ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE!   作:ケガレモ

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これまでの全話の「!」と「?」の後ろに空白を入れ、「言う」を「いう」に修正しました。
他にも、細かい調整などをしばしば⋯⋯。

できるが限り、みなさんに読みやすい文書を作れるように、日々コツコツと精進します。



『反撃作戦』

 

アビドス高校から出発してから、数十分が経過していた。

カタカタヘルメット団の基地を目的地として、先生が運転する車両に乗って道中はみんなでのんびり団欒。それが、今の状況の簡単なあらましだ。

 

ちなみに現在ルル達が乗っている車だが、見た目としてはキャンピングカーに近い。大きく、広く、七名という大所帯でもゆったりとできるサイズであり、車内空調も効いているため、砂漠気候であるアビドスでも快適に過ごせていた。

熱中症になり、気絶しかけたルルにとって、暑さはタイムリーな問題だったので有難いの一言に尽きる。

 

しかし、現在のアビドスは移動用車両など所有していない。

つまり、この車両は先生が用意したということで間違いなく、実際そうなのだが、どうにもルルは腑に落ちない点を感じていた。

先生が用意したという事実は疑いようがないのだが、その行動があまりにも先を読み過ぎている気がするのだ。

 

先生は出張初日には用意していなかった。なのに今日はしている。そうなると、使うかも知れないから用意しておいた、と言うのは、少々無理な言い訳になる。

 

そして、襲撃に行くことが分かっていてその上で準備していた、と言うのなら、それは言い換えれば、アビドスが襲撃されることが分かっていて、その上でホシノがこの作戦を提案することを知っていたということになる。

 

それとも最初から先生は襲撃云々(うんぬん)も関係なしに、ホシノが提案しなければ、自分から提案する気だったのかもしれないが。

 

──あるいは、先生は⋯⋯、

 

「いや、話が飛躍しすぎだな。移動用車両を手配する理由なんて例を挙げればいくらでもある。──それに」

 

ふと込み上げた衝動が言葉を区切り、(あふ)れそうになるそれに耐えかねて、ルルは大口を開けると、

 

「ふわぁ〜あ。──考えるのが面倒臭くなっちまった」

 

盛大に、惰気(だき)たっぷりと欠伸(あくび)をかました。

目尻に眠気の残滓(ざんし)となって残る涙をパーカーの裾で乱暴に(ぬぐ)い、ルルは視線を窓の外の光景に移す。

高速で流れ行く景色。そんな素晴らしい眺めを何もせずとも見られる車に乗っていると、いつもルルは思うことがある。

 

「やっぱり、車っていいよな」

 

「おじさんもそう思うよ〜。だって、こうやってのんびりしてるだけで目的地に着いちゃうんだもんねぇ」

 

文明の利器に感嘆の息を漏らしていたルルに、蕩けそうな声を以て共感するのは、隣の席に座るホシノだ。

相変わらず呑気そうな彼女に「そうだな」と頷き、ルルは狭い車内で頭の後ろで腕を組み、気持ち良く息を漏らしながら軽く伸びをする。気持ちいい。

 

「まぁ、運転手はのんびりできないけどね。キヴォトスの治安の悪さなら尚更」

 

ルルを真似して同じく気持ち良さそうに伸びを行うホシノ。

そんな彼女の姿をバックミラーで確認しつつ、運転席に座りハンドルを切る先生は、微苦笑する。

 

「そうだな。だから、感謝してるんだぜ。先生?」

 

「そう?──じゃ、素直にその気持ちを受け取るとしようかな」

 

そんな先生に、ルルは軽く感謝の言葉を投げる。

それに寸刻、先生は眉を寄せるものの、すぐに眉間の皺を消してルルの素直な感謝の意を受け取る。

 

「──喉、渇いたな」

 

と、ルルが運転する先生の後ろの席で、不意に渇きを訴える己の(のど)に気付く。その生理的欲求に従い、喉に(うるお)いを与えてやろうとパーカーの内側に手を伸ばし、まさぐり、ルルは目当ての物の感触を見つける。

 

様々な物入り乱れるルルのパーカーに広がるジャングルから、それ──もといケチャップボトルを取り出し、上に掲げて──、

 

「え? な、何してるのルルちゃんっ!?」

 

「ん? 何って、ケチャップを飲もうとしてるだけだぜ」

 

