うわぁ…………
オールドキングと更識楯無は、第三アリーナに来ていた。一人はジャージ、一人は制服のままその場で向かい合う。
「あら、ISスーツは着なくていいのかしら?」
「残念ながらこれはISであってISじゃないんですよ。では、始めましょうか。」
青髪の少女はISを展開する。水色と白の装甲に、ピンクと藍色のパーツが取り付けられており、左右にビットよりは小さい何かが浮遊している。
「私のIS、
「へえ、じゃ、私は……Thinker。」
彼女の身体が光に包まれ、人間が乗ってるとは思えない逆関節を持つ
「な、何それ!?」
「ん?データと違うとでも?」
ボイスが昔の彼女ーーー彼の物になり、口調が変わる。久しぶりに使う愛機は、やはり一番馴染むものだった。
「ち、違うわよ。その関節が気になっただけ。」
「ふん、どうだか。では、このコインを弾き上げる。落ちた瞬間から試合開始だ。」
「分かったわ。」
彼女の右手の武装が解除され、多分硬貨であろうコインを指に乗せ、真上に向けて弾き飛ばす。
再び右手の武装を展開し、急な稼働に備えて関節を少し曲げた体勢になる。
………さて、楽しい戦いの始まりだ…………
(ええ、ゾクゾクしますねぇ……強敵との戦いは。)
コインが降下を始め、そしてーーー
地面に触れた。
チャリンという硬貨特有の音が鳴ると同時に、青と緑は動き出す。
片方は槍を展開し、片方は
「そんなの!!」
水の様な液体を纏わせた槍を回転させ、弾を全て弾く。
その液体の正体は、左右一対に浮遊している、アクア・クリスタルと呼ばれるパーツが制御しているナノマシンで構成された水だ。その水のヴェールは、身体をドレスやマントの様に包み込んでいる。
再び槍に水が纏わり付き、回転を始める。それで巧みに牽制しながら、四門のガトリングガンでオールドキングを攻撃する。
「はっ、銃器の扱いがお粗末だな。」
「言わせておけば!」
彼女は
「やるな。」
「貴女こそ!」
久しい強敵を相手に二人は、短いが賛辞の言葉を吐く。
……まあ、こちらの有利は変わらない………か?
(ええ、あの槍に当たればおしまいですが。)
逆関節特有のバネは、彼女に三次元の立体起動を可能にさせる。地面を蹴り上げ、その威力を生かしながら攻撃と回避を同時に行う彼女の戦い方は、正しく〝彼女が好む機体運用〟であり、それを得意としていた。
埒が開かないと感じたのか、更識楯無は逆に、距離を大きく離す。こうすれば弾の射程から外れ、相手は近づかざる終えない状態になると考えたのだ。
………ふむ、やるな小娘………だが………まだまだ甘いな………
「なあ、
「え?それは、瞬間的に機体をトップスピードまで持ってく技術のことでしょ?お姉さんにそんな事を聞いてどうするの?」
距離を離したまま、二人は静止する。そして、彼女が前屈みの様な姿勢になる。
「瞬時加速中に、瞬時加速したらどうなるのーーーってな!」
「そ、そんなのありえなーー!?」
彼女は音を超えた速度で急接近、超至近距離でライフルとショットガンを放つ。弾丸に速度が乗り、水のヴェールを突き破る。
「く、くうっ!!」
「名付けて
そのまま機体を蹴り飛ばし、アリーナの壁際にいた相手は壁に激突し、搭乗者本人にダメージを与える。
彼女は受け身を取りながら、槍を地面に打ち込み、真上に飛び上がる。
「ふう、今のは効いたわ。」
「不意打ちには気をつけないとなぁ?」
ニタニタと笑い、相手を煽る。その余裕綽々といった雰囲気は、彼女を焦らせるには十分な要素だった。
「……ねえ、何か暑くない?」
「さあ?お前が一人でにヒュンヒュン動き回るからじゃないか?」
彼女の口に、勝ちを確信した笑みが浮かぶ。そして、彼女が指を鳴らした瞬間ーーー
ドゴオオオオオオオオオン!!!
