ある者、セイシュンを掴むまで SEISHUNTALE!   作:ケガレモ

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やべっ、投稿し忘れてました。
怒涛の3日連投稿いきますね。



『吐き気の後に』

 

──気持ち悪い。

 

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

「──⋯⋯ぁ゙」

 

けたたましいまでに、警報の音が脳内に鳴り響いている。肉体年齢よりも永い時間を生きた『サンズ』の(ソウル)に培われた経験と、生物としての勘という名の本能を理由に、死ぬのだと告げていた。

 

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

「──ッ」

 

業火で焼かれているか如く、身体が悲鳴を上げている。ゲシュタルト崩壊でも起こしているような歪みゆく視界に、筋肉が軋むような感覚と鈍い麻痺。それは(こら)えることも許さぬ苦痛。

 

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

「──⋯⋯っ」

 

──ああ、どうしてこんなにも⋯⋯気持ち悪い。

 

「──お、ぅぇ」

 

一瞬の意識の消失。次に眼前にあったのは、さっきまで立っていた地面で、再びそこで意識が飛ばなかったのは、鼻を曲げそうなほどの酸っぱい臭いが気付け薬となったからだろう。

ゆっくりと呼吸を整えようとするものの、身体に巡る不快感に表情は引き攣る。

 

「生きて、る⋯⋯か」

 

その声に、いつもの活気と呼べるものはない。疲労によって掠れた声で己の状態を呟くだけのものだった。

 

 

*

 

 

パンケーキの化け物と戦ったあの日。ルルの神秘は、底を尽きるギリギリにまで減らされた。

 

その代償が、死ぬと勘違いしたほどの命の炎が凪ぐような感覚と、神経と脳が切り離されたように、指一つ動かせない筋肉の痙攣と麻痺。そして、この世に満ちる瘴気を一欠も残さず取り込んだような筆舌に尽くしがたい酷い不快感だった。 

 

まるで生きたまま地獄の業火に焼かれたような痛苦を味わい、それでもルルはその代償を身を以て知りながらも神秘を使うことをやめようとは思えなかった。

 

だからルルは、神秘を使い過ぎて星にならないために一つ、訓練をすることにした。その訓練の内容とは、少しずつ使う神秘の量を増やしていき、それで意識が消えない範囲と限界を探り、同時にこの得も言えぬ痛苦に慣れていくというものだ。

 

やってから、我ながら馬鹿みたいなことをしていたと、自嘲じみた苦笑いが込み上げてくる。もしその限界を少しでも超えるような事があれば、そのままポックリお陀仏になるため、自分の首を絞めるようなことを他でもない自分の意思で行っていたからだ。

 

まぁ、実際死んだ訳じゃないため、確証がある訳ではない。だが、確信はしている。あの生を根本から否定するような恐怖が、その推測を力強く肯定しているのだ。

 

そんな訳で、死なないようにちょっとずつ使う神秘の量を増やし、それを何度も繰り返して辿り着いた限界地点ギリギリが、さっきのあの惨状。

 

正直、死ぬほどきつい。これが冗談でもないのが笑えないところだ。とはいえやった甲斐はあった。このギリギリ気絶しない(死なない)ラインを知ったことで、神秘を使いすぎることは無くなり、痛苦にも少し慣れ、期待した成果は得られたのだから。

 

あと、神秘を使いすぎて動けない状態をルルは『神秘切れ』と呼称する事にした。それと実験と並行して、神秘についても色々考察を広げ、こっちの方も研究している。

 

神秘について現状分かってきたことをまとめてみる。まず神秘にできることから、経験を交えて話すとしよう。前にヒナがあのパンケーキの化け物に向かって銃を使った時、ふと違和感を得た。それは──、

 

──ただの銃弾にしては、威力が高過ぎないか?

