一九二〇年初頭、大日本帝国は極東大戦後の安定した国際環境と著しい経済成長を背景に、次世代の海軍戦力整備に向けた野心的な大計画を推し進めていた。同年五月には、旧式化した三百トンから四百トン級の駆逐艦部隊を刷新すべく、外洋での長期行動を見据え、五インチ砲や四連装魚雷発射管を備えた一五〇〇トン級駆逐艦の量産が開始された。また、水面下では十五インチ連装砲塔三基を備える排水量四万トン、速力三十ノットの超大型巡洋戦艦「白馬」の建造が進行中であった。さらには、既に就役している世界初の改装空母「磐手」に続き、将来的には主力艦としての戦力的価値が低下しつつある「聖」級や「常念」級を航空母艦へ改装し、正規空母三隻、軽空母三隻からなる航空艦隊を構築する計画も立案されていた。補助艦艇についても、駆逐艦四十八隻、海防艦五十隻、潜水艦五十隻という膨大な整備目標が掲げられていた。
しかし、こうした壮大な計画を現実のものとする上で、日本の基礎的な工業力は欧米に追いつきつつあったものの、航空機関、深海潜航、そして精密光学機器といった最先端の特定技術分野においては、依然として欧州列強との間に越え難い技術的隔たりが存在していた。この空白を短期間で埋めるため、かつて一九〇二年のウクライナ反乱における越境工作や、一九〇六年の米国サンディエゴにおける造船資料窃取事件などに深く関与したとされる特務機関「谷」が、欧州において非合法な情報収集作戦を発動した。これが、内部で「F号工作」と呼称された一連の諜報活動である。
第一の事件:ツーロン海軍基地における潜水艦技術漏洩
第一の事件は、一九二〇年五月四日、フランス南部の地中海に面するツーロン海軍基地周辺において発覚した「潜水艦耐圧殻および機関技術」の窃取事件である。日本海軍は将来的に五十隻の潜水艦を整備する計画を有していたが、外洋における長期作戦や深深度潜航を可能とするための高張力鋼の溶接技術、ならびに水中での隠密性を高める新型電動機やディーゼル機関に関する技術開発が難航していた。
「谷」の工作員は、ツーロン海軍工廠に出入りしていたフランス人造船技師に数ヶ月前から接触し、多額の報酬と引き換えに最新鋭の航洋型潜水艦に関する二重船殻構造の設計図面の提供を要求していた。しかし、技師の不自然な資金動向を察知したフランス軍防諜機関が内偵を進めており、五月四日、マルセイユ市内のカフェで行われた図面受け渡しの現場に治安当局が踏み込んだ。工作員は外交特権を主張して間一髪で拘束を逃れたものの、フランス人技師は逮捕され、機密資料の一部が押収される事態となった。
第二の事件:パリ郊外における航空用発動機図面買収
第二の事件は、五月十一日にパリ郊外の航空機メーカーで発覚した「新型航空用液冷発動機」の図面買収事件である。日本海軍は、空母への改装が予定されていた「聖」級などを含む計六隻の航空母艦体制を見据え、艦載機の性能を飛躍的に向上させる高出力かつ軽量な航空エンジンの自国開発を急いでいた。しかし、材料工学や精密加工技術の遅れから実用化の目処は立っていなかった。
工作員は、フランスの有力航空機メーカーの設計部門に勤務する若手製図工を多額の現金で買収し、開発の最終段階にあったV型八気筒液冷エンジンの詳細な青写真や、特殊合金の配合比率を記した製造マニュアルをマイクロフィルムに複写させていた。この事件は、製図工が突然豪奢な生活を始めたことを不審に思った同僚の密告により、五月十一日に発覚した。しかし、工作員はすでに機密資料とともにフランスを出国した後であり、フランス当局は残された資金の送金経路から日本側の関与を断定するにとどまった。
第三の事件:リヨンにおける光学測距儀データの物理的窃取
第三の事件は、五月十八日にリヨンにある軍需指定の精密光学機器工場で発生した、「主砲用光学測距儀および射撃盤データ」の物理的な侵入・窃取事件である。建造中の四万トン級巡洋戦艦「白馬」などに搭載される十五インチ巨砲は、三万メートルを超える遠距離砲戦を想定しており、その命中精度を確保するためには、極めて精度の高い大型測距儀と、目標の速度や進路を瞬時に計算する機械式射撃盤が必要不可欠であった。
五月十八日の深夜、この光学機器工場に何者かが侵入した。翌朝の現場検証によれば、工場内の金庫や高価な資材には一切手が付けられておらず、フランス海軍の最新鋭戦艦向けに開発中であった十メートル級測距儀のレンズ研磨工程に関する極秘データと、射撃盤の歯車連動機構の図面のみが正確に抜き取られていた。侵入の手口の専門性と狙いの明確さから、フランス治安当局はこれを高度な訓練を受けた日本の特務工作員による計画的な犯行と断定した。
フランス政府の抗議と国際的波紋
これら三件の重大な軍事機密漏洩が、わずか一ヶ月足らずの間に立て続けに発生したことは、フランス政府に強烈な危機感をもたらした。一九二〇年五月二十六日、フランス政府は駐仏日本大使を呼び出し、日本政府に対して正式な抗議文を提出し、これら三件の事件への国家の関与を厳しく非難した。
日本政府は、かつて一九〇六年の米国サンディエゴにおける技術盗用疑惑の際と同様に、政府および軍の公的な関与を全面的に否定し、一部の民間技師や国粋主義者によるものだとし、事実関係の曖昧化を図った。しかし、この一連の強引な情報収集活動は、極東大戦の講和以降、辛うじて維持されていた日仏間の外交関係を著しく冷却化させる結果となった。欧州列強は、東アジアにおいて確固たる覇権を築き超大国への道を歩む日本が、軍事技術の格差を埋めるためには国際規範を無視してでも手段を選ばないという警戒心を新たにした。
この「F号工作」に伴う外交的摩擦は大きな代償を伴ったが、結果として得られた高度な技術的知見は、その後の日本の軍備拡張に多大な貢献を果たした。同年五月から開始された一五〇〇トン級駆逐艦の量産化や、翌年二月の四万トン級巡洋戦艦「白馬」の完成、そして航空母艦群の実用化に向けた最後の技術的障壁は、この五月の出来事によって密かに打ち破られていったのである。