緑色の装甲を水蒸気爆発が包み込んだ。
◆ ◆ ◆
「誰が地面に穴を開けろと言った?馬鹿者が。」
織斑千冬は授業をやっていた。専用機持ちのセシリア・オルコットと一夏に飛行訓練をしていたが、一夏が着地の時に地面に激突し、大きな穴を開けてしまった。
………全く、世話の焼ける………
彼女がそんな事を思っていると、山田先生が息を切らしながら走って来た。
「お、織斑先生〜!」
「どうしました?」
「オールドキングさんと生徒会長が模擬戦を!!」
ふむ、と言う彼女。これは問題というより、寧ろ戦い方の勉強になるいい機会かもしれないと彼女は考えた。
「では、その映像を大画面でここに映しましょう。」
「ええっ!?わ、分かりました。」
渋々と言った調子で山田先生は準備を始める。それを一部の生徒に手伝ってもらい、空間投影型ディスプレイを起動する。
監視カメラの映像が映し出され、画面内で二つのISの激戦が繰り広げられる。
「何あのIS………」
「あれ?オールドキング先生?」
「あっちは生徒会長じゃない?」
途端に騒がしくなる。一夏を含む一部の生徒は彼女がオールドキングだと認識できた。
「あいつすげえな。」
「チェルシーの電話番号を渡すのを忘れてましたわ!」
「今それ関係ないよな?」
「あ、新技。」
クロエの呟きとともに、全員が画面を見やる。緑色の機体の背中に光が集まり、瞬時加速《イグニッション・ブースト》をしたと思いきや、その姿が消えて、青いISの目の前に瞬間的に移動する。
「何だあれ!?速すぎだろ!?」
「あんな隠し球がありましたの!?」
「いや、お前達に一度も本気を出してないだろ?」
突っ込む箒。クロエは無表情で画面を見つめている。そして、突然画面内で大きな爆発が起き、緑色の機体がそれに包まれる。
「爆発!?」
一夏が驚く。全くもって前触れはなく、その上発動も早かった。彼は自分の目指すべき目標であった彼女が負けたと思い、がっくりと肩を落とした。
「はぁ……負けちゃったか……」
「まだ。」
「え?」
「お母様、負けない。絶対。」
クロエの目が細くなり、画面を注視していることがわかる。
「そんな訳ーーーえっ!?な、何で!?」
爆煙がゆっくりと薄れ、彼女が姿を現わす。
その装甲には、殆ど爆発によるダメージの痕跡が無かった。
◆ ◆ ◆
「
「はん、種を明かせばそんなもんだな。」
煙の中から見えた彼女の機体は、殆どダメージを受けているようには見えなかった。
「ど、どうして………」
「ブースターを傾けて全方向に
彼女はその言葉の意味がわからなかった。全方向に
いつもの冷静な思考は、完全に失われていた。
「んじゃ、終わりだ。」
彼女は右手を離し、ライフルを捨てる。そのまま
「ーーー!?っ!?」
「お前の感情が見えるぞ。」
その狂気を含ませた笑みは、彼女を更に焦らせた。彼女はその一瞬の焦りが、負けに繋がる事を知っている。
後ろに回り込み、ショットガンを構え、防御体制をとらせた後に、アクア・クリスタルに向けてチェインガンを連射する。次々と撃墜され、彼女は守りの要を失う。
「ドレスの無いお姫様ねぇ?落ちるとこまで落ちたなぁ!?」
「黙りな………さい!!」
槍を大きく突き出し、そのまま横にぶん回す。巨大な水の槍が彼女の右腕に叩きつけられる。
………勝った……いや?違う!?
更識楯無が勝利を確信した次の瞬間、彼女は回転し続ける槍を無理矢理に掴んでいた。そのままショットガンが放たれーーー
◆ ◆ ◆
「右腕大丈夫?」
「ああ、あの爆発を受けた後には既に脱臼してたからな。」
更識楯無は負けた。しかし、彼女はそれを悔やんではいなかった。
……本当に強かったわ………何者なのかしら………
彼女は勝ち負けよりも、オールドキングのその目に興味を持っていた。
全てを飲み込んでしまうかの様な〝黒〟は、ドス黒い等という軽い言葉では表しきれない深みがあった。そして、光を持たない様な漆黒の中に、常に〝何か〟を燃やし続けているような煌めきが映っている。
その二つの矛盾が合わさる意味は、彼女には分からなかった。
「本当に大丈夫なのね?」
「ああ、あとで自分で直す。」
オールドキングは右腕をだらんと垂れ下げていた。素人目でも脱臼しているのがわかる。何故そんなことになったのかいうとーーー
「全方向に
「勝てりゃいいんだよ、勝てりゃ。」
先程、彼女の
「でも、あれをどうやって躱したの?」
「
酸素がなければ着火しない。確かにそれは誰でも知っているような知識だったが、誰もあの一瞬でそれを思いつかないだろう。しかも、それを実行しようとは思わない。
……それより、あの衝撃をどうやって逃がしたのかしら……
あの衝撃をまともに食らったら、実際脱臼どころでは済まないだろう。下手すれば次の日のニュースで報道される羽目になる。
彼女には知る由もないが、あの機体のブースターの数では、周りの空気を吹き飛ばしきれない。その為、その
「うっ……んあぁ!」
「ち、ちょっと何やってるのよ!?」
彼女は右腕を掴み、無理矢理に嵌める。ごきっという音が鳴り、肩の位置が大きく動く。
「ふう……痛かった……」
「いやいやダメよ。保健室行かなきゃ。」
彼女はあからさまに嫌な顔をする。完全に病院が嫌いな人のそれだった。彼女は逃げようとするが、楯無に肩をがっしりと掴まれる。
「逃げちゃだーめ♪」
「おぃ、マジかよ夢なら醒め」
この後、二人は保健室に行くか行かないかで喧嘩になったそうだ。