 

という事。彼女の持っていた銃が異質なのも理由の一つなのだろうが、明らかにただの銃弾が出せる威力を超過していたのだ。

 

少し前に、他の生徒が銃を使うところを観察した時に気付いたのだが、引き金を引く時、生徒の体から神秘が銃に向かって流れて込んでいた。だが、本人に銃を撃つ時何かしたかと尋ねても、その自覚は無かったみたいだ。

 

つまりヒナの銃弾の威力が上昇したのは、当時ヒナの神秘があの銃弾に込められたからなのだと予想できる。しかし、身体強化や魔力の代わりのエネルギーに変換するなど、改めて思うと神秘が行えることには共通性が見えないように思う。

 

これはルルの予想ではあるが、もしかすると神秘という力は、それを使う者の『願い』を叶えるように効果が変わるのではないのだろうか。銃を使う時、彼女達はどうしてそれを使うだろうか。 

 

それは、目の前にいる敵を「倒したい」からだ。神秘はその願いを叶えやすくするために銃弾の威力を上げたと考える事ができる訳だ。そこで検証すべく、ルルはモモイに銃を貸してもらった。銃を構え、目の前に立てた的を狙い、「壊したい」という願いを込めた。

 

するとトリガーを引く瞬間、神秘が銃弾に流れ込み、的は銃弾が命中した地点から大きく削れた。それは本来銃弾が持つ破壊エネルギーだけでは成し得ない結果だ。次に「壊したくない」という意思を持ちながら銃を撃った。すると、今度はなんと神秘は流れなかった。

 

これはつまり、前者の方は「壊したい」という願いを叶えるために銃弾の威力を上げたという事で、後者の方は「壊したくない」という願いを叶えるために威力の上昇を防ぐために神秘が使われなかったという事だ。ちなみに銃弾が命中するまでニ十発くらい掛かったのは御愛嬌だ。

 

そして、生前にロアから教えて貰った傷を癒す神秘の使い方。それも傷に向かい「治したい」という願いを込めて神秘を使ったからそのような効果が現れたのだと思う。

恐らく、身体能力の上昇や防御力上昇*1も願いに沿って神秘が使われた結果なのだろう。

 

防御力上昇は「生きたい」という深層心理にかかる願い。そして身体能力上昇も、生存本能に基づく願いと、「速く走りたい」や「これを飛び越えたい」だとか様々な願いが重なっての強化だ。

だからこそ、人間のスペックにあるまじき防御力と身体能力が、共通したキヴォトス人の特徴であるのだろう。

 

『ガスターブラスター』や『ショートカット』の能力が使えたのは、ルルが「使いたい」と願ったから。そして威力が上がったのは、不良を「倒したい」と願い、ブラスターを使ったからなのだろう。

 

とはいえ、この願いというのはなんでも叶えられる訳ではないみたいだ。モモイとの実験で「壊したくない」と願ったのに、神秘による威力減衰は見られなかったというのが、理由の一つとして挙がる。

 

そしてその願いを叶える時、結果として出すのではなく、強化などの過程を挟んでいるため、もし仮にルルが億万長者になりたいと願ってもその方法がなければできないだろう。

あと、願いが大き過ぎても無理だ。願いの大きさによって必要になる神秘は増えるからだ。

 

「これで神秘にできることについては、ひとまずまとめられたな」

 

残る題は神秘の質や量の個人差だとか、身体に溜め込める限界値だとか、特殊能力だとか、まだ色々あるにはあるが、今日はひとまずこのくらいにしておく。面倒臭くなったから。

 

「いろいろ分かってきたぜ、神秘(おまえ)のこと」

 

そう格好つけて声を上げたものの、今のルルは吐瀉物の横で地面にへばりつく変質者の風貌を呈しているため、格好などつくわけがない。もしこんな醜態を知人に見られでもしたら、流石のルルも思うところはあるが、ここではその心配はない──、

 

「こんなところで何してるの? ルル」

 

訂正、あった。上から投げかけられた、中肉中背の男性の声。ルルの名前を知っているので、彼は知人で間違いなく、その声を持つ人物に該当する者は一人しか居ない。そう、先生であった。

 

「あと、大丈夫?」

 

まるで(しかばね)のように動かないルルと、そのルルが作り上げたであろう黄色味がかった液体溜まりを見て、先生はそう問い掛ける。顔を上げることすらできないので、憶測ではあるが。

 

「よう、先生か。心配する必要はないよ。オイラは見ての通り大丈夫だからさ。ただちょっとばかし、実験の代償で体が動かないだけで」

 

「動かないって⋯⋯大丈夫の使い方について、少し議論の余地があるんだけど」

 

「議論については願い下げだね、だって面倒臭いし。ところで、なんでオイラがここにいるのが分かったんだ? そこが不思議でならないんだ」

 

