ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE!   作:ケガレモ

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アビドスオジサンユメモドキを最初に名付けた人に賞を贈りたいですね。


『ごく一般的な美食家』

 

──日常。

 

それはどこまでも平凡で、普通で、そして素敵なものだ。特筆すべきは、それが人によって大きく差異があることだろう。

例えば、子羊と(たわむ)れる牧場主。例えば、職務に追われる会社員。見ている光景、つまるところの日常と言うべきそれは、人によって全く異なるものだ。

 

それは職業だけに留まらない。文化の違いや価値観、倫理観などによってもそれは変わってくる。この世界──『学園都市キヴォトス』の住人は銃弾を意に返さず、本来命を奪うはずの爆薬の山に吹き飛ばされたとしても、致命傷には至らない。

 

そんな人々の常識や、倫理感の違いから紡がれる日常とはどんなものなのか。その答えは、今さっき起きたことがその一つとして証明しているのかも知れない。

 

「私まだ食べてなかったのにっ!」

 

怒りと悲しみが入り混じったような声で、そうぼやくように叫ぶのは、艷やかな赤髪をツインテールに纏めた溌剌(はつらつ)な印象を受ける少女だ。

 

「あの料理と評すことすら烏滸(おこ)がましい、栄養だけはある粗末な物体など食すに値しません。食材達がこれ以上の恥辱を受ける前に華々しく散らして差し上げて正解でしたわ」

 

その彼女に諭すように告げたのは、純白の髪を(なび)かせ、ルビーを思わせる赤い瞳を持つ高貴な雰囲気を纏う少女だ。

憤懣(ふんまん)やるかたないといった表情がその端正な顔に見え、その理由は言葉通りなのだろう。まったく意味が分からない。

 

「えー、おいしかったよ?」

 

「ハルナさんがそう仰るなら仕方ないですね。では、逃げるとしましょうか☆」

 

そんな彼女に軽く反論するのは、限りなく白に近いフワリとした銀髪を持つ、呑気そうな少女だ。もう一人の腰まで伸びた黄金を思わせる金髪の少女は、特に言いたい事などないようで意見だけを述べていた。

 

白髪の少女──ハルナの発言からして、この店が爆発したのは多分彼女達のせいなのだろう。彼女達四人が駆け出した先には、一台のトラックが見える。

 

金髪の少女が運転席へと乗り込み、四人組は宣言通り逃走を開始した。彼女達に破壊された店内に残っているのは、瓦礫の下敷きとなった数人と、それを助けている人達だ。

 

「助けてくれ!」

 

罪の意識が薄そうなテロリストと、店の凄惨な様子を半ば傍観していたルルはその声を聞き、現実へと意識が回帰する。

 

「ほい。今、退かすからちょっと待っててくれ」

 

助けを求める声を目印に、ルルは瓦礫を退かして手を差し伸べる。そして次にルルの眼前に、顔は猫、体は少し小柄で体毛が生えている人と獣のハーフのような生き物が、そこからひょっこりと現れた。

 

「ありがとよ、嬢ちゃん」

 

脱出に成功し、そう告げて律儀に頭を下げるその人に似た生物。その不思議な生体に目を細めつつ、ルルは頭を上げるように言った。

 

「当然のことをしたまでだよ。でも助けた礼に、ちょっと質問に答えてくれると助かる。アンタがいわゆる獣人ってやつなのか?」

 

その問いに、きょとんとした顔を見せる彼。聞かれた意味が分からなかったのだろうか、一瞬、間があったものの、彼は気安い口調で話し始めた。

 

「ああ、見ての通り猫のな。それを聞くってことはお前さん、ここに来てまだ日が浅いのかい?」

 

「まぁ、そんなとこ」

 

その問いに対して、ルルは特に否定せずに簡単に返した。憑依したからな、なんて言えないので、ここは彼の言葉に乗っかって置くのが良いと思っての発言だ。

 

このキヴォトスで生徒の次に見かける人々、それが獣人だ。そう、モンスターではなく人なのだ。見た目は多種多様で鳥だったり、犬だったりたくさんであるが、すべて人族に分類される。

