一瞬の出来事に、ルルは思わず口から音が漏れる。口を半分くらい開けて、唖然とその光景を見やるルル。それをすぐ横で眺める先生は、愉快な気分に口元が歪むのを抑えつつ、
「驚いたでしょ? これが先生の力だぁ!──という訳でもないんだけど、こんなことができるって知っておいて欲しくてさ」
「⋯⋯なるほどな。えーとそれで⋯⋯これはマジックか何かか? この際、文字通りの意味なんだけど」
手品ではなく、魔法の類。ルルは今起きた現象にそれを感じた。先程まで古びた席と机や、廃れた黒板が教室の前面に掛けられただけだった部屋の中に、突然にしてとてつもない量の物資がそこに前触れもなく出現した。
弾薬、
そして、この現象を引き起こしたであろうその不可思議なタブレット。そこに、ルルの視線は惹きつけられるように移動するのは当然のことであろう。
「うーん、その辺は私にも分からないんだけどね。でも、君が気になっているであろうこのタブレットのことは教えてあげる」
ルルの興味津々と言った視線に、先生は笑い、それから教室の中に置いてある机に目を付けた。彼はそこに椅子を二つ持って来て、向かい合うように置いた。
その意図を察したルルは、彼の気遣いに甘え、椅子に「どっこらしょっ」と腰掛ける。先生はそのルルの美少女にあるまじき、中年的な掛け声に苦笑しつつ、残ったもう片方の席に座った。それから机の上にタブレットを置き、その大人は指を差す。
「このタブレットはいわゆる『
「オーパーツという言葉から考えるに、これは今の技術じゃ再現できない。失われた古代技術で作られた物とかっていう訳だな。──それで、できることは様々な物質を作り出すこと、だけではないだろ?」
その言葉に先生は一瞬驚いたように目を薄く開き、笑った。
「ははは。君、本当に察しが良いね、流石は私の助手だ。そう、シッテムの箱は何らかの代償を必要とする代わりに、生物を除く全てのものを再現できる、理論上はね。そして私はこの力を『
そこまで言い切ってから、先生はルルを見て愉しげに笑い、
「あと、君は私が戦術指揮でタブレットを使っていたのは知ってるね。視線が丸分かりだったよ」
「わお、バレてたんだな。ちょっとくらいは
「ソシャゲに食費の殆ど溶かしたせいで、マジ金欠だから、正直クッソ欲しいけど⋯⋯生徒からお金を貰うのは色々とヤバいから遠慮するよ」
「はは、それはちょーっと立場的に
ルルの冗談に先生はいつもより砕けた雰囲気を漂わせながら、強欲な本音をチラリズムさせる。
だが、そんなダメな大人感が滲み出た言葉が、ルルには高評価だった。完璧超人な聖人より、弱音や汚いところがある人の方が接しやすく、親しみやすいからだ。
しかし、それは先生の知らぬ話である。細身の大人は苦笑を浮かべたまま、机の上で腕を組んだ。
「それで話は戻るけど、シッテムの箱は平たく言うと高性能なんだ。さっきの戦闘指揮のときは演算器として使ってたんだ。主な部分は地形や敵数、配置とか、戦闘に必要不可欠なそういう情報が瞬時に、継続して得られる。あとは、精査された情報を下に指揮するだけ。だから私は別に凄くないよ、ズルしているだけさ」
「ほんとに?」
疑わしげなルルの視線にどんな意味が含まれているのか、先生は察したように笑い、その場を上手くコントロールして誤魔化した。別に誤魔化せてはいないが、誤魔化すに値する理由が彼にはあるのだろう。
それなら、ルルは聞こうとは思えない。他人の秘密を知ることにはそれほどの覚悟が必要だからだ。そのルルの考えを態度で悟ったのか、先生はルルの遠回しな問いには答えず、直ぐに話を切り替えた。
「君ってさ、確か銃持ってなかったでしょ、今作るから何か希望ある?」
「⋯⋯いきなりだな。銃は持ってないけど、使えないからオイラは要らないよ」