今ルルが居るのは、ミレニアムの近郊にある『廃墟』と言われる領域だ。そこは随分と前から進入禁止区域であり、勿論そこに入ったことがバレたら普通に罰せられるし、そもそも侵入禁止になった理由が危険だからであるため、来る奴なんて殆ど居ない。

 

それはつまり、嘔吐してぶっ倒れること承知の上の実験で、しかし醜態を世に晒したくないルルにとって、そこは人目がなく、とても広いので丁度良い場所であったのだ。

 

なので侵入禁止の看板を完全スルーして、ルルは思う存分に神秘を使いまくり、吐いて倒れて収まったら帰るという目的を知らなければ、変態行為でしかない訓練を何度も繰り返していた訳だが、どうして先生がルルの所在を突き止めることができたのか、それが謎であった。

 

「まぁ、私は先生だからね。何の実験してたのか知的好奇心で聞きたい気持ちもあるけど、取り敢えず──」

 

答えになっていない答えをルルに返し、先生は背後──いや上からルルの脇腹あたりを両手で掴んだ。それにルルはギョッと表情を驚愕と動揺に満ちたものに変える。

 

「え? 何する気だ、先生!?」

 

叫ぶ。だが、先生は動きを止める素振りはない。今のルルには本当に何も抵抗する力がない。一応声を上げることはできるのだが、逆に言えばそれだけしかできない。

 

ちょっとくすぐったくて変な声が出そうになったが、あるか分からない尊厳を守るためにそれは我慢し、身じろぎして抵抗とも呼べぬ抵抗をする。

 

「よいしょ」

 

その掛け声の後、次に感じたのは一瞬の揺れ。すると、さっきまで熱烈な接吻を交わしていた地面からゆっくりと距離が空いていき、それから顔が上へと半回転したところでお尻に大地が当たる感覚がした。

 

どうやら、先生の目的はルルを座らせる事だったらしい。動けない状態だったため、助かったと言えば助かったのだが、色々言いたいことがある。

 

「まずはありがとな、先生。──んで」

 

ルルは視線の温度を下げて、先生に蔑視(べっし)と言えるモノを向けた。

 

「何もできない状態のオイラを何か承認を得た訳でもないのに、腹部を触り持ち上げる行為⋯⋯これってセクハラなんじゃないか? どうなんだ、先生?」

 

実際は特に怒っている訳でもなく、むしろ感謝しているのだが、こればっかりは注意した方が良いと思ってのルルの発言だった。

過度なスキンシップは仲違いを起こすきっかけにもなる。ならどうすれば良いのか。簡単だ、次は注意すればいいのだ。

だから、先生がここで素直に謝り、この件は終わり。そう思っていたのだが──、

 

「ごめんっ! 何でもするから嫌わないでっ!」

 

予想に反し、先生の反応は過激と言えるものだった。懇願するように表情を必死と言えるものに変え、先生はそう叫ぶ。

晴れきった蒼天の下。その一方で、目の前の大人は一人の少女に向かって、芸術的な実に美しい土下座を披露している。

 

まさかこんな反応をされるとは思っていなかったので、ルルは一瞬、瞠目(どうもく)した。だから、ゆっくりと落ち着いてから言葉を紡ぎ出す。

 

「いや、そこまでしなくて良いよ。次は気をつけてくれるって約束してくれんなら、それで終わりだ」

 

その言葉にパァーと表情が明るくなる、さっきまで土下座していた大人。

 

「ありがとぉ」

 

それから、まるで神でも崇めるような視線がルルに向く。

 

──この大人、本当に大丈夫なのか?

 

ルルはそんな彼を見て、頭痛でも感じたようにゆっくりと額に手を当てた。当然だ。なぜならルルは、これからこの駄目な感じ丸出しの大人の助手を務めることになるのだから。

 

今日で、助手の話があってから五日が経つ。そこまでに色々先生に対する接し方を考えてきたが、モモイ達に聞いたら友達に接する位の態度でいいとのこと。

 

まぁ、流石に鵜呑みにはしない。取り敢えず、一応敬意を持ち、礼節を弁えた範疇で好きに接するというのが、今のルルの彼との接し方の方針だ。とはいえまだ会ってから数日、警戒心は残してはいるが──、

 

「さて、先生。約束の時間より一時間も早いけど、何のようだ?」

 

