赤日艦隊抜錨セヨ   作:佐竹福太郎

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澎湖諸島沖海戦

 一九一三年七月十一日の威海衛陥落は、日本に黄海北部の制海権をもたらした一方で、イギリス海軍に極東戦略の見直しを迫る結果となった。香港へ後退した極東艦隊は、威海衛奪還を断念する代わりに、赤日艦隊主力との決戦によって制海権を回復する方針へ転換した。これを受け、本国では当初ドイツ艦隊への備えとして編成されていた本国艦隊の一部を極東へ派遣することが決定され、イラストリアス級戦艦三隻を中核とする第一極東増援戦隊がシンガポールを経由して香港へ進出した。

 

 当時、日本海軍は威海衛占領後の治安維持に加え、華北沿岸の哨戒や船団護衛など広範な任務を担っていた。さらに「富士」喪失後の戦力再編も続いており、赤日艦隊は依然として十分な余裕を持つ状況ではなかった。一方、英国側も極東に十分な兵力を集中できたわけではなく、本国艦隊との補給線はインド洋を経由する長大なものであった。そのため双方とも決戦を望んではおらず、台湾海峡周辺で互いの行動を探り合う状況が続いていた。

 

 八月三日午前、澎湖諸島北方海域で哨戒中の日本第一巡洋戦艦戦隊は、香港方面から北上する英米合同艦隊と遭遇した。日本側は巡洋戦艦「聖」「仙丈」を基幹とする第一巡洋戦艦戦隊、第二装甲巡戦隊「吾妻」「磐手」「浅間」などで構成されていた。一方、英米側は初の本格的な木星級戦艦であるイラストリアス級戦艦三隻に加え、巡洋艦隊およびアメリカ前木星級戦艦「ミネソタ」を伴っていた。

 

 海戦は双方とも予期しない遭遇戦として始まった。英国戦艦は遠距離から十二インチ砲による一斉射撃を開始し、日本側も応戦したものの、巡洋戦艦である「聖」「仙丈」は防御力・火力とも木星級戦艦であるイラストリアス級に及ばず、砲戦開始から間もなく撤退を決断した。第二装甲巡戦隊は後衛となって英艦隊を牽制しながら台湾方面への離脱を援護し、戦闘は終日続く追撃戦へ移行した。

 

 英米艦隊は当初、このまま日本巡洋戦艦部隊を捕捉し撃滅できると判断していた。しかし、日本艦隊は高速性能を活かして距離を維持し続け、日没まで決定的な損害を避けることに成功した。日中の砲戦で双方に致命的損害はなかったものの、日本側は巡洋戦艦二隻への被弾が相次ぎ、長距離砲戦における性能差を痛感することとなった。

 

 海戦が大きく動いたのは日没後であった。日本海軍は第二次日露戦争以来ゲームチェンジャーとなりうると目して研究してきた夜間雷撃戦を実施し、隊形の乱れた英米艦隊へ駆逐艦隊と聖、仙丈を突入させた。その混乱の中で英艦隊前方へ突出していたアメリカ戦艦「ミネソタ」に集中砲火をが浴びせ、「聖」「仙丈」の砲撃も加わって同艦は沈没した。旧式の前木星級戦艦といえど、開戦以来初となる協商国側主力艦の喪失であり、アメリカ海軍にとっても太平洋戦域における初の戦艦喪失となった。

 

 しかし、日本側も大きな代償を払った。撤退中の「聖」が英国駆逐艦の雷撃を受けて深刻な損傷を負い、「仙丈」も砲撃によって中破の損害を受けた。両艦は辛うじて台湾方面への退避に成功したものの、「聖」は約五か月、「仙丈」は約三か月に及ぶ修理を要し、赤日艦隊は開戦以来最大の高速打撃戦力を一時的に失う結果となった。

 

 戦術的には、米戦艦「ミネソタ」を撃沈した日本側の戦果は決して小さくなかった。しかし戦略的には、英国艦隊の極東進出を阻止することはできず、日本海軍が巡洋戦艦部隊を長期間戦列から失った影響は極めて大きかった。その後数か月にわたり、日本艦隊は主力艦同士の決戦を回避せざるを得なくなり、制海権の維持は装甲巡洋艦隊と沿岸警備部隊、さらに潜水艦隊の活動に大きく依存することとなる。

 

 ロンドンでは、この海戦は「極東艦隊初の勝利」として歓迎された。英国海軍省は、日本巡洋戦艦部隊を長期間無力化したことを重視し、木星級戦艦の優位性が実戦で証明されたと結論づけた。一方で、夜戦による「ミネソタ」喪失は予想外であり、日本海軍の夜戦能力を過小評価していたとの反省も残された。その後、極東艦隊では夜間警戒態勢や駆逐艦運用の見直しが進められている。

 

 ワシントンでは、「ミネソタ」沈没は海軍拡張派に衝撃を与えた。新聞各紙は「太平洋における最初の戦艦喪失」と大きく報じ、議会では夜戦能力の強化と新型戦艦建造予算の拡充が可決された。海軍大学校でも日本海軍の夜戦戦術が詳細に研究され、その後の米海軍戦術へ少なからぬ影響を与えたとされる。

 

 一方、日本では「ミネソタ」撃沈が大きく報じられ、国民世論は勝利として受け止めた。しかし軍令部の評価は極めて冷静であった。戦史部は「敵戦艦撃沈の成果は大なりといえども、巡洋戦艦戦力を失いたる損害はさらに重大」と総括し、艦政本部でも「聖」「仙丈」をもってしても木星級戦艦との昼間砲戦には対抗し得ないとの結論が導かれた。この海戦は、日本海軍が高速巡洋戦艦を主力とする従来の艦隊思想を見直す契機となり、建造中の石見級戦艦の設計変更や新たな高速主力艦構想の研究が本格化する転換点となった。

 

 後年、この時に艦政本部内で始まった研究は、日本海軍史上最大最強の巡洋戦艦と称される超木星級巡洋戦艦「白馬」へと結実することになる。その意味において、澎湖諸島沖海戦は単なる遭遇戦ではなく、以後の世界海軍の建艦競争に新たな方向性を示した海戦として位置付けられている。

 

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