そう、ルルは銃が使えない。前に神秘についての検証実験で、モモイに銃を貸して貰ったことがあったが、的までの距離を一メートルにしてやっとだった。
実験が終わった後も、銃が使えないことが正直悔しかったルルは、それからゲーム開発部の面々に、銃の練習に何度も付き合って貰ってはいるものの、今のところ進展は無い。
姿勢や撃ち方などは完璧なのに、銃弾は綺麗に的を避けて行くもんだから、最近ミドリはルルが呪われているじゃないかと、疑い始めるほどなので、こと銃に関してルルは天才的な下手くそなのは確定だ。
練習場に行けば銃は簡単な手続きで借りられるので、下手くそ過ぎて日常で使う機会のない銃は、ルルには不要なのだ。
だから、ルルは先生の提案を拒否したが、彼は「へぇ、良いの?」と好奇の色を目に宿しながら、ルルに笑う。
「キヴォトスで銃を持ってない人は、全裸で道端を歩き回る人より珍しいんだけど」
「おっと、これはお恥ずかしい。オイラは気付かずに公道を全裸で闊歩してたって訳だな?」
「それは、違うんじゃないかな⋯⋯?」
ルルの冗談に先生は苦笑し、胸ポケットの辺りから一丁の銃を取り出した。シンプルな形状で、サイズはこれまで見てきた物よりかは小さめ。使い易さと汎用性に富んだ物だと、何となくルルは理解した。
「使えなくても、持っとくだけでも良いと思うよ。この銃は分類としては
「そこまで言われちゃ、断る方が失礼だな。じゃあ、ありがたく使わせて貰うけど⋯⋯本当に良いのか?」
先生の力説に、そこまで言うならとルルも承諾する。
だが、小さい物でも銃は結構なお値段がする。それをただでくれると言うので、何か裏があるんじゃないだろうかとルルは少し不安に思った。──だが、
「うん、シャーレには他にたくさんあるし大丈夫。これは君が私の助手になったことへの遅めの就職祝いみたいに思って欲しい。──じゃ、どうぞ、あとこれもね」
そんな邪推をしていたルルの目の前にある机に、先生は銃と弾薬が入ったケースを置いた。先生のその穏やかな笑みは、その行為がルルに対する純粋な厚意なのだと、見て容易に分かった。ルルは銃を手に取り、隅々まで見る。
「⋯⋯ありがとな、先生。大事に使うよ」
それから吐息を短く
「よし、これで私のしたかったことはできたかな。じゃ、早くみんなのとこに行こう、待たせちゃってるみたいだしね」
「そうだな。──んじゃ、行くとするか」
大人とその助手は椅子を引いて立ち上がり、教室から出ていった。
*
「さて、物資の問題は私がいる限りは解決できる。それと今回の襲撃は何とかなったけど⋯⋯まぁ、これで終わりという訳ではないだろうね」
現在、先生とその助手であるルル。そしてここの生徒であるアビドスの面々による、今後また襲撃してくるであろう攻勢の対応を決める会議が部室にて開かれていた。
アビドスの面々はそれぞれ席に腰掛け、真剣な面持ちでいる。先生は部室の中での上座辺りに座り、ルルはその横の席にいる。
「カタカタヘルメット団のことだよね。攻撃を止める様な奴らじゃない、きっとまた来る」
「私もシロコ先輩に同意見ね。しつこいし、諦めが悪いもの、あいつら」
シロコとセリカが吐き捨てるようにそう告げた。表情はいつか必ず起こりうる問題を前に分かり易く強張り、その言葉に二人以外のアビドスの面々も頷く。先生も同意見らしく、その言葉に追及はしない。
ルルは先生の声が掛かるまでは何もしない構えだ。自分は助手のため下手に口を挟むのもどうなのか、という考えだ。
まぁ、それが八分の一くらいで、残りの大半はただ面倒臭いからというのもある。
そんなルルの助手にあるまじき考えがあったなど
カタカタヘルメット団を名乗る不良達は戦力が揃い次第、またこの校舎に攻めて来るだろう。先程の戦闘によって大半の戦力を不良達は失った。だが、不良というのは何もカタカタヘルメット団だけではないのだ。この手の荒くれ者達は他にも大勢存在しているだろう。