「約束がなかったら、会いに来ちゃ駄目?」  

 

露骨に肩を竦め、悲しげに表情を曇らせる先生。それに、何だが少しだけ罪悪感を感じたルルは片目を瞑り、

 

「いや、別にそういう訳じゃないけどな⋯⋯」

 

「ならいいでしょ?」

 

けろりと表情が一転し、笑顔に戻った先生はそう言った。さっきのは彼の演技だったのだと今頃気づいても遅い。先生の策に、ルルはまんまと引っかかってしまった。

なので、少しジト目になったルルだが、先生は気付いてないのか、それとも気にしていないのか特に表情は変わらない。

 

この先生は本当に油断ならない性格をしている。さっきの行動からも分かる通り、とても狡猾で計算高いのだ。もしかすると、あの過激な反応も計算のうちだったのかも知れない。そう考えると、少し怖さすら感じるものである──いや、マジ怖いの間違いだ。

 

「はいこれ」

 

そう言って、先生はルルに缶コーヒーを渡した。缶越しに感じる温かさが手に染みて、それだけで疲労感が軽減されたように感じた。

 

「お茶の方が良かったかな?」

 

「いや、これが良いよ。サンキューな、先生」

 

笑顔で応えたルルに、先生は「よかった」と笑顔で返す。プルタブを空けられるくらいには神秘は残っているので、この温かさがぬるさに変わる前にルルは一口含む。

 

「ルルが良かったらもう行ってもいいけど。どうする?」

 

ルルの正面に座った先生は、服の裏側からもう一本缶コーヒーを出し、カシュっと缶特有の良い音を鳴らしながら問いかけた。

 

「⋯⋯そうだな。じゃ、お互いこいつを飲み終わったら行こうぜ?」

 

「うん、了解。じゃあゆっくり休んでからにしよっか」

 

ルルの提案に先生は快く了承し、缶の先を唇に当てる。それを見て、ルルはコーヒーを喉に流し込んだ。

 

 

*

 

 

「おお、ここが⋯⋯」

 

「そ、連邦生徒会の本部、『サンクトゥムタワー』だよ」

 

驚嘆の声を上げたルルの前には、文字通り、天を突く高さを誇るタワー状の建造物が聳え立っている。白と青を基調としたカラーリングは、連邦生徒会と関係がある証なのだろうと、上を見過ぎて痛めた首を撫でながらルルはそう思った。

 

「⋯⋯ここに、入るんだよな?」

 

目の前にあるのは、戦車すら余裕で通れそうな入り口。もはや『門』と形容しても文句のないほどの威容だ。

 

「うん、そうだよ。──どうかしたの、ルル?」

 

先生は肯定の言葉を返し、そして目を細めるルルを見て問い掛ける。

 

「いや、特に何かある訳ではないんだけどな⋯⋯」

 

早いもので、この世界に来てから一ヶ月ほどが経っている。その間、本やネットを利用してルルは勉強に励んでいた。まぁ、勉強と言ってもこの世界の常識だったり、仕組みだったりその辺だ。

 

流石にそれらは必要不可欠だと思ったために、面倒臭さを感じつつ、毎日コツコツとやっていた。この辺の記憶は残ってても良いんじゃないか、と勉強中何度も思ったが、そんなこと言ったって記憶がないのだから仕方のないことだ。

 

それで最近、学んで分かったことがある。この世界は多くの機関は生徒達が務めているというのは知っている。

そしてそんなキヴォトスの全行政を担い、学園都市の管理、運営に従事する中央組織。それが連邦生徒会なのだという。

そこにのしかかる責任の重さや、舞い込んでくる問題の数が凄まじいのは頭を捻らなくても理解できる。

 

そんな中、連邦生徒会長という連邦生徒会内での第一責任者は、治安が終わっているキヴォトスで発生しまくる様々な事件やトラブルを対処すべく、学園に縛られない中立的な立場で対応できる機関の必要性を感じ、直下の組織、連邦捜査部『シャーレ』を設立した。

 

それは今、連邦生徒会だけでは対処しきれない問題や学園間の紛争を解決するための独立機関として機能しているとの事。

あと、今はその連邦生徒会長って人が失踪してるらしいが、それはルルには関係のない話だ。

 