 

ルルが元いた地下にも似たような奴らはいるが、そいつらはモンスター。となると、やはりここは前世のルルが元いた世界とはまた別の世界なんだろう。

 

「んーと、それでさっきの奴らは一体何なんだ? 盛大に犯罪かまして逃げてったテロリスト集団ってのは分かるんだけど⋯⋯」

 

「多分、美食研究会って奴らだろう。気に入らない店を見つけると爆発して逃走するテロリスト集団さ。本当に迷惑な奴らだよ」

 

「そんな奴らがいるのか⋯⋯」

 

店が吹き飛ぶ程の火力で爆破したとしても、怪我をする者なんてほぼいないだろう。そんな世界だからこそ、爆薬の使用に躊躇(ためら)いがないのかも知れない。だが一つ、どうしても言いたいことがある。

 

──なんでよりによって、オレが入ろうとした店が爆破されるんだ?

 

本当に、運がなさすぎる。溜め息が口から溢れたはこの世界に来てから何度目か、そろそろ数えるのが面倒になってきた。頭を抱えても何も得られることはないので、現実を見つめるしかない。どこか疲れたようなルルの様子を見て、犬の獣人は笑う。

 

「はは、安心してくれよ。ここにはそういう奴らをとっちめるのがいるんだ。名前はな──」

 

「へぇ、ここがまだ荒廃してない理由が分かったよ。教えてくれてありがとさん」

 

何か勘違いしている様子だったが、情報はどんな時でもどんな状況であろうと大事なものだ。ルルは冗談を交えつつ、彼に素直に礼を告げた。

 

「おうよ」

 

それに猫獣人の彼は、少し嬉しそうに頷いた。それから彼に別れの挨拶を軽く済まし、目線をさっきまであったトラックの方に向け、

 

「さて⋯⋯その美食研究会って奴らを捕まえるとするか」

 

そして、そう呟いた。前の自分なら、こんなこと絶対に考えなかったと思う。何をやろうしても、何を成そうとしても、その(ことごと)くに意味が、価値がなかったあの世界だったから。

 

だが、この世界は違う。ルルの行為は少なからず意味が、価値がある。そしてその行為を実行できる力がある。ならば、することは決まったのと同じだろう。

 

「でも、どうやって捕まえようものか」

 

普通に考えて、車両の速さに生身の人間が追い付く訳がない。それに、奴らは逃走を開始してから大分経過しているため、更に難しいことだろう。だが、ルルは神秘を持つ『生徒』だ。

 

普通を遥かに上回る身体性能を持つ今のルルなら、トラックの逃走先を予測して本気で疾走すれば、追い付くことができるかも知れない。ただ、それはあまりにも賭けが過ぎるし、それに走って追い付くという絵面は映えない。

 

「──そうだ。なら、こいつを使うとしよう」

 

そうして案を閃いたルル、その視線は横に待機させていたブラスターに向いた。

 

 

*

 

 

「そういえば、このトラックどこから持ってきたんだっけ?」

 

艷やかな赤髪を揺らし、問い掛けた彼女の名前はジュンコと言う。質問先は、美食研究会の残りのメンバーの三人であった。

 

「フウカさんにお借りしました。本人に了承は得られていませんが、数品限定提供の料理ということで、急ぐ必要があったので仕方がないことでしょう」

 

その問いに応えたのは、この組織のリーダー──ハルナだ。微笑みながら彼女はジュンコに告げる。そこに悪意という感情は少しも垣間見えず、その行為にいささかの疑問も持っていないようだった。

 

「えぇ⋯⋯あれ? 何かが物凄い速度でこっちに──って、もう来る!?」

 

そんなハルナにちょっと引いていたジュンコであったが、とてつもない速度で迫りくる『何か』に気付き、その感情は頭の片隅に追いやられる。

 

「よう、アンタらが美食研究会で合ってるよな?」

 

高速で飛行する竜の頭蓋骨のような、その『何か』の上に、その少女は微笑を顔に浮かべて立っていた。

 