目を見開いて、ルルの奇行を制止させようと声を上げるホシノに邪魔された。そのせいで少し機嫌が悪くなるルルだが、ルルに会ってからほぼほぼ表情や態度を崩さなかったホシノが吃驚(びっくり)している様子を見て、機嫌は戻り、なんならプラスの方に傾いた。

 

「えぇ⋯⋯ケチャップって飲み物だったかな〜?」

 

「一回しか言わないからよく聞けよ、ホシノ。オイラの思う『飲み物』の定義はな、『飲めること』さ。咀嚼する面倒がなく、喉に流し込める飲食可能なもの。──つまり、ケチャップは見事に飲み物だと証明されるって訳だ」  

 

「うーん。そう、なのかな⋯⋯?」

 

ルルの掲げる理論的な暴論に、ホシノは危うく納得しそうになる。だが、ルルのケチャップを飲むという奇行は、やはり(まご)うことなき奇行な訳で。ホシノは、自分の常識が正しいと再び思い直し──、

 

「ふぅ⋯⋯」

 

「わぁ☆いい飲みっぷりでしたね」

 

「あっ」

 

再び反論を開始しようとした時には、既にルルはケチャップを飲み干し、濃厚なトマトの甘美な興奮に(しび)れていた。

 

「一芸みたいなもんだからな」

 

ホシノの隣に座るノノミは、そんなルルに変わらない笑顔で感想を送り、空になったケチャップボトルをしまったルルは、それに瞳を片方だけ覗かせて応じる。

 

「────」

 

そのやりとりを見て、ノノミに裏切られたような気持ちになったホシノは、もはや突っ込みを入れようとも思えず、外の光景を眺めて気分を落ち着かせようと、窓に顔を向けた。

 

「──あっ、そうだった。よし⋯⋯」

 

どこか哀愁(あいしゅう)を漂わせるホシノの姿を横目で眺めていたルルは、ふとしようと決めていたことを思い出し、シートベルトの締め具合を調整する。

そして体を大きくよじり、自分の座る椅子とその隣の椅子の間にある空間から顔を覗かせ、

 

「なぁ、セリカ。これ食うか?」

 

「食べないわよ!? 猫じゃないんだからっ」

 

後部座席に座るルルの、更に後部に座る猫耳の少女──セリカに、ルルのパーカーの知られざる深淵の中から『猫用ちゅーる』を差し出した。

 

突然の呼び掛けに、セリカは少し遅れて応答する。

その猫耳を携えた少女の答えに、さほど変化していないが、ルルは少し驚いたような顔を浮かべる。

 

「そうなのか。頭頂部にそんな立派な猫耳があるから、オイラはてっきり。──ごめんよ、セリカ」

 

それから目を伏せ、即座に無礼を()びるルル。そんな彼女にセリカは赤い双眸を(まばた)かせる。

まさかこんなにも素直に謝られるとは思っていなかったセリカは、自分も言い過ぎだったと自省する。その一方で、謝意を表した彼女になんて言葉を掛けて良いか分からず、狼狽(ろうばい)してしまう。

 

「いや別に、私こそ⋯⋯そんな怒ってないから、その⋯⋯」

 

「だから、こいつはオイラからの謝罪と、これからよろしくって意味でアンタにやるよ」

 

「ちょっと、人が喋ろうとしてる時に──って、中身空っぽじゃないの!? こんなゴミ、要らないわよっ!」

 

しどももどろに、頑張って言葉を紡ごうとしていたセリカをルルは途中でバッサリと中断する。そのまま、謝意と何か別の感情を込めて、ケチャップボトル(空)をセリカに向かってアンダースローで贈った。

 

言葉を遮られ、声を上げるセリカ。理由はそれだけではないが、なんて言って良いか分からずじまいだったセリカは、内心こっそり安堵する。

そして、聞き捨てならないセリカの言葉に、ルルは「おいおい」と心外そうに肩をすくめて、

 

「人からの贈りもんをゴミとか、要らないって言うのは(ひど)いんじゃないか?──ま、別にオイラはいいけどさ。でも、他の人は傷付くかもしんないぜ?」

 

「た、確かに⋯⋯」

 

即刻返却された空のケチャップボトルを指先でくるくると回すルルに、セリカは一理あると、さっきの自分の行いを思い返し、反省を──、

 