ルルがこんな話をした理由は一つ。そんなシャーレの顧問を務める先生は組織的には連邦生徒会のメンバーに当たる。

そして、その助手をこれから務めることになるルルもまた、連邦生徒会の一員になることを意味する。

 

それはつまり、連邦生徒会の責任をルルも取ることになり、ルルがミスをした責任も連邦生徒会が取ることになるということ。

そしてルルは今日、そんな連邦生徒会の本部に、先生の助手になると言いに来たという訳であり──、

 

正直、これから背負うであろう責任を前に、緊張でルルは今にも吐きそうな気分であった。さっき吐いたばかりだというのに。

だが、仕方のないことだと思った。そんな凄い組織の、しかもその顧問の助手なるというのだから。そのあまりの重責にもはや笑ってしまう。

 

「⋯⋯ハハ、ハ、ハ⋯⋯」

 

もっとも出てくるのは笑いは笑いでも、乾いた苦笑なのだが。そんなグロッキーなルルの肩に先生は手を置いて、弾かれたように振り向いたルルに微笑んだ。

 

「ルル、不安なのは分かるけどさ。──ま、何とかなるって。私はいつもそうだったからさ」

 

「⋯⋯確かに、アンタはそういう感じするよな」

 

「それ、どういう意味で言ってるのかなぁ?」

 

両手を腰に当て、ドヤ顔を晒す先生。そんな変わらない彼の様子に、ルルは不意に少し笑ってしまった。例え失敗してもそこで終わる訳じゃない、とそう彼に背中を押されたような気がして。

 

「ま、気にすんなって、ちょっとしたジョークみたいなもんだ。じゃ、行こうぜ、案内よろしく頼むからな?」

 

不安は、もう感じなかった。普段通りの笑顔を浮かべたルル──その心境の変化に気付いたのか、少し不満げな表情をしていた先生は、優しげに笑い、

 

「じゃあ、そういう事にしておくよ」

 

そう告げた。それから彼は、サンクトゥムタワーの中へと止まっていた足を進め始める。それを見て、ルルも足を前へと踏み出した。

 

「それで、今日はどうしてオイラをここに来るように言ったんだ?」

 

「ああ、そのことね。助手になるに当たってやることがあるからさ」

 

「やること、ね。他の連邦生徒会のメンバーとかに挨拶とか?」

 

「それもあるけど、その前にって感じかな」

 

どこかぼかしてルルに言葉を返す先生。それは、これ以上聞いても無意味なんだとルルに悟らせる。

 

「うーむ。まぁ、後々分かることか」

 

「そそ、ドッキリはバレちゃあ面白くないって話」

 

──それって、何かあると言っているようなものじゃないか。

 

少し身構えたルル。そのルルの前を歩いていた先生は、そこで突如立ち止まった。頭上の方を見てみれば、「応接室」と書かれた看板が取り付けられている。どうやら、ここが目的地という訳らしい。それから先生は、その看板の下にある部屋のドアに手を伸ばし、

 

「やっ、リンちゃん。遅れちゃったかな?」

 

ドアから顔と手だけを出し、先生は中に居るであろう人生にそう告げる。柴石ラーメンの時もそうだが、これは彼の癖なんだろうか。

 

「いえ、時間通りです。とりあえず中に入って話しませんか?」

 

落ち着いた口調、スマートでいて少しキレがある。その声に先生は軽く頷いて見せた。

 

「そうだね。じゃ、ルル入ろっか」

 

「ああ、了解だぜ」

 

先生の言葉に従い、ルルは入り口を通る。そして、次に目についたのは『耳』であった。先程、先生が会話を交わしていた人物のモノだろう。それはルルが知っているモノよりも長く、先端が尖っていた。

 

確か、エルフと言われる種族の特徴だったな、とルルは思い出す。キヴォトスの人間には種族がある。代表的なモノだと天使族、悪魔族、獣人族などが挙げられる。

 

天使族は翼を持ち、悪魔族は翼や角、またはその両方を持ち、獣人族は動物の耳や尻尾などを持つ。獣人族と聞くと獣人が思い浮かぶが、それらはまったくの別物で、獣人族が人の姿に近しい一方、獣人は動物の姿に近しいという特徴がある。

 

そもそも世間一般で浸透している獣人呼びは、実は半獣族*2という種族のことを指しているため、別物であって当然なのだ。ややこしい。

 