アビドスは現在、経済活動の殆どが停止している。人がまだ残っている場所を除けば、特に管理もされてもおらず、ヴァルキューレなどの警察機関や、自警組織なども機能していない。
つまるところ、法律が働いておらず、捕まる恐れがないために、ここ──アビドスはまさに不良達の讃えるべき楽園という環境な訳だ。
「攻撃はいつまで続くのでしょうか。⋯⋯ヘルメット団以外にも沢山問題を抱えているのに」
目元に疲れたように指を添えるアヤネは、目の前の問題だらけの現状に溜息を吐いた。そこにホシノも付け加えるように話し出す。
「まぁ、先生のお陰で当面戦えるだけの体裁は整ったけれど、やっぱり元凶を何とかしないとね~」
そこまで言い、ホシノは曲がっていた背筋を正して、表情を一段階引き締めた物に変える。
「──で、そういう訳だから、ちょっと計画を練ってみたんだ」
「えっ、ホシノ先輩が!?」
「うそ──ッ!?」
あまりの言い草に、ホシノは「そこまで言うかな?」と心外そうに、微妙な表情を綺麗な顔に刻んで、頬を掻いた。
「いやぁ、その反応はいくら私でも、ちょーっと傷ついちゃうかなー⋯⋯おじさんだってたまにはシャキッとして、ちゃんとやることだってあるんだよ?」
「いえ、それはまぁ、知ってはいますけれど⋯⋯」
「──で、どんな計画?」
アヤネの呟きを聞き流し、セリカは鼻を軽く鳴らすと腕を組んだまま訝しげな視線をホシノに送る。そんなセリカの態度に、ホシノは不服を通り過ぎ、「そんな信頼ないかなぁ」と軽く落ち込むまでに至る。それから一拍おいて、ホシノは問いに答えるべく、己の考えをこの場に揃う者達に告げる。
「ヘルメット団は必ず再編を終えてまた攻撃しにくる筈だよ、この所ずっとそういうサイクルが続いていたし、今回はちょっと大きな攻勢だったけれど、それで諦める連中なら、とっくの昔に諦めているでしょ」
「それはまぁ、そうね」
セリカは上から目線でホシノの説明に頷く。桃髪の少女はそれに「うんうん」と可愛らしく大人な対応で頷いた。
「だから今、このタイミングでこっちから仕掛けよう。奴らの前哨基地を襲撃して損害を与えれば、暫くこっちに手を出す余裕もなくなるだろうしさ」
「えっ、い、今からですか!?」
ホシノの突飛な提案にアヤネは動揺を隠せない。他のアビドスの生徒達も同じように、目を見開くようにして驚きの反応を見せている。当然だろう。その提案は、これまでのアビドスではできないようなモノであったからだ。
「そうそう、今、敵の出払っていた戦力がガタガタで、こっちは補給を済ませて万全の態勢。何なら先生も居るし、負ける要素ないでしょ? どうせ向こうはこっちが補給している事なんて知らないだろうし、物資がカツカツだと思っている中で攻勢に出るなんて想定していないでしょーし」
アヤネは少し不安を感じているような表情を見せている。理由がホシノの提案にあるのは、状況を見ている者なら間違いないだろう。確かに合理的で効果的な作戦だ、とルルも思うのだが、アヤネが心配するのも無理もないと、そうも理解できる話だ。
アヤネはきっと慎重な性格の持ち主なのだろう。ホシノの提案はあまりにも、と言えるほど唐突だ。それは他のメンバーの驚愕した様子からもはっきりと伺える。
ホシノの説明の中での相手側の状況はあくまでも推察のため、それは暗に調査ができていないことを示している。情報が不十分であるまま、敵の陣地に突撃する──。
「──リスクは、かなりあるだろうな」
ルルはアヤネを見ながら、そう考えた。──だが、
「なるほど、ヘルメット団の前哨基地はここからそう遠くないし──うん、行けない距離じゃない」
「良いと思います。あちらもまさか即日反撃されるなんて、夢にも思っていないでしょうし」
「んー⋯⋯まぁ、アリっちゃアリかも?」