 

*

 

 

──ガスターブラスター。

 

ルルの要望に応え、体力と神秘を代償に空中に出現するそれは、まさに彼女の望んだ戦術兵器だ。

だが、どういったメカニズムで、どのような物質で出来ているかは、長年の研究でもすべては理解に及ばなかった。それを知るのはこれを作った一人の科学者のみ。

 

しかし、どのような挙動を行うかは理解している。任意の位置に出現した後、口のような構造から一条の光線を放ち、その反動を受け流し、自壊を防ぐために後方へと動き、そして役目を終えると白い塵となって消失する。

 

──そう、動くのだ。

 

ブラスターは光線を放つと消えてしまう。だから、撃たずに動くという機能だけを利用することで、その頭部に乗り、高速で移動することができるのではないかとルルは考えた。

結果としてその試みは見事に成功し、ルルは美食研究会のトラックをストーキング──否、追いかけ、追い付くことができた。

 

「ええ、私達が美食研究会ですわ」

 

突如出現した少女にハルナは一瞬、硬直を見せるものの、すぐに冷静さを取り戻す。次に、今の己の置かれた状況を確認するため、他の部員の様子、そして現れた少女を念入りに観察していく。

 

「なんでそんなに落ち着いてるの!?」

 

非常事態にも関わらず、表情一つ変えない冷静なハルナの姿にジュンコは目を見開いて驚愕する。ハルナはジュンコの言葉を聞き流し、運転手アカリに視線を送る。

 

「アカリさん、トラックの速度はまだ上げられますか?」

 

「はい、大丈夫ですよ〜」

 

そうして、臨機応変にハルナは事態を解決へと動きだした。手始めにトラックの速度を上げ、追跡者を引き離せるか試みる。これに成功すれば、後は簡単だ。

 

しかし、それは難しいことだろう。空中を高速移動する得体の知れない何かは、今の今までまったく速度を落とすことなく追走している。──それならば、  

 

「────」

 

白く、そして絹のような白光が煌めく髪を風に揺らしている。その整った顔から覗くのは深紅の瞳。スタイルの良さと高貴な雰囲気からは貴族の令嬢を想起させ、彼女──ハルナの非凡さを露わにしている。

 

機械内部のパーツが擦れる音を鳴らしながら、一丁の狙撃銃が取り出された。トリガーにはハルナの細い人差し指が掛けられ、銃口の射線はルルの頭部を指している。

 

キヴォトス人にとって、銃で与えられるダメージはあまり大きいものではない。ただ、その衝撃は少なからず身体の内部に響く。頭部に銃弾を当てることができれば、その運動エネルギーにより脳震盪。分かりやすく言えば気絶させることができるのだ。

ハルナが取った行動は、この非常事態でありながら実に冷静で理性的だった。

 

「ジュンコさんとイズミさんも、銃を取り出してください」

 

淡々と、それでいて支配力を感じる圧を伴う声。その声で、運転席に座るアカリ以外のメンバーに、銃を出すようにとハルナはそう告げる。

 

「え? あっ、うん。わっ、分かった!」

 

「りょっ、了解!」

 

それに従い、二人はそれぞれ銃を取り出し、構える。ジュンコは二丁のショットガンを、もう一人のイズミは重量感のあるマシンガンを。ハルナと違い、突然の来訪者に動揺していた彼女達だったが、おぼつきながらも銃を構えることはできた。

 

公道を疾走するトラック。そしてそれを追いかける竜頭のようなモノ(ガスターブラスター)の上に搭乗し、四方向から銃を向けられたルル。逃げ場のない、その絶対絶命といった状況に、ルルは「おいおい」と肩をすくめて、

 

「そりゃないぜ。客人は丁重に扱うもんだってのに、銃を向けるなんて。オイラがマナー講師なら、間違いなくゼロ点をつけてるところだぜ?」

 

「確かに、客人は丁重に扱うべき、それは理解しているつもりですわ。──ですが、生憎(あいにく)と私は貴方のような胡散臭い方を招待した覚えはありませんので、勝手に客人を名乗られても少々困ってしまいますわ」