「そちらが?」

 

「うん、そうだよ」

 

彼女の視線は動き、ルルに向かった。先生に問うた言葉の意味は恐らく、今から助手になるのがルルかどうか尋ねたのだろう。

次に、先生の(まばた)きの合図がルルに送られる。それを受け、ルルは笑みに親しみ易さを少しばかり追加してから、彼女に視線を向ける。

 

「こんにちは。オイラは神楽ルル、気軽にルルって呼んでくれ」

 

ここは敢えてタメ口で行く。緊張感を誤魔化すためでもあるが、自然な自分を見せるためにそうしたのだ。下手に気を使って喋っても、変に思われるだけ。──ルルはそう考えたのだ。

 

「ルルさんですね。これからよろしくお願いします。私の名前は七神リンです」

 

涼やかな微笑みを顔に浮かばせながら、彼女──リンは告げた。ひとまず第一印象は良いモノを与えられたのだろう。そう思うことにした。

 

「リンちゃんはね、連邦生徒会統括室の室長で、連邦生徒会長の代理を務めてるんだよ。すごいよね」

 

二名の自己紹介を見届けた先生は腕を組んだまま、ルルに顔を向けて楽しげにそう話した。

 

「────」

 

「あれ? どうしたのルル?」

 

押し黙るルルに、先生は疑念に首を傾ける。偉い人に無礼を働けば、どうなるのか。大抵の場合、深刻さはどうあれ、その行き着く先は破滅の系譜に他ならない。

 

連邦生徒会統括室の室長と、連邦生徒会長代理──。字面から受ける印象と言葉から読み取れる意味から、それらが偉い人の肩書きであることは容易に理解でき、間違いない。

そして、その肩書きを持つ彼女にルルはタメ口を使い──即ち、無礼を働いたということを意味し、

 

──あー、もしかして初っ端から終わったか? オレの人生。

 

そう思うことは、必然であった。ふと気付くと、滲み出た汗が冷ややかに首を伝っていた。思考がフリーズし、半ば諦観していたルルは億劫に目線をリンに動かし、目を見開く。──リンの表情に微笑みが浮かんでいたからだ。

 

「別にタメ口で構いませんよ。私もその方が接しやすいので」

 

「そう、か。ありがとな」

 

作り笑顔では、なさそうだ。ひとまず、彼女はルルを悪く思っていないようで安堵する。まったく、心臓に悪い。先生が先に言ってくれればこんな事にはならなかったはずだというのに。

 

最初から敬語で話せば良かったんじゃないか、と口出ししてくるルルの綺麗な心の声は、都合が悪いため無視した。

すべて横にいる大人のせいにし、ルルは彼を眺めていると、その大人は「じゃあ」と話を切り出し、リンに顔を向けた。

 

「リンちゃん。早速だけどいいかな?」

 

「さっきは聞き流していましたが、誰がリンちゃんですかっ!」

 

と、リンは一瞬声を上げたものの、次に聞こえたのは諦めたような溜め息の音だった。恐らく、先生にいくら言っても無駄と悟ったのだろう。

 

リンのその様子には苦労人の気配を感じさせる。ルルと同じく先生に振り回されている様子の彼女には、とても共感が持てるというものだ。一呼吸置いた後、リンは口調を正して言葉を紡ぐ。

 

「はぁ⋯⋯。ええ、自習室の方が開いているのでそちらのほうでよろしいでしょうか?」

 

「うん、大丈夫。ありがとね、リンちゃん」

 

リンと先生の短いやりとりの内容にルルは疑問符を浮かべる。自習室の方が空いているとか言っていたが、なぜ移動する必要があるのだろうか。書類の記入とかなら、この部屋でもできると思うのだが。

 

「ルル。ちょっと移動するよ」

 

「⋯⋯分かったぜ」

 

──よく分からないけど⋯⋯まぁ、きっと大丈夫か。

 

そう心に思い、先生の後を追った。

 

*1
身体の硬さは普通の人間と変わらないためこう形容している(注射針は通ってるし、タイラカンシーみたいなもんだと私は解釈してます)

*2
ブルアカ本編にも種族って設定はありましたけど、判明しているのは悪魔族だけなんですよね

ルルさんとホシノさん、戦わせたいって人〜

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