そんなアヤネとは対照的に、シロコとノノミは名案だ、といった様子で瞳を輝かせている。セリカは少し疑念は残るものの、理屈自体は通っているということで、賛成の気配を漂わせていた。
敵陣への電撃突撃が確定しそうな雰囲気に、取り残されたアヤネは
「────」
そんなアヤネの絶賛パニックな様子を前に、ルルは先生の横でバレないように内心で悦に浸っていた。演技等では得られない本物の人の動揺や混乱、驚愕などの感情の乱れ──それを翡翠の瞳で見逃してなるかと、捉えて離さない──、
「──それで、先生の助手としてルルちゃんはどう思う?」
この事態を作り上げた張本人であるホシノ。その黄色と青のオッドアイが、もう少しこの様子を眺めていようと自分勝手なことを考え始めていたルルをじっと見つめていた。
その鋭い眼光は、ルルがこの状況を愉しんでいたことを知っていたと告げているように思え、そんな彼女を前にルルは諦めて吐息した。
「ちぇっ、もう少し見てたかったんだけど⋯⋯ま、仕方ないな」
ルルは悪態をつき、それから先生に目配せする。「先生が代わりに言ってくれないか?」と、アイサインで送った次第だが、それを瞬時に察した先生は「どうぞ、どうぞ」と言わんばかりに笑顔をルルに向ける。
──この大人、もしかして黙って見てるだけだったのは、このためだったんじゃないか?
と、先生の狡猾な策略にルルは気付く。が、こうなってしまった以上もう遅い。面倒臭いが、自分が話すしかないということだ。
「結論から言って、オイラはホシノの敵地襲撃に賛成だよ。合理的で効果的、それにホシノの言う通りこの場には先生もいるんだから、負ける気はしない。それに、最悪の場合でも撃退して逃げるくらい、アンタ達なら
アビドスの戦闘能力の高さは他と比べても頭一つ抜けている。ルルの知ってる限りだと、パンケーキの化け物の件で奮闘していたエリート戦闘集団であるゲヘナの風紀委員達と遜色ないくらいか、質ならアビドスの方が上だと思っている。ヒナは例外。
だからこそ、最悪の場合でも撃退くらいはできるだろうという見解だ。少数精鋭、リスクは大分抑えられる。それなら行うべきだとルルは考えた。
「うん、私も同意見だよ。ルルの言う通り最悪でも、撃退くらいはできる。攻めるタイミングとしても最高だ。みんなが行くなら私とルルも同行するよ。サポートと作戦指揮は任せてね」
それに先生が同調するように頷いた。さらっとルルも同行することが決定され、当の本人は内心で「まじかよ⋯⋯」と不満そうに呟いた。校舎で待機し、日差しを浴びながら気持ち良く惰眠を
「まぁ、リスクは減るもんな」
だが、ルルがいた場合だと最悪に最悪が重なった状況でも『ショートカット』の能力で、全員まとめて校舎に戻ることができる。リスクヘッジを大切にしているルルは、そうして仕方なくやる気を出すことにした。
「分かりました。私も賛成します」
先生が言うなら、とアヤネも頷いて賛成の意を示す。この一言を最後に、アビドスの作戦会議は終了する。それからアビドスの闘志に火が付き、燃え盛った。
「よっしゃ、先生のお墨付きも貰った事だし、この勢いでいっちょやっちゃいますかー」
「ん、善は急げって奴だね」
「はい~、それではしゅっぱーつ!」
「やるならギッタンギッタンのボコボコにしてやるわ!」
「あっ、ちょっと、まだ準備が──っ!」
「じゃ、ルル。私達も準備をしよっか」
「了解だぜ、先生」
片目を瞑り、黒い瞳でルルを捉えた。その妖しい輝きの奥の感情は、今のルルにはまったく読み取れなかった。
ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜
-
ワンッ!(イエス)
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バウッ!(ノー)