「それに、これだって立派な価値がある代物なんだぜ。──資源ゴミとしてな」

 

「ゴミって自分で認めてるじゃない!?」

 

しなかった。そもそも一般常識的に、ルルの行為と発言は突っ込みどころ満載だったのだが、雰囲気に呑まれていたセリカは反省しかける。が、己がゴミを贈ったと自白したルルに、それは起きなかった。

 

ニヤけた顔を見せるルルは、声を大きくするセリカに「まぁ、落ち着けよ」と両手をひらひらと振り、

 

「そんな声を大きくしないでくれよ、暑くなるだろ? せっかく、ここは涼しいんだからさ。──まぁ、したかったことはできたから、お互い様だけどな」

 

「したかったことって?」  

 

「え? セリカを揶揄(からか)うことだけど?」

 

ルルの言葉に理解が遅れて、セリカは押し黙る。

だが、それもほんの数秒のことで、停滞していた思考は巡りだし、理解という機能が、その言葉の意味を教え、

 

「軽口ばっかり叩いて、流石に怒るわよっ!!」

 

そこに、怒りという感情が追い付いた。

人の感情の発露を、余興くらいにしか思っていなそうなルルの態度に、セリカは拳を筋が浮かび上がるほどに握りしめて、ルルに込み上げる感情を表現する。

 

「まぁまぁ、セリカちゃん落ち着いて。ルルさんも、そのくらいにしてください」

 

「そうそう。セリカちゃんを揶揄いたくなる気持ちは分かるけど、これ以上は見逃せないかな〜」

 

そんな怒気に満ちるセリカを、その隣でここまでのやりとりを見ていたアヤネが、苦笑しながら(なだ)め、ルルにも注意を送る。

そのアヤネに賛同するように、いつの間にか復活したホシノが柔らかくも、鋭い視線をルルに向ける。

 

それを受け、ルルは「へいへい」と頷き、仕方なく、これ以上のセリカへの軽口をやめることにする。ひとまず、今日は。

 

ふざけて見せれば、いい感じに突っ込んでくれる。

そんな実にふさげ甲斐(がい)のあるセリカであるが、継続的な関係を築く上で、やり過ぎというのは、どんなことでもあまり良いとは言えない。

だからこそ、今後ともセリカを揶揄い、ルルが愉しむために、このくらいで今日は済ませることにする。仕方なく。

 

「分かったわ⋯⋯」

 

それから、感情が落ち着いてきたセリカは、そう頷く。

物凄く、何か言いたげな表情ではあるが、これ以上ルルに何か言っても、その反応を愉しまれるだけだと、理解してしまったのだろう。そのことに、諦めたような溜め息を吐いたのが最後だった。

 

「⋯⋯ん?」

 

行き場を失った空のケチャップボトルを、ルルがパーカーにしまっている時であった。

後ろから肩を軽く叩かれた感覚があり、何事かと振り向く。

見れば、そこにはこれまでの会話で一度も口を挟まなかったシロコの姿があった。なぜだろうか。

 

「ん、ちなみに私は狼耳があるけど、生肉は食べられない。覚えてて」

 

疑念と困惑が宿る瞳を自分に向けるルルを確認し、シロコは謎の自己開示をする。なぜ、そんな事を突然言い出したのだろうかと、ルルは思考し、すぐに先程のセリカとの会話が原因だと理解する。

 

「 ──。そうか。覚えておくよ、シロコ」

 

理解したが、思わぬところで彼女が天然タイプであることが判明する。それによって、天然系の対応マニュアルを持ち合わせていないルルは、やはり対応に困る。

なので、とりあいず片目を瞑って、ひねりもなく返した。

 

「本当に、あっと言う間に馴染(なじ)んだなぁ、ルル⋯⋯」

 

ルルを含めた、女子高生達の戯れの一部始終をバックミラーで覗き見していた先生は、感慨を抱いたように独り、ぽつりと呟いた。

それから先生は、ハンドルの横にあるホルダーに入れていたタブレットの画面に一瞥を残すと、表情を引き締める。

 

「──オッケー。ありがとね、アロナ」

 

先生は永き時を共に過ごした相棒に感謝を告げて、それから息を少し吸って、

 

「みんな、もうすぐ目標地点の200メートル圏内に入る。監視の目に入らない物陰に車を停めて、そこからは足で行く。気を引き締めよう」

 

