赤日艦隊抜錨セヨ   作:佐竹福太郎

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余命幾許か

 福江島沖海戦の後、極東戦線は一時的な膠着状態へと入った。日本海軍は装甲巡洋艦「浅間」を失い、「吾妻」も長期修理を余儀なくされるなど大きな損害を受けたが、一方でイギリス海軍も日本近海での継続的な作戦行動には兵站上の限界を露呈し始めていた。双方とも決定的な勝利を得るには至らず、戦争は短期決戦から持久戦へと性格を変えつつあったのである。

 

 日本陸軍は、この間も威海衛一帯の掃討作戦を継続していた。七月十一日の占領以降も、英軍守備隊の一部は劉公島や里口山方面へ退却し、現地協力者とともに散発的な抵抗を続けていた。英国軍は海上からの補給や撤収を期待していたが、日本海軍の制海権は依然として黄海北部を支配しており、まとまった支援を受けることはできなかった。

 

 一方、香港では極東艦隊司令部が威海衛救出の可能性をなお模索していた。六月の威海衛沖海戦では、守備隊への増援船団を送り込むことには成功したものの、日本艦隊の迎撃によって計画は大幅な遅延を余儀なくされ、送ることのできた兵員や物資も当初予定を下回った。さらに、その後の福江島沖海戦によって日本側巡洋戦艦部隊が一時的に戦線を離脱したにもかかわらず、赤日艦隊は黄海方面の制海権を維持し続け、威海衛の孤立を覆すには至らなかった。

 

 ロンドンの海軍省でも威海衛奪還案は幾度となく検討された。しかし、欧州では依然としてドイツとの建艦競争が続いており、本国艦隊から最新鋭戦艦を極東へ抽出することは極めて困難であった。加えて、日本近海へ戦力を派遣しても、佐世保・呉という二大軍港を基盤とする赤日艦隊に対し、補給線を数千海里にわたって維持しなければならないという根本的な不利は解消されなかった。

 

 結局、英国政府は威海衛奪還を断念し、香港を前進基地として日本本土への海上封鎖を継続する方針へ転換した。極東艦隊は香港以北への進出を最小限に抑え、日本近海では英米合同艦隊による通商破壊を中心とした消耗戦が続けられることとなる。

 

 こうして九月頃までには、威海衛における組織的抵抗はほぼ終息した。最後まで劉公島周辺に立て籠もっていた英軍部隊も食糧と弾薬の欠乏から降伏し、一部の将兵は漁船で中国本土への脱出を試みたものの、多くは日本軍に拘束された。これをもって、開戦以来続いていた威海衛攻略戦は完全に終結したのである。

 

 日本は直ちに港湾施設の復旧と軍港化に着手した。旧英国海軍施設は接収され、石炭庫や乾ドック、無線電信所が整備されるとともに、水雷艇隊や哨戒部隊が常駐するようになった。威海衛は黄海方面における赤日艦隊最大の前進基地となり、佐世保と並ぶ補給拠点として以後の作戦を支えることとなる。

 

 英米両国も日本経済への圧力を強めるため、日本向け商船の臨検や拿捕を積極的に実施した。しかし、その効果は限定的であった。当時、中立を維持していた上海連合は東アジア最大の自由貿易港として機能しており、日本向け物資の多くは一旦「上海連合向け貨物」として輸入された後、同地の商船によって日本へ再輸送されていたのである。

 

 英国外務省は、この迂回貿易を阻止する方策を検討したものの、中立国向け貨物を国際法上の根拠なく拿捕することは困難であった。さらに、華北沿岸や日本近海へ入った輸送船は赤日艦隊の勢力圏に入り、英米艦隊がこれを追撃するには過大な危険を伴った。その結果、期待された経済封鎖は日本政府が想定した以上の効果を挙げることができなかった。

 

 一方、日本政府も決して楽観していたわけではない。福江島沖海戦で巡洋戦艦部隊は大きく損耗し、装甲巡洋艦隊も主力艦を失った。石見級戦艦の完成にはなお時間を要し、現有戦力のみで英米艦隊と正面から決戦することは依然として困難であるとの認識が軍令部では共有されていた。そのため政府は造船能力の拡充と商船建造を急ぐとともに、新世代艦隊を前提とした艦隊整備計画の再検討を開始した。

 

 こうして一九一三年の終わりを迎えた極東戦線は、局地戦こそ散発的に続いていたものの、双方とも決定打を欠いたまま消耗戦へと移行していった。ロンドンでは「日本は予想以上に粘り強い」との報告が相次ぎ、ワシントンでも戦争の長期化を見据えた議論が始まっていた。東京では依然として国民の士気は高かったものの、政府首脳は、この戦争がもはや数か月で終わるものではないことを十分理解していたのである。

 

 しかし、この均衡は新年早々、誰一人として予想しなかった形で破られる。

 

 一九一四年一月三日、スペイン王国は、一九〇五年十二月締結の日西同盟に基づき、日本側に立って参戦することを正式に宣言した。

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