赤日艦隊抜錨セヨ   作:佐竹福太郎

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点火

 一九二〇年代初頭、大日本帝国の国力は、長きにわたる平穏と徹底した国家統制の恩恵を受け、かつてない飛躍を遂げていた。重化学工業の爆発的な成長、鉄道網の拡充、そして都市インフラの近代化において、日本本土はすでにイギリスやフランスといった欧州列強を本土経済において抜き去り、欧州の雄であるドイツ帝国に完全に匹敵するだけの実力を有するに至っていた。極東大戦における絶対的な戦勝と、この急激な経済的躍進は、日本国民に強烈な自信をもたらしたが、同時に為政者たちの心に致命的な「驕り」を芽生えさせていた。

 

 その驕りが最悪の形で露呈したのが、一九二三年一月に発生した外交的失態である。事の発端は、年明けの東京において、各国の大使や公使、外国要人を招いて盛大に催された政府主催の新年晩餐会であった。

 

 当時の内閣総理大臣は、祝辞の演壇に立つと、自国の強大化に対する陶酔感からか、当初用意されていた無難な原稿から突如として逸脱した演説を始めてしまったのである。

 

「もはや旧世紀の遺物たる西欧の老いたる帝国主義は、東アジアにおいてその歴史的役割を終えつつある。太平洋からインド洋に至るアジアの新たな秩序と平和は、ただ神聖なる天皇の統治を戴く我が大日本帝国のみが後見するものであり、諸君の国々は速やかにその特権的地位を東洋から退かせるべき時期に来ている」

 

 

 この発言は、公然たる覇権の宣言であると同時に、アジアに権益を残す英・仏・米に対する露骨な侮蔑と恫喝であった。当時、日本はただでさえイギリス、フランス、アメリカと深刻な対立関係を抱えていた。一九二〇年のフランスからの技術窃取事件(F号工作)や、海南島の実効支配を巡る米国との緊張、東アジア市場での覇権争いにより、列強の対日警戒感は頂点に達していたのである。

 

 この総理大臣の失言は、その火薬庫に直接火の粉を投げ込むに等しい破滅的な暴挙であった。英仏米の外交官たちは無言のまま抗議の退席に及び、翌朝には東京から各国の首都へ向けて「日本の明白な侵略的野望」を告発する緊急暗号電報が殺到した。日本は列強による全面的な経済封鎖や、最悪の場合は三国同盟による武力制裁すら招きかねない状況に陥ったのである。

 

 極東大戦の結果はあくまで幾つかの幸運が積み重なったものであり、日西同盟も失効していた1920年代時点では、英仏米を同時に相手取るのは戦略的悪夢も良いところであった。

 

 翌日、首相官邸の地下会議室では、青ざめた閣僚と軍部首脳による極秘の緊急会議が開かれた。この致命的な失言から国内外の目を覆い隠すためには、何としてでも別の巨大な話題を作り出し、人為的に関心を逸らす必要に迫られた。しかし、対立関係にある英仏米へ話題転嫁を試みれば、それこそ破滅的な全面戦争の引き金を引きかねない。そこで、安全かつ確実な「スケープゴート」として冷徹に選定されたのが、ドイツ帝国であった。

 

 当時、ドイツは欧州やアフリカ、そして中国大陸の膠州湾を足場に、再び冒険主義的な膨張政策を見せ始めていた。重要なのは、英仏米にとってもドイツが日本と同等か、それ以上に警戒すべき忌まわしい脅威として認識されていたという事実である。日本とドイツがいがみ合い、極東で睨み合う構図は、英仏米の列強にとって地政学的に非常に「好都合」であった。

 

 この強引な話題転換策は、決して政治家たちだけの暴走ではなく、赤日艦隊内部における冷徹な戦略的計算に裏打ちされていた。当時の海軍首脳部は、仮にこの外交的摩擦がドイツ帝国との全面戦争に発展したとしても、「ドイツ相手なら十分に勝利を掴める」という確固たる自信を抱いていたのである。

 

 海軍の地政学的な分析によれば、欧州の覇者であるドイツが極東へ艦隊を派遣し日本と本格的に戦うためには、地球の半周に及ぶ長大な兵站線を維持しなければならない。かつて第二次日露戦争において、バルチック艦隊が極東への無理な長征の末に壊滅した事実を引き合いに出し、海軍は「彼らはロシア帝国よりもさらに過酷な外征を強いられ、必ずや自ら破滅するだろう」という明確な目算を立てていた。この戦略的勝算があったからこそ、海軍は政府の苦境を救うためのスケープゴートとしてドイツを標的にするという提案を積極的に受け入れたのであった。

 

 政府の筋書きは直ちに実行に移された。総理大臣の失言から数日後、軍部を代表する形で聯合艦隊総司令官が緊急の記者会見を開き、突如としてドイツを名指しで非難する声明を発表した。

 

「ドイツは近年、冒険主義的な外交政策を取っており、国際社会の平和を乱している」

 

 この唐突な非難声明と歩調を合わせるように、日本の新聞各紙は総理大臣の失言に関する報道を一斉に差し止め、代わりに「ドイツの軍事的脅威」を書き立てた。政府の失態は巧妙な情報統制と反独の熱狂によって、瞬く間に国内・国際社会の話題から覆い隠されていった。

 

 だが、この露骨なスケープゴート化の代償はあまりにも大きかった。日本の非難声明がベルリンのポツダム宮殿に届いた時、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の反応は凄まじいものであった。

 

「己の姿を鏡に映してから物を言え!」

 

 皇帝の怒号が宮殿に響き渡った。他国から平然と技術を窃取し、軍事力で黄海を支配する新興国が、あろうことかドイツの政策を「冒険主義」と非難したのである。ヴィルヘルム二世は直ちに東洋艦隊へ最高警戒態勢への移行を命じ、ここに日独関係は修復不可能なまでに冷え切ることとなった。

 

 一方のワシントン、ロンドン、パリの首脳たちは、東アジアの厄介者である日本とヨーロッパの問題児たるドイツが突如として牙を剥き合い始めたのを見て、冷笑を浮かべながら静観を決め込んだ。

 列強内でも、ドイツ帝国がもしも日本に敗れた場合、日本の勢力圏をより拡張し、強固にしかねないのではないか、ドイツを支援するべきではないか、という意見もあったが、列強の中でドイツの肩を持つ者は誰一人として現れなかった。

 英仏米の首脳陣は、ドイツ帝国が敗れるとしても、日本に少なくない損害を与え、あわよくば双方が共倒れしてくれることに対する期待があったのだ。

 

 結果的に、日本政府の姑息なスケープゴート政策は、総理大臣の失言を歴史の闇に葬り去るという一点においては完璧な成功を収めた。しかし、その直後に対ドイツ戦争向けに全艦艇の総動員令が発令されたことで、日本は自ら作り出した虚構の敵意を本物の軍事的緊張へと昇華させ、ドイツ帝国との後戻りのできない戦争への道筋を自らの手で確定させてしまったのである。

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