後ろに座る全員に、毅然(きぜん)と告げた。

その直後、賑やかだった車内から楽しげな話し声は消えさり、その場には銃器の部品が擦れる甲高い音が響き渡る。

 

無言で、その言葉に顎を引いた彼女達の瞳には再度、爛々(らんらん)と燃え盛る戦気が宿り、鋭さを帯びた気迫がこの狭い車内に湧き上がる。それをルルは感じて、

 

「──面倒臭い。なんて言える雰囲気じゃないよな」

 

口の中だけに呟きを残し、道化た笑みを顔から消す。

それからルルは、どこか諦念の混じった嘆息(たんそく)を漏らす。

 

「ま、頑張るしかないって訳だな」

 

軽い口調、しかしその表情から伝わるのは、真剣で決然(けつぜん)としたルルの思いがあった。

 

その数分後、車両がその動きを止めた。

ドアを開き、準備を終え、銃器を構える各々の脚が地面に着く。

 

──襲撃作戦が今、始まる。

 

 

*

 

 

襲撃作戦は、重畳と言える滑り出しで開始した。

車両での移動中に、先行させていたアヤネのドローンから敵側の人数、配置や、物資の保管場所の特定は完了している。

 

それを踏まえた先生の指令で、物資が詰め込まれている倉庫を警備する不良をセリカが音もなく気絶させ、倉庫の周りに車の荷台に積んでいた爆薬を設置。

 

セリカが戻ってくるのに合わせて遠隔で起爆し、巻き上がる粉塵と瓦礫(がれき)を合図とし、アビドス攻撃部隊四人組は武器を手に、颯爽(さっそう)と制圧を開始した。  

 

「おいっ! 今の爆発音、倉庫の方か!?」  

 

「クソッ⋯⋯状況は、状況はどうなって──ぐふぁっ!?」

 

「ま、色々あってねぇ」

 

見惚れる程の流麗なホシノの正確無比な早撃ち。

頸部(けいぶ)と頭部。それが前方にいた二名の不良達に致命打を与えた部位となり、ショットガンから放たれたその威力に泡を吹いて気絶するに至る。

 

ホシノと相対し、意識を闇に落とされた愚かで哀れな少女二名を歯牙(しが)にもかけず、ホシノはそのまま前進を続ける。

次に狙いを定めたのは目の前に立ち塞がり、己に銃口を向ける不良だ。

 

ホシノはちらりと、不良と自分を挟むソファに目を付け、

 

「よっ、と」

 

「──ッ!?」

 

軽々と蹴り上げ、空を切るそれは受け身もさせず不良へと衝突する。その衝撃に()()り、倒れ、仰向けとなった不良。

その上に被さるようにソファが乗り、不良は身動きが不可能となる。そんな無防備な状態で、ホシノが外す訳もない。

 

「──ぁ⋯⋯っ」

 

衝撃、こめかみに向けて放たれた鈍い一射は、不良の意識をいとも簡単に刈り取ってみせる。

それから、減った弾薬のリロードを手早く済ませ、周囲を確認してからホシノは吐息する。

 

「⋯⋯了解。──シロコちゃん、行くよ」

 

「うん、分かってる」

 

インカムから先生の通信を聞き、ホシノは短くシロコに促す。

その言葉に頷き、シロコは先程撃ち倒した不良二名に一瞥を残してから頼れる先輩の背を追う。

 

「────」

 

「どうしたの? ホシノ先輩」

 

広い木造の通路を駆け、目的地であるレセプションルームの入り口の前まで来たホシノはそこで突然、足を止めた。

 

本来ならすぐに突入し、ノノミ達に助力するはずだ。

それなのに拘らず、中を覗くだけの先輩の姿にシロコは怪訝(けげん)な顔を浮かべずにはいられない。

 

「シロコちゃん、ちょっとこっち来て見てみて」

 

「──? 分かった」

 

ホシノの言葉に従い、シロコは眉を寄せつつも入り口まで移動し、部屋の中を覗いて、

 

「⋯⋯あれ、もう終わってる?」

 

目の前に広がる光景に、呆気に取られたように呟いたのだった。

 

 

不良達の基地への襲撃は、本当に呆気なく終わった。

しかし、それは今思うと至極当然のことだったのかも知れない。

 