 

「いやいや、アンタが覚えてないだけで、もしかするとオイラの家の郵便受けに招待状が届いてるかもだ。──まぁ、例えそうじゃなくても銃は降ろして欲しいんだ。正直、ちょっとちびりそうだから、頼むぜ」

 

「でしたら、その竜頭を模したような見た目のモノで私達を追うのを止めてください。そうすれば、銃だけは降ろして差し上げますから」

 

「でも、アンタらに抵抗の意思がある限り、追うのを止める気はこれぽっちもないけどな?」

 

「ふふっ、今の貴方に選択肢が一つしか残されていないことは頭では理解しているのではなくって?」

 

危機的状況下でありつつも、軽妙な態度を崩さないルルに、ハルナもまた嫣然(えんぜん)と微笑む。こうして交わされた会話で稼いだ時間で、ルルはこの現状を打開せんと、思索を練っていた。

 

──美食研究会を捕まえる。

 

これを達成するには彼女達を気絶させるか、または拘束具が必要になってくる。気絶させるとなると、威力のあるガスターブラスターの使用を挙げられるが、その場合トラックが間違いなく大破するので、最悪の場合、他の車両との追突事故が発生する恐れがある。

 

「ん?」

 

何かアイディアが浮かばないかと、トラックの中を見渡していたルルは、とあるものを発見した。その瞬間、天啓のようにアイディアがルルの脳内に現れ、意図せず小さく笑みが溢れた。

 

「銃を向けたままで良いから、聞いてくれ。この場で素直に捕まる気はあるか?」

 

「私達は究極の美食を追求せし者。ここで捕まるのは美食研究会の名折れというものでしょう?」

 

依然とそこに立つ少女に向けて、どこまでも上品な口調でハルナは遠回しに回答を提示する。

 

「⋯⋯それ、美食研究会の総意ってことで良いんだよな?」

 

一応、間違いのないようにと、ルルは彼女達の意志を再確認する。

 

「はい、間違いなく」

 

堂々とした態度を以て、ハルナは笑みで肯定する。その言葉を受け取り、ルルは「そうか」と小さく頷く。それから、億劫に右手を突き出し、

 

「はぁ、そこまで頑なならしょうがないな。──じゃ、いくぞ」

 

「何を──」

 

するのですか、とハルナは問おうとして、ルルの指先で弾けた甲高い音に止められた。そしてこの時を以て、その問いは永劫に使われる機会を失った。なぜならハルナが求めた答えはもう既に、この場に現れてしまったのだから。

 

「「え?」」

 

ゴンッ、と鋼鉄な物質が落下した音と同時に、ジュンコとイズミの間の抜けた声が響く。彼女達の目線は、自身の銃を構えて『いた』手に向けられていた。魔法と言われれば信じこんでしまうような不可思議が、今ここに実演された。

 

三人の銃は、前触れもなく落下した。それは彼女達がしたことではない。不可抗力であった。なぜなら、その両手には固定するように縄が結ばれていたからだ。

 

ルルがトラックの上で発見したのは縄であった。なぜ縄があるのかはさておき、使えそうなので使ったのだ。行ったことは『ショートカット』の応用、縄の向きや位置を細かく調整を(ほどこ)し──飛ばす。

 

かなりの集中力と対象の位置の不変が絶対条件、戦場で使用することなど不可能な代物。しかし、銃を構えて動きを止めた彼女達には実行可能だった訳だ。

 

「さて、と」

 

車上で行動が制限されるのは彼女達も同じこと。手の動作を制限された彼女達に、抵抗することは難しいだろう。残るは車体の停止のみだ。だが、それをルルが実行に移すことは訪れなかった。

 

「やっぱり、来てしまいましたか⋯⋯」

 

どこか諦観したような表情で、アカリはハンドルを握る手の力を襲い掛かるであろう衝撃を前に強め──、

 

「──捕まえた」

 

時速70kmを超える速度で、接近するトラックを前にそう呟いたのは──たった一人の小さな少女であった。

 

ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜

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