約三十人という大攻勢を以てアビドスに攻めて来たヘルメット団、それは彼女達にとっても大攻勢だったという訳で。

それをまさか潰されるとは思っていなかった不良側の被害は、相当なものであったのは確かなのだろう。

 

事実、戦闘継続不可となり、撤退してきたと思われる不良を除いた場合、基地に残っていた人員は(わず)か十数名程度であった。

戦力の再編と治療に尽力していたのか、歩哨はホシノとシロコが沈黙させた六名と、セリカに任せた倉庫を警備する一名の合計七名のみ。

 

人数の少なさにおいては、補給もろくに受けられていない筈のアビドスが攻勢に出るとは予測していなかったという点も大いに含まれるのだろうが。

 

何はともあれ、ホシノ提案の『反撃作戦』は抵抗らしい抵抗など殆どなく、特に障害もなくアビドス側の完全無欠の大勝利となったのであった。

 

「敵の退却を確認、並びにカタカタヘルメット団の補給所、弾薬庫、居住区の制圧を確認しました!」

 

先生はアヤネの報告を聞き、緊張感に詰めていた息を吐いた。

──それから、

 

「この選択は正しいと言えたのか、そこだけが気掛かりではあるけど⋯⋯」

 

雲一つない青空を(あお)ぎ、先生は頬を強張らせて、呟く。

まさしく、()()うの(てい)で、撤退していったヘルメット団。

慌てて逃げ出した彼女達の背はまったくの無防備で、しかしそれでもアビドスの生徒達がそこに銃弾を弾かなかったのは、他ならぬ先生の指示があったからだ。

 

指示を出した理由、それはあまり合理的とは言えないだろう。

いや、むしろ逆、感情的だ。そうとしか言えない。

 

基地を強襲されたと知るや否や、泣き喚きながら逃げ出す不良達の姿を見ている内に、何だか弱い者いじめをしている様な気分となり、抵抗もせずに逃げていく不良達に向けている銃は降ろさせた。

 

とはいえ、彼女達の持っていた武器は徹底的に破壊し、サイドアームすらなく奪い取られた彼女達は戦力として数えられまい。

補給して戻って来るにしろ、この基地は後ほど徹底的に破壊させて貰う。復興にはかなりの時間を要するのは確かになるだろう。

 

ただ、やはり不良に(なさ)けをかけたその指示が、選択が、正しかったのだろうかと、今の先生は、後悔とも違ったどこか焦燥感の滲んだ感情をその細めた黒瞳に揺らしている。

 

「これまで一度も起きることのなかった、異変(イレギュラー)。こんな奇跡、次起きるかも分からない。だから⋯⋯」

 

──常に自分だけは最高の選択を取らなければ、このチャンスを生かさなければ。でないと、また──、

 

「⋯⋯ん、あの、先生」

 

「 ん? どうしたのかな、アヤネ」

 

不意に、ドローンを飛ばし終えたアヤネが先生の傍に駆け寄って来ていた。その俯いた表情にはどこか陰があり、何かを考え込んでいる様子がそこに見える。

それから、言葉を選ぶように少女は唇を戦慄(わなな)かせてから、

 

「──何か、おかしいとは思いませんか?」

 

「と、言うと?」

 

「はい。カタカタヘルメット団は、どこからこんな物資を集めたのでしょう?」

 

そのアヤネの疑問に、先生は一瞬、言葉が喉に詰まった。

明敏な彼女の事だ。この不自然を彼女が見逃すとは思えない。

だが、こうも早く気付くとはという驚きはあった。

それを表面に(つと)めて出さないように、己を律しながら「続けて」と短く促す。

 

アヤネは思考に没頭しているのか、先生の瞬間的な表情の変化には気付かず、淡々とした口調で己の思考を言の葉に乗せる。

 

「住民の居なくなったアビドスの廃屋目当てで不良が集まるのは分かります。目障(めざわ)りな私達、アビドスを攻撃するのも⋯⋯まぁ、理解は出来ます。治安維持の名目で不良を取り締まったりしていますし⋯⋯でも──」

 

そこまで口にして、アヤネは周辺を見渡した。

不良達のアジトは、アビドスの過疎化に(ともな)い、管理ができなくなり使われなくなった公民館が利用されていた。

 

三階建ての、それなりに大きな建築物は、栄華を誇っていた昔のアビドスを思わせる。内部にはキッチンやトイレ、シャワールームなど存在し、レクリエーションルームや多目的ルームなど、それなりに寝床となる場所もある。

 

何より、廃墟と呼ぶにはあまりに清潔で、整備されていた。

水道は未だ機能し、数年も放置されたものとは思えない。

電力に関しては、セリカが爆破した倉庫とは別に、裏口にあった倉庫には後から設置されたでだろう大型の発電機が複数も見つかった。

 

燃料タンクもずらりと並び、食糧や武器、弾薬の類も倉庫別に潤沢。そこまでくれば、彼女が何を言いたのかは察して余りあるというもの。

 

「このアジト、上手く廃墟を利用してはいますが、妙に整備されていますし、あちこちにある物資の量は明らかにおかしいです。生活の(あと)からして四から五十人規模で寝泊まりしている様子ですし、それを支える補給源は、財源は一体どこから来るのでしょう? 」

 

「────」

 

「弾薬も、食糧も、無料ではありません。ましてやここ、アビドスにまともなお店はもう、殆ど無いんですよ?  奪うにしても、奪える場所も、奪う行為自体にも限度があります」

 

「──そうだね」

 

「それに、ここはアジトの一つに過ぎません。不良組織は今だにアビドスの各地に広く、多く点在しています。これは実際に見てみないと分かりませんが、万が一にも他に同規模の基地があると考えると、明らかに彼女達だけで運用出来るとは⋯⋯。背後に、何か大きな──」

 

そこまで自分の考えを口にして、彼女ははっと口を(つぐ)む。

自身を真っ直ぐ見つめている先生の視線に気付き、「わっ、えっと⋯⋯」と、恥ずかしそうに顔を俯かせる。

 

「いえ、すみません。これはあくまで私の推測で、考え過ぎかもしれませんし」

 

「いや、確かにアヤネの言うことは真っ当だと思うよ? よく考えてる。流石だよ、アヤネ」

 

「そ、そんな、私何て!」

 

端末を胸に抱いたままアヤネは先生の言葉に恐縮したように首を振る。

それから、どこか忸怩(じくじ)たる想いを滲ませた顔を見せ、

 

「私、前線で戦う事が出来ませんし、こんな事でしか皆の役に立てなくて──」

 

「そのサポートが、皆にとって重要なのさ。それに⋯⋯」

 

先生は、腕に抱いていた相棒──タブレット端末の黒い画面に映る己の顔を見ながら、そっと呟いた。

 

「──戦えないのは私も同じだから」

 

アヤネのその気持ちは、本当良く分かる。痛いほどに。

目の前で傷付けれられた生徒を瞼の裏に思い描く度に、戦えない自身の姿を自覚する度に、深い無力感に襲われる。

 

何度、己に戦う力があればと思った事か。 生徒達の背に隠れ、背中ごしに命令する事しか出来ない己は、本当に、酷く無力だ。

 

神秘を持たない、地球生まれの脆弱な肉体、銃弾ひとつで簡単に吹き消される命の灯火、自分という存在は一度戦闘に巻き込まれてしまえば、戦術指揮という項目を除いてお荷物以外の何物でもない。

 

せめて自衛の為にと磨いた銃の腕は、それでも生徒達に敵いはしない。 そういう風に、この世界は創られているから。 だから、仕方がない。

 

──そう諦められたら、どれだけ楽に笑みを取り繕えただろうか。

 

「──さて、考えるのは良いけれど、ここはまだ敵地だ。早く準備を終えてアビドスに帰ろう」

 

「あ、は、はい!」

 

「──と、その前に」

 

「え?」

 

ホシノ達がいる方に、アヤネが(きびす)を返した直後、先生はそう言ってアヤネの横を通り、前に出る。

 

その突然の先生の行動に、間の抜けた声を漏らしたアヤネに微笑んでから、先生は「ほら」と顎をしゃくって数メートル先に見える人影を示す。

示された方向に目を向けたアヤネは「ああ、なるほど」と納得したように苦笑する。

 

「──ん? おお、先生。やっと、終わりか? もうそろオイラの美脚が機能を失うところだったぜ」

 

向けられた二名の視線に気付き、殆ど飄々とした態度を崩すことのない青髪の少女は、硬い地面の上に正座したまま、反省の意など全くないようにそう笑ったのだった。

